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Rising sun(前編) ◆HOMU.DM5Ns





臓と肺腑の底の底、魂を収める土台から湧き上がってくるような衝動が、パチュリーに襲いかかった。


この感覚は既知のものだ。
忘れようにも忘れられない、恐怖と屈辱とが粘つくまでかき混ぜられた忌まわしき記憶。
大学内でのランサーがその細腕に持つ戦鎌の真名を解放された魔力と共に襲った滅びへの本能の警鐘。
魔力とこの恐怖は強く結びついている。
英霊という人の側を超越し、死の際より来たり概念に、『それ』を構成する魔力が汚染されてるとでも言おうか。
筆に染み込み過ぎた絵の具が白紙を滲ませるぐらいに染めてしまうように。
井戸に毒となる水銀を流し込むみたいに。
同じ規模、同じ術式でパチュリーが魔力を用いても、英霊が行えばその魔力に特有の色がつく。魔力が恐怖を生み、恐怖とは魔力だ。

(なんて……歪な)

パチュリーの背筋に冷や汗が流れる。
英霊。神秘。宝具。狂気。
人智はおろか魔境の叡智ですら届かぬ根源的な恐怖。
既に知り得ている情報なのに、本能は震えを止めない。

「………………っ」

唇を噛む。
震える心を緊迫し、折れそうな膝を立たせる。
智を誇る魔法使いであるパチュリーにとって、知識こそが身を守る鎧だ。理解こそが敵を打ち破る魔杖だ。
その誇りが理性の火を絶やさぬ燃料となり、凍える体を解きほぐしていく。

「おし、平気だな。やりゃあ出来るじゃねえか」

背を押すような言葉を送るセイバーの顔は、見えなかった。
パチュリーに背を見せて、現れた英霊の注視に全霊を傾けているからだ。
既に刀剣男子はサーヴァントの本分に立ち返り、鞘から刀は抜かれ両手で構えられている。

「で、誰だよてめえは。いきなり現れて好き放題言ってんじゃねえぞ」

睨みつけての問いに対し男は怯みを見せず、何でもない、至極当たり前のように告げた。

「我は、神なり。この青海の街で無聊を慰めるべく降臨した至高なる唯一神よ。今はライダーのクラスなどに定まれているがな」

クラス名を開示し、胡座をかいて四人を睥睨する様は傲岸そのもので、なるほどいかにも神らしいものだ。
パチュリーも神とは直接面識がある。幻想郷とはそもそも信仰を喪失した神々が最後に降り立つ異界である。そしてそうした手合いは基本上から目線でものを言う。
在り方はどうあれ、前提として信仰されてこそ神は神足り得る。信仰とは祈りであり、捧げられるものは上に立つのが最も自然な形だ。

「神、ですって?あなたが?」

反応を示したのはランサーであった。
彼女の収めるオルミュッツ公国、ひいてはジスタード王国にも信仰する神が在る。特定の宗派があるでもないが崇める存在には違いない。
目の前のライダーが、その神と同じだと名乗ることは聞き捨てならなかった。

「会談の最中に断りもなく割り込む礼儀知らず、華美に光を散らして見せる品のなさ。恵みをもたらす気なんて微塵も感じられない。
 あなたには人の上に立ち、民が崇めるに値するものを何一つ持ち合わせていないわ。田舎地方の領主からやり直すことね」
「ヤハハハ。馬鹿め。神が人をどう扱おうが構わんではないか小娘が。
 神は導きなどせぬ。神は教えなどせぬ。ただ天上にいるだけでいい。それを見上げるしかできない者どもは自然と平伏し頭を垂れる」
「ほう、言ってくれる。だが私は宇宙にスコードと祈った事など一度とない」

新たにクリムが口を挟み出して、言葉の応酬は続けられる。

「私の地で崇敬を集めている、フォトンバッテリーを運ぶキャピタル・タワーはあくまで機械でしかない。
 地球の生活圏を支えてるとはいえマシーンに祈りを捧げるなどナンセンスだ」
「それが神だ。生殺与奪を握られ、抗えぬと諦めたものを人は古来より神と定めてきた。
 そうやって奉り崇めれば自らの矮小さを誤魔化せるとでもいうようにな。
 ヤハハ、時代が違っても人の考える事は変わらんな」
「神々が、人の諦めですって?」
「少し違うな。神とは恐怖そのものだ」

常人の精神を毒に浸す、邪なる神秘の塊である自身の指を見せつける。
掌の中心で、一瞬だけ火花が散った。

「恐怖こそが神を神たらしめるものだ。絶対なるものへの恭順の証だ。
 貴様らが私を恐れるのは世の摂理であり、私の意に沿うよう動く事が唯一救われる行いだ。存分に私を愉しませ、私を悦ばせるといい。
 それでこそ最後には無為に散る貴様らにも価値が生まれるものであろう?」
「つまり―――どうだと?」

意図を判じかねて、ただ不穏なものを感じ取りクリムが眦を決する。

「サーヴァントの実体を掴んだのはこれが初めてでな。何処とも知れぬ木っ端であっても英霊の戦いには興味がある。
 今より、そこの二騎で戦って見せるがいい。無論、双方殺す気でな」


