殺しあえと命じられた地の、月明かりの下で少年が一人活動を始めていた。
少年の名は不死川玄弥という。
鬼を殺すべく集った組織、鬼殺隊の一員だ。
彼も当然鬼を殺すだけの怨みと実力を持ち合わせているのだが、他の隊士に比べて鬼を殺す才には恵まれない面があるため、業腹ながら与えられた武器や情報が他の隊士よりも重要な生命線となる。
そのため彼が鞄を開き、武器や名簿を確かめる姿は半ば祈るようであった。
その結果は悲喜こもごもではあったが。
武器は上等なものがあった。そして名簿には

(宇髄さん……やっぱり宇髄さんだった!)

神子柴なる老婆に斬りかかった男は鬼殺隊の『音柱』宇髄天元のものに見えた。
上弦の陸との闘いで重傷を負って引退したと聞いていたし、柱稽古でもそのようにしか見えなかったが……死者の蘇生を可能とするというならばそのくらいの傷は癒せるということだろうか。
いずれにせよ頼りになる名と姿を目にできたのは何よりだ。
他にも刀鍛冶の里で共闘した竈門炭治郎に『霞柱』時透無一郎、いけ好かないが宇髄と共に上弦の陸と戦い生還した嘴平伊之助に我妻善逸の二人も柱稽古の最終段階まで進んだ猛者だ。
そこまではいい。
鬼殺隊の怨敵、始まりの鬼である鬼舞辻無惨、上弦の参である猗窩座、そして宇髄たちに斬られたはずの上弦の陸――蘇生させられたのか――妓夫太郎と堕姫の名は様々な感情を玄弥の内に引き起こす。
殺し合いの場であるなら無惨を斬るまたとない機会になるだろう。
だが同時にこの鬼どもは大きな障害ともなる。
歓喜、怖れ、他にも様々なものを覚えたが……ともあれ動き出さねば何も始まらない。
荷物を纏め、玄弥はゆっくりと立ち上がる。

(にしても変なところに出たもんだ)

ひとまず目についた神子柴の顔が描かれた珍妙な旗を目指して歩いてみたが、すぐに首輪から警告音が響いたので慌てて引き返す。
そうして改めて周囲を見ても立ち並ぶのは玄弥にとって見慣れない建物だった。
旗はともかくとしてそこに建っているのはどれもこれも平成、令和の時代にもなればありふれた民家ではある。
それでも大正を生きる玄弥には奇異なものに映った。
しかし文明開化が順調に進みつつあるのもまた大正であり、多少の違和感は覚えても大きな驚きはない。
そして見目が多少変わったところで古今東西変わらぬものもある。
人が生活しているならばその痕跡があるということ……例えば明かりがついている、という。

夜の闇の中で一軒だけ、ぼんやりと光を漏らしている家があった。
気持ちは分からなくもない。
夜の活動に慣れた鬼殺隊の端くれである玄弥も、正直僅かな自然光だけで名簿などに目を通すのは面倒だったし、何より夜の闇は不安を駆り立てる。
しかし殺し合えと命じられた真っただ中で、それもどこかに鬼がいる状況でいたずらに自分の居場所を発信するのは賢明でない。
承知の上での振る舞いかもしれないが、ひとまず注意に向かおうと玄弥の足がそちらに向かう。

もちろん、あえて呼び寄せているのではという疑念もなくはない。
支給された武器をすぐ取り出せるように構えて。
他の隊士に比べれば意味は薄いが呼吸を落ち着けて。
明かりの漏れる家へ周囲を確かめつつゆっくり近づいていく。

(藤の花が一輪もないな……)

夜は、鬼の時間だ。
安心して眠りにつくためには鬼を遠ざけてくれる藤の花を植えるのが不可欠と言っても過言ではなかろう。
ましてやこの地には無惨もいる。
にもかかわらず家の周りは石塀で囲まれた程度で鬼相手の防備を考えているとは思えない。
塀の向こうに見える中庭からは十分な土と草木の匂いがするから環境的に出来ないというわけでもあるまいに。

