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夢見るように眠りたい - (2013/10/03 (木) 18:12:49) のソース

それは、夏の暑い日だった。
ぎらぎらと照りつける太陽の下を、小鳩は歩いている。
隣には兄がいた。三つ年上の、高校二年生。
小鳩と兄は夏休みの貴重な一日を冷房の効いた家ではなく蜃気楼が見えそうな道路の上で過ごしていた。

「あんちゃ…」

あまりの暑さに設定を忘れ素が出そうになる。
兄が振り返る前にごほんと咳払いし、

「ククク…我が眷属よ…貴様に我の足となる光栄を授けよう…」
「もう疲れたのかよ…家出て五分だぞ」
「うう…だって暑…ククク、こ、この煉獄の饗宴はもはや飽いた。
 貴様に我を興じさせる権利をやろうというのだ」
「俺だって暑いんだからおんぶなんて勘弁してくれ。
 だからゴスロリやめて薄着にしろって言ったろうが」
「わ、我が闇の力が具現化したこのドレスを脱ぎ捨てるなど…!貴様は我ら夜の血族の証をなんだと」
「お、自販機だ。なんか飲むか小鳩」
「ペプツ!ペプツ買って!」

設定は消し飛んだ。

「この自販機コカしかないわ」
「…コカでええと」

小鳩はペプツ派だが、トマトジュースよりはコカのほうがいい。
兄に買ってもらったコーラで涼を取り、さらに歩く。
流れる汗はもはや滝のようであり、小鳩の端正な顔立ちも色々と台無しだ。
なんでこんな辛い思いをしてまで学校に向かっているかといえば、いつもどおり部活動に参加するためだ。
兄は最近部活に入り、小鳩にあまり構ってくれなくなった。
今日こそ逃がさないと兄にくっついて家を出てきたのだが…

「…あんちゃん、帰ろう。うち疲れた」
「だから出る前にやめとけって…ここからだと学校と家、多分学校のほうが近いぞ」
「そ、そーゆうことじゃな…うう~っ。もういいっ。あんちゃんのあほーっ!」

気がついたら、小鳩は兄に背を向けて走りだしていた。
前は小鳩の頼みを何でも聞いてくれたのに、最近の兄は冷たい。
兄を憎んだわけではない。
ただ、もう少し小鳩に優しくしてほしいと思って、小鳩はYESと答えてしまった。
ある夜、夢の中、真っ黒な仮面を被った見たこともない男の――叶えたい願いがあるか、という問いに。


 ◇ ◆ ◇


柳洞寺での敗戦の傷もまだ癒えぬ夜半、枢木スザクとキャスターは月海原学園を訪れていた。
バーサーカーの傷は未だ癒えず、実体化もままならない。いるのはスザクとキャスターだけ。
スザクが先ほど戦ったサーヴァントたちの情報を調べていた。
キャスターは自身の治療もそこそこに、やることがあると図書室を出て行った。

(最初に戦った女のセイバーは衛宮切嗣から聞いていたが、アーサー・ペンドラゴンに間違いない。
 だが表記はアルトリア・ペンドラゴン…俺の知っているアーサー王とは少し違うが、サーヴァントだからか?
 男のセイバーはアーサー王が呼んだガウェインという名前から、これも円卓の騎士ガウェインに間違いないだろう)

真名を入力すると、セイバー二人の情報はあっけないほど簡単に特定できた。
そもそも自分のバーサーカーが円卓の騎士の一人なのだから、他の騎士がいても何も不思議ではない。
アーサー王、ガウェイン、そしてランスロット。
円卓の騎士の中心ともいえる三騎士が一同に会し、またマスターがかつてその名を冠したナイトメアフレームに乗っていた自分とルルーシュだというのは皮肉な話だ。
衛宮切嗣からの情報、そしてスザク自身が持つ円卓の騎士の知識を入力すれば、セイバー達の情報はほぼ詳らかになった。

(次、軍人服姿の男は…出夢のアサシンが一度見た相手だと言っていたな。
 アレックスという名、軍人、金属質の異形に変身、強力な再生能力、ダメージ耐性、そして掌から放つビーム…
 …出た、これか。ランサー…あれでランサーなのか? 荷電粒子砲の槍、ということか)