暴言と取るにもあまりに限度を超えすぎた発言が飛び出した。
二騎のサーヴァントが集った場に何を目的に乗り込んできたかと思えば、ただ観戦に来た程度の興味心だった事に誰もが次の言葉を失っていた。
しかも彼の中ではセイバーとランサーが対決するのが既に決定済みになっている。痴れている、と言わずして他になんと言おう。

「ああ、生き残った方は暫くは見逃してやってもいいぞ?この街は狭いが、わざわざ練り歩いてサーヴァントを探し当てるのも骨折りだからなあ。
 かつての"神隊"のように、動かせる手足があるに越したことはない」

薄笑いを浮かべながらペラペラと並び立てられる言葉に、いったいどこまで真実味があるか。煎じ詰めるまでもなかった。
これはただの気まぐれだ。本人すら本気にしていない傲慢故の遊び心に過ぎない。
気分次第で約束を守りもするし、好きに破りもする。保証などどこにもない思いつきの放言。
そこまで自身の実力に自信があるのかもしれないが、だとしてもなんという放言か。
クリムとランサーは言うに及ばず、パチュリーすらも湧き上がる怒りで黙る中で。

「あ?なんだそんな事かよ」

武者は頭を掻きながら、ライダーの大言を酒の席の痴れ言か何かであるかのように切って捨てた。

「神とか恐れだとか長々話し込んでて眠っちまいそうだったから流してたけどよ、最後のだけはよく聞こえたぜ。
 試合を見てえんだって?いいぜ、お望み通り見せてやるよ」

黒備えの鎧の剣士は刀を振りかざし、切っ先をライダーの首めがけて突きつけた。
何の装飾も施されていない打刀。
台に鎮座されるのをよしとせず、見処を捨てただ武器としての価値だけを追い求めた末に辿り着いた剛の刃。

「ただし、てめえが実演でだ。ここまで舐められて、今更退けとか言わねえよなぁ大将(マスター)?」

主に振り向いて見せた顔は禍々しく、今こそが己が存在意義を果たせる瞬間なのだと打ち震えていた。


この英霊の思考はパチュリーには理解の外だ。
自分が一般的な感性の持ち主だとは思ってないし、知己は揃って偏屈揃いであるが、ここまで単一の事に全身全霊を注げるのは殆ど目にしない。
なにせこの男には遊びがない。弾幕ごっこのように、彩りと美麗を以て競い合う要素を排してる。
遊びとして成立させるための、常に弾幕の抜け道を用意する余地がない。
無くせる隙は無くせるだけ埋めて、防がれる間を突き詰める。
それは斬ることを、勝つことを至上とする、少女無用の真剣世界。
馴染まないのも当然だ。パチュリー・ノーレッジの生きる世界と、幻想郷での枠組みから最も遠い位置に同田貫正国はいる。

「ほんとあなたって、単純よね」

溜め息をついて応える。
理解しようなどとは今更思わない。
けれども、今ここでの一時だけは。

「退く気なんてはじめからないわよ。あなたが流してた台詞ね、私にとっては聞き流せない発言のオンパレードなんだから」

共感を持てる事がある。
腹に巣食う悪寒を押し殺し、啖呵を切ってやる理由がある。

「では初の共同戦線といこうか。行けますね、戦姫さま」
「当たり前よ。これで下がるよう言ったならそれこそ貴方を見限っていたわ。
 マスター、指示をちょうだい。とびきりシンプルで冷酷にね」

横からはそんなクリムとランサーの声。
燃えて荒ぶる意気を見せるのはパチュリーだけではかったらしい。
ここにいる全員か、奧に湛える闘争心を剥き出しにしている。


不思議な光景だった。
偶然邂逅しただけの二組のマスターとサーヴァント。同盟を組んで間もないのに、現れた敵を前にして意思をひとつにしている。

何がトリガーになったのか。
ここまで燃え上がる理由とはなんだ。意見を一致できた要因は。
答えるものはいない。聞く者には誰であれ分かりきっている答えだから。

難しい話ではない。
細かな理屈など必要なく。
特別な理由なんて、始めから存在していない。

これは単純にして明快な不文律だ。
「売られた喧嘩は買う」――――――男女問わずして共通できる、戦うに足る理由。




「斬りなさい、セイバー」
「応よ!」

「蹴散らせ、ランサー」
「受けたわ!」




銀刃が黒い残像を残して走る。
蒼槍が絶氷を散らして舞う。
マスターの命を受けた二人の騎士は体内の魔力を唸らせ疾駆した。
身体は限界まで絞られた弓の弦が解放されたが如く弾け飛び、二秒とかからずエネルを捉える間合い迫る。
地を飛び上がって振るわれる刃はライダーの首を、槍は心臓に狙いを同時に定めている。
即席とは思えない連携の手並みこそは徒党で戦場を駆けた者同士の経験則が成せる技か。
緩みきった状態のライダーに防御の猶予などなかった。そもそも防ぐ意識すらあったかどうか。
自身の命脈を断つ凶器を前にして避ける素振りすら見せず――――――肉に触れようかという寸前に姿を消失させた。

