【ループ50回目②】
俺は直ぐに兄さんを説得し始めた。
全ての責任は俺一人で取るから、このまま街に戻って欲しい。
ここに集った能力者も一緒に連れて帰って欲しい。
もし失敗して巫女を取り逃がす事があれば……俺の八握剣を渡しても構わないと言った。
巫女が行う能力継承の儀。
それ以外での能力の継承はすべて相手の死をもって完遂する。
(覚醒へのカードは揃っているはず。後は……運を天に任せるだけだな)
兄さんにとって俺は邪魔な存在だ。
俺が死ねば、もう高村での地位を脅かす者は誰も居なくなる。
砂上の城になった高村家。
いつ崩れ去るかも分からない物にしか縋れない兄さんは哀れだが、同情はしない。
秋人兄さんは険しい表情だったが、首を縦に振って了承した。
そして多くの能力者を連れ立って山を降りていった。
残ったのは巫女を信奉する一部の狂信者達だった。
彼らはすべて施設外の配置にした。
狂った彼らが俺の計画の邪魔になるといけないからだ。
俺は出発前の裕也さんに声を掛ける。
ちょうど、車に乗り込もうとしていた所だった。
「もうそろそろ出掛けるんだね」
「ああ、坊っちゃん。正直、面倒くさいですが立場上やらなくちゃ」
裕也さんの配置先は道中での敵勢の排除。
主流派のさきがけをお願いしていた。
「あのさ、お願いがあるんだよね」
「坊っちゃんが俺に? 一体何でしょう」
「なるべく全員を無傷のまま通してやって欲しいんだ」
「ええっ? どうしてですか?」
兄さんから聞いていた命令と違う事に面食らっているようだった。
(ループして全てが真っ新になってる。また一から話すか)
今の裕也さんは俺の事をほとんど知らない。
信じてくれるか正直分からない。
それでも、俺は今までの経緯を手短に話した。
「へぇ。ずいぶんと大変な事にってたんですね」
「まぁね」
「それで……このループは最初から数えて何回目なんですかい?」
「50回目……」
「25年か。こりゃすごいな」
「いや、繰り返ししているから時間は進んでいないんだよ」
「それくらい俺にだって分かりますって。その話なら、記憶の残っている坊っちゃんだけは40歳って事ですね! 大人だなぁ」
「茶化さないでよ。もう……」
会って間もないのに、俺の言う事をちゃんと信用してくれる。
繰り返される会話には慣れているけど、今は惰性とは違う素直な気持ちで向き合う事ができる。
さっぱりした性格の彼との交流が、いつも清涼剤のようになっていた。
「俺は今までの沢山、裕也さんに助けてもらったんだ」
「そうなんですかい? 覚えてないな」
「俺だけ持っている能力のお陰で覚えていられるんだ。姉さんに取り憑いている鬼と俺しか認識出来ないんだよ」
「便利なのか不便なのか分からない能力ですね。だけど……アンタが俺に向ける親しみに嘘偽りは無い。分かりました、無傷のまま道を通す事にしますよ」
(この人が味方じゃなかったら、俺は詰んでたな)
メンタル面でもかなり頼りにしていた。
彼が居なければ、俺はもっとずっと前に壊れていたと思う。
「何も攻撃しないっていうのも不自然だから、適度に脅しておいて」
「それはなかなか難しいな」
「あと……御門冬馬は本当に強いから、戦わない方が良いよ」
御門冬馬。
彼は一筋縄ではいかない。
適応する力が恐ろしく高いから、同じ状況でも違う言葉を平気で返してくる。
だから次の行動も読みにくいのだ。
精神力が高ければ、能力も影響を受けて能力値も高くなり易い。
一国の王の器を持った魂は長い時を経ても健在なのだろう。
「知ってますって。あいつは化け物ですし」
「御門冬馬は俺が相手をする。放っておいてくれていいからね」
「坊っちゃんが? 大丈夫かなぁ」
(姉さんと御門先輩の絆を強固なものにするには……俺が立ちはだかる壁になるしかない)
「50回も繰り返しているんだ。相手の手の内は全部分かってるよ」
これは嘘だ。
今までも、なるべく自分で手を下さないようにしてきた。
霊気の届かないこの施設内で能力の強さはあまり意味を成さない。
それでも御門冬馬を怖いと……畏怖の対象として今も見てしまう。
「あんまり無理しないでくださいよ。俺は直ぐに駆けつける場所に居ないんですから」
「分かったよ」
「じゃ、そろそろ時間なんで行きます」
「時間取らせて悪かったね。気をつけて」
裕也さんを見送るために車から離れる。
車に乗り込んだ裕也さんがエンジンを掛けた。
「そうだ、坊っちゃん!」
窓を開けて、裕也さんが思い出したように俺を呼び止める。
再び車に近づいて、裕也さんを見た。
「どうしたの? 忘れ物でもあった?」
「忘れ物っちゃ忘れ物だ。俺が思うに……御門冬馬は化け物だが、悪人でもなかった。話せば分かる側の奴って感じたんで、報告までに」
「話せば分かるか……」
「会話した事もほとんど無くて、俺のただのカンですけどね」
それだけ言うと、裕也さんは車で去っていった。
(御門冬馬と話す……か)
ずっと想っていた姉さんを横から掻っ攫っていった男だ。
壱与の時だけじゃなく、性懲りもなく同じ事を繰り返してきた。
でも俺が姉さんに告白する勇気があれば違っていたかも知れないし、今の状況もただの横恋慕だと言われれば言い返す事は出来ない。
ループする度、昔の俺は他人のせいにする術に長けていたと思う事があった。
俺のそんな偏った見方を変えてくれたのが鬼であるマナの存在だった。
(どうすればいいんだろう。話し合うと言ってもな……)
迷いが生まれる。
最後の望みをかけた戦いは刻一刻と迫ってきていた。
最終更新:2022年03月23日 12:33