日が沈みかけ、神社の木々の間から夜の帳が降りてくる。
時折、車のヘッドライトが境内に差し込み、一瞬だけ明るさを取り戻す。
「太陽、沈んじゃったね」
置きっぱなしだったロフトランドクラッチの松葉杖を手に、隆の方へ向き直った。
「お前、これからどうする? 帰るか?」
(遅くなっても、家族に心配かけちゃうよね)
「そうだね。隆も一緒に行こうよ」
「悪いが、それはできないんだ。お前だけ帰れ」
「でも、暗くなったよ?」
「俺には、やることがあるからな。さっきも言ったが、迷子探しをしなくちゃならない」
いつもの隆らしくない。
まるで何か重大な使命を背負ったかのように、その表情は厳しい。
「迷子……さっきも言ってたね」
「そうだな。困った奴だよ、ったく」
気安い口調から察するに、知り合いのようだ。
それも、かなり親しい間柄なのだろう。
(うーん)
遅くなるのは嫌だけど、隆を一人にするのも不安だった。
「迷子って……子ども?でも、さっき迷子探しのために転生したって言ってたよね?」
「そうだな」
隆は静かに頷いた。
「その迷子は男の子? それとも女の子?」
「その迷子は、女だな」
「女の子? 歳はいくつ?」
「歳は、まだ誕生日前だから16歳だな」
16歳で迷子なんて、どんな子だろう。
さっき西を守護していると言っていたし、光輝側の知り合いで土地勘のない人なのだろうか。
「私と同じ歳で……迷子なの?」
「マジ、手のかかる奴なんだ」
心底面倒くさそうなのに、なぜか嬉しそうな声色だった。
(どんな子だろ?)
話を聞くと、俄然興味がわいてくる。
普通、高校生にもなって迷子なんてあまり聞かない。
「じゃあ、私も手伝うよ。一人より二人の方が絶対見つけやすいでしょ? 服装とか、髪型とか。何でもいいよ。その子のこと、教えて?」
「そうだな……髪は黒色で長いな。本人はすぐ太ったとか騒いで気にするけど、細いくらいだろう」
「うん。なるほど」
「他に特徴は?」
「バカがつくほどお人好しだな。こっちが心配になるレベルだ」
(へえ。よっぽど親しいんだろうな)
もしかしたら光輝の知り合いじゃなく、転院していた頃に知り合った隆の友達かもしれない。
「性格じゃ、迷子を探す手がかりにならないよ。外見の特徴言ってもらわなきゃ」
「外見か。服装は多分、制服。ジャケットとリボン。スカートはそのヒラヒラだ」
「なるほど。私の学校の制服と似てるね。ヒラヒラはプリーツスカートでいい?」
「それをプリーツって言うのなら、そうだろうな」
「あはは。美由紀さんもうちの先輩だったんだから、自分のお姉さんの制服のスカートくらい言えなくちゃダメだよ」
「女の履くスカートのことなんて、知るか」
隆は私に笑われたのが面白くないのか、フイと横を向いてしまった。
「私と同じような服ね。結構、スタンダードな制服だから見つけるの難しいかも」
「あと、迷子だけじゃなく、忘れ物までしてるから質が悪いんだ」
「忘れ物……?」
迷子だけじゃなく、忘れ物まで。
よほどのおっちょこちょいなのだろう。
「どんな忘れ物?」
「待ってろ。今、出すから」
隆はズボンのポケットを探り出す。
何かを摘んだ仕草のあと、スルスルと布を出していく。
それはかなり大きな薄い布。
こんなもの、普通ならズボンの小さなポケットに入るはずない。
「大きいね。そんなのポケットによく入ってたね。さっき膨らんでる感じでもなかったし」
「神様パワーで取り寄せた」
(便利なのか、何なのか)
昔、子供の頃に見ていた、不思議なポケットを持ったロボットのアニメをふと思い出す。
「それにしても大きい布。それ、暗くて見にくいけど薄ピンクかな。生地も薄くて綺麗」
透けるほど薄くて、触るとサラサラで柔らかい。
それでもコシもあるのか、クタッとはならず肌に巻き付くようでもあった。
「この布……めちゃくちゃ高そうだね」
「高い? 何のことだ?」
「値段のことだよ。絹とかサテンっぽいけど、見たことない素材感だから」
「見たことない? そんなはずないだろ。光輝を夢の中で見ていたなら」
光輝……それは夢の中の住人だった。
1500年も前の夢の記憶。
それとこの、美しいピンクの薄布との関係について考え始めた。
最終更新:2025年06月19日 15:34