「あ?」
「これは……」

刀と槍は手応えを得られずに何もない宙を虚しく切り裂いた。思いもよらぬ結果に困惑する二者。
予想だにしない攻撃にたまらず霊体化して逃げおおせたのか。そうしたものとは違うと直感で断じる。
現に痺れるような魔力はまだ傍から感じている。


「……不敬なり」


声は、再び頭上からだった。
どこから取り出したか雲を凝り固めたような球体に座るライダーは、やはり変わらぬ泰然の構えで、最初の時を同じように二人を見下ろしていた。

「いいだろう。体が鈍っていて準備運動もしたかったところだ。神たる者、不健康ではいられんからな。
 光栄に思え。私自ら、真の恐怖というものを直々に刻みつけてやる。
 肉の繊維一本といわず、魂の一欠片といわず。全身全霊、余すところなくな」

言葉とは裏腹に声に怒りはなく、笑みは消えなかった。
エネルにはいまだ余裕が失われはしない。この段になっても、余興に座しているという認識を改めはしてはいない。
自らに及ぶ以外の一切合切を有象無象に捉える男には全てが遊興である。
力をひけらかし無知なる輩に彼我の格差を教授してやるのも神の務め。そう確信しているのみ。

「まずは小手調べだ、楽には死ぬなよ」

そう言って、無手を晒す。
掲げられた掌からは魔力が光となって集積していき。


「百万∨(ボルト)、"放電(ヴァーリー)"」


天(そら)を支配する神の怒りが、地上に落ちてくる。
放射された光が白熱した道を形作り、二者を焼かんとして到来した。

「っと!危ねえ!」

いつまでも突っ立って相手に狙いを定めさせてやる馬鹿はいない。
セイバーもランサーも共に、エネルが手をかざした時点で攻撃を予期して駆け出していた。
迅速な行動であったが、それも雷に先んじるほどの速度とはいかなかった。
ごく浅い範囲、引っかけた程度とはいえ雷の奔流を浴びる。戦闘行為に支障はないが肉の焦げた匂いが鼻につく。
そういや夜にも雷をもらったか、と余分な思考を一瞬浮かべる。

「ヤハハ。まずは貴様からといこうか、侍」

なんと、逃げた胴田貫の進行先には何食わぬ顔でエネルが待ち構えていたのだ。
予め行動を予測し先回りしたとしても信じがたい速さだった。
パチュリー達マスターは無論、ランサー達サーヴァントにも移動の過程を見逃していた。
単に機動力が高いというだけでは説明できない突然の出現にも、胴田貫は一瞬の躊躇も見せずに返礼と刀を振り抜く。
それをライダーは黄金で出来た棒で受けた。
宝具ほどの神秘はないがただの金属ではないのか、それとも持ち主の尋常ならざる魔力の賜物か、セイバーの膂力に歪みもせず拮抗する。

「―――かっ!」

不遜なる態度が決して虚仮威しでない事に胴田貫は破顔する。
そしてすぐさま再燃。滾る戦気のままに凶器を息つく間もなく振り回した。

駆動する全身はそれこそ颶風のように。
英霊の華々しさからは程遠く、戦舞と呼ぶ美麗さはない。
光輝。英気。矜持。神秘。飾り立てる全ては無用。
恩讐。執念。善悪。信仰。人世に纏わり付く全てと無縁。
「如何様にして斬るものか」。剣に生きる者が終生かけて専心する無念無想の境地、ではない。
この男が奉ずるのは自らを振るう刹那のみ。戦い。戦闘。斬り合い。殺し合い。刀を振るって敵を斬れれば何も要らない。
それのみを意味と価値として存在してきた、凶器に宿りし付喪の霊。
ゆえにこそ刀剣男子。剣を使う英霊ではない、文字通りの「剣の英霊」である。

「キェエアアアア!!」

猿叫一喝。鉄をも両断する太刀が戦場を巡る。
当たればまさに一刀両断。誉れも高き兜割りの異名を真実名さしめる撃剣はしかし、その真価をいまだ発揮してはいない。
なぜなら体の力を抜いたライダーには、ただのひとつの掠り傷も負わせられないからだ。


柳に風。まさに諺の再現であった。
自らを八つ裂きにせんと迫り来る斬撃の嵐を、全て紙一重で躱していく。
薄皮一枚でも軌道が違え血飛沫が上がるギリギリの差。しかしそれでも当たらないものは当たらない。
胴田貫の剣捌きが稚拙なのではない。そも刀の化身が得物の扱いを損なうはずもない。気迫を叩きつけてくる太刀筋は愚直ではあるが同時に豪速でもある。
脳天を割る唐竹、胴体を泣き別れにする胴、いずれも急所を狙い撃つ必殺の手。
脅威なるは初見でそれを見切っているエネルの動き。
僅かな体のこなしだけで面白いように脇を通り過ぎる。時に金棒でいなし、ゆるりと流してすらいた。

――――――青海に息づく猛者が備える"覇気"の類種、見聞色。
かつてエネルが支配した空島において心網(マントラ)と呼ばれるこの能力は心の声を聞く、守りにおいて非常に重用される。
読心に抵抗できる精神防御を備えてない限り、接近戦でエネルの先を取るのは不可能に等しい。
その点で、迷いなく真っ直ぐに攻める同田貫にとっては最悪の相性といえた。
心の声と動きが完全に一致している動きなぞエネルにすれば目を瞑ろうが避けるに苦心しない。