驚いたことにこのアレックスという名も真名であり、彼らはそれをまったく隠す素振りもなかった。
鳴上悠のランサーも強力なサーヴァントだったが、こちらのランサーも負けず劣らずの能力だ。
ARMSという戦闘生命体。
白兵戦に長け、広範囲に渡る攻撃能力も備える…二人のセイバーになんら見劣りしない。
マスターは花村陽介。
この少年も話を聞く限りでは鳴上悠とよく似た…もしくは同じ能力を所持していて、サーヴァントのスペックを底上げしていたらしい。
間違いなく鳴上悠と同等か、それ以上の難敵であろう。

(彼らが突然あの場所に現れたのは、キャスターの仕業に違いない。
 キャスター、ブラッディ・ダガー…駄目か、これでは絞り込めない。
 スペックから考えてもキャスターであることは間違いないのだろうけど)

キャスターについては、さすがに情報が少なすぎる。
マスターの能力で確認できたステータスと、あの場に突然転移してきた現象を考えるとクラスだけはほぼ確定だが。
令呪を使えばどんなサーヴァントでも転移は可能、とはこちらのキャスターの言だが、マスターも一緒に現れたことからしてその線は無い。
転移魔術とは本来、神代クラスの魔術師にのみ行使が可能だとこちらのキャスターは言った。
彼に出来る芸当ではないらしく、魔術師というクラスで考えてもかなり強力であるということは担保されたことになる。

(残った一人が衛宮さんの言っていたもう一人のライダー、オーズか。
 ライダー、オーズ、メダルとベルトを使った変身…火野映司、仮面ライダーオーズ。
 仮面、ライダー。衛宮さんのライダーとよく似ていたな。
 とすると…仮面ライダー、カードを使った変身、赤い龍を召還…龍騎、それとディケイド。
 これでは絞り込みが足りないか。なら…たしか赤いカブトムシのような形態はランサーを圧倒する超高速の動きを見せた。
 これを加えると…出た。門矢士、仮面ライダーディケイド。こいつだ)

二人の【仮面ライダー】は円卓の騎士のように何らかの関連性がある存在なのだろうか。
素性は兎も角、その容姿、性質は非常に似通っている。
カードとメダルという違いはあるが、基本形態からいくつもの姿に変身しまったく別種の能力を発揮、汎用性という意味では群を抜いている。
一対一で戦うと限定するなら、敵の武器を奪えるバーサーカーとは相性がいいと言えるが。
そして残念ながらライダー二騎はセイバーやランサーほど詳細な情報は得られなかった。
ステータスはマスターの能力でも確認できなかったので、クラスとある程度のスキル、能力がわかっただけだ。
通常ライダーは三騎士に比べれば戦闘力そのものは一歩劣るとされているが、この二騎はまだ底を見せていない。

「…こんなところか」

セイバー二騎、ランサー、キャスター、ライダー二騎。
合計六騎の情報を調べられた限り頭に叩き込み、スザクは端末から離れた。
図書室を出ると、キャスターがNPCの肩に触れすぐに放す瞬間を目撃する。

「…キャスター、それは何をしているんだ?」
「仕込みですよ。私は【キャスター】のクラスですからね。
 私なりの陣地作成…とでも申しましょうか、次の戦のための下準備といったところですよ」

キャスターはそう言うが、歩き去っていくNPCたちにはどこも変わった点は見られない。
触れられたことさえその瞬間に忘却しているようだ。
用件は済んだので学園を後にする。
キャスターはすれ違うNPCに片っ端から触れていく。

「スザク、はっきり言っておきましょう。敵は強大です。
 おそらくこの聖杯戦争で最大の勢力と言って間違いないでしょう」
「だろうな。五人のマスター、五騎のサーヴァント。
 そのうち二騎が最優のクラスであるセイバーで、さらに三騎士の一角ランサー。
 ライダーが機動力を補い、キャスターが後方から支援する。
 数だけじゃなく、質を見ても…隙がない」
「対して、私達は死にかけのバーサーカーとキャスター。
 先ほどあなたが話していた衛宮切嗣…ライダーを入れても三騎。
 どれほど策を練ったところで、正面からぶつかれば容易く蹴散らされる」

