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56 :きつねのおはなし1:2009/04/20(月) 22:57:07 ID:5mAfhQrR 村外れの柳の下。膝ほどまである髪が印象的な妙齢の美女が頭を抱えていた。原因は彼女の 目の前にいる少年だ。少年は見事な金色の髪をしていた。そしてその頭にはこちらもまた 立派な金の毛並の大きな耳、尻と腰の中程にふさふさのしっぽを持っている。 少年の名はコウと言う。この村の小さな祠に奉られた狐だ。そして白磁の肌の美女は古柳の おばばと呼ばれる山姫である。 「えぐっ、えっ……」 コウは琥珀を思わせる瞳から涙を溢しながら古柳のおばばに訴える。おばばも懇意にしている 古狐の涙にほとほと参っているようだ。 「お泣きでないよ。ええと、何だったかねえ…ソウタだったかい?」 「何を聞いておったんじゃっ……ひくっ…優太じゃ、たわけっ……」 「あれ、そうだったかい?すまないねえ。兎も角。コウ、アンタはその優太ってのと逢いたい ってんだね。」 おばばの言葉にコウは頷いた。 そう。コウがしきりに泣いていた理由。それは優太という少年とどうしても逢いたいというものだったのだ。 コウが初めて優太を見たのは優太が生まれて間も無くだった。月も出ていない闇夜のこと。コウが祠の 上にいると、道のり向こうに小さな炎が見えた。ちょこちょこと歩いて行くとそこには人間の男女がいる ではないか。人からコウは見えないが、コウから彼らは確かにはっきりと見えた。この男女は村一番の 大地主の若夫婦だ。彼らの足元では提灯が燃えていた。どうやら何かの弾みに落としてしまったらしい。狼狽える 母親の腕の中を覗けばにはまだ髪の毛も生えそろわない赤ん坊がいた。暖かそうな襦袢にくるまれ、赤い顔を している。息も苦しげでかなり弱っているようだ。恐らくはこの赤ん坊を隣の村にいる医者に見せに行く のだろう。だが隣の村には峠を越えなければならない。明かり無しではとても無理だ。夫婦は困り果てて いた。しかし歩みを止めようとはしなかった。夜闇に怯えながらも、我が子を救わんと進み続けた。 「な、何をしておる!危ない!」 コウは慌てて狐火を焚いた。若夫婦ははじめヒイッと悲鳴をあげ戦いていたが、道を照らすように灯を 揺らしてやれば、南無三と腹を括ってついてきた。コウは三人がはぐれないように気を配りながら隣の村 まで連れていってやる。道中コウは何度も人の母親が抱える赤子を見た。この村で百年生きてきたコウの ことだ。人間の子供などさして珍しいものではない。ただ、何故か妙にその子が気になった。その子は 時折り目を開けてはまるでコウが見えているかのように視線を移したり、手を伸ばそうとするのだ。 (この坊主、わしのことが見えるのか?) コウはその時胸が高鳴るのを感じた。今までコウの姿を見たものはいない。故にコウは人と言葉を交わした ことも、触れあったこともなかった。 (この坊主なら、わしと話せるのか?わしと遊べるのか?) そう思う度、コウは頬が熱くなるのを感じた。コウはこの僅かな間に小さな赤子に思慕の念をどんどん 募らせていったのだ。峠を越え、医者の家についてからもコウは一晩中親子を門の前で待っていた。 己が仕える稲荷神に、見当外れの願いと知りつつも赤子の無事を祈願した。その夜は今まで生きてきた 年月を足したほど長く感じられた。 57 :きつねのおはなし2:2009/04/20(月) 22:59:31 ID:5mAfhQrR 日が昇った頃、若夫婦はまたあの襦袢を抱えて門を潜った。その表情は朝日のごとく穏やかで輝いている。 「良かったねえ、優太郎。本当に良かったねえ。」 母親はそう言って幾筋もの涙を流す。コウはその腕の中を見た。 「あー…うー、うー。」 そこには頬を染め、無邪気に笑う赤ん坊がいた。 「……お前、優太というのかのう?良い名前じゃなぁ…」 コウははにかみながら問うた。それに優太は反応し、きゃっきゃと笑い声をあげる。 「まこと、わしがわかるのじゃな。わしはすごく嬉しいぞ、優太。お前がもう少し大きくなったら、 わしがたくさん遊びを教えてやろう。コマにおはじき、たけとんぼ。そうじゃ、字も教えてやろう。 そうすればカルタもできるぞ。」 「うー、わぅ!あうー!」 「おうおう、嬉しいか優太。可愛いのう。」 嬉しそうに手足をばたつかせる様を見て、コウの期待は更に高まった。人の友ができる。長く傍に いながら、決して手を取ることのできなかった存在と心を通わすことができる。 そっと手を差し伸べてみる。 すると優太はきゅうっとコウの指を掴んだ。コウの心臓はドキンと跳ねた。 温かい。これが人間のぬくもりなのか。 コウはそう思った。 「優太…」 優太の名を呟き、コウは静かにその額に口付けた。 それから七年。不思議なことに口付けをした日以来、優太はコウを見ることも触れるが出来なくなっていた。 しかしコウは優太とのささやかな触れ合いを忘れることができず、時が許す限り優太の傍にいたのだ。 綺麗な花や木の実を集めては縁側に置いてやり、悪さをする妖が寄ってきては片っ端から追い払ってやる。 「見て見て、お妙。またお花があるよ。」 「あらまあ。本当に。きっと優太郎坊っちゃんへの贈り物ですよ。」 優太は下女の妙に嬉しそうに花を見せた。 「誰かなあ。いつもこれをくれるのは。会いたいなあ。会って一緒に遊びたいなあ。」 優太はあの時と変わらない無邪気な笑顔で言う。それにコウは耳をピクピクとさせながら答えた。 「優太、優太。わしはここじゃ。優太、わしも優太と一緒に遊びたい。だからまた、わしを見ておくれ。」 コウは何度も優太に語りかけた。しかし優太がそれに応えることはない。 そのまま、時は虚しく流れていった。 そんなことが続いたある日、村の長老である優太の祖父と年寄り集が集まり、何やら話をしていた。 「――お上の言うことじゃ。逆らえん。」 「そうじゃなあ。儂らじゃどうにも出来ん。」 「潰すしかなかろうて。あの、お狐様の祠を。」 傍で聞き耳をたてていたコウは動揺した。祠を壊されることはコウがこの村にいられなくなることを 意味している。祠を失ったからといってコウが死ぬわけではない。しかし祠がなくなった狐は仕える主、 稲荷神の元へと帰り、そこで過ごさねばならないのだ。 (そんな……まだわしは優太と遊んでおらぬ…!) 今まで以上にコウは優太に話しかけた。 「優太。聞こえんか?わしの声が聞こえんか?優太、わしが見えんか?のう、優太。こんなに 傍にいるのに、何で気付いてくれんのじゃ…」 熱い滴が頬を伝う。とんなに恋しく思っても、想いは伝わらない。それどころか己が在ることすら相手には 伝わらないのだ。人と人ならざるモノの隔たりはあまりに大きかった。 コウは懸命に耐えた。己は齢百年を越える古狐。こんなこと位で諦めるものか。これくらいどうと言う ことはない。きっと優太は気付いてくれる。だからまだへこたれてなるものか。そう自身に言い聞かせた。 コウは必死に優太を呼んだ。呼ぶだけではない。優太の身体を揺すろうとしたり、意を決して思い切り 打とうとした。だがコウの手は空を切るばかり。優太が気付く気配は一向にない。 「優太…寂しいよぉ…優太ぁ……」 そしてただ徒に時間だけが過ぎていき、刻一刻とその日は近づいてきた。 58 :きつねのおはなし3:2009/04/20(月) 23:02:50 ID:5mAfhQrR 「なんじゃ、おばばよ。態々呼び出しおって。」 泣き張らした目でコウは不貞腐れて言った。 「邪険にしなくても良いだろ?折角人がよかれと思って呼んでやったのに。」 「そうでぃそうでぃ。コウの旦那のせいで俺っちがこうやっておばばの髪をすいたり何なり,世話焼き しなきゃなんねぇハメになったんだぜ?ちったあ感謝してもらいてぇなあ。」 おばばは若い渡世人に髪を結わせながら茶をのんでいた。 「寒太郎。アンタは余計なことお言いでないよ。それよりコウ、アンタにいい物があるんだ。 手をお出しよ。」 コウはおばばに言われるがまま、小さな手のひらを伸ばす。するとその上にちょこんと巾着袋が置かれた。 中を覗けば虹色の水が入った玻璃の罎がある。 「そいつはね、天竺の甘露と唐の国の仙丹を混ぜた特製の霊薬さね。そいつを使えば、ケイタだか コウタだかもアンタが見れるようになるよ。」 「ほ、本当か!!??」 コウは思わずおばばに飛び付いた。弾みに後ろの寒太郎が飛ばされたが、今のコウにそれを気にする 余裕などない。 「いたた…全く…。それはね、人の身体にちょいとばかし人外の力をつけさせてやるもんさね。」 おばばは腕の中の童にしか見えない愛らしい狐を撫でながら言い聞かせる。 「ただし。そのまんまだと、ちょいとばかし強すぎるから気をつけな。こいつはね、嗅ぎ薬として 使うんだよ。それからアンタがちゃんと見えるように、アンタの匂いを混ぜて嗅がせるんだよ。」 「匂い?優太はわしを見ることも触ることも出来んのじゃ。匂いを嗅がせるなど無理じゃ……」 いきなり壁に当たり、コウの瞳は一気に潤む。やっと手に入れたかに見えた光明はただの幻に過ぎ なかったのか。耳もしっぽも萎え、すっかり落ち込んでしまう。しかしおばばはにんまりと笑い、コウの 小ぶりな鼻をつついた。 「大丈夫だよ、コウ。アンタは人の世にちゃんと依り代があるじゃないか。」 おばばの言葉に、いつの間にかコウ達のもとに戻ってきた寒太郎が口を挟んだ。 「なるほど!コウの旦那の祠の匂いを嗅げばいいって訳だ。アレは旦那の半身みたいなもん。あの祠ン とこででも薬を嗅がせちまえば見事わっぱはコウの旦那が見えるって寸法でさあ!」 寒太郎の声にコウは再び光を見た。本当にこれで優太と会えるなら。 「………おばば。ありがとう。」コウはぎゅっとおばばを抱き締めた。 「…早くお行き。後半月しかないんだろう?出来るだけ早く薬を嗅がせて、いっぱい遊んでおいで。」 「うん。」 コウは罎を持って駆け出した。 59 :きつねのおはなし4:2009/04/20(月) 23:04:07 ID:5mAfhQrR 優太はいつもコウの祠の前を二度ほど通る。どうやら隣町へ勉強しに通っているらしい。祠は道からは 少し離れた場所にあるものの、基本的に見通しは良いから気軽に人が近寄ってこれる。何か気を引いて やり、それから隙を見て薬を嗅がせてやればよい。 (なんじゃ。簡単ではないか。これでやっと優太と遊べるわい。) コウは優太の気を引くために、祠を飾り付けた。秋に拾っておいた栗やどんぐりをたくさん並べ、香りが よく華やかな木蓮で祠をいっぱいにした。 「優太は気付いてくれるかのう。優太と話せるようになったら、何の話をしようか。どんな遊びが よいじゃろうか。」 逸る思いを抑えきれず、コウは鼻歌を歌いなから祠を飾り立てた。 そしてその日の夕方。果たして迎えに行った妙と優太が祠の前を通った。コウが祈るような気持ちでそれを 見やっていると、ふと優太がこちらを向く。 「ねえねえ、妙。見てよ。お狐様の祠。すごくきれいだ。」 (――!) 早鐘のように鳴る心臓。優太が気付いてくれた。大好きな優太が。コウは罎を握りしめ、じっと優太の 様子を伺った。 「あらまあ。本当に。それにいい匂い。」 「妙、あっちに行っていい?」 コウはピンと耳を立てた。いよいよ念願の時が来るのだ。 (今まで散々焦らされたんじゃ。遊び疲れるくらい、いっぱいいっぱい遊んぶんじゃ!) 自然と頬が染まり、息が苦しくなる。コウは罎を胸の前で構えた。優太が一歩こちらに歩み寄る。 「ダメですよ優太郎坊っちゃん!」 声が響いた。コウは驚いて声の主を見る。妙だ。 「きっと誰かがお供えなすったんですよ。矢鱈に触ると罰が当たります。」 「な、な!?なんじゃ!?罰など当てん!ゆ、優太!早くこっちにっ……」 「そうか。そうだよね。折角きれいだから、そっとしておこう。」 愕然とするコウ。後少しというところで焦がれていた少年と相まみえるというのに、これではあんまり ではないか。目尻に涙が浮かぶ。しかしそんなコウを知ること無く、優太は妙と家路についてしまう。 「嫌じゃ、嫌じゃ。優太、行かないで。わしを置いてかないで。やだやだ、優太、優太!」 コウの叫びは届かず、優太はどんどん小さくなっていく。大粒の涙が目から零れた。これ程想っているのに。 これ程傍にいるのに。なんと残酷な巡り合わせか。 「優太ぁ…優太ぁ…行かないでぇ………」 コウは哀しみのあまり一晩中泣き明かした。 60 :きつねのおはなし5:2009/04/20(月) 23:07:01 ID:5mAfhQrR 薬を手に入れてから早十日。今日も微かな望みにかけてコウは祠を飾る。今コウと優太を繋ぐものは この古ぼけた石の半身しかないのだ。一昨日は菫、昨日は躑躅。今日は桜を活けた。優太はいつも 道すがらこちらを見る。そしていつも送り迎えの者に促され、通り過ぎていく。その時 「今日もきれいだね」 と微笑んでくれることが、コウにとっての細やかな、そして唯一の喜びだった。 「あっれ。コウの旦那?何でまた辛気臭い顔してンです?」 吹けば飛ぶほど軽い声がした。そちらを見ると口に草をくわえた渡世人が宙に浮いている。寒太郎だ。 「お前こそ何でおる。もう春じゃぞ。北風は引っ込んどれ。」 「いやね、むこうの佐保の山にいるお姫さんがえらい別嬪でね。こう、仲良くなりてぇなあと 思いやしてね。佐保のお姫さんと馴染みの古柳のおばばンとこに毎日通い詰めてるんでさぁ。」 鼻の下を伸ばしながら寒太郎は言う。その一言一言がコウの幼い胸に突き刺さる。これほど乞うても、 言葉を交わすことすら叶わない自分とは大違いだ。そう思った。それに気付いてか、饒舌だった寒太郎は ばつの悪そうに肩をすくめる。 「そ、そうだ。旦那。旦那の言う優太って坊主は一体どんな奴なんです?」 空気を変えようと寒太郎が話を振ってきた。コウは少し目を伏せながら、ぽつりぽつりと話始める。 「…昔優太はよう床に臥せっておった。あまり強い質ではないらしい。よく熱を出して寝込んでいたから、 わしもいつも気を揉んでいたものじゃ…」 宝箱から一つずつ、大切なものを取り出すようにコウは語った。端午の節句の時、菖蒲をたくさん贈り すぎて優太が驚いたこと。その晩、優太がお返しにと縁側に粽を置いてくれたこと。村の悪餓鬼がコウの 子分である子狐を虐めていた時、優太がそれを追い払って傷の手当てまでしてくれたこと。すべての 愛しい思い出をとつとつと語った。 「……コウの旦那、本当に優太って小僧が好きなんですねぇ。」 寒太郎は嫌味でなく、心底感心して呟いた。 「………わしが勝手に懸想しとるだけじゃ。」 琥珀の瞳にまた涙が浮かんだ。もうすぐ日が沈む。祠が潰されるまで後三日。もはやこれまでか。 絶望にも似た諦観がコウの小さな胸を締め付けた。 「コ、コウの旦那!!」 いきなり寒太郎が叫んだ。ビクンと耳としっぽを逆立てる。寒太郎が指差す方を見ると、そこにはいつもの ように妙を引き連れ歩いている優太の姿があった。 「優太………」 コウは力無く名を呼んだ。また行ってしまうのか。ズキンズキンと胸が痛む。堪らずコウはしゃがみこんだ。 その時である。 「おぉっとぉ!手が滑ったぁ!」 ビュウッという疾風が起こった。冷たい北風。寒太郎の仕業に違いない。突然の強風にコウが丹精込めて 飾り付けた花や木の実が辺りに撒き散らされた。 「なっ…!か、寒太郎っ!!何をする!!」 あまりのことにコウは寒太郎を怒鳴り付ける。しかし寒太郎は悪びれるでもなくからからと笑った。 「へへっ、堪忍してくだせぇよ、旦那。じゃあ、あっしはおばばの所に行かなきゃならねぇんで。」 寒太郎はつむじ風を起こすとあっという間に空へと消えていった。 「後は上手くやってくだせぇよ!」 寒太郎の言葉の意味がわからずコウは顔をしかめた。しかしその真意を知るのに時間はかからなかかった。 61 :きつねのおはなし6:2009/04/