幾度目かの空振りに合わせて、ライダーの腕が脇をかすめる刀と交差する。
鍛錬で鍛え上げたというよりも、持って生まれた天然の宝石がごとき無駄のない肉体は、見た目以上のパワーをもってセイバーの胸に拳を打ち付けた。
鎧越しでも骨が軋む衝撃に、肺から息を吐きセイバーの体が浮く。
見事にタイミングを図ったカウンターを食らった体は態勢が崩れ後方へと飛ばされてしまう。
見るからに隙だらけの状態に追撃を入れようとしたライダーを、四方から飛来する無数の氷解が阻んだ。
指揮棒の如く短槍を掲げるランサーの技だった。
一歩下がって戦況を俯瞰し、セイバーが殴り飛ばされ距離を取った頃を見計らっての援護。
精緻な手並みこそは、単純戦闘以外の軍略にも通ずる戦姫(ヴァナディース)である何よりの証左である。


「"電光(カリ)"!!」


鳴り響く雷鳴が氷牙の華を照らし、枯らし、蒸散させる。
エネルの全身より発する光の熱により、仕掛けられた氷柱の罠はその全てが融解した。

「氷の能力者か。面白い」

攻勢は一旦止まる。
ただの斬撃よりも氷という自然界、それも『水』に付随する力には警戒の度合いも僅かばかり上だ。
セイバーも即座に起き上がり復帰する。
これで仕切り直し。戦場は振り出しに戻った。

「しかしその程度の薄氷で我が雷は防げまい」
「そう、なら試してみる?」

ランサーの手に再び光が収束される。今度はランサー一人に狙いを定めて。
枝分かれして無数の鞭となってのたうち回る稲妻。あるいはそれは、ランサーを深海へと引きずり込もうとする触手の群れなのか。
サーヴァントの反射神経があっても全てを回避するのは叶わぬ攻撃だが、ランサーは網の目を掻い潜るようにかわしていく。
竜具ラヴィアスの備える冷気の加護。矢の雨も毒の液も戦姫に届く前に氷結させる不可視の盾。
雷そのものは防げず羊皮紙を破く勢いで貫かれるが、雷速に届かぬランサーを射程範囲から引き剥がすまでの時間を稼ぐには十分だった。

雷を操る能力者。リュドミラには決して未知の相手ではない。
自分と同じ七人の領主、『雷渦の閃姫(イースグリーフ)』の異名を持つ戦姫の一人の竜具にまさにそのような力を秘めているからだ。
だが、出力においては桁が違う。小手調べと本人が言った現時点ですら総量において既に上回っている。
先の攻防で得た情報を拾い集め、少しずつ敵の正体を浮き彫りにしていく。
それは戦姫として培った戦績と経験から幾つも勝利をもたらしてきた、まさに平時のリュドミラ=ルリエ通りの戦法。
英霊の真名を知り能力を看破する事が勝利の道を繋ぐ標となる聖杯戦争においても、それは有効に成り得ただろう。


しかし、ここに限っては。この相手にとっては―――――――――それは悪手に尽きた。致命的に過ぎた。
未明に戦ったアサシンとの最中で垣間見た深淵。
鋭角の隙間から覗く欲望の色をした瞳の群れ。
失態の恐れから平常心を失ってしまうようでは英霊の名折れ。しかし、頭の片隅にでもその時の光景を留めておくべきだったのに。


「く……っ!」

ついに避けきれなかった稲妻の一条がランサーを捉える。竜具の柄を伸ばし地に刺した形で雷撃を受け止める。
足下は一端凍結させてから溶かしたことで水溜まりが出来ている。これで電流を拡散して受け流す計算だった。
狙い通りに半分程は流せたが、槍を握った手から伝わる分は防げない。体内を極細の蔦が暴れまわるような激痛を食いしばって耐える。

「ほう、耐えるではないか。ではどこまで耐えられるか試してやろう。そら、二百万∨(ボルト)」

電撃は一切の容赦浴びせ続けられた。それどころか徐々に出力を上げていきその身を苛ませていく。
三百万、四百万、五百万――――――奔流が怒涛の勢いでリュドミラという小さな木片を押し流す。
電気椅子という、近世にて開発された処刑装置がある。
受刑者を椅子に縛り付けて電極を繋ぎ、その者が死ぬまで高電圧を流すという残酷な処刑法だ。
今のランサーはその執行の真っ最中であった。
魔女狩りの代名詞でもある火刑が、アーカムで雷刑と形を変えて施行されているようですらあった。

電流を分散させる水面も熱で干上がって、今やラヴィアスとランサー自身の魔力で抵抗するしかない。
宝具である竜具の神秘と選ばれた血筋という誇りは焼き切れずとも、悲鳴を上げる肉体が限界に達するのも時間の問題。
かといって、それを黙って見ている剣(サーヴァント)ではない。