淡々とキャスターは言う。
改めて考えれば絶望的な戦力差だ。
かつてナイトオブセブンとして世界中の戦場を駆け巡っていたスザクも、ここまで辛い戦場を経験したことはなかった。

「仮にあなたのバーサーカー――サー・ランスロットでしたね。
 敵方にはかの同じ円卓の騎士が二人もいる。騎士王アーサー、そしてガウェイン。
 並み居るセイバーの英霊全体で考えても、五指に入る強者でしょう」

キャスターにはバーサーカーの真名を知られてしまった。
無論、手を組んだ今どうこうされることはなくともスザクはやはり不快だ。

「私の賢者の石で仮にランスロット卿が万全の状態になったとしましょう。
 彼がアーサー王とガウェイン卿を抑えたとする…これもかなりの楽観論ですが。
 向こうのライダーはこちらのライダーが、キャスターは私が…さて、ランサーが残りますね。
 これはどうしようもない。
 いかにあなたが出夢に匹敵する身体能力を備えていたとしても、さすがにランサーの前では赤子も同然。
 私のようなキャスターが相手なら話は別ですがね」
「わかっているさ。それにキャスターが相手だしても、決して優勢には成り得ない」
「可能ならマスターを仕留めたいところですが…」
「それも難しい。なにせ、向こうはサーヴァントの数で勝る。
 一騎をマスター五人の護衛にあてておけば、それで事は足りるわけだからな」

そして、ルルーシュはスザクの戦闘能力を知悉している。
彼の仲間のマスターがどれだけの力を持っているにせよ、ルルーシュはマスターにスザクの相手をさせはしないだろう。

「打つ手なし…か」
「我々だけでは、そうですね。兎にも角にも戦力が必要です。
 この仕込みも戦況を逆転できるほどのものではない。
 最終的に必要になるのはやはり純粋な武力なのだから」

話している間にもキャスターは流れ作業的にNPCへ干渉していく。
その行為そのものはさほど魔力を消費しないらしい。
キャスターが道すがら自らスザクへ明かした手の内を信じるなら、キャスターの戦闘力そのものは決して高くない。
なにせ出夢に競り負けたほどだ。純粋な戦闘力で言うなら下から数えた方が早い。
が、セイバーやバーサーカーと違い、キャスターの真髄は戦闘力ではない。
陣地作成、道具作成といった、戦へ至る前の準備の段階で絶大なアドバンテージを得る、それがキャスターのクラス。
罠を仕掛けるならキャスターの右に出るものはない。
敵にもキャスターはいるが、あれともタイプは違うようだ。
このキャスターの本分は錬金術師。
物質の組成を組み換え、望むままに再構成する。
派手な光線や転移はできないが、スザクの義肢のような武装を作成することも可能だ。
彼一流のその技能を活かすのなら、やはり強力な前衛が必要となる。

「キャスター、バーサーカーが使う武器を作れるか?」
「できますよ。とはいえ、さすがに英霊の振るう宝具と何度も打ち合えるほどではありませんが。
 基本的には使い捨てることになるでしょうね」

今のバーサーカーは切り札であるアロンダイトを失っている。
元々莫大な魔力を消費するため気軽に扱えるシロモノではないが、丸腰であるよりかはマシだ。
その切り札がない以上、新たなカードを用意しておく必要がある。

「少なくとも、セイバーの剣に対抗出来るだけのものが必要だ」
「それは弱りましたね。作れるとは言っても、剣製は私の専門ではない。
 鋼の錬金術師ならばそういうのも得意なのでしょうが…」

キャスターの専門は爆発物である。
単純なナイフや爆弾ならともかく、長剣となるとさすがに門外漢だ。
他から武器を調達するにしても、さすがに敵の握る剣を奪うのは現実的に不可能。
衛宮切嗣と戦ったは、あのライダーの呼び出した龍を支配することができた。
もしあのライダーが龍以外の宝具を多数備えているなら、それをバーサーカーが借り受けて戦えるのだが。
さすがに剣の宝具なんてないだろうな…とスザクが考えている間に、二人は目的地についた。
出夢とキャスターのマスター、羽瀬川小鳩が隠れているセーフハウスだ。
そしてもう、出夢はいない。
改めて突きつけられた現実を噛み締め、スザクは唇を噛む。

