「それで……迷子って一体、誰なの?」

前置きばかり長くて、肝心の確信部分を話さない隆に、私は痺れを切らした。
小さな苛立ちが、言葉の端に滲む。

「は? 今、説明しただろ?」

隆は、驚いたような素っ頓狂な声を出す。
彼の大きな瞳が、これっぽっちも理解していない私を映して、さらに丸くなった。

「隆の説明で、比礼がスゴイものってことは分かったよ?」

「まぁ、説明したし当然だな」

得意げに頷く隆は、大げさに腕を組む。

「それで、迷子の名前は分からないの?例えば警察に尋ねてみるとか」

もし失踪でもしていたら大変だ。
16歳なら勉強の悩みや、友達のこと。
そういった、ありきたりなことにクヨクヨしてしまう気持ちもわかるから。
私は心底、迷子になった女の子を心配していた。

「あのな、その不思議な夢で……最後に比礼を持ってたのは誰だよ?」

諦めに近い、呆れた声色で尋ねられる。
隆の表情は、まるで理解力の低い生徒に教える教師のようだった。

「最後……私かな。舞を披露したところから、あの比礼は見てないから」

記憶を辿ると、確かに再生の舞の最後に比礼を手にしたのは私だった。
その後の夢は壱与と帝のエピソードに切り替わっていたから、比礼の所在はハッキリしない。

「なら、そういう事だ。最後に触ってたのがお前なら、忘れ物をしたのは誰だよ」

「一体、誰だろ? 私の夢では舞の披露以降、壱与と帝のエピソードになるし……」

隆はしびれを切らしたように「あーッ」と叫んだ。
そして、目の前にビシッと指を刺されてしまう。
その勢いに、思わず体をのけぞらせる。

「だ、か、ら、お前なんだよ!」

(私……?)

一瞬だけ、隆の勢いに気圧される。
でも、比礼を実際は持ったこともないし、紛失してもいない。

「えぇ! 私、迷子になってないし、忘れ物もした記憶ないよ」

ブンブン大げさに首を横に振る。
さすがに、そこまで間抜けなことはしない。
松葉杖を持ったままなので、首を振るたびに身体まで揺れてしまう。

「だって、あれは夢の中で……夢の中にもう一人の私が登場するだけで……」

私が私をコントロールすることは出来ない。
夢の中だから、当然といえば当然だけど。

「分かっただろ? それが答えだよ」

隆は、半ば強引に結論を突きつけてくる。

「答え?どういうこと」

「もう一人のお前。それが忘れ物をした迷子だ」

(もう一人の私……)

「私が……もう一人?」

もう、何が何だか。
言いたい事が全く見えてこない。
頭の中が、ごちゃごちゃに絡まった糸のようになっていく。

「そうか……。派生の愛菜じゃ、やっぱり一から説明しなきゃ納得出来ないか」

隆は頭をガリガリ掻いて、独り言のように呟いた。
まるで厄介事を丸ごと引き受けたみたいな言い方だった。
夜の帳がすっかり降りた境内で、隆の溜息が風に溶けていく。

「まあ、少し長くなるからその荷物は置けよ」

「うん、分かった」

松葉杖を近くの木に立て掛けて、隆と石畳に座った。

それから、私は隆の長い説明を聞くことになる。
まず、私は神託の巫女だということ。
そして胡蝶の夢という、未来を変える能力があること。
その能力を狙った抗争。
1500年前の過去に遡って能力のない世界を望んで、それを成就させたこと。
そんな非現実的な話を、隆は淡々と、しかし真剣な眼差しで語った。
彼の言葉は、私の知る常識を全てひっくり返すような衝撃だった。

「ま、待ってよ。……隆」

説明を聞き終え、まず一番に疑問が頭に浮かぶ。

「仮にその私が、能力のない世界を望んで叶えたとするよ?」

「ああ」

隆は静かに頷く。

「じゃあ……さっきから隆が使ってる神様パワーはどうやって説明するの?」

能力のない世界を望んだはずなのに、隆は今も平然と不思議な力を使いこなしている。
その矛盾が、私の心をざわつかせた。

「ここから、ちょっと複雑になるんだが……」

隆の顔が神妙に変わる。
彼の眉間の皺が深くなり、言葉を選ぶように視線を彷徨わせた。
私は唾をごくんと飲み込む。
その表情が、これから語られることの重大さを物語っていた。

「うん。いいよ。大丈夫」

「再生の舞をしている最中、愛菜の奴、多分、迷ったんだ」

「迷った?」

道に迷うとは、違う迷うだと思うけど。
例えば、後悔していたみたいな感じだろうか。
私の頭の中には、いくつもの「迷う」が浮かんだ。

「世界の構築の最中に迷いをみせたんだ。……すべて奪ってしまっていいのか。霊的な自然の法則まで侵すことになるんじゃないか……って感じで大事な世界の構築途中なのに、躊躇したんだ」

隆の言葉に、ハッと胸を突かれた。

(あっ……すごくわかるかも)

私の性格は私が一番知っている。
いつも迷って考えてばかりいるから。
一つの選択をすれば、もう一方の選択肢を失う。
それが、私にはいつだって怖いことだった。
初めて、その夢の中の私に、強い親近感を覚えた。
彼女も私と同じ。
自信を持った選択肢を見つけられずに迷っていたのだ、ということに。
夢の中にいた私の後悔は、今の私と確かに繋がってる。
そんな、気がした。


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最終更新:2025年07月03日 09:09