黒い球の置かれたとある一室。
気がついた時には、俺達はそこにいた。
誰が、どうやって。
その答えを知る間もなく、ヤツは言った。
「今日はきみたちにお願いがあって集まってもらったぽん」
白と黒の混じったヌイグルミみたいなヤツは、フワフワと浮かびながらそう言った。
☆
「冷えた身体が温まるぜ」
ズズッ。
配られた豚汁を啜り、俺は空腹を満たしていた。
美味い。
数多の豚汁を啜り数多の数多の豚汁を評価してきた豚汁ソムリエ、という訳ではないが、これが非常に美味い。
猛吹雪の中、凍った池に突き落とされた身には、よりいっそうそのうまみが染み渡る。
空腹を満たし終えた俺は、フゥ、と一息をつく。
主催の立場である俺だが、この6時間ずっと参加者の様子を把握していた訳じゃない。
俺だって人間だ。どんなに楽しいことでも集中力がずっと続くわけじゃない。
学校の授業が1時間にも満たなずに休憩を挟むのがいい例だ。...学校の授業を楽しいと感じたことはロクにないけれども。
とにかく、何事を為すにも適度な休息が必要だということだ。
これからの人生を左右するイベントが待ち受けているとなればなおさらだ。
「さてと」
6時間といえば、そろそろ俺達の出番だ。
参加者の連中に報せ、反応を伺い、潰しあいが起きやすいように環境を整える。
それが俺達主催者の役割だ。
思わず、ほほが緩んでしまう。
あのクソ田舎で押さえつけられてきた退屈という檻は、俺たちを欲求不満に陥れる。
それを発散させるには刺激的なものでなければいけない。
退屈に飼いならされていれば、それだけ強力な刺激を。
だから、俺にとってこの立場は最高だった。
自分はそこそこ安全に、俺を撃ったあのクソ女を含む多くの人間の闘いや疑念、死という刺激を絶え間なく受信できるこの殺し合いの主催という立場は。
けれど。
(問題は、俺と同じ立場の奴らか)
ハッキリ言って、俺と同じく連れてこられた奴らはどいつもこいつも得体が知れなくて気味が悪い。
なにが目的なのか。なんで連れてこられたのか。なにが出来るヤツらなのか。なにもかもがわからない。
そんな奴らと同じ建物にいると思うと不安と胸騒ぎでせっかくの楽しみも薄らいでしまう。
特にあの白髪のヤツだ。
なにもかもを見据えたような立ち振る舞いは、何故か目をひきつけられるのが余計に不気味に感じてしまう。
(けど、いまはあいつらともよろしくやらねえとな)
人付き合いが上手い方ではないことは自覚している。けれど、俺が生き残るためにはそうする他はない。
いまは少しでも懐に入れるよう立ち回り、情報を手に入れるしかない。
コンコン、とドアを叩く。
特に返事もないので、ドアノブを捻り部屋へと入った。
『ビンビンビンビンビンビンビンビンビンビン、チクッ』
『あ、あ、ア、あ、アあ、あ』
「ハ、ハハハハハハハ!!笑わせてくれるぜあの小僧!なんて死に方してんだ!はぁ~腹痛ぇ」
笑っていた。
顔の半分に刺青を入れた目つきのヤバイおっさんは、男の顔がついたスズメバチに刺される白い男の映像を見て笑い転げていた。
「おっさん、そろそろ」
「あ?っと、もうこんな時間かよ。つっても、俺がやる意味もなくなっちまったしなぁ...おい、俺の代わりに放送やっとけ」
「...いいのかよ。送られてきた指示書じゃ、あんたの名前が書いてあっただろ」
「いーんだよ。あっちからすりゃ、適当に俺の名前を挙げただけで意味なんざねえ。放送をテメーがやろうが大した違いもねえだろ」
「...まあ、いいけど」
おっさんは満足気で邪悪な笑みを浮かべると、一時停止していたビデオの再生を再開した。
俺はドアを閉じて部屋を後にする。
予想外だが好都合だ。
俺の声を聞けば、あの女の状況は一変するはず。
俺達を殺しておきながら、ぬくぬくと遊んでやがるあの女に村八分の地獄を叩きつけてやるチャンスだ。
放送室。マイクやその他よくわからない機器があるこの部屋が、会場に放送を届ける場所だ。
俺は呼吸を整え、アナウンス用のボタンにスイッチを入れる。
マイクを手に取り、初めての放送を開始した。
☆
あー、ごきげんようおめーら。
誰だって顔をしてると思うが、この殺し合いの進行役を勤めてるヤツだってことを認識してくれればそれでいい。
まあ、中には俺を知ってる奴らもいるが、別に連れの奴らに教えてもらっても構いやしねえよ。そんなことで首輪の爆破なんてしねえから。
今回は、初めての放送ってことで情報量も多いから、メモなりなんなりしておきな。聞き逃しても繰り返し放送はしねえ。
じゃ、まずは参加者じゃねえ奴らについてだ。
オメーらの中に、名簿に載っていない奴らと遭遇したヤツもいるだろ?
