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【ループ50回目①】

確認すると、時刻は4時ちょうどだった。

(マナは約束……ちゃんと守ってくれたんだな)

罪悪感で胸が少しヒリついた。

俺の家には電源タップを模した盗聴器が、各部屋に何台もある。
それは主流派が密かに仕掛けていったものだ。
その傍受した電波を遠方の研究施設まで転送してもらっている。
装着したベッドホンから、男女の声が聞こえてきた。

「冬馬先輩。もう一度、私の治癒を受けてくれないかな」
「しかし先ほど受けたばかりです」
「次こそちゃんとできる気がするんだ」
「……わかりました」

御門先輩の言葉の後、微かに衣擦れの音がした。

「冬馬先輩、傷の割に血があんまり出てないのも能力を使ってるから?」
「そうです」
「そっか。血も液体だもんね」
「適度に止血しないと服が汚れてしまいます」
「本当にすごい能力だよね」
「じゃあ、もう一度試してみるね」

今は姉さんの治癒を試しているのだろう。
しばらくすると、御門先輩にしては珍しい感嘆の声が聞こえ始める。

「愛菜……痛みが……無くなっていきます。これだけの治癒をたった1日で……美波でもここまでできるかどうかわかりません」
「1日じゃないよ。150日以上かかっちゃった」
「しかし勾玉から今日教わったばかりだと、さきほど愛菜は言いました」
「今日教えてもらったばかりだよ。でもね、私、少し未来から来たんだ」
「未来? どういう事でしょうか」
「正確には今のこの状況は未来の私の見ている夢なんだよ」
「愛菜の夢……まさか胡蝶の夢ですか」
「これが能力で起こった夢なのか私にもまだ分からないよ」
「そうですか」
「でもこのままじゃ冬馬先輩が死んでしまう。私はずっと敵に軟禁されていたんだ」
「今日の作戦は失敗するという事ですね」
「そうだよ。ただの夢なら醒めたら終わり。だけどもし能力が起こしている夢なら、必ず現実に影響が出てくるはずだよ」
「わかりました。出来る限り愛菜に協力します」

ループする度に交わされる、いつも通りの会話だった。
俺はそのままベッドホンを外すそうと両手を掛ける。
すると不意に、御門先輩の声が聞こえてきた。

「どうしたのですか、愛菜」
「あっ。ぼっーとしてた、ごめんね」
「どうかされたのですか?」
「あのね、亡くなる前の……最期の先輩を思い出しちゃって」

(この会話……初めて聞くぞ)

俺は身を乗り出すように二人の会話に集中する。

「僕は……死ぬ時に何か言っていましたか」
「罰だからいいって、そう言ってたよ」
「そうですか」
「罰って……子供の時の暴走の件、亡くなった修二くん達の事に対してなのかな」
「そうかもしれません。ですが明日の状況がわからないので正直なんとも言えません」
「だよね、あの時の先輩にしか分からないに決まってるよね」
「僕は誰の手で殺められたのでしょうか」

「殺した犯人は俺だよ」

問いかけてくる御門先輩に向かって呟く。
当然、何十キロも離れた所で会話している二人には聞こえるはずもない。
ここまでマナ……鬼の気配が一切ない。
起点を一時間早くする事に力を使ってしまって、今は深く眠ってしまっているのかもしれない。

「わからない。残ってる記憶自体、曖昧で抜け落ちてる所もあるんだ」
「とりあえず愛菜は生きている。本当によかったです」
「辛かったけど、なんとかね」
「作戦が失敗だったとはいえ、現実の僕は剣として本懐を遂げることが出来たのかもしれません」
「本懐って……」
「巫女ために力を振るう事です」
「私はそんな事望んでなかった……よ」
「愛菜……」
「せめて夢の中だけでも会いたいって何度も願った。本当に辛かった……んだよ」
「すみません」
「どうして先輩が謝るの?」
「……すみません」
「先輩が謝る必要なんて無い。危険な事ばかりさせる私の方が謝らなくちゃいけないくらいだよ」
「愛菜は悪くないです」
「夢の中とはいえ、もう一度先輩は同じ目にあってしまうかもしれない。我侭なのは私のほうだよ」
「それでも……ごめんなさい」
「やめて、謝らないで」
「愛菜は怒っています」
「私が怒ってる?」
「それも僕のせいで怒っている。だから謝ります」
「怒ってないよ」
「もしこの夢が胡蝶の夢なら、尊い巫女の願いを取るに足らない僕のために使ってしまったことになります」

しばらく二人の会話が途切れた。
そして姉さんの泣きそうな震えた声が耳に届き始めた。

「怒ってない。ただ悲しかったんだよ」
「悲しい……ですか」
「死に際の冬馬先輩もごめんって今みたいに謝ってた」
「そうですか」
「一人で納得して居なくないって……残された私や周防さん達の想いはどうなるの?」
「……」
「冬馬先輩は自分を大切にしなさ過ぎる。この傷だって本当は痛いのに何も言わないよね」
「…………」
「前にも言ったけどもっと表に出しても良いんだからね」
「…………」
「一郎君だって色々あったけど協力してくれた。沢山話し合って歩み寄れば別に罪を償う方法だってあるかもしれない」
「…………」
「意見を言葉に出して、お互い分かり合わなければ何も始まらないよ」
「………」
「先輩は能力は強いかもしれない。けど、まだ決定的に足りないところがあると思う」