(本当に変なところだ)

石塀につけられた格子戸を開けて庭に入り、入ってすぐの光の漏れる硝子戸の向こうに視線をやる。
案の定、硝子戸の向こうの妙にひらけた室内に人影があった。

「おーい、そこのあんた。ここらには鬼が出る。危ねえ、ぞ……」

中にいる誰かに聞こえるように、しかし無闇に響かせないように気持ち潜めて。
その声に反応して影が振り向いたことで玄弥の声が詰まる。

そこにいたのは美しい異人の少女だった。
相手の性別とその容貌に気付いた玄弥が少し気後れるが、状況が状況でそうも言っていられない。
光に気付いて鬼が寄ってくるかもしれない、自分が気付いたんだから近くに誰かいれば同じように気付くだろう、注意しろ、などと忠告染みた言葉を絞り出そうとすると

「ねえ。これ、すっごく……綺麗だと思わナイ?」

先に句を告いだのは少女の方だった。
言葉と共に指で指示された方向に自然と玄弥の視線も誘導される。
玄弥はそうと分からなかったが、外にまで漏れ出た光は少女の指さした物を照らしている光源の残照だった。
それはあたかもステージを彩るスポットライトのよう。
そして室内がひらけているのもそれを展示するミュージアムであるかのよう。
リビングにポツンと置かれたダイニングチェアの上に鎮座するそれは、逆になぜ今まで気づかなかったのかと思うほどに存在感を放っている。

周囲の環境と、少女の振る舞いに導かれ、玄弥はそれを認識し……そしてそれが何かを理解した。

「…ッンだよ、それ!!」
「綺麗でしょう?これがネ、アリナに支給するウェポンなんだって。いいセンスしてるよね」

自らをアリナと呼んだ少女は狂気を孕んだ笑みを浮かべてそれを手に取る。
手の中のそれを掲げると顔の高さにまで持ち上げて……するとそこにはアリナと並んだ、もう一人の美しい少女の顔が。

「首……!?」
「デーモンの生首だってさ、アハ。デーモンの元老院、冷元帥クルールが人間とのウォーに負けて首を撥ねられたんだって。魔女やウワサはたくさん見てきたけど、悪魔は初めて見るヨネ」

冷元帥クルール。
火星の魔力を使った大儀式によって産まれた正真正銘のデーモンの姿は死してなお、いや亡骸であるからこそより美しくアリナの目には映った。
魔女やウワサは死体を残さない。
『生と死』を自らの芸術テーマとするアリナにとって、それはあまりにも惜しく、だからこそ手の中に遺った怪物はあまりにも愛おしい。
これを素に、作品を作り上げるには―――

「アナタ、ヴァニタスって分かる?」
「ぶ、う゛ぁ…?」
「静物画のジャンルなんだけど。死をモチーフにしたアートだからアリナも少し勉強したワケ。髑髏とか腐っていくフルーツで死やそれに伴う無常を描く……アンダスタン?
 アリナはこれで九相図を作ったら面白いと思うんだよネ。綺麗なデーモンの亡骸と、真っ白な髑髏と、腐乱した生首と他にもたくさん。だから、サ」

アリナの左手中指に嵌められた宝石、ソウルジェムが輝く。
そこから半透明のキューブが現れ、続けてキューブから出てきたサイケデリックなカラーをした衣装がアリナを覆い、長袖のアンダーシャツとブラウス、茶色いチェック柄のスカートで構成された女制服から彩り豊かな憲兵風の装いへと転じた。
魔法少女アリナ・グレイ。
口元に微笑みを浮かべ。
掌にキューブを浮かべ。
彼女は続けて口にした。

「アナタの首を、アリナにちょーだい」

キューブから放たれた幾筋もの光線が玄弥へと襲い掛かる。
気圧され、混乱する玄弥だったがさほど苦はなく攻撃を回避することはできた。外れた光線が庭へと続く硝子戸と外のブロック塀を砕く。
玄弥のの予想外の速さにアリナの口から舌打ちがこぼれた。