「…おや、これは」
「どうした?」
「私のマスターが…目覚めたようですよ」

キャスターから告げられた言葉に、スザクの目が鋭く絞られる。
未だまともな意思疎通ができていないキャスターのマスター――ことによってはここでの交戦もありうる。
スザクは瞬時にキャスターから間合いを取り、ようやく掴んできた魔力の流れを制御してバーサーカーに注ぎ込む。
スザクのギアスがキャスターから危険を感知すれば、僅かな時間ならバーサーカーを呼び出せる。
それでキャスターを仕留められるかは賭けだが、スザクの目に後退の意志はない。
これ以上難敵を増やすくらいなら――というスザクの決意を見て取ったか、キャスターはひらひらと手を振る。

「落ち着いてください、スザク。まだあなたと敵対すると決まったわけではありませんよ。
 少し前に言ったでしょう。私はまだ、マスターとろくに話しもしていないと。
 まずは私に、マスターと話させてください。
 私からも現状を説明しますのでいきなりあなたを始末しろと命じられることはないはずですよ」

キャスターはそう言い、無造作に民家へと入っていく。
臨戦態勢を崩さぬまま、スザクも続く。
キャスターが小鳩のいる部屋へ入り、スザクはその少し前で止まり、会話を伺うことにした。

「お目覚めですか、マスター」
「っ…だ、誰?マスター?」
「あなたのサーヴァントですよ。お目にかかるのは…そうですね、実に一日ぶりです。
 覚えていらっしゃいませんか?我らは主従の契約を結んだのですよ。
 とはいえ、すぐにあの間桐慎二によって蹂躙されてしまいましたがね」
「慎二…あ、い、い…いやぁあああああああ!あああぁあああぁあああああ――――!」

その名を聴いた途端、小鳩は絶叫した。
慎二――スザクにとっても忘れられない、怨敵の名だ。
畜生にも劣る彼の所業の犠牲者はスザクだけではなかったようで、泣き叫ぶ小鳩の声が胸を痛ませる。

「落ち着いてください、マスター。
 あなたの苦しみは察するに余りある…守れなかった私が言うのも何ですがね。
 とにかく、間桐慎二は死にました。もうあなたを傷つける者はいませんよ」
「いや、いやぁ…もうやだ…あんちゃん…あんちゃんどこぉ…?」

なだめるキャスターの声も、小鳩には届いていない。
彼女には兄がいるのか、とスザクは嘆息した。
妹という存在に良い思い出はない。
ユーフェミアはルルーシュの手で葬られ、ナナリーはスザクが放ったフレイヤの光に飲み込まれたのだから…

「弱りましたね。間桐慎二の残したトラウマですか…」

キャスターは小鳩を置いて部屋を出る。
そしてスザクに目配せし、民家の外へと連れ出した。

「ご覧のとおりです。私のマスターはもはや戦えません。
 いえ、最初からそうだったのでしょうね。彼女が聖杯戦争に参加したのは何かの間違いだと確信しますよ。
 あれは闘争を経験したことのない羊の眼です」

スザクにしろルルーシュにしろ出夢にしろ、聖杯戦争に参加する前から戦場に身を置いていた人間ばかりだ。
慎二は戦士とは到底思えないが、魔術師としての知識があったゆえにスザクやキャスターを手玉に取れた。
しかし、小鳩は違う。
彼女には何もない。魔術も、鍛えた肉体も、戦う覚悟すらも。
本当の意味での一般人、民間人だ。

「どうするんだ、キャスター。
 お前はマスターが目覚めるまでの安全を買いたいと言った。
 だが肝心のマスターに戦う意志がなければどうしようもないぞ」

スザクの問いに、キャスターはしばし黙考し…
やがて、考えをまとめ顔を上げた。

「スザク。不躾ですが、ここでもう一度確認させていただきたい。
 あなたの意志は…他のすべてのマスターを皆殺しにして、聖杯を獲るというあなたの意志は変わりませんか?」
「…ああ。もう退くつもりはない。
 ここで折れれば出夢とアサシンの死が無駄死にになる。
 俺は…聖杯を獲る。何を捨てても、誰を殺しても、絶対にだ」

