【ループ48回目③】

ハッと目を開け、俺はベッドから身を起こす。
すると鬼も同時に目を開け、上半身を起こした。

「……おはよう」

一応、声を掛けてみる。
今は夜中だから一番そぐわない挨拶かもしれない。

「お前……今し方、誰と会っていた?」

案の定、挨拶は返してくれなかった。
代わりに、問い詰めるような重々しい声で問いかけられた。

「誰って……」
「言えないのか?」
「いいや、言えるよ。俺は……黄泉醜女に会っていた」

隠しても仕方がない。
俺は正直に答える。

「黄泉醜女……それはどんな容姿だった?」
「彼女は姉さんの姿をしていたよ」
「そう……だろうな」

今回の一連の事を彼女の記憶から消せていない。
きっと気づいてしまったのだ。

「お前……私との約束、覚えているか?」
「一応は……」
「この部屋で最初に交わした約束を覚えているなら、言ってみろ」

こうなったら、彼女は頑なだ。
俺は仕方なく口を開く。

「絶対に姉さんと会ってはいけない。言葉も手紙も交わしてはいけない」
「そうだ。春樹……今し方、会っていたのは誰だ」

さっきと同じ質問が返ってくる。
このままだと、会話までループしてしまいそうだ。

「姉さんには直接会っていない。黄泉醜女は実体がないから、仮の姿として姉さんになってただけだ」
「お前……知っていたのだろう? 私を封じたのが、今し方会っていた者だと」
「確かに知っていた。だけど、貴女との約束は破っていない」
「本当にそうなのか? 黄泉醜女が器だったものと融合していると知っていた。それは器……愛菜と会っていたと、同じではないのか?」

(確かに、広い意味はそうかもしれないけど)

「それは解釈の違いだ。俺は約束を破ったと思っていない」
「そうか。では、どうして私との契約を破棄した?」

(やっぱり、言ってきたな)

「それは……」
「黄泉醜女の助けを借りて私を封じようと……そう目論んでいたのではないのか?」

(仕方がない。言うしかないか)

「それは違う。今まで黙っていたけど、今、貴女の中で寝ている姉さん……その姉さんが少しずつ力をつけてきていたんだ」
「このループの器がか?」
「そうだ。でもその成長があまりに遅いから……黄泉醜女に会いに行って真相を確かめていたんだ。契約はその助けになればと思って、ほとんど無意識にしていた」
「そうか……」
「貴女を騙すつもりなんてなかったんだ。信じて欲しい」

鬼は黙り込む。
次の出方を、俺は固唾を飲んで見守る。

「やはりお前も……わたしを裏切る。他の人間と何ら変わりない……」

鬼は吐息のように言葉を漏らすと、俺を睨みつけた。

「お前だけは違うと思っていた。家畜同然の人間を信じた……わたしが愚かだった」

鬼の形相が変わっていく。
爪は野獣のように鋭く、口の四本の牙が大きく伸びた。
それは壱与の夢で見た、そのままの鬼の真の姿だった。

「俺を……殺すのか?」
「どちらを選ぼうか。器を消すか、お前を殺すか……両方か」
「どちらに転んでも、このループ。貴女の望んだ世界が終わってしまうけど、いいのか?」
「構いはしない。どうせ刹那の戯れだ」

鬼の様子を見る。
もう彼女の怒りが治まる事はないだろう。

(俺の毒で弱体済のはず。今、やるしか無い)

俺はジャケットの裏に隠し持っていた腰に装着したコンバットナイフを彼女めがけて突き立てる。
でも、首を狙った所でガチンと大きな金属音に阻まれた。

「切れない……!」
「人の刃物などが通じるはずないだろう。本当に愚かだな」

(じゃあ、これなら)

俺はベッドから飛び降りて、一定の間合いを取る。
そして両手から赤い剣を出して構えた。

「八握剣……か」
「貴女が俺に与えてくれたんだ」
「そうだったな」

冷たい視線を向けられる。
本物の異形が放つ、強い殺意に身がすくみそうになった。

「わたしを畏れているのか?」
「俺は一騎当千の守屋の熟練度をそっくりトレースできる。そう言ったのは貴女だ」
「そんなに死に急ぎたいのであれば……かかってくるがいい」

姉さんを消す選択を鬼に選ばせちゃいけない。
この軸の姉さんの消滅は、おそらく全体の姉さんに影響が出てしまう。
万が一にも、姉さんに『死返玉』なんて使いたくない。

「はっ!」

俺は先手、あえて大きく真横に刃を走らせた。

おそらく鬼は近接戦に持ち込みたいはず。
あの爪を使って切り裂くのが一番効率がいいからだ。

俺の鋭い攻撃を見せられ、鬼は今の間合いから詰める事を躊躇っている。
ジリジリとお互いが動くタイミングを図っている。
中距離はリーチの短い鬼にとっては不利になる。
逆に、大きな八握剣が一番有利に働く間合いだ。

(いいぞ。いけるかもしれない)

本来、女の鬼は術を用いる遠距離攻撃を得意とする。
この狭い20畳ほどの部屋では使う事はまずできない。

少しでも鬼が動こうとすると、剣を使い牽制する。
お互い膠着状態が続いていた。

「俺は……本当は戦いたくないんだ」
「何を今更。ナイフで襲ってきたのはお前からだろう」
「貴女の強さは嫌と言うほど知っている。はなからナイフなんて効かないことくらい分かるよ」