「魔法少女……じゃないよネ。その見た目でガールはノーでしょ。アナタ、何?」
「鬼殺隊、不死川玄弥。テメェこそ、なんだ?」
「アリナは魔法少女ですケド。それともマギウスって言った方がいいワケ?
 ……あ、ジーニアスアーティストとしてなら適当な雑誌をリードすれば分かるから勝手に調べてよネ。ま、アナタにそんな今後は無いんだケド」

鬼だの鬼殺隊だのというのがアリナにはさっぱり見当もつかない。
ただの人間の男だろうと侮って放った一撃を回避されて、黒羽根よりはやり手だと評価を修正し改めて攻撃を放つ。

玄弥もまた魔法少女、マギウス、デーモンというのが何だかまるで分らない。
始めは鬼の首を刈った剣士かと思った。次に人の首を眺める鬼かと思った。
だがアリナも生首の方も鬼らしい気配は感じ取れず、別の悍ましい何かだと予想するにとどまる。
だがひとまずはそれで充分……目の前の女は敵である。
さすがにこの女に反撃したとて炭治郎に腕を折られはすまい。
再度放たれた光線を躱し、素早く態勢を立て直して武器を抜く。
飛び出したのは巨大な大筒―――純銀マケドニウム加工水銀弾頭弾殻、マーベルス化学薬筒NNA9、全長39㎝、重量16㎏、13㎜炸裂徹鋼弾、『ジャッカル』。
最強の吸血鬼がただ一人の人間と戦うために用意させた特注の逸品だ。
並の化物なら一撃で、尋常ならざる怪異殺しであろうと五体を満足に保たせぬ弾丸は、喰らえば魔法少女であろうと無事ではすむまい。
その引き金が玄弥の手に収まり、その砲口がアリナに向けられていた。

轟音。
銃声とも呼ぶにはあまりに大きな炸裂音でジャッカルが牙をむいた。

「ッガ……!」

だが短い悲鳴を上げたのは玄弥だった。
ジャッカルの弾丸は狙いからずれ、アリナの光線とはまた別のブロック塀を抉り飛ばして終わった。
さもありなん、ジャッカルは人が扱える武器ではない。
玄弥の身体能力も人並み外れてはいるが、それでも不死王アーカードの携える牙の一つを使いこなすには役者が足りないと言うざるを得なかった。
だがそれで諦めるような男が鬼殺隊に身を置くはずもない。

「舎衛国……祇樹給孤独園、与大比丘衆」

念仏を唱え、集中を極限まで高める。
すさまじい銃の反動ではあったが、手首も肘も肩も無事。
であれば今度は全身で放つ。

玄弥は片手で構えていたジャッカルを両手で構え、足腰も活用して衝撃に備える。
そして再び引き金を引き、銃声を轟かせた。
再度放たれる弾丸だが、今度はアリナは意図してそれを躱す。
鬼殺隊が鬼を殺すために人の力を極めるように、魔女を殺すために人ならざる域に踏み込んだのが魔法少女だ。
玄弥が血鬼術を躱すようにアリナの光線を躱せるように、アリナもまた玄弥の構える銃を魔女の攻撃のように知覚して回避する。

(クソが、とんでもねえ武器だな!)

玄弥でもジャッカルは両手で構え腰を落とさなければまともに撃てないが、それでは早撃ちなどできるわけもなく、照準をアリナに読まれてしまう。
かと言って無理に早撃ちをしようとすれば腕が折れてしまうのでないかというほどの反動が襲い掛かる。
最初は当たりの武器かと思ったが途轍もないじゃじゃ馬だ。
玄弥が狙い構えるまでの間に、アリナは立ち位置を変えることで銃弾を躱し、さらに光線を放ち徐々に玄弥を追い込もうとする。
初撃の的外れさや構え方、見て取れる銃の威容からすでにアリナはジャッカルが玄弥の手に余るものだと看破していた。
光線が壁を一部崩し、床を貫き、足場を乱して玄弥を敗北へと導こうとする。

(だったら!)