唐突なキャスターの問いかけだが、スザクは一瞬の迷いもなく答えた。
敵がどれだけ強大だろうと関係ない。
ルルーシュがその中にいるとしてもだ。
罪を償うためにより大きな罪を犯す。
矛盾しているとはわかっていても、今さらこの道を違えることはできない。
スザクが聖杯に掛ける願い――それは有り体に言えば世界平和だ。
祖国の解放だけではない。これまでスザクが殺めてきた多くの人々の願いも共に。
ブリタニアが支配する世界を武力で破壊するのではなく、もうこれ以上誰の血も流れない革命を。
人の手では決して不可能なその願い。
聖杯ならば、可能だ。

「今さらそれを聞いてどうする、キャスター。俺を殺して誰かに寝返るか?」
「フフフ…まさか。
 自らの願いのために他者を屠る…人としてあるまじき傲慢、強欲。
 ですがその欲望、その意思こそが人間!そう…それなのですよ、中心にあるべきなのは。
 意思を貫く人間を、私は好みます。それは敵であれ味方であれ…ね」
「何が言いたい?」
「スザク、私はね…聖杯などどうでもいい。
 私を満足させてくれる結果を見せてくれるならば、勝ち負けは問題ではないのです。
 そして、枢木スザク。
 あなたという人の皮を被った外道が、聖杯に至ったとき何を得て何を失うのか。
 私はそれを見届けたくなったのですよ」

キャスターはスザクの返答を聞き、意を得たとばかりに嗤う。

「残念ながら私のマスターには私の望む意志はない。
 今回は縁がなかったとしてこのまま座に帰っても構わないのですが…。
 しかし、あなたがいる。人の身では到底抗えない高き壁に、自らの愚かさを知ってなお挑もうとするあなたがね。
 ならば私は…サーヴァントとしてではなく、一個人としてあなたに協力してもいい。
 そう思っているのですよ」
「お前のマスターはそう思っていないのにか?」
「一個人、と言いましたよ。
 協力するのは私だけです。マスターは関係ない」
「…キャスター、貴様」

キャスターの言わんとすることを理解し、スザクの眼に嫌悪が広がる。
だが、それはスザクにも染み付いているもの…嫌悪する資格など、最初からスザクにはない。

「さあどうします枢木スザク。私はすべてあなたに委ねましょう。
 バーサーカーをただ一人の供にして最期まで孤独な戦いを続けるか。
 それともこの私、キャスターの助力を得るか。
 さあどうするのです、枢木スザク」

キャスターが差し伸べた手を、じっと見る。
ルルーシュがC.C.と契約しギアスを得たときとよく似ている。
その手は決して善意からくるものではなかっただろう。
破滅を約束されるものに間違いない。

だとしても――あのときのルルーシュは躊躇わなかっただろうし、スザクとてそうだ。
今さら失うものなど何もない。
騎士の誇りも、人間性も、すべてを捨てて勝利を掴むと決めたのだから。
スザクは迷わずキャスターの手を掴んだ。

「いいだろう…結ぼう、その契約。
 キャスター、マスターを裏切り、俺に力を貸せ!」

期待通りの答えを得て、キャスター――ゾルフ・J・キンブリーはニタリと笑んだ。
それはスザクが新たな力を手に入れたということであり、同時にキャスターの現マスター…羽瀬川小鳩の運命が摘み取られたということでもある。
サーヴァントにマスターは二人もいらない。
キャスターがスザクに協力することを決めたのならば――キャスターに命令を下す令呪を持つ小鳩は邪魔なだけだ。

「お待たせしました、マスター。
 確認させていただきます…あなたの願いは、この聖杯戦争からリタイアして家族の元へ帰ること。
 それでよろしいですね?」
「…帰れるん?」
「ええ。本当はルール違反なのですが…マスターがそうしたいと言うなら仕方ありません。
 私もこれ以上の苦痛をあなたに強いるのは心苦しい。
 ですからマスター…あなたはもう、お帰りなさい。ここはあなたのいるべき場所ではない」
「帰、る…帰れる…あんちゃんのところに…?」
「ええ。ここでのことは、悪い夢だった。目が覚めればすべて忘れている、そんな夢です。
 もう誰も、あなたを傷つけたりはしませんよ…」

キャスターが、スザクを呼んだ。
部屋に入ってきたスザク――慎二を連想させる青年男性を見て小鳩がまた怯えるが、キャスターは優しく小鳩の頭を撫でる。

「心配しないでください、マスター。彼はこの聖杯戦争の監督役でしてね。
 彼に令呪を渡せば、あなたは晴れてこの聖杯戦争から離脱することができますよ」
「え…ほ、ほんとに…?」

キャスターの嘘をまるで疑わない小鳩の視線が痛い。
ただ単に命を奪うのではなく、小鳩の心をも弄べと、キャスターは教唆している。
あるいはそれがスザクを試す最終試験か。

(手を汚せと言いたいのか、キャスター。俺に、この子の心を裏切れと…)

だが、地獄のような体験をすべて忘れられるのならば――それはきっと幸せなことなのだろう。
せめて最期くらいは穏やかな気持ちで眠らせてやるのもいい。
どうせスザクは裏切りの騎士と呼ばれた存在だ。
いまさら一つ非道を重ねたところで、何が変わるわけでもない。

「…ああ、そうだ。君の持つ令呪を一つ、僕に渡してくれればいい。
 それで君を…争いのない、平和な…世界、へ…!」

こみ上げてくる自分への怒り、嫌悪を無理やりにせき止めた。

「…君の兄が待つ、いつもの日常へと、帰してあげるよ。約束する」

スザクからすれば醜い、どす黒いエゴの込められたこの約束は――小鳩にとっては甘い果実だった。
小鳩は無心にスザクへと手を伸ばす。
ただこの悪夢を終わらせたい、その一心で。
かつては慎二に消費させられた令呪は二画であり、今自分の手にある二画の令呪の矛盾に気付きもせず。
羽瀬川小鳩は枢木スザクへ一画の令呪を移譲した。

「これで…帰れるん? あんちゃんのとこへ…」
「ああ…おやすみ、羽瀬川小鳩。目が覚めた時、きっと君の隣にお兄さんがいるよ」

スザクは小鳩の細い首筋に触れ、そっと締め上げた。
小鳩の意識はあっさりと霧散し、スザクは崩れ落ちる小鳩の体を抱き留めた。

「上出来ですよ、スザク。あなたはやはり最低の人間だ。この私と同じにね」
「…どうするんだ、キャスター。本当に彼女は聖杯戦争から逃げ出せるのか?」
「まさか。あなたも無理だとわかっていてああ言ったのでしょう。
 マスターには私の一部となっていただきますよ」

キャスターは民家の庭に魔法陣を描き、その中心に小鳩を横たえた。
いかにキャスターとて魔力供給源のマスターを失っては長時間の現界は不可能だ。
だが例外はある。
かつてあるキャスターが令呪一画を消費して地域そのものをマスターとして消滅を免れた。
無論このキャスターはそんなことは知らないが、ただ己の知識と術を駆使すれば可能であると理解していた。
その術とはすなわち。

「マスターの肉体と令呪をもって、賢者の石を練成します」


 ◇ ◆ ◇


キャスター――真名、ゾルフ・J・キンブリー。
人とホムンクルスとの生存競争において、ホムンクルスの側に立ち人間と対立した狂気の錬金術師。
その生涯は味方としたホムンクルスに殺害、取り込まれるという形で幕を閉じた。
ホムンクルスの核である賢者の石は人間の魂を凝縮して作られる。
キンブリーが自己を認識したとき、彼の周りは生きたまま魂を抽出された者達の怨嗟の声で溢れていたが…

(怨嗟の声など、私には子守唄に等しい)

キンブリーを食ったホムンクルス――プライドが人間に敗北した時、キンブリーの魂もまた解き放たれた。
しかし何の因果かこうしてサーヴァントとしてキンブリーはまた存在している。

(あれはあれで、貴重な体験と言えるでしょうかね)

最終局面、プライドは人体錬成や賢者の石の構築式を知っている錬金術師を食った。
中には先にキンブリーもいたのだから、いわばキンブリーと同化したようなものだ。
故にキンブリーは賢者の石の錬成方法を知っている。
キャスターとして召喚され、賢者の石を宝具として携えているのもそれが理由の一つなのだろう。
キンブリーはその知識に従い、マスターである羽瀬川小鳩を賢者の石へと練成する。
ただし、それは殺害と同義ではない。
正規のマスター以外を仮のマスターにした場合、パラメータの低下は避けられない。
だが令呪を持つ正規のマスターを殺さず、生きたまま賢者の石にしたのならば。
マスターから魔力を供給されているという点では、マスターが生きている時と何も変わりはしない。
つまりマスターを勝手に動かない魔力を供給させる装置、生きた魔力炉とするのだ。
マスターに対する忠誠心をキンブリーは持ち合わせてはいない。
その行動に一切の後悔はない。
かつてキンブリーはホムンクルスの側。圧倒的強者の側にいて敗れた。
今の状況で言えば、強者とはすなわち敵の集団だ。
枢木スザクがあの鋼の錬金術師のように、鋼の心と手足を武器に運命を覆せるだろうか。
結末がどうであれ、彼の旅路はキンブリーを楽しませるに違いない。
物質と化していくかつてのマスターに少しばかりの同情と大いなる感謝を込めて、キンブリーは術式を完了させる。
生成された小さな赤い石――出会ったときのマスターの右目のような真紅の、紛れもない賢者の石だ。

「では、さようならマスター。私の中で幸せな夢を見続けてください、ずっと…ね」

キンブリーはその石を、ごくんと飲み込んだ。


 ◇ ◆ ◇


帰ったらどうしようか。
まずは兄に大好物のとんこつラーメンを作ってもらおう。
ペプツコーラもつけて。
プールに連れて行けとせがむのもいい。
炎天下を歩くのは辛いが、水泳は大好きだ。
クーラーの効いた部屋でだらだらするのもいい。
部活に行くと言い出したら思い切り泣いて困らせてやろう。
それでも小鳩を放っておくなら…そう、今度こそ兄についていって。
兄をたぶらかす昼の眷属どもを成敗してやろう。

「あんちゃん…うち、すぐ帰るから…」

でも、すごく眠い。
夢から覚めないといけないのに、まぶたが下りてきてしまう。
いっそ寝てしまおうか…
起きたらきっとふかふかのベッドの上だ。
それでリビングに行けば、いつものように兄が食事を作って待っているはずだ。
兄の料理は大好きだ。
食べると幸せな気持ちになる。

「あん…ちゃ…ん…」

起きたらきっと大好きな兄が傍にいる。
そう信じて、小鳩は…覚めることのない、永遠の眠りについた。


【羽瀬川小鳩@僕は友達が少ない   石化】


【深山町・民家/夜中】

【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[令呪]:2画
[状態]:疲労(特大)、義手・義足を機械鎧化
 ※衛宮切嗣と情報交換を行いました。ただし一部の情報は伏せられています
 ※セイバー(アルトリア)、セイバー(ガウェイン)、ランサー(アレックス)、キャスター(キンブリー)の詳細な情報を入手
 ※ライダー(門矢士)、ライダー(火野映司)の情報を一部入手

【バーサーカー(ランスロット)@Fate/Zero】
[状態]:ダメージ(特大・戦闘行動に支障あり)、魔力消費(極大・実体化困難)、右腕欠損、兜及び上半身の鎧破壊
     宝具“無毀なる湖光(アロンダイト)”喪失
 ※極度の魔力消費により負傷及び鎧の修復が始まっていません

【キャスター(ゾルフ・J・キンブリー)@鋼の錬金術師】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(大)、全身ダメージ(小)、右胸貫通
[装備]:羽瀬川小鳩を練成した賢者の石
 ※宝具“賢者の石”により魔力の急速な回復が可能です
 ※小鳩は厳密には死亡していないため、マスター不在によるパラメータの低下は起こりません

※不特定多数のNPCに「仕込み」がされました。 
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