深淵の闇に光る勾玉。
まるで私達を導くように足元を照らしていく。
これを取れば、また迷子のあの子の気持ちと向き合いことなのになる。
私と考え方がまるで同じだから。
まるで自分が本当に体験しているように喜び、悲くなる。
──また、新しい勾玉に触れて、迷子の私を感じ取っていく。
『ねえ、隆』
私に向き直った隆は、できる限り守ってくれると言ってくれた。
一時的に声を失った私は、筆談で会話していく。
今の思いをそのまま、シャーペンを走らせる。
『どうして私を守ってくれようとするの?』
「うえぇぇっ!!」
隆はびっくりしたように目を丸くする。
その顔はみるみる赤くなった。
「おっ、おい……いきなりどうした?」
『隆はどうしてそこまでしてくれるの? 守るって何?』
「愛菜?」
いつもに比べて乱暴な字に、隆は戸惑うように尋ねる。
『香織ちゃんが倒れた時、とにかく助けなきゃって必死だった。それが、守るってことなの?』
「ちょっ、少し落ち着けって!」
ただならない私の様子に、隆は身振りをつけて制している。
『私、全然わからない。守るって何? 守られるってどういうこと?』
「悪かったから、とにかく落ち着けよ」
分からない。
守られる意味を考えるたびに辛くなるから。
思いつく言葉をなぐり書きしていく。
『もし、私を守るために隆が敵に倒されたら……逃げてしまった自分を許せなくなるよ。敵を憎むよ。守られたくなかったって後悔するよ』
「わかったから、な?」
隆はなだめるように言ってくれるけど、興奮は収まらない。
もう字を書いているのか、シャーペンで机を思い切り叩いているのか分からない。
『それでも、やっぱり守られなきゃいけないの? 春樹だって、私を守るために家を出て行ったんだよ。けど、寂しくて辛いばかりで、ちっとも嬉しくなんてなかった』
みんな私を守るって言ってくれる。
なのに私を置いて、居なくなってしまう。
「……愛菜」
『なのに、隆まで守るって……私はどうすればいいの? ただ、逃げ回るしかできないの? 教えてよ! わからない。全然、わからないんだよ!!』
ペンを持つ手が震えて、書くことができなかった。
胸が痛くて、身体が熱い。
気持ちはどんどん溢れてくるけれど、言葉として吐き出すこともできない。
ワナワナと持つ手が震える。
「愛菜! 落ち着けって!!」
その言葉に、私は首を横に振った。
立ち上がって、声にならない気持ちを訴える。
聞きたいのはそんな言葉じゃない。
力がない私に何もできないのは分かっている。
足手まといになるだけだって、理解している。
守ってくれる人を犠牲にできるのか?
うしろを振り向かず逃げ切れるのか?
やっぱり私には無理だと思う。
守られるって──どうしてこんなに辛いの?
「愛菜!!!」
突然、両腕を力強く掴まれ、我に返った。
さっきまでテーブルを挟んで座っていたはずなのに、目の前には真剣な隆の顔があった。
「混乱させるようなことを言って、すまなかった。そっか、泣くほど悩んでたんだな。……気がつかなくて、その…悪い」
私は泣いていたのか。
呆けたまま隆を見つめる。
私の頬を伝う涙を拭うと、隆は言葉を続けた。
「守るって言葉が、重荷だったんだろ?」
(重荷……?)
その顔、自分でも気付いてないって感じか。
突然、力だ、組織だと知らされて。
巻き込まれて、恐い思いして。
守るって言葉を背負わされて……そりゃ、重荷に決まってるよな。
そう呟くと、隆は再び私を見つめた。
「じゃあ、こうしよう。敵に襲われてしまったとする。説得も無駄だったとして……俺と一緒だった時は、二人で逃げようぜ。それでもダメだったら、協力してやっつけるんだ。力なんてなくたって、石でも投げてりゃいいんだしな」
(逃げても……いいの?)
