「ところで、私ってどんな匂いなの?」
そもそも、私の匂いについて話すためにこの神社まで来たのだ。
当然、そのことは気になっていた。
もし、私が人を不快にさせるような匂いを今まで放っていたとしたら、それこそ落ち着かない。
「匂いか……それぞれ個性があるからなんとも言えないな」
宙を見てから、隆は困ったように答えた。
「もしかして、私。すっごく臭いとかじゃないよね?」
心配が募り、思わず前のめりになって尋ねてしまう。
隆は私の不安を察したのか、苦笑いを浮かべた。
「安心しろ。俺の言う匂いは、そういう鼻で嗅ぐ感じのもんじゃないからな」
その言葉に、クエスチョンが浮かぶ。
「鼻で嗅ぐ……匂いじゃないって?」
私は首を傾げた。
「なんていうか……俺がさっきから言っていた匂いは……気配に近いかもしれない」
「気配って……『曲者の気配、何奴』って、時代劇でいうあれ?」
普段、あまり「気配」なんて言葉を口にしたことがなくて。
思わず浮かんだ情景を、そのまま伝える。
「まぁ、そうだな。そいつらのオーラっていうのか。とにかく、鼻で嗅ぐもんじゃないから安心しろ」
(だけど……さっき隆、私の首に顔近づけてたよね)
その光景が脳裏に蘇り、思わず口に出した。
「でも、さっき私に近づいて……」
私の言葉に、隆は焦ったように身を乗り出した。
「お前って、昔から特殊だったから。確認するために近づいたんだ。決して他意はないからなッ!」
隆の慌てぶりに、私は内心で少し笑ってしまった。
「そんなの、分かってるって」
「それで、普通じゃ考えられないほど混ざり合った気配を嗅ぎ分けてんだ」
「普通じゃ、考えられないほど混ざる……?」
隆の言葉に、少し戸惑う。
そもそも、言いたいことがちっとも頭に入ってこない。
そんな私の困り顔を見て、隆はガシガシと頭を掻いた。
「なんていうか……。人をそうだな……何に例えたら……。……そうだ、一番的確なのは、おにぎり、かもな」
懸命に絞り出した答えが、まさか「おにぎり」だとは。
その意外な例えに、私はますます意味が分からなくなった。
「おにぎり? あのコンビニでも売ってる?」
「まあ、例えだ。おにぎりの具には、シャケとか昆布とか梅干しとかあるだろ?」
「うん、そうだね」
「俺には、こいつはシャケ、この人は昆布って匂いがあって。それを気配として嗅ぎ分けることができるんだ」
「よく分かんないんだけど……」
「まあ聞けよ。そんでお前は……幕の内弁当。だから、特殊だし、嗅ぎ分けるには近づく必要があったんだ」
(私……幕の内弁当だったんだ)
おにぎりにもなれていなかったのか、と。
意味が分からない例えなのに、なぜかショックだった。
「今までの愛菜は、めちゃくちゃ複雑に色んな具が混ざり合ってた。でも今は、微かな幕の内弁当のシーチキンだ」
(私がシーチキン……)
幕の内弁当からシーチキン。
なんだかすごい変化だ。
とりあえず、おにぎりの具になれたことにホッとする。
でも、微かに「幕の内」が残っているらしいのは、一体どういう意味なのだろう。
「じゃあ、隆はその微かな幕の内弁当の匂いを嗅ぎ分けるために、近づく必要があったんだね」
「そういうことだな」
理解できたような、やっぱり分からないような、複雑な気分。
でも、優しそうな人とか、気難しそうな人とか。
そういうオーラとか、気配はなんとなく私でも理解できる。
隆の言う「気配」というのは、そういった外見とは違う、その人がまとう性格や本質を判断しているのかもしれない。
「優しそうとか、怒りっぽそうとか。そういう、意味なのかな?」
私が問いかけると、隆は少し考えるように言った。
「少し違うが……まぁ、そんなところだ」
(違うんだ)
それでも、鼻で嗅ぐものじゃないことは、なんとか理解できた。
私が弁当からおにぎりに昇格できたことは良しとしよう。
でも、微かに幕の内弁当が残っているのは、一体どういう意図なんだろう。
それは、隆でも分からないのかもしれないけど。
私は、夕焼けに染まる御神木を見上げた。
この街を守る大木も、隆には何か特別な気配を放っているのかな、と気になった。
最終更新:2025年06月19日 08:59