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: 名無しさん : ID:Aina
『だから、みんなで協力すればいいじゃない!』
『文句ばっかり言ってないで、建設的な話をしようよ!』

キーボードを叩く指が止まらない。
画面の向こうの二人――「迷える子羊」と「Shadow」の言葉が、あまりにも私の痛いところを突いてくるから。
反論しなきゃ。
私の正しさを証明しなきゃ。
大人なんだから。
お母さんなんだから。

でも、ふと気づく。
この焦燥感。
この、喉の奥が熱くなるような苛立ち。
これって、相手に対して怒っているんじゃない。
「図星を突かれた自分」に対して怒っている時の感覚。

(……ねえ、ちょっと待って)

私は、画面から目を離し、鏡そのものを見た。
俯瞰して、じっくり見つめる。

正面の鏡。
そこには、「いつもの化粧をした私」が、鬼のような形相でキーボードを叩いている。

右の鏡。
そこには、「すっぴんで疲れ切った少し幼い私」が、泣きそうな顔でキーボードを叩いている。

左の鏡。
そこには、「目鼻のない黒い影」が、無機質にキーボードを叩いている。

全員、こっちを見ている。
全員、同じリズムで指を動かしている。

12 : 名無しさん : ID:Aina
『……これ、全部、私だ』

その文字が送信された瞬間。

──ブブブブブッ!!

耳をつんざく警報音が鳴り響いた。
黒かった背景が、毒々しい赤色に染まる。

『警告:Fatal Error』
『因果律への抵触を確認。個体の同一性が崩壊しています』
『緊急措置:世界ごとの削除(フォーマット)を開始します』

「「「……!」」」

世界が揺れる。
足元の水面が沸騰したように泡立ち、鏡の枠が歪んでいく。
これは、ただのシステムエラーじゃない。
私が私を認識してしまったから、世界が矛盾を消そうとしている。

13 : 管理人(Haruki) ★ : ID:Admin
『ダメだ! 削除させない!』
『俺が……俺が守る! 全員、隔離(ロック)する!』

春樹の悲痛なログが流れる。
けれど、崩壊は止まらない。
管理者の権限を超えて、因果の波が押し寄せてくる。

14 : 迷える子羊 : ID:Guide
『嫌ぁぁぁっ!!』

右の鏡の中で、私が淡いピンク色の比礼を抱え込んで突っ伏した。

『もうダメ!  全ての私が無に還る!』
『せっかくここまで来たのに……無駄になっちゃう! やだよ! 消えたくない!!』

「……冬馬先輩! 誰かお願い、助けて!!」

私は反射的に叫んでいた。
いつも通り。
困った時は、誰かが助けてくれると信じて。

けれど。

15 : Shadow : ID:Shadow
『……くだらんな。まだ迷ってるのか?』

赤く点滅する世界の中で、左の鏡の「影」だけが、傲然と立ちはだかっていた。
彼女だけが、狼狽えていない。

『世界が崩壊した後も、貴様は誰かが助けてくれると信じて、待ち続けるつもりか?』

影が、鏡の中から手を伸ばしてくる。
救いの手じゃない。
胸倉を掴むような、激しい挑発。

『終わせたいなら、貴様がやれ』

『逃げて、言い訳して、背負わせた……自身の手でこの茶番を終わらせろ!!』

その言葉が、雷のように私を貫いた。
誰か、じゃない。

(そうだ……)

私がやらなきゃいけない。
春樹に守られるのでもなく、冬馬先輩に縋るのでもなく。
私自身の「業」を、私の手で断ち切る。

「……分かってる」

私は、震える手を虚空へ伸ばした。

「春樹。……お願い、手にした『強さ』、全部を貸して」

私の呼びかけに応えるように、光の粒子が集まる。
現れたのは、一振りの剣。
春樹が隠し持っていた魂の形――「八握剣(やつかのつるぎ)」。

ずしりと重い。
これは、春樹の命の重さであり、彼がマナを愛し、守り抜こうとした時間の重さだ。
同時に、最愛の人──冬馬先輩の心の痛みの重さでもある。

(ごめんね、みんな)
(大切な人を……私自身を殺す)

私は剣を両手で握りしめた。
献身的で、世間知らずな、無垢な私。
傲慢で、骨までしゃぶりつくす、貪欲な私。
どちらも等しく私だから。

目の前の影――マナに向かって、大きく振りかぶる。

「う、あああああああっ!!」

裂帛の気合いと共に、剣を振り抜いた。

マナは逃げない。
黒い影の顔に、裂けたような三日月形の笑みが浮かぶ。
それは、「やっと、私を認めたか」という、歓喜の笑み。
私が私を観測した瞬間。 

ザンッ!!