爪で構えをとったまま、鬼が大きく前に出る。
俺は半歩ほど後ろに下がった。

「すぐに殺して食ってやる」
「ただで食われちゃ……前世の守屋に叱られてしまう」
「だったら切り刻んでやろう」
「もし貴女を倒せたら……俺のお医者さんごっこに付き合ってもらうよ。女性での縫合の練習台がちょうど欲しかったんだ」
「ほざくな。雑魚が!」

鬼は痺れを切らして、正面から襲いかかってくる。
単純な攻撃でやられるほど、守屋の剣は鈍っていない。
俺はその爪を剣でいなした。
次々と鬼は攻撃を繰り出してくる。
それは怒りに任せたもので、容易に見切ることができた。

(たいした事ない。こんな攻撃だったら勝てるぞ)

そう思って前に出る。
すると目の前に青白い炎が現れた。
俺はそれを咄嗟に避ける。
すると避けようとした場所にもその青い炎が現れて、不意に動けなくなった。

「これは……」
「鬼火だ。触れたら最後、魂まで焼き尽くす」

(そうだ。これがあるから彼女は最強だった)

近接戦では牽制として。
攻撃としても触れるだけで死に至らしめる。
こんな狭い所で鬼火を複数出されたら、まったく勝ち目は無くなる。

(早く終わらせないと、益々不利になる)

俺は攻撃に転じて、彼女に襲いかかる。
斬り込もうとする所に鬼火が現れて、大きく踏み込む事すらできない。

「苦戦しているようだな。さっきの威勢はどうした」

横目で壁の時計を見る。
俺はそのまま捨て身の攻撃を繰り出した。

「くっ……!」

俺の剣よりも先に、彼女の鋭い爪が身体を貫通していた。
爪を引き抜くと、腹部から一気に血が溢れ出す。

(まずい。よりにもよって、ここは……肝臓じゃないか)

直後、激しい痛みに立っていられなくなる。
剣を立てて膝を折り、なんとか倒れるのを免れた。

「あっけないものだな」
「ははっ……。本当だ……」

今の一撃で俺の肝臓はズタズタに切り刻まれた。
肝臓損傷でのタイムリミットは約5分。
それ以上経ったら、お終いだ。
時計の長い針は45分を指していて、とても間に合いそうに無い。

ループするから、ここで死んでも次のループで復活は可能だ。
だが俺の記憶はすべて消え去り、次こそ鬼に完全に消されてしまうだろう。
俺はなす術もなく、目を閉じた。

「駄目! 春樹は私が死なせない!」

鬼の声だけど、全然違う。
懐かしい、本物の姉さんの声。

(ようやくか。黄泉醜女と姉さんは繋がっているから、契約しておいて正解だったな)

「姉さん……」

大量の出血で遠のく意識を何とか奮い立たせ、目を開ける。

「春樹、大丈夫? 夢の中で壱与にピンチだって教えてもらったんだ」
「そうか。……良かった」
「鬼は私が抑え込んだから、もう大丈夫だよ」

そう言って姉さんは両手をかざし始める。
すると患部が温かくなって、出血がみるみる減っていく。
破れたシャツの隙間から覗いていたグロテスクな傷口も、小さくなっていった。
これなら、なんとか死なずに済みそうだ。

「姉さんを覚醒させるための捨て身の攻撃も無駄じゃなかった。ものすごく痛いけど……」
「しゃべっちゃ駄目だよ」
「いいんだ。久しぶり……姉さん」
「そうだね。半年ぶりだよ」
「ははは。本当だ」

24年も待っていたなんて言えるはずもない。
俺は痛みに耐えながら、笑って誤魔化す。

「私、こんなに治癒ができるようになっていたんだね」
「それは……姉さんが……ずっと諦めなかったからだよ」
「そうだよ。半年間ずっと頑張ってきたもん」

(これで……もうループする事も無くなるだろう)

姉さんが現れた安心感で目を開けていられなくなる。
目を閉じて、今までを思う。
長く辛く、それでいて充実していたようにも感じる。

「器め。手間を取らせよって」

また違う声色だった。
目を開けようとしても、倦怠感で身体が全く言う事をきかない。

「鬼……なのか」
「ああ。わたしを封じようとした器には消えてもらうことにしよう」
「やめて….くれ……」
「初めて他者を信じられた。だが、そんなわたしを裏切り貶めたのは……春樹、お前だ」
「俺だって……貴女を……」

言いかけて、口をつぐむ。
それ以上は言わないと決めている。
どんな時も、何があっても好きだとは絶対に伝えない。
これ以上執着したら……俺はこのループから本当に抜け出せなくなる。

「まずは、お前から私の血肉となるがいい」

その時、身体にズシリと重みがかかる。
何度経験しても慣れない、重力に押し潰される嫌な感覚。

「春樹……お前……まさか」

立っていられなくなった鬼が俺のすぐ横で重みに呻いている。
必死で這いつくばりながら鬼に近づく。

「仕合には負けたけど……この勝負は引き分けだ」

残り少ない命の灯火を使い、彼女に口付けをして今回の記憶をすべて消し去る。
一時的にだが鬼を抑え込めるほど、姉さんは能力者として伸びていた。
もう十分、力は高まっている。
けど……きっとまだ何か足りないのだ。

山を色づかせる紅葉と共に始まる白昼夢……このループはまだ終わらない。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年03月23日 12:22