「いや、そのなんだ……済まなかった」
私を手放した隆が謝ってくる。
腕から離れて、数歩、後退りながら首を振る。
「わ、わたしこそ取り乱してゴメン」
なんとなく、お互いの顔を見ることができない。
さっきは感情的に隆の胸の中で泣いてしまったけど、少し冷静になると急に恥ずかしくなる。
「俺も、もちろん足が動くのは嬉しいから……その、自由に動けるようになったわけだし……な」
余裕がないのか、隆も口ごもるように呟く。
「そ、それはそうだよね」
「でも……お前が怒ってくれて、その、何かスゲェ嬉しかったんだ」
顔を赤くしたまま、私を見つめてくる。
それは、さっきの色々な感情を含んだ瞳のままだった。
「嬉しい? だって私、意味も分からず怒ったんだよ?」
今思うと、どうしてあんなに腹が立ったのかと、疑問が先立つ。
「いや、俺の事だけじゃなく、うちの親の事とかも言ってくれてたから。そんだけ考えてくれてたって分かったっつーか」
「何言ってんだろ、俺」と、小さく呟いて頭を掻く。
その仕草がいつもの隆で、少しだけ安心する。
(驚くことばかりで、思わず怒っちゃったけど、隆が嬉しいなら、良かったのかな?)
「私も、びっくりし過ぎたから。感情が爆発して、よく分かんなくなってたんだよね」
「まあ、いきなりこんな風になったらな」
悪くて動かなかった方の足を、空中で軽く蹴る。
隆の思い通りに、そのつま先は小さく空を割いていた。
その動きの淀みのなさに、改めて彼の足が治ったことを実感する。
「その、それも隆の言う神様の力……なんだよね」
「まぁな」
そう言われても、急に受け入れるものでもない。
私の困惑した顔を見て、隆が頷く。
「よし、分かった。疑い深い愛菜のために神様の奇跡を見せてやる」
良いことを思いついた子供のように、嬉々としている。
反対に私は冷めた目で隆を見る。
「えー」
小さな頃、無理やりヒーローごっこにつきあわされた、ダルい気分を思い出した。
「別にいいよ」
「は? お前が疑りの目で俺を見るからだろ」
「疑ってないよ。実際、動かなかった足もうごくんだから……」
「いいや、ダメだ。よし、奴らを呼び戻そう」
「奴ら?」
「見てろ。スゴイの見せてやるぜ」
私の理解が追いついてないうちに、隆は指を口に含むとピーッと口笛を吹く。
その音色は、澄んでいて、どこか遠くまで響き渡るような、不思議な響きを持っていた。
(ん?)
木々からのぞく藍色の空に、無数の点が現れる。
それは、先ほど飛び去っていったムクドリたちだろうか。
「お前ら、こいつの周りを旋回して驚かしてやれ」
隆の言葉に、私は思わず息を呑んだ。
「えっ!?」
その黒い粒はぐんぐん大きくなっていき、私めがけて意思を持っているかのように飛んでくる。
そして、それが大きな塊になって、急降下するように降ってきた。
バサバサと風を切る無数の羽音。
その風圧で髪が乱れ、スカートがはためく。
あまりの音と勢いに圧倒されて、立っていられない。
私は思わず耳を塞ぎ、目を閉じた。
ピーッと、また口笛。
恐る恐る目を開ける。
ムクドリ達は一斉に急上昇し、空を数回旋回しながら御神木に降り立っていく。
まるで訓練されたか、操られたように、鳥たちは御神木に羽を休めに集まって行く。
その統率された動きに、私はただただ言葉を失う。
「…………」
呆然と立ち尽くす。
逆に隆が目の前で余裕の笑みを浮かべていた。
その自慢げ表情が、なぜか悔しい。
「どうだ? これで信じる気になっただろ?」
「まぁ、すごかったけど……」
「何か不満そうだな」
「だって……それ、光輝の力で隆って訳じゃないから」
私の言葉に、隆の表情が僅かに曇ったように見えた。
隆は自らの掌を見つめ、静かに呟く。
「まあ、な。でも、俺は光輝でもあるから良いんじゃないか?」
(そっか。転生したって言ってたから、記憶も残ってるんだよね)
今、目の前にいるのは、私の知っている「隆」なのか。
それとも、私の夢に出てきた、はるか昔の神様「光輝」なのか。
彼の瞳が、ふと琥珀色に揺らめいたように見えて、私は一瞬、分からなくなりそうだった。
最終更新:2025年06月19日 15:30