剣が、影を真っ二つに切り裂いた。
肉を断つ感触ではない。
硬質なガラスを叩き割るような、鋭い衝撃。

パリィィィィン!!

三面鏡が、粉々に砕け散った。
赤い警告も、掲示板の文字も、全てが破片となって舞い散る。

その破片が、キラキラと光りながら、私の方へ降り注ぐ。
痛くはない。
破片は私の肌に触れると、水のように溶けて、身体の中へ吸い込まれていく。

(あ……)

右の鏡の破片は少女の私の中へ入り
確かな『肉体』に。

左の鏡の破片は大人の私の中へ入り
背負うべき『業』に。

欠けていたものが、埋まっていく。
忘れていた記憶、切り捨てた感情、背負うべき罪。
それらが全て、あるべき場所へと収まっていく。

光の中で、声が聞こえた気がした。
誰の声かは分からない。
けれど、それは深く、安らかな響きだった。

『……これで、全ての因果が閉じる』

光が視界を埋め尽くす。
私はその温かさに包まれながら、長い長い夢から覚めようとしていた。

   *

光が視界を埋め尽くす。
その奔流の向こう側から、懐かしい音が聞こえてきた。

キーンコーン、カーンコーン……。
夕暮れのチャイムの音。
そして、秋の乾いた風が頬を撫でる感触。
硬い木でできた椅子と机なのに、妙に身体に馴染む。

「あーあ。愛菜、こんなところで寝てたら風邪引くわよ」
「大堂も文化祭の準備で疲れているんだろう。しばらく寝かしておいてやろう」
「……愛菜ちゃんの寝顔だ、カワイイな〜」

頬にツンツンと、指先が当たる感覚。

「起きるだろ、やめないか」
「そんなことより、上着をかけてあげるとか配慮ないの? 双子揃って気が利かないわね」

呆れたような、でも温かい声たち。
ああ、知ってる。
一郎くん、修二くん、香織ちゃん。
みんな、そこにいるんだ。

(まだ、寝ていたいな……)

1500年分の疲れが、教室の空気に溶けていく。
でも、ダメだ。
私にはまだ、しなくちゃいけないことがある。

あちらの世界で、帰りを待っている、愛しい息子。
その温もりを……「お母さんである私」に、返してあげなくちゃ。

こちらの世界には、待ってくれていた優しい友人達がいる。
だから、もう大丈夫。

「……さようなら、母親の私」

重ね合わせの私がそれぞれの地点に収束していく。
統合した魂は確定し、帰りを待つ人の元へ。

私は、夕焼けの中で、ゆっくりと瞼を開けた──。

   *

そして、朝焼けの中で。
私は、ゆっくりと瞼を開けた。

「……ん」

視界に入ってきたのは、夕焼けの教室ではなかった。
朝焼けに染まるリビングの天井と、私を至近距離で覗き込む、白衣の男。

「……周防さん」

私は、彼の鼻からツーッと赤い筋が流れているのを、寝ぼけ眼でぼんやりと眺めていた。

「鼻血が……」

「問題ない。サーバーを接続するために、少し負荷が掛かっただけだ」

彼はハンカチで無造作に血を拭うと、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
その顔色は紙のように白いけれど、理知的な瞳の光だけは失われていない。

「それより……見ろ」

周防さんの視線が、隣のソファに向けられる。

そこには、死んだように眠っていた春樹がいた。
その瞼が、ピクリと震える。
長く、重い夢から、彼もまた帰還しようとしていた。





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最終更新:2025年11月30日 16:58