「重荷なら一緒に背負えば半分だろ。俺の力なんて、他の奴らに比べればたいしたことないだろう。けど、俺はやられるつもりはないぜ。お前の見てる前で、負けるつもりもない。てか、絶対に勝つ」
言っていることは無茶苦茶だ。
だけど、さっきまでのモヤモヤが晴れていくのがわかる。
「しっかし、昨日は春樹の悩み相談で、今日はお前か。春樹もお前も……世話の焼ける姉弟だよ。ホント、そっくりだ。同じようなことをウジウジ悩むんだからな」
隆はそう言うと、私の額をピンと弾いた。
(隆……)
逃げてもいい、その言葉に救われる。
この気持ちをノートに書こうと思ったけれど、紙だと残ってしまいそうで照れくさい。
素直じゃないと思いつつ、別の方法を考える。
額を弾いた隆の手を、私はギュッと掴んだ。
そして、その大きな手のひらに、指で文字をなぞっていく。
「なっ……!」
隆は驚いたのか、とっさに手を引っ込めようとする。けれど、私は構わずに、文字を書き進めた。
「……う…って?…今、『う』って書いたのか?」
私は頷いて、また言葉の続きを書き進める。
「……れ、……し、……い」
隆は言い終わると、私を見つめた。
私は出ない声で「一緒だって、言ってくれて」と付け足した。
「確認していいか?……俺と一緒が嬉しいって、愛菜はそう言いたいんだよな」
その問いに、私は小さく頷いた。
今、ようやく何を望んでいたのか理解できた気がする。
私の願い──それは、どんなに辛いことでも、大切な人達と一緒に分かち合いたいという事。
守ると言われるたび、息苦しさを感じていた。
なぜか、辛かった。
だけど、隆が一緒に逃げよう、二人でやっつけようと言ってくれて、私はモヤモヤの正体を見つけることができた。
この答えに早く気付いて、ちゃんと伝えていれば、春樹とすれ違うこともなかったと思う。
私の考え方は、都合の良いきれい事だとわかっている。
けど、自分の気持ちまで偽りたくない。
「……ああ、うん。そっか、ハハハ…。俺と一緒がいいんだ……」
隆は照れるように顔を赤くして、目を細めて笑っていた。
──この気持ちは共感。
(一緒に逃げよう……か)
ストンと心に響く言葉。
勾玉の光が消えても、その言葉を反芻し続ける。
地面に両足をつけて立ち上がった隆を見た時。
嬉しくて仕方なかったのに、天気予報を尋ねるみたいに軽く答えた事にすごくムカついた。
その気持ちと、取り乱す迷子の私の気持ちがほとんど同じで。
私自身、憤った理由も分からなかったのに。
気持ちがシンクロしてシンデレラフィットしたような感覚だった。
「重荷も一緒に背負えば、半分か。もう一人の俺、ただの下半身クズ野郎だと思ったが……かなり良いことを言うな」
「私も、そう思う」
「だよな」
何か考えているような、思い出しているような。
数分の沈黙のあと、隆が口を開いた。
「お前から逃げるように転院した理由、覚えてるか?」
「私がうっとおしかった、から。だっけ」
暗闇の中、フワフワ漂う比礼の裾だけ見つめる。
「まあ、そのなんだ……」
気まずいのか視線を彷徨わせて、ポツリと言葉を漏らす。
「本当は……お前を縛りたくなかったんだ」
(私を縛る……)
もう来るなと強く言われた日。
鬱陶しいんだよ! とクラスの寄せ書きを投げつけられた。
「俺のせいで……部活も入れなかっただろう?」
最初から入るつもりなんてなかった。
私の中の優先順位が低かったから。
病院に行くのに都合の悪いことは、最初から選択肢になかった。
「申し訳ない気持ちもあったし、償いたい気持ちで一杯だった。けど……それでも、私がお見舞いに行きたくて、行ってたんだよ? 誰かにやらされた訳じゃない。手紙にも書いてあったでしょ?」
(どうしても知っておいて欲しかった。だから、私の気持ちを手紙に託して、直接おばさんに渡したんだよね)
ほとんど音信不通になって。
高校に入っても、空っぽみたいだった日々だった。
「お前を無視することで逃げてた。そしたら親にさ。愛菜ちゃんの気持ちを推し量って勝手に拒絶する……それはお前のエゴの押し付けだってめちゃくちゃ怒られて……ようやく気づいた」
「メールじゃ気持ち、伝わらないって思ったから。おばさんに手紙を渡したんだよね」
何度も書き直した手紙だったのに。
返事も貰えないまま、突然の退院の話もおばさんから聞かされて。
呆れるほど、マイペースで。
(でも……)
「どれだけすごい神の力があっても。鬼の力があっても。不器用なままだよね」
「お互い向き合っていく、実はそれしかないんだよな」
右も左も上も下も分からない。
そんな底なしの闇の中、琥珀色の瞳が見つめてくる。
その色彩に暗い影はみじんも無くて。
明るい未来を望む、希望だけを見つめる。
迷子のあの子も、隆のそういう所にたくさん励まされたんだろう。
私は繋いだ手を少し開いて、繋ぎなおす。
指を絡めて、絶対に離さないと決意して。
「愛菜……」
目を丸くする隆に、ありったけの笑顔を向ける
「さあ、行こう……。あの子が待ってる」
私の顔を見て、満足そうにニヤッと笑う。
「面倒だが、俺らが迎えに行ってやらなくちゃな」
そう言うと、強く握り返してくれたのだった。
最終更新:2025年06月19日 17:09