様々な声が、一斉に頭上から降り注いだ。
それは、音ではなく重みそのもの。
悪意、侮蔑、憎悪――あらゆる負の感情が混じり合い、言葉の洪水となって私を押し潰していく。

(頭が……割れそう……!)

押し寄せる潮流の中で、一際くっきりと浮かび上がる声があった。
それは鈴の音のように澄んでいて、けれど泣き声を堪えるように細く震えている。

「あなたは、私にくもや自分の名前があること。世界を教えてくれた。でも……私があなたの知らない言葉を覚えることを、どこかで恐れていたでしょう?」

(……そうかもしれない。無垢だから、愛せた)

「あなたが愛したのは、私じゃない。あなただけの言葉を繰り返す、『こよみ』という名のお人形。私が一人の人間として巣立つ未来を、あなたは望んでいなかった」

(本当に大切だった……そう信じたいが、自信もない)

「逃げて、解放して、自由にしたいんじゃない。ただ、あなたの檻に閉じ込めたかっただけ。それがどれほど私を苦しめたか、あなたは気づきもしなかったでしょう?」

(……追い詰めたのは、やはり、俺自身か)

今度は、美波さんの声。
妹を死なせた罪悪感と、止められなかった無力感が滲む。

「あなたは、私の罪を赦した。でも、その赦しは、永遠にあなたと私を縛り付ける呪いだった」

(こよみの願いが呪いだと言うなら……喜んで受け入れる)

「あなたは私の心を削っていたことに、気づきもしなかったでしょう。周防の心を覗く行為は、自分の罪を映す鏡でもあるのだと知ってましたか?」

(知ってる。罪……それが俺の本質だ)

次は熊谷さんの声。
熱い理想を信じた親友が、憎むべき存在へと変わった瞬間から。信念を見失った、失望が色濃く映る。

「俺はお前の理想を信じた。だから命懸けで鍛えた。なのに……お前はそれをゴミみたいに捨てただろうが」

(……闇に飲まれた時、俺も全部を失ったんだ)

「周防。お前は他の高村の野郎とまるで同じだ。血に抗えない自分を、見ないフリをしてる臆病者だ!」

(最初から分かってる。俺はその中でも特別、濃いことも……)

そして、冬馬先輩の声。
ただの駒として扱ったと、共に過ごした生活で知っていく絶望。
今は、諦観と軽蔑が心を占めて、その声は氷のように冷たい。

「あなたにとって……僕は便利な剣でしかなかった」

(剣は巫女のためにあるのだから、当然だろう)

「僕の過去も未来も、一度でも知ろうとしたことがあったのか聞きたい。あなたが与えたのは居場所じゃない。檻だ。共に住むことを拒んだのは、周防に取り込まれるのが怖かったからだ」

(……俺も。お前の甘さに苛立ちを覚えていた)

「父は罪人だが、あなたも同罪だ。どんな汚れた心でも壊すのは、人のすることではないのだから」

(そうだ。俺はもう、人でいることは諦めた)

そして最後に――少女の声。
信じた全てが裏切られた時の、あまりにも生々しい絶望の声。

(これは……私の声だ)

「信じてくれてるって……本気でそう思ってたのに! あなたの優しさも涙も、全部、私を操るための演技だったなんて……!」

(すべては計画の駒だ)

「巫女として……こよみさんの代わりとして……利用してただけ……! 私という人間を見たことなんて、一度でもあったの……?」

(庇護者がいれば、それでよかった。君でも、冬馬でも)

――そして、静かで色のない声。
周防さん、そのものの心の温度を表しているようだった。

「全部、この声は聞こえていた。恐怖も嫌悪も。晒され、慣れている。辺津鏡の能力は、生まれながらに業を背負うこと。これは呪いだ。誰にも理解されず、俺だけが背負っていけばいい」

(……意識を共有して、初めて知った)

(心を読むことが、これほど生きづらくて、歪んでいるなんて)

それでも。
知ってしまったからこそ。
私だけは――信じたい。

例え利用されていたとしても。
例えすべてが嘘でも。
この想いは、本物だから。

「私は……最後まで信じたい!」

「だって……私は、あなたを――誰よりも愛してしまったから!」

飲み込まれる感情の渦を、喉を裂くような叫びで貫く。
残った想いは、確かにそこへ届くと信じて。

――私は、声の限りに、叫んだのだった。



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最終更新:2025年08月15日 21:33