そいつらの多くはNPC...条件付きだが、味方にすることも敵にまわすこともできる、まあ、人型の資源みたいなものだ。好きに扱ってくれ。
ただ、何人か参加者でも名簿に載ってないやつらもいる。ホル・ホース、ありくん、スズメバチ、千手観音、如月左衛門、隊長。
この六人はただの記載漏れで、普通の参加者と同じ扱いになるから気をつけろよ。
ああ、あとついでにだが、NPC、特に首輪がついてる奴らの中にはたまに道具を持ってるヤツも混じってるから、ブッ殺して道具を奪うのもありだ。
次に、地図と禁止エリアについてだ。
今まで、地図には地形だけが書かれてたが、今回の放送でもう少し詳細を加える。たとえば、D-1には村がある。みたいな具合にな。
情報の更新の仕方は簡単だ。デイバックに地図を入れて、触らずに5分放置。そうすりゃ、詳細が書かれた地図ができあがってるはずだ。
禁止エリアってのは、ここに踏み込むと首輪が反応して爆発するってエリアだ。
この殺し合い自体の制限時間だと思ってくれりゃいい。
エリアは地図のマス目に倣って仕切られていて、放送ごとに増えてく寸法だ。増える数はその時々で変わるから注意しろよ。
じゃあ、今回の禁止エリアを発表するぞ。
今回の禁止エリアはC-2、E-8、J-3だ。
もう一度言うぞ。C-2、E-8、J-3だ。覚えたな?
今回は三つだから、放送終了から2時間後にC-2、その2時間後にE-8、更に2時間後にJ-3に禁止エリアとなる。
忘れ物があるやつは早めに済ませておけよ。
最後に脱落者だ。これから放送毎に死んだ奴らを読み上げてく。
もし知った名前があれば、これから身の振り方を考えるんだな。
今回の放送までに死んだのは
薬師寺天膳
志筑仁美
南京子
一方通行
ありくん
巴マミ
レヴィ
岡八郎
ぬらりひょん
以上の9人だ。
お前ら、いくら強制されてるからってこんな短時間で9人も殺すとか不謹慎すぎるだろ。まだルールもハッキリしてなかったってのにどんだけ欲求不満だよ。
まあでも正しいぜ。殺し合いを手っ取り早く終わらせるなら全部殺すのが一番手っ取り早い。
そんで、最初のセレモニーのときに言い忘れてたんだが、この殺し合いに優勝したときについてだ。
この殺し合いに優勝したヤツには、どんな願いも叶える権利が与えられる。
莫大な金、世界を支配する力、死んだやつの蘇生...叶えられない願いはないと約束してやる。
金ならまだしも死んだやつが生き返るとかありえねーって声もあるだろうが、ソイツは安心しな。
俺を殺したやつが参加者に紛れてるからそいつに聞けばいい。つまり、俺の存在自体がその証拠ってことだ。
ただ、赤首輪の参加者を殺して脱出した場合は、権利の放棄と見なされ願いを叶えることはできねえから注意しな。
あ、NPCにはその権利はねえから。
赤首輪を殺して安全に脱出するか、命をかけたギャンブルに挑むのか、それは自分で決めるんだな。
...まあ、俺を殺したオメーなら答えはもう出てるんだろうが。オメーのせいで殺し合い巻き込まれた連中の為にも頑張らねえとな。
あぁっと、肝心なことを忘れてた。
赤首輪の報酬を手に入れる条件だけどな、報酬を受け取る権利が与えられるのは『一番近くにいた、赤首輪を殺したやつだと認識されたとき』だ。
なんの苦労もしてないやつが武器も持たずに楽して脱出、なんてつまらねーパターンは認められねえから。