長い沈黙が続いていた。
そして姉さんの吐息と共に真剣な言葉が紡がれていく。

「未だに自分をただの道具だと思っているなら、私は冬馬先輩を心から信じる事はできない」
「………」
「この夢は神様が与えてくれた最後のチャンスであり、試練かもしれない」
「試練……」
「乗り越えなければ、この夢も現実の二の舞になってしまう気がする」
「…………」
「もし無理だと感じたらとりあえず逃げて。死ぬような無茶だけはしないで。これは巫女としての命令です」
「はい……」
「それでね。全部、無事に終わって夢から覚めたら一緒に文化祭回ろう。これは個人的なお願いだよ」
「……わかりました」
「絶対、約束だからね。だから指きりしよう」

しばしの沈黙。
姉さんが小指を差し出しているのだろう。

「はやくやろうよ」
「あの、指きりとは何でしょう」
「そっか。したこと無いんだ」
「はい」
「指きりって言うのは小指を絡めあって約束を守ってもらう子供のおまじないみたいなものだよ」
「よくわかりません」
「やってみる方が早いかな。先輩、こっち向いて手を出して」

きっと御門先輩を振り向かせているのだろう。
その後、決して上手とは言い難い姉さんの歌声が聞こえてきた。

「指きりげんまん嘘ついたら針千本の〜ます。指切った」
「針千本飲む、ですか」
「そうだよ。げんまんってのはゲンコツ一万回だからね」
「げんこつに針とは物騒です」
「前に聞いた話だと、あなただけ特別って意味もあるんだって。そう思うと少し恐くなくなるかも」
「そうですね」
「私にとって冬馬先輩は誰よりも特別な存在。それだけは何があっても忘れないでね」
「わかりました。愛菜、あなたも僕にとって特別です」
「冬馬先輩の特別は……どういう意味の特別なのか聞いてもいい?」

かなり長い沈黙だった。
そして弱々しく頼りない御門先輩の声が聞こえて来る。

「触れたい人……でしょうか」
「その言葉、この前も言ってたね」
「実を言うと、僕は他人との接触がとても苦手なのです」
「そうなの?」
「以前に比べると恐怖こそ減りましたが、やはり触れるとなると強い抵抗を覚えます」

また沈黙。
聞く限り、御門先輩はかなりの話し下手のようだ。
自分の想いを伝える時、途端にたどたどしくなっている。

「僕の意見が愛菜の思う特別と食い違っているかもしれませんが。僕が触れて心地よいのは愛菜だけです」

今度は姉さんの沈黙。
姉さんの嬉しいような困ったような顔が思い浮かんだ。

「その反面、触れると、持て余すのような不思議な感覚に襲われる事もあります」
「不思議な感覚って?」
「急かされるような浮ついた衝動のようなものです」
「浮ついた……?」
「はい。苦しいような気もしますが掴みどころもありません」
「苦しい…何だろう……」
「あと、景色が綺麗に感じる事もありました。灰色の雨まで鮮やかに思えたのは愛菜と一緒だったからです」
「文化祭の準備の時だよね。私もすごく楽しかったよ」
「短い間ですが、振り返ると愛菜と過ごすうちに僕の内面は大きく変わったように思います」
「自分の意見も言えるようになったよね」
「はい。以前の僕だったら、この会話も不毛なものに感じていたかもしれません」
「どういう事?」
「常に合理的で簡潔であれば良かったからです」
「そういえばそうだったね」
「しかし胸のどこかに割り切れない、小さな揺らぎもあったように思います」
「揺らぎ?」
「はい。揺らぎは的確な判断を鈍らすだけなので、切り捨てるべきだと思い込んでいました」
「その揺らぎ、もう正体は分かった?」
「僕の中の感情です。ごく小さな揺らぎが大きくなるまで気付けませんでした」
「よかったね。見つけられて」
「ずっと不要だと切り捨ててきたものは、自分の意思で行動する責任だったのかもしれません」

さっきまでの迷いのある声色は消えている。
穏やかでそれでいて……はっきりとした声が聞こえて来る。

「僕の胸を占める温かな揺らぎを名づけるなら……これが愛情なのでしょう」
「うん……」
「愛菜は守るべき巫女であり亡き恩人の大切な娘さんでもある、とても特別な人です。でも何より僕は……」

少しの沈黙。
そして意を決したような吐息の後に、御門先輩がゆっくりと話し出した。

「僕は一人の男として愛菜を恋い慕っています」
「ありがとう、冬馬先輩」
「指きりした約束は必ず守ります。愛菜の願いを叶える事が、僕の願いです」

俺はベッドホンを机に置いた。

(絆……黄泉醜女が言っていた事はこれだったのか)

姉さんが最も伝えたかった事。
二人が紡いだ絆。
気持ちをぶつけ合うための、きっかけ。
やはり想い合う御門先輩と姉さんに一番必要なのは、時間だった。

(裕也さんのお陰だな)

助言をくれた友に心の中で感謝すると、俺はゆっくりと立ち上がった。


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最終更新:2022年03月23日 12:31