そして、ゆっくりと、その大きな掌を幹に触れさせた――。
瞬間。
隆の顔が苦痛に歪んだ。
見開いた瞳は、琥珀色に発光している。
それはまるで、人ならざる神秘的な色彩を放っているようだった。
不安を感じ取ったのか、止まり木として休んでいたムクドリたちも、一斉に羽ばたいていく。
「隆!? 隆、しっかりして!」
「……っ……っく!!」
立つこともできないのか、隆は両膝を地面につける。
苦しそうに髪を鷲掴みにしていた。
バサバサと沢山の鳥の羽音が、逃げるように遠ざかっていく。
「痛いの?……救急車呼んだ方が……」
「し、しん……ぱい……すんな」
「……でも!!」
「これは一時……的……な、もん……だ」
(隆……)
喋るのも辛そうだから、私は黙り込む。
相変わらず、御神木に両手をつき体を預けるように地面にうずくまっている。
(あまり酷いようなら、携帯で連絡しよう。でも、隆が心配するなって言うなら)
私は苦しそうに震える背中をさすり続ける。
隆は咳き込み、ゼェゼェとひどく肩で息をしていた。彼の瞳の琥珀色の輝きは、弱まりつつあったが、まだ消えてはいなかった。
西の空までもがいよいよ暗くなるころ。
隆の様子も大分落ち着いてきた。
生命の息吹のない静けさだけが、神社を包んでいる。
「悪い……もう大丈夫だ」
隆の瞳もいつものダークブラウンに戻っている。
私はホッと胸を撫でおろした。
「私はいいけど……何かの発作……?」
「まあ、そうだ。色々思い出すのに、人の身体じゃ負荷がかかり過ぎてたんだな」
「人……?」
私の問に対し、はにかむように少しだけ視線を逸らす。
自分の頭をガシガシかきながら、口を尖らせ呟く。
「信じてもらえないかもしれないが……俺の前世は……土地神らしいんだ」
(えっ?)
何かのドッキリかいつもの冗談だろうか。
それにしては、さっきの演技は迫真に迫り過ぎていた。
発光していた琥珀色の瞳も、一体なんて説明すれば……。
「神様……?」
「ああ。でも、ここじゃない。西の土地を守護していたんだようだな。突然、こんなこと言い出すなんてバカみたいだけどな」
隆は私に笑われるのを覚悟しているように、投げやりな口調。
その言葉に、どこか諦めのような響きが混じっていた。
「本当なの?」
「ああ。この御神木と同じ眷属とでも言えばいいか」
「そんなこと……」
でも。
瞳が発光していたのは説明がつかない。
血走った苦しそうな瞳を、不謹慎に綺麗と思ってしまった。
そして、隆の言葉が私の脳裏に、まるでフィルムが巻き戻されるように、ある夢の光景を蘇らせる。
私の思考を遮る、真剣そのものの隆の声。
「そんで、目的を思い出したんだ。愛菜……と言ってもお前じゃない、その迷子を救うために……俺は……人間に転生したんだ」
頭の中にある夢の記憶。
隆そっくりな高位の精霊。
それは古代日本だった。
時を経て、現代では土地を守る神様になってても全然おかしくない。
そう、私が見た夢の中の彼は、確かにそうだった。
(同じ琥珀色の瞳。もしかしたら……)
「もしかして……その神様って……光輝って名前?」
隆は目を見開く。
その表情は、驚きと、信じられないものを見たかのような困惑に満ちていた。
「お前……どうしてそれを?」
「夢で何度も出てきたから」
そう。
私の不思議な夢。
まるでドラマや映画のように続きが観られる、大昔の日本の話。
そこに隆そっくりな、精霊が出てきて私を何度も救ってくれた。
彼の名前は、光輝。
「今日の、あの劇のやつか?」
「劇には出演させなかったけど、私は知ってる。光輝のこと」
そう告げると、隆の顔から困惑が消え、深い安堵の色が浮かんだ。
それは長年の秘密を打ち明け、ようやく理解者が現れたような、そんな表情だった。
「そっか」
隆は拍子抜けしたような、安堵したような声色で答えた。
彼の視線が、再び御神木に向けられる。
その瞳には、今度は確かな決意の色が宿っていた。
最終更新:2025年06月19日 10:50