もちろん、結果が気に入らなけりゃ認識が完了するまでにその裁定を覆すこともできる。どうやって覆すかは、まあオメーらで考えてくれ。それもお楽しみのひとつだからな。
今回はここまでだ。この放送は6時間ごとに行う。だから、次に新しい情報を聞けるのは6時間後ってことだ。聞き逃すんじゃねーぞ。じゃあな、オメーら。
精精、頑張るこった。
☆
プツン、という音と共に放送が終わり静寂が訪れる。
(放送は確か木原とかいう男の担当だったはずだが...まあ、些細なことだな)
私は、チラ、と左腕に嵌めた腕時計を見つめ、秒針を数える。
(私が放った遣いが目標と接触して10分...もしあの行為が違反を犯しているのなら、なんらかのアクションがあるはずだ)
私は、間接的にとはいえ参加者に接触...特定の参加者に肩入れをした。
これは、主催という立場であることを顧みれば、越権行為と見なされ、即時処断されてもなんらおかしくないだろう。
だが、未だになんの動きもなし。
あの程度であれば問題のない範囲なのか、それとも誰も私の行為に気がついていないのか。
あるいは、私に提案を持ちかけたあの女が動いているのか。
(あの女、何者だ?まるで私がどう動くかを知っていたかのように協力を持ちかけてきたが...)
わからないのは協力を持ちかけてきたことだけではない。あの女は、何故か接触する相手までも指定してきたのだ。
その上、指定した参加者の能力は、見事に私の望みを叶えるのに相応しかった。
なぜだ?なぜ、あの女はああもわたしの望みへの最適解を提示できる?
...なんにせよ。
これであの暁美ほむらという少女が空条承太郎を始末ないし疲弊させることが出来れば、それだけDIOの勝率は上がる。
聞けば、暁美ほむらの能力は時間の停止。
時間に干渉できる能力者が何人もいては彼も不愉快に思うだろう。空条承太郎と暁美ほむら。この二人が共倒れになるのが理想的な形だが、そこまで甘い幻想を抱くべきではないだろう。
DIOを倒し、幾多のジョースター家の末裔に影響を与えたあの男さえ消えてしまえば。
呼ばれた彼の手下がホル・ホースなどという金で雇われたチンピラではなくヴァニラ・アイスやペットショップ、ジョンガリAらなどであればもっと円滑に進んだだろうが、それでもだ。
彼は必ず道を切り開き勝利を手にする。
私にできるのは、その時の為に備えることだけだ。
(DIO、私は信じている。きみが全てを乗り越え、打ち砕き、天国へと至ることを)
☆
薬師寺天膳
志筑仁美
南京子
一方通行
ありくん
巴マミ
レヴィ
岡八郎
ぬらりひょん
脱落者の名前を反芻する。
「あの名が呼ばれた、か」
わしの口角が思わず吊り上る。
如何にして息絶えたかはわからぬが、これでいい。
これでわしも動きやすくなったというもの。
「はてさて。此度の争乱、あやつでも勝ち残るのは容易ではない。この地獄にて如何に立ち回るか、見物じゃなあ」
争忍の乱においては、あやつにも強力な護衛がいた。
じゃが、ここは見知らぬ実力者が溢るる蟲毒の壺。あの時のように易々とは残れまい。
本来ならば、びでおかめらとやらであやつの最期まで見届けたいが、わしにはわしで主催としての任務がある。
おいそれと参加者と接触もできぬため、口惜しいが、やつへの報復をこの手で達することは困難じゃ。
それでも構わぬ。この殺陣を完遂し、全てに決着をつければわしの願いは叶うのだから。
最終更新:2018年10月13日 23:55