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霊気……神秘的な気分。神聖な気配。
霊脈……大地が持つ流れの道。霊的なエネルギーの流れ。

(んー。一言で言うと、自然のスゴイ力、みたいな?)

調べた部分にふせんを貼って、辞書をペタンと閉じる。
今までの出来事と調べたことを合わせた結論。
やっぱりスゴイ力、という事実だけ。
周防さんにおでこを触れられた時、ぽかぽかと温かい感じがした。
あれが「手のひらに気を集める」ってことの、入り口だったのかもしれない。

ここは、自然だけは豊かすぎるほどに、豊かだ。
少しでも、大地や空の気配を感じたくて、勝手口から外に出る。
潮の匂いを乗せた、秋の冷たい風を吸い込む。
胸の奥に澱んでいた重たい空気が、ほんの少しだけ入れ替わるのを感じた。

その、私の足元。
知らず知らずのうちに、踏みつけてしまっていた、鮮やかな青。
ツユクサの花が今の私の心のように、ペタンと力なく倒れてしまっていた。

「あっ、ごめんね」

慌てて飛び退くけれど、根本からぐったりと折れてしまっている。
この、踏みつけてしまった花が、少しでも元に戻れば。

(霊気を、手に集めて、だったっけ)

周防さんがもう二度と、私には教えてくれないであろう、あの言葉を思い出す。
やり方も、方法も、分からないまま。
それでも目を瞑り、手のひらに何かを集めるよう努めてみる。

(集める。集める。自然のエネルギーを、この手に)

昔から、信じるのが少しだけ苦手だった。
占いも良ければラッキー、くらいに感じるだけ。
まさか自分が、スピリチュアルのど真ん中に立たされてしまうなんて、夢にも思っていなかった。
予知夢だって、ただの偶然だと思っていたくらいだから。

ゆっくりと、目を開ける。
秋の空の下、ツユクサの花のその儚い青色は、地面を舐めるように、倒れたままだった。

(……やっぱり、ダメか)

周防さんは、私に「何もしなくていい」と、断言した。
現状が望ましい、とも。
彼の完璧な「物語」にとって。
私は想像以上に出来の悪い、役立たずの「登場人物」なのだと、改めて思い知らされた。

その花の根本を、指先でそっと折る。
せめてコップにでも入れて、命が尽きるまでは面倒を見てあげないと。
無意識だったとはいえ、傷つけてしまったのは私なのだから。

摘んだ花を持って、キッチンに入る。
食器棚から出したガラスのコップに水を入れ、ツユクサを挿した。

「外の方が、良かったよね。……ホント、ごめんね」

小さな花に謝りながら、周防さんの部屋の方を見る。
周防さんの部屋も、見たことはある。
部屋の掃除は必要ないと言われている。
だから入ったのは最初に紹介された、たった一度きり。

書斎と兼用になっている、ベッドルーム。
完璧に整頓された、彼の頭の中をそのまま具現化したような、静かな空間。
もしかしたら、私のために、あの大きなベッドを、わざわざ移動してくれたのかもしれない。
その書斎には、見たこともない、立派な本。
多分、外国語の本も沢山あった気がする。
専門書特有の鈍器のような厚みのある本に、圧倒された、あの記憶。

(でも……)

もしかしたら。
能力に関する本や巫女に関する「答え」があるかもしれない。

(それに、一番、確かめたいのは)

この間、美波さんが教えてくれた、高村の「物語」。
あのおとぎ話のような、抽象的な表現。

(だけど、あの言い方だと……)

『その器がまた闇を引き継ぎ、光のために闇を取り込む。
その闇の力を次世代のために綿々と残していくのです』

器は、多分、高村家の人々。
闇は鬼のことかと思っていた。
けど、高村の人々が「鬼」を引き継ぐという引掛っかかるワード。
光のため。
これは、巫女を指すはず。
闇の力を次世代のために、残す。

(この、闇を取り込み、次世代へ引き継ぐって……やっぱり)

次世代により強い力を繫ぐために、鬼を取り込む。
鬼イコール、鬼の姫イコール、巫女、だから。
つまり、巫女を「取り込む」ことで、神宝の力を保持しているような。
そんなおぞましい解釈を、一番最初に感じてしまった。

別の解釈も、できないことはない。
だけど。
直感で心に浮かんでしまった、可能性ほど頼りになるものもない。

(……どうしても知りたい)

周防さんの部屋の扉に、そっと手をかける。
彼は今、診療所で仕事をしている。
ここに戻ってくることはない、はずだから。

音をたてないように、静かに中に入る。
私しかいないのに息を殺し、彼に心の中を読まれている時ような、緊張感を持って。

(相変わらず、立派な本棚……)

主に洋書で、何が書かれているのかすら、全く分からない。
その他に、手書きのファイルも入っている。
そのファイルには「case series(能力における特殊症例)」と書かれていた。
きっと、医師としての研究資料なのだろう。

(能力に、関することなのかな……)

そのファイルを、手に取る。
それをパラパラと、めくっていく。
また英単語交じりの、日本語。
周防さんがアメリカで勉強していたことが、写真やメモ書きの混じった、カルテのコピーから、伝わってくる。
そして、「Congenitally deformed child」という欄で、思わず手を止める。
私が見た姿よりも、もっと幼い。
幼児と、乳児の中間くらいの小さな背中。
その肩甲骨に、羽根の生えた写真。
間違いなく、渚さんの症例についての項目だった。

そのファイルを、見てはいけない秘密に触れてしまったかのように感じて。
慌てて元にあった場所に、戻す。
私が欲しい霊気や霊脈に関する、そんな「おとぎ話」は、この本棚のどこにもない。
ここにあるのは、ひたすら、医学的な専門書と、研究用のファイルという、冷たい「現実」だけが、並んでいる。

(やっぱり、私の知りたいことが、あまりに基本過ぎて……ここには、ないんだろうな)

呆れられたくらい何も判っていない。
私は、無知だ。
でも、これから知っていけば。
少しでも、力を使えるようになるかもしれない。

(そうだ。今日の夕飯のために、さつまいも、ゆで卵と枝豆を茹でないと)

思考を無理やり日常へと、切り替える。
全てが元通りになっているか、念入りに、何度も確認をして、そっと扉を閉めたのだった。
まるで、何もなかったかのように。

そして鍋に沢山の水を入れて、コンロに火をかけたのだった。




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最終更新:2025年07月31日 00:30