乾坤一擲、玄弥はアリナの攻撃を姿勢を低くして避け、乱れつつある足場を大きく踏み込んで距離を詰める。
ジャッカルを左手に握り、その重量を活かして鈍器として扱い、薙ぎ上げるように振るった。
だがそんな単純な一撃が通るはずもなく、アリナは左手にクルールの首を抱えて躱しつつ距離をとろうとするが

「ウオラァ!」

雄叫びを上げて左手だけでジャッカルのトリガーを引く。
狙いなど碌に定めたものではない。的外れなことに天井に放たれた弾丸が跳弾することもなく貫通し、砕いた欠片を二人にばら撒いた。

「キャ!?」

そのつぶてにアリナが僅かに怯んだ隙をついて玄弥が右手を伸ばし、クルールの首を奪い取って再び距離を置く。

「…何する気?アリナからそれを奪って、フリーズなんて言うとか?」

なるほどたしかにアリナから下手に手出しはできなくなった。
だが玄弥の状況はどうか。
無理にジャッカルを撃った反動だろう。彼の左腕は奇妙な方向に折れ曲がっていた。
その有り様で凄んだところで大した脅威になりはしない。
ゆっくりとアリナはキューブに魔力を込め、とどめを刺す準備を整えていく。

「……こいつ、悪魔?だっけ」
「そうだケド。貴重なアートになるんだから傷つけたらただじゃ―――」





ばりっ

      ごきっ

   ばきばき
ず           ず

ごくん





「…………ハ?」

肉を噛む音。骨を砕く音。血を啜る音。それら全てを嚥下する音。
――――――玄弥がクルールを食っている音。
さすがのアリナもこれは予想できなかったようで一瞬呆気に取られてしまう。
だが

「ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁ!!!
 作品をブレイクしていいのはアーティストだけなんですケド!!何勝手なマネしてくれてるワケ!?
 アナタ…アナタのハラワタをぶち撒けてその中からクルールを抉り出しやる!」

怒りに染まったアリナが叫びと共にキューブに込めた魔力を解放し、玄弥に向けて全力で放つ。
ドッペルには及ばないが全力の一撃で、これまで見た玄弥の身体能力では躱せるはずのないものだとアリナは自負していた。
だが玄弥はアリナの想定を大きく超えて速く高く跳び、アリナの攻撃を回避してみせた。
それだけではない。
つい先ほどまで折れていたはずの左手でジャッカルを構え、アリナに向けて放ったのだ。

(ウソ!?)

牽制だったのだろう。そこまで正確な一撃ではなかった。
だが先ほどまで使いこなせていなかった武器を突然使いこなし―――いやそもそも左腕は折れていたはず。魔法少女でもこんなに早く回復はしない。
何が起きたのか。
アリナが混乱の渦に叩き込まれているさなかにも玄弥は容赦しない。
ジャッカルの銃撃を正確に二発、三発と叩き込んでくる。

二発目は躱した。だが三発目がアリナの肩口をわずかに掠め、それだけで肉を大きく抉っていった。
多量の出血でアリナの頭に上っていた血が下りる。
間が悪くそこでジャッカルの弾が切れたようで、玄弥が即座に鞄から取り出した予備弾を込め治す。
その隙に痛覚を遮断したアリナが魔法で傷を塞ぎ、最低限出血を抑える程度には持ち直して向きなおる。

玄弥が構えなおすより速くアリナが光線を放った。
毒々しく輝く光線が床を一気に腐敗させて足場を乱し、毒と床が反応したのか煙も上げて照準のための視界を乱す。
それも今の玄弥には障害とはならない。

人並外れた咬合力と消化器官をもつ玄弥は、鬼を喰らい取り込むことでその力を得て鬼を殺してきた。
今は悪魔クルールの首を喰ったことで強靭な肉体を獲得し、五感もまた鋭敏になっている。
多少の煙幕などものともせず照準を定めようとするが

(…消えた!?いや下か!)

アリナは即座に自らの足元を魔法で砕くとそこに身を躍らせた。
ジャッカルならば床板くらい容易に貫通できるだろうが、狙いが定まらなくては無駄弾と装填の隙を招きかねない。
ならば自分も後を追って床下に飛び込むかと一瞬考えるが

「勘弁してよネ。デーモンを食べてデーモンの力を取り込むとかチートじゃナイ?
 ここ、神浜じゃないからアリナはドッペル使えないのに。魔女を利用する私たちマギウスと同じようなことやってるの他にもいるんだ。シニカルなフォーチュン……」

アリナの声が下から響いたことで狙いがつけやすくなった。
ぶつぶつと言葉を続けるアリナに向けてジャッカルの銃口をむけようと即座に



ぶつぶつ

闇の中から蘇りし者    ぶつぶつ
     リンプ・ピズキット
   我と共に来たれ
 ぶつ  ぶつ    



ドスッ!!!

「ぐあ…!」

玄弥の脇腹に鋭い何かが突き刺さった。
咄嗟に構えようとしていたジャッカルを振るい殴りつけようとするが、その一撃はむなしく空を切る。

(なっ!?ンだ今のは)

見えない。
何から攻撃されたのか分からないが、わき腹を抉られた。
それ自体は大した傷ではないが、敵が何をしたのか分からないのは大問題だ。

(上弦の肆みてえに見つからねえのか!?)

咄嗟に足元に視線を走らせるが鼠一匹見当たらない。
視力も強化されているからそれは間違いない。
そこへ続けて獣が駆けるような足音を響かせて見えない何かが突っ込んできた。
音に反応して玄弥もそれを受け止めるべく構えるが、クルールを喰って得た膂力でもってもその敵は抑えきれなかった。
敵の正体がつかめない。そして圧倒的な攻撃力の別固体らしきもの。ますます上弦の肆が玄弥の脳裏によぎる。

(同じなら…あの女をやれば!)

玄弥は突っ込んできた何か――見えないが毛が生えているようだ――と組み合い、押されながらもジャッカルを突き付け引き金を絞る。
銃声と共に硬い何か――おそらくは角だろうか――が折れる音が響き、それに怯んだか不可視の敵の力が緩む。
そこへ思い切り前蹴りを叩きこんで吹き飛ばし、その反動で玄弥も後ろに跳び、両者の間に大きな距離ができた。
アリナが乱した足場を今度は玄弥が利用する。獣の足では即座に距離を詰めれまい。
その間にジャッカルの照準を改め、アリナの声がした方へ。
上弦の肆と同じなら大元を仕留めれば不可視の攻撃は止むはずだとそちらを仕留めようとする玄弥の耳に、予想だにしなかった獣の足音が再び響いた。

(壁!?)

重力を無視したように、音は横方向、目線の高さから聞こえた。
たしかに壁には多少の銃痕は在れど移動に支障をきたす大きなものはない……そも壁というのは歩くことを想定するものでもなかろうが。
予想外に早い戦線復帰。それでも玄弥が引き金を引くより早いということはなかろうが、姿が見えず何をしてくるか予想できないのが恐ろしい。
射線に割り込み盾になろうとしてくるか。またこちらに突撃してくるのか。上弦の肆の分身やアリナとかいう女のように飛び道具でも撃ってくるか。
先に対処するにも見えない敵にジャッカルの照準を合わせるのは至難の業だ。
ならば、と。
ジャッカルを持つ右手はそのままに、玄弥は左手を足もとへ伸ばす。
そのまま傷ついた床を拳で打ち抜き

「おとなしく、してやがれェ!!」

床板を丸ごと引きはがしてその面で広範囲をぶっ叩く。
見えなくとも辺り一帯を攻撃すれば効果はあろう。
床板を大きな塊のまま振るえたのは幸いだった。

「手ごたえあり……!でもって見えたぜ……!」

剥がれた床板で獣は弾き、そして床下のアリナの姿もはっきりと捉えられるようになった。
これでトドメ、と玄弥が右手のジャッカルを放とうとする。


バリ
     バリバリバリ
  パキ   ボキン

肉を噛む音。骨を砕く音。
それが今度は玄弥の右腕から響いていた。

「うっ、おおおおおおおおおおおおおおお!?」

喰われる感覚。
玄弥がそれを味わう立場になることは珍しい。
鬼殺隊を相手にした大概の鬼は殺してから喰うもので、喰って殺すことはそうないからだ。
だがこれは噛み砕いているのではない、明らかに喰っている!戦場において鬼以上の悍ましさ!

(床板の向こうにさっきのは抑えてる!女は床下、ならもう一体出たのか!?)

増えた。
本気でこのアマ上弦の肆の親戚か何かじゃないかと混乱する玄弥は思うが、そんな呑気なことを考えている余裕はない。
一対一でも厳しいところに不可視の敵が二体出てきて、さらに増えないとも分からない。
もはや玄弥一人の敵う範囲ではなくなった。
刀鍛冶の里での戦いのように死の気配が満ちるのを肌で感じる。
右腕がさらに抉られ、ジャッカルが落ちた。
床板を破り、獣の匂いが近づいてくる。
対峙する少女も掌を輝かせ攻撃を放とうとしている。
今の玄弥ではそのどれにも対処はできない。

(もう…死ぬ)

また、兄ちゃんの顔と言葉が走馬灯のように


―――玄弥ーっ!!!諦めるな!!―――



浮かぶ前に仲間の顔と声を思い出した。
視界が晴れる。思考が晴れる。
…………悪魔を喰らい、発達した聴覚が足元に転がる何かに気付いた。
玄弥に貪られ、頬が抉れてもなお美しくあるクルールの首。
床板を振り回した際にこちらに転がってきたようだ。
…………アリナと玄弥の戦闘の余波で崩れた塀の向こうに、神子柴の顔がはためいていた。
ああ。それに、賭けよう。

「飛べーっ!!旗のとこまで!!」

強化された脚力で、クルールの首をクソみてえな旗目がけて蹴り飛ばす。
またしてもクルールの首に突然とった意味不明な行動にアリナは驚き、クルールへの無礼な振る舞いに怒り、しかしまた妙なことが起こるのではと警戒し、といったところだ。
一瞬どうしたものか逡巡するアリナだったが

「おい。あの旗の方、神子柴のヤツがいる禁止エリアだったぞ」

玄弥のその声で顔色を変える。
禁止エリア……神子柴が言っていた、立ち入り禁止の区域!

「ヴァァァアアアッッッ‼」

奇声を発しながら、もはや玄弥などどうでもいいと飛んでいったクルールをアリナは追いかけ始める。
悪魔を喰らった玄弥に蹴られた首は彼方まで飛び、強化された魔法少女の視力でもすでに視界ギリギリだ。
もし禁止エリアに入ってしまえばあの首を二度と手に入れることができないかもしれない。
優勝して回収するとしてもそれまで放置され雨風にさらされたり腐敗してしまったりすればただでさえ傷ついたのに、さらに希少な美が損なわれてしまう。

(許さナイ……!)

コイツの言葉が真実かどうかはこの際どうでもいい。
クルールの首を回収して、その後コイツは必ず殺してやる。
怨みの視線だけ残してアリナは急ぎこの場を離れていく。

「……ぐ、痛」

それを見送り、一瞬息をつくと抉られた右腕が回復していく。
いつもより回復が遅い気がするが、喰ったのが鬼じゃないからだろうか。
ジャッカルを持てる程度に回復したところで落ちたそれを回収し、アリナとは反対方向へ玄弥も駆けだした。
あの女の思想も、能力も、上弦に匹敵する危険さだ。
炭治郎や柱、他の仲間の協力もなければ倒すのは困難だろう。
屈辱だ。苦渋の選択だ。
だが脅威を喧伝しなければならない。何より敵はあの女だけではない。無惨や他の上弦もこの地にはいるのだ。
今は生き延びることを優先しなければならない。

(畜生……)

とはいえ無為な戦闘ではなかった。
ジャッカルの性能を試せたこと、デーモンなる存在をしれたこと。
一か八かで口にはしたが、本当に鬼と同様に力が得られるかは賭けだった。
最後の逃亡もあの首がなければなし得なかったし、首の少女には散々に助けられたと言える。

(あー、でもまた蝶屋敷ですげえ怒られそう……)

鬼だけではなく得体の知れないもの口にしたと知れば蟲柱は何と言うだろう。
おまけに今後また別のものも口にするかもしれないとなればなおのこと。
玄弥はすぐ取り出せるよう懐にもう一つの支給品を忍ばせる。

(正直悪魔の肉なんて疑ってたけど、あれが本物ならこれも多分……ん?何か動いたか?)

手にした肉片……『銃の悪魔の肉片』が玄弥の後方、アリナの駆けて行った神子柴の旗の方へ僅かに動いたのは玄弥が走り揺られていたせいか。それとも……



【C-4/1日目・深夜】

【不死川玄弥@鬼滅の刃】
[状態]ダメージ(小~中、回復中)、クルールを喰って微妙に悪魔化
[装備]ジャッカル@HELLSING、銃の悪魔の肉片@チェンソーマン
[道具]基本支給品、ランダム支給品0~1 ジャッカルの予備弾(残数不明)@HELLSING
[行動方針]
基本方針:悪鬼滅殺。人は守る。
1:今はアリナと距離をとる……今は。
2:炭治郎や無一郎のような仲間と合流し、無惨やアリナなど敵を滅殺する。

※参戦時期は柱稽古終盤~無限城突入の間ごろです。



【ジャッカル@HELLSING】
不死川玄弥に支給。
対化物戦闘用13㎜拳銃
全長:39㎝ 重量:16㎏ 装弾数:6発
使用弾種:専用弾・13㎜炸裂徹鋼弾 弾殻:純銀製マケドニウム加工弾殻 装薬:マーベルス化学薬筒NNA9
弾頭:法儀式済み水銀弾頭
吸血鬼アーカードがアレクサンドル・アンデルセン神父と戦うために創らせた特注の銃。
もはや人類の扱える代物ではないらしい。


【銃の悪魔の肉片@チェンソーマン】
不死川玄弥に支給。
銃への恐怖が生み出した悪魔、その肉片。
この肉片を得た悪魔は大きく力を増すという。
肉片同士に引き合う性質がある。






「アイツ、本当にムカつくんですケド」

クルールの首はかろうじて確保できた。
もう少しで禁止エリアに転がり込むところで、本当に危なかった。

「ンー……」

手にした首を再度じっくりと眺めてみる……齧られはしたがこれはこれで美しい。
ミロのヴィーナスやサモトラケのニケは欠損ゆえの美があるというが、なるほどこれもまたそういうものだろう。
あらかた堪能したところで今度はアリナの周囲に集う透明なゾンビに手を伸ばした。
アリナにも見えない、リンプ・ピズキットによって産まれた二体のゾンビ。
その姿を確かめるために触れてみたいと思ったのだ。
まず一体目は、四足歩行の獣の背中から女体が生えているような形をしている。
その女体の肌にじっくりと指を這わせるうちに理解した……これはクルールのものだと。
てっきり首だけのゾンビになるのではと危惧していたが、デーモンには再生能力でもあるのだろうか。五体満足を通り越してもう一つ五体ができている……姿は見えないが艶めかしい肌触りに美しい毛並みだ。想像するしかないのが本当に惜しい。
そしてもう一つのゾンビに手を触れると、これはなんだかすぐに理解できた。
ベッドの上でもでもバスルームでも、何度も触れているなじみ深いもの。

「アイシー。アリナたちはもうゾンビみたいなものだったネ」

そう。
アリナ・グレイのソウルジェムに操られるだけの肉体も、リンプ・ピスキットは死体と認識してゾンビを産み出したのだ。
このゾンビたちにアリナは玄弥を殺させるつもりだったのだが、どうやら射程距離があるらしくアリナに着いてきてしまった。
魔女やウワサのようには扱えないらしい。

「あーあ。せっかくキープしてた魔女もウワサもなくなってるし……」

アリナの固有魔法は結界の作成で、その中に多くの魔女、使い魔、ウワサを飼って保管していたのだが、それは没収されていた。
では改めてこのゾンビやクルールの生首をしまおうかと考えるが、そうすると魔力の消費がいつも以上に凄まじい。
結界の中に引きこもったりしては殺し合いが円滑に進まないからだろうか。
本当にイライラする。

「ま、でも……」

このクルールの姿は本当に美しい。これ以上劣化しないようにひとまず大事にディパックにしまっておく。
おそらくこれだけではないだろう。
クルールが死んだのは戦争≪ウォー≫だという。
ならば悪魔も彼女一人ではあるまい。
玄弥もまさかやけっぱちで彼女を喰らったということもなかろう……何らかの確証があって口にしたのだ。
デーモンに近しい何かをアイツは知っている。そういえば鬼、とか言っていた気がする。

「すっっっっごく欲しいヨネ。アリナのとびっきりのアートのために」


【C-4、国会議事堂近辺/1日目・深夜】


【アリナ・グレイ@魔法少女まどか☆マギカシリーズ】
[状態]右腕負傷(魔法で止血)、痛覚遮断、魔力消費(小)
[装備]リンプ・ピズキットのDISC@ジョジョの奇妙な冒険、クルールのゾンビ、アリナのゾンビ
[道具]基本支給品、クルールの生首(玄弥に齧られて頬などが欠損)@デビルマンG、ランダム支給品0~1
[行動方針]
基本方針:レアなアートの材料が欲しい。
0:悪魔族クルール。とっても綺麗……
1:デーモンや鬼、アリナの知らなかった美しいアートの素材を探す。それを彩る絵の具やキャンバスも欲しい。
2:アイツ(玄弥)は鬼について口を割らせたら殺して赤い絵の具にしてやる……!


※参戦時期はマギウスが黒羽根ができる程度に組織を拡大して以降です。詳細な時期は後続の方にお任せします。
※結界内の魔女、ウワサ、使い魔は武装として没収されました。
※制限により結界を作成し中に人や物を入れようとすると魔力の消費量が大きく増大します。


【クルールの生首@デビルマンG】
アリナ・グレイに支給。
悪魔族元老院の両巨頭と謳われる最上位のデーモン、冷元帥クルール。
彼女の最期は原作漫画デビルマンの牧村美樹の最期をオマージュした凄惨なもので、デビルマン・フラムメドックに首を撥ねられ、狂喜に踊り狂う人間たちにその首や五体を晒されていた。
そのうちの生首だけがアリナに支給された。

【リンプ・ピスキットのDISC@ジョジョの奇妙な冒険】
アリナ・グレイに支給。
頭に挿入することでスタンド能力を身に着ける。
破壊力 - なし / スピード - B / 射程距離 - B / 持続力 - A / 精密動作性 - C / 成長性 - E
死んだ生物を見えない死骸として甦らせる能力を持っている。
蘇ったゾンビは、壁や天井を自由に歩くことができ、その本能から脳味噌を喰らおうとする。
死体の一部だけでも蘇生させることができなくはないが、うまくいくのか、どうなるかは持ち主にもこの能力を与えたホワイトスネイクにも分からなかった。


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