「凝りぬ男だ、さては馬鹿か!」

背後からの殺気にも、ライダーはごく当たり前に先を取った。
馬鹿正直に突っ込んでくるセイバーを嗤い、ランサーへの責め苦を止めず空いていた手で同量の雷撃を飛ばす。
同田貫は止まらない。止まる、という思考をこの時彼は捨てていた。
骨身を焼き尽くす豪雷に遮二無二駆けるのは精神をいわした白痴の無様さか。
そうではない。それは否だ。剣の瞳は無骨にもただ一点を見据えた確固たる意思に固定され、目前を包む雷を恐れる気は微塵もない。
何故ならば――――――


「―――水符『ジェリーフィッシュプリンセス』」


宣言する。
命名された呪文(スペル)が詠唱され、発動のための手順が満たされる。
少女遊戯。弾幕勝負。けれど満たされる魔力と起こされる現象は、紛れもなく『本物』だ。

「馬鹿はてめえだカミナリ野郎っ!!」

剣は止まらなかった。痛みによる減衰もせず、雷の波に飲まれて動きを阻害されてもいない。
突き進む男の全身は、いつの間にか透明な泡のような膜に包まれていた。
膜を中心にして大量の泡状の弾幕が打ち出される。それらがさらに大泡の表面に覆い被さって、セイバーを押し寄せる電流から保護する防壁になっていた。

「効いてる、わね……!」
「当然だ、私の考えた策である!」
「行使してるのは私だから!」

泡の弾幕を発生させる防壁の術。
これは英霊が持つ能力ではなく、そのマスターであるパチュリー・ノーレッジの行使した術に他ならない。
英霊同士の、神秘同士がぶつかり合う闘争の空間で、パチュリーは己に取れる選択を模索していた。
一度目では思考を錯乱させられる神秘の邂逅も、二度目であれば余裕が生まれる。
そこはクリムもまた同じ。直接目の当たりにしてこそないものの、英霊同士の戦いの何たるかを心得ていた今対応は素早かった。
白熱する戦いの傍で二人は別個に作戦を練り、それぞれのサーヴァントへ念話を伝えた。
パチュリーはランサーが水溜まりを利用して雷を流した事からヒントを得、セイバーに自らの水の術を施す。
クリムはそれに乗っかる形でセイバーがエネルの目から逸れるようランサーへ指示する。

要となったのは魔法使いの種族たるパチュリーの魔術だが、連携となるまでの提案・立案をこなしたのは戦争での立ち回りを熟知したクリムの手腕だ。
神秘を体験する事で起こる精神の消耗は疑心と判断力の低下を招く。その中で的確な指示を下せたのは如何なる根拠があるものか。
ニュータイプという、クリムの時代には半ば忘れ去られた伝説的な概念。
惑星の浮かぶ宇宙で戦った結果研ぎ澄まされた感覚は時として稀なる才能の開花を生むという。
新人類とも呼ばれるステージはアーカムの虚の中に潜む邪悪な神秘に対抗する革新なのか。
あるいはただの、天才と紙一重に並んで位置するという、それなのか。


割れるという工程すら鬱陶しく雷流に飲まれる。
突撃するセイバーをコーティングしている水泡が秒を置かずに消えていく。
如何に相性の観点から突いたとしても、それはある程度彼我の力量が近づいているからこそ成立する図式だ。
山火事にバケツ一杯の水をかけたところで鎮火は一向に進まない。魔術師とサーヴァントの絶対的な差は多少の相性などものともしない。
パチュリーが魔力を送り込み術を維持していても、ライダーの魔力の濁流の前にしてたかが泡風船が保つはずもない。
だが、稀代の魔法使いであるパチュリーは全開で魔力を注ぎ込んで術を行使し続け。
驕り切ったライダーは半端な分しか魔力を割いてない。
この違いが、訪れる結末を数秒だけ引き伸ばした。
その僅かな差に、同田貫は身をねじ込ませる。

「おおぉぉぉっ!」

泡の消耗は九割を超え間もなく全ての防備が消える。
だがその時点でセイバーは雷撃の波を超える一歩手前、即ちライダー本体に肉薄していた。
刀の間合いに入るにはあと一歩分進まなければならない。だがその時には泡は全て失われ雷が直撃するだろう。
問題なかった。これだけ近づけばあとは自前の耐久力だけで持ち堪えられる。
マスターは己を使う意思を見せ、斬るまでの手はずを整えてくれた。
ならば武器たる己はその意を受け取り主の分まで斬り込むのみ。
纏わりつく波状の戒めを無視し、痛覚を捨てる。四肢は動く、戦闘は依然続行だ。
乾坤一擲の進撃は遂に、神を断つ間合いに踏み込んだ。

「―――ヤハ」

脳天目掛けて断頭台が降ろされる寸前にあって、ライダーはどこまでも笑う。
笑う。嗤うとも。嗤わずにいられるか。
弱卒が健気に力を合わせ知恵を絞り、傷を刻みながらようやく一矢報いる所まで来ているというのに、この後一秒で全てが無駄に帰するのだ。
全て読めていた。剣の軌道、剣速はどれも織り込み済み。あまりにも直截すぎる。これで避けれぬ方がどうかしている。
神は当然のように読み取った心に沿って体を流し。



「ええ、本当に―――――――馬鹿ね貴方」



眼下から急速に生えた氷に両足が縫い止められる事態に、一瞬思考が硬直した。

「……お?」

雷化が、できない。
氷は素足を固め、膝を覆い尽くし、半身にまで昇って肉体を侵食してくる。
『静かなる世界よ(アーイズビルク)』―――竜具ラヴィアスの解放した奥義が一。
迂闊にもリュドミラから目を離した隙に魔力を解放した宝具の開帳は、エネルの両足が地面を離れるより前に縫い付けた。

一瞬、ライダーはよもやの事態に我が身を眺める。
再び前に視線を戻せば、そこに立つのは鬼顔。掲げられる昼天の三日月。
神秘は薄く、特別な魔力も内在しない。ただ断つための凶器が神を見下ろす。
ライダーはまだ自由が利く両腕で金棒で防ぐべく前に出し――――――




「チェストォォォォォ!!」




その防御ごと、顔面から胸元を鮮やかに割断された。














……同田貫正国体系の最大の逸話『兜割』。
これを再現した宝具は刀そのものではなく『刀で斬る』という工程に神秘が発生する。
聖剣のように煌めく魔力の光を放出するわけでもない。
魔剣妖刀のような奇々怪々な効果が付与されもしない。
触れればあらゆる抵抗を許さず切り裂いてみせる、という刀剣にとって当然の性能を突き詰めた単純無骨極まる宝具だ。
燃費の面から使い勝手はいいが用途は限定される。
攻め一辺倒の能力はこの場面でこそ最大の効果を発揮した。

「決まった……!」

そして斬滅の宝具は今、ライダーに完全な形で入っていた。
パチュリーとクリムにもはっきりと結果を見せている。
斬撃は脳天から真っ二つに割れ胸元まで届いており、上半身は魚の干物みたいにばっくりと開いている。
人間は言うまでもなく魔術師でも即死している傷。
人より遥かに頑健で、魔力によって身体を保っているサーヴァントであろうとも致命なのは間違いない。
喜ぶべき勝利を得た事でパチュリーの精神も高揚する。
先日の失態の挽回。今後に控える大学のランサー戦に向けて上々の成果だ。
恐怖を呼び起こす英霊の神秘を乗り越えた事に安堵しても良いだろう。

「……いいや、これは」

そうだ、現象は覆らない。結果は変わらない。
ライダー・エネルは上半身を唐竹に裂かれた。それは既に決定した事実だ。






「……む、治りが遅いな。手足も心なしか冷たい。なるほどこれがサーヴァント下での制約というやつか。
 神秘ある攻撃にはこの体も多少なりとも影響を受けてしまう。忌々しい。神たるこの身に何たる不届きよ」


では、割れた口で暢気にも分析し、胸元にまで入ってる刀身を気にも留めずに喋っているのは何者なのか。
答えは言うまでもなく、斬られた張本人であるエネルに他ならない。
頭蓋の断面からは血飛沫も内蔵も流す事なく、白い光で満たされている。
割れた口で喋る光景は、麻袋を破いた中身から数百数千の蜘蛛の子が沸き出ていくのを見たにも近い、見てはいけないものを視界に入れた不快感を齎した。

「セイバー、離れなさい!」
「て、め……ッ!」

死んでいなければおかしい者が生きている、異常極まる光景を見たことによる硬直からいち早く復帰したランサーが叫ぶ。
だがセイバーは動かない。動けないでいた。
ライダーに突き刺したままの刀に幾つもの稲妻が巻き付き、焼けた痛みを与えつつもセイバーを拘束しているためだ。

「っなら、そっちが!」

動けないとわかるなり、ランサーが氷槍を繰り出す。
宝具『雪姫放つ破邪の穿角(ラヴィアス)』を解放した事で能力向上を果たしたランサーの突きは、先程と比にならない威力と凄烈さを誇る。
槍は周囲の大気を凍らせて纏わせ、元の得物より遥かに巨大な氷塊となってライダーを穿つ。

「それはもう、見飽きた」

同田貫によって中間を断たれた筈の金棒は既に修復されていた。
さらに電流を纏わせた先端が三叉戟に変形し、大剣を上回るラヴィアスを受け止める。
重量さをものともせずに槍は押し戻され、接触した部位から煙が上がる。
得物から伝わる電熱が、ラヴィアスに増設された氷の穿槍を融かしているのだ。

「天を仰ぎ見ろ。我が業を見ろ。
 施しをやろう。貴様らの敢闘を称えてな。大口を開け、ありがたく飲み干すがいい」

空を指さしたライダーの腕が強く輝き出し、逆巻く天変を招く。
見る者の視神経を破壊する雷気を散らして、伸ばした腕は光の柱と化して空高くへと伸びた。
大気に白い裂け目を作りながら天上に昇る光景は、さながら破壊の竜の如く。


セイバーは戦慄した。
ランサーは理解した。
雷の操作、どころではない。そんな領域に収まる話ではい。
これは文字通りの、神か悪魔の域にある概念。


"この男は、肉体そのものを雷へと―――――――"


認識した時点で全ては遅い。
気付いた時にはその身は喰らわれている。
故に、雷速。




「"神の裁き(エル・トール)"」




雲から、懲罰の裁断が落ちてくる。
それはもはや捕食だった。飢えた竜が顎を開けて牙を剥き出しにし、身を躍らせて得物に食らいつく。
天変地異が起こるほどの圧倒的な破壊の力が、波濤となって神の許へと還っていく。
今度こそ避ける間も防ぐ術も与えられぬまま、昼の空に鳴り響く白雷は二者を貫いた。






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撃ち出した"神の裁き(エル・トール)"を、エネルは自分自身に狙いを定め落とした。

この身を未だ縛る忌々しい令呪は、『聖杯戦争に関連する以外の人物への危害』を禁じている。
商業地区に立ったビルは中の人間は勿論、周囲にも昼時に活発になって外を出る人の姿で溢れている。
効果を限定し、神クラスのシャーマンであるアイアンメイデン・ジャンヌの使用する令呪となればその強制力も一段と強まるというもの。
下手に抵触すれば意にそぐわぬ能力低下、機能停止を余儀なくされるだろう。せっかくの楽しみの最中に水をさされては余りにも興を損なう。
そのため命令の範疇に収めたまま、雷撃を自身の体で吸収して被害を最小限に抑えたのだ。
本来ビルを一階の地上底まで貫通していた"神の裁き(エル・トール)"は屋上のみで留まり、下層には及ぶことはない。
一手間かかる工程だったが、威力そのものが減衰したわけではない。吸収の余波に巻き込まれた犠牲者は力なく地面に倒れ伏していた。

ランサーの氷の彫像とでも言うべき怜悧な美を誇る肢体は、露出した箇所をくまなく火傷を与え痛々しさを見せつける。
苦悶に喘ぐ姿は蒼色の衣装とあいまって、泡になって消えていく人魚姫を連想させる。
セイバーは元が黒髪に黒甲冑だったのもあって、完全に炭化してしまったのではないかと思うほど黒ずんでいた。
こちらは声もみじろぎもせず、生命の残り香も感じさせない。打ち棄てられた塵としか映らなかった。

「褒めてやるぞ。序曲にしては上々だった」

裂かれた顔面は、斬られた痕跡も残さず完全に張り付いていた。
悠然に立つ一騎。無様に横たわる二騎。勝敗の結果は稚児にもわかるほど明瞭だった。
自分達は敗北した。一部始終を見届けたパチュリーの頭蓋の中の、最も凍えた部分はそれをただ自動的に認めた。
認めていて、只々唖然とするばかりだった。思考も、行動もままならない。白痴の病人そのものに呆けているしかなかった。


何故?
何故負けたか?
何故負けなければいけなかったのか?


思考を支配するのはその疑問だけだった。恐怖も、恥辱もいまだけは忘却の彼方にあった。
脳内を占めている言葉はぐるぐると巡り、行き着く先もなくどこまでも流れ続けている。
対策は、整えていた。前戦で得た知識を軸にして精神の制御を第一とし、狂気に呑まれる事なく恐怖に抵抗した。
連携も、なし崩しとは思えないほど十二分に叶っていた。
相性の良さもあったのか、即席であれだけ息を合わせられたのは予想以上だ。
同盟相手と共闘して、己が術法が英霊相手に効果を見せ、自身のサーヴァントで敵サーヴァントを討った。
悪手といえるものは無かった。最高とはいえずとも最善に近い差配だった。
どこをどれだけ精査しても、自分達に落ち度があったとは思えない。




だから答えは単純なこと。
最初の一歩の時点で、自分はとっくに底なしの沼に足を浸けていただけの話。
それを早々に結論づけないでいるのは、パチュリーがまだその答えを認めていないからだ。
認めてはならない。その事実に目を向けてはならない。
それは単なる意地なのか。一世紀かけて研鑽した魔法使いの矜持かそうさせるのか。
それとも。
それとも、認めてしまえば、心の最後の拠り所、縋れる塊を失ってしまいそうな気がするという、ちっぽけな恐怖心からなのか。

「まだだ、まだ終わってはいない!令呪を以て―――」

賢明が故に理解してしまった底の深さに嵌まるパチュリーの一方で、クリムはまだ己の敗北を認めてはいなかった。
この程度の苦境で屈する、やわな誇りしか持って生まれた覚えはない。
そして自分のサーヴァントも同じ筈だ。クリムに仕えるに相応しい誇り高い英雄であるという信頼がある。
ならば逆転の目は残されている。鬼札を切るのに躊躇はない。
腕の甲に刻まれた紋様に意識を集中させ、起死回生の手を打とうとし……告げようとした言葉を物理的な衝撃をもって焼き捨てられた。

「が―――っ」

再び忘我に陥りかかっていたパチュリーを、火花の散る音と鼻につく焦げ臭さが引き戻した。
すぐ横にいたクリムが、ライダーが指から飛ばした稲妻を受けて全身から煙を上げながら崩れ落ちた。
くぐもった声を出して身悶えしているものの、確かに致命にまでは至ってないらしい。
何の魔術抵抗も持たないクリムには一巡させる程度の電流で、令呪を使う声と余裕を奪うには十分すぎた。

「……ッ!」

混乱に陥っていたパチュリーは、そこで自分を見る視線からの衝撃に現実に復帰した。
氷の縛りは蒸発し、サーヴァントという障害もなくなったエネルは、何の憚りもなくパチュリーに歩いて近づいている。

「いい目だ。絶望と恐怖、諦観と困惑が入り混じっている。神を見るに相応しくなったな」

英霊の守りのない光気を直に浴びせられパチュリーの肌は粟立っていた。
自律神経は反応せず全身が動かせない。目を逸らすことすら叶わない。
それは魅入られてる、とも言い換えられた。
過去に飽くほど見てきた魔法の神秘とまるで別種の圧。
濃いでも多量なのでもない、完全に異なる次元から未知の魔力が漏れ出てるのを感じた。
研究者としてパチュリーの好奇心が湧くのは必然といえた。火に群がる蟲のような、儚く無謀な誘惑が。



「だが選別にはちょうどいい。どうやら貴様の方が魔術の知識や能力に長じているようだな。
 貴様は幸運だぞ?これより先僅かな間だが私という恐怖から逃れられるのだからな」
「……誰か勧誘に従うなんて言ってたかしら?」
「恐怖には素直に従うものだぞ?軽口を言っても震えが手に取るようにわかる。神に隠し立てはできん。
 力の差はよく理解しただろう。何故そうまでして抗おうとするのだ。
 それともまだ、『実演』が足りんか?」

強がりは秒で脆くも崩された。
目前で弾ける火花に再演される記憶に全身が跳ねる。
直接肉体的なダメージは一度として負わずとも、焼き付いた雷のイメージはそれだけでパチュリーの心を折る手間にまで追い込んでいた。

「サーヴァントが助けに来るものと期待するなよ。神の雷を受けたのだ。意識があってもシビレた手足ではもう暫くは動けまい。
 そして当然令呪を使用する暇など与えはしない」

この期に及んでも念話への根回しも怠らない周到さは、傲岸と愚鈍の違いを物語っている。
天に唾吐いた愚かな振る舞いへの当然の仕置きとして、故に余裕を持っていたぶる事ができる。
痛みは恐怖を刷り込ませるのに大切な要素だ。苦しみから逃れようとする生物の本能を手っ取り早く引き出せる。
焼ける肉の臭い。心胆を震わせる引き裂く音。人が黒焦げに成り果てる光景。
反抗する者を従わせるには心をへし折るのが一番であり、それには五感で以て訴えるのが最も効率がいいとエネルは手ずから学んでいた。

「私も気が長い方ではない。降伏するなら気が狂ってしまう前にしろよ。聞くに堪えぬ叫びなど聞いてはそのまま殺してしまいかねん」

腕の構造がばらけて雷に再構成される。
まるで巨人の指のように拡大した雷がパチュリーを握り潰そうとする。
抵抗はしなかった。この新気を前にしては歯向かう術も意思も装填を許されない。
これから自分の肉体と精神を焼却させる地獄の責め苦を呆然と待ち受けるしかない。
いっそ受け入れて極地の神秘に抱かれ、歓喜と共にこの世から存在を消すのが至上ではないか。そんな世迷言すらどこかから聞こえてくる。




「…………え?」

だが。
痛みも、恐怖も、狂気も、一向に訪れはしなかった。



空を厚く覆った雲を裂いた陽の光が、エネルとパチュリーの間に差し込み雷をかき消した。
はじめパチュリーにはそうとしか見えなかった。
心網で前兆を感じ取り後方の給水塔にまで下がっていたライダーも、己自身の雷が叛逆の意志を持ったのかと有り得ぬ錯覚した。
飛来した黄金に輝く物体は、先端に日輪を象った形状をした槍であった。
突き立った槍は避雷針の役目となって雷を受け止め、そのまま散らしパチュリーを責め苦から守ったのだった。

槍から伝わる豪壮な魔力は、それ自体が雷を結晶化したかのようであった。
ともすれば、目の前のライダーに相似した概念を脳裏に叩き込ませる。
……もしこの結晶が砕け散った時、内包される雷が解放されたとしたら、地区といわずアーカム全域が焦土と化してしまうのではないか。
根拠はなく、パチュリーはただ生物的な危険信号を訴える直感のみで破滅的なイメージが浮かべた。


「―――悪いが、そこまでにしてもらおうか」


静かに、淡々とした声。
パチュリーが、クリムが、胴田貫が、リュドミラが、エネルが、空より降り立ったその男を見た。
燻る煙が、吹く風が、流れる雲が、砕かれたビルの地面が、大気を漂う魔力が、現れた存在を注視した。
男は全身からは魔力とも狂気ともつかない、だが埒外に巨大であると無意識に頷かざるを得ない威圧感を伴っている。
その形容し難い威圧に、時間も空間も硬直していると錯覚してしまうほど、男の存在感は圧倒的に尽きた。


白髪と白面。全身には絢爛な黄金色の鎧。両眼は鋭利に研ぎ澄まされている。
スタジオ"ル・リエー"屋上階に集った四騎目のサーヴァント。
槍の英霊カルナは、ともすれば四面楚歌になりかねない状況に、臆することなく介入した。



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最終更新:2018年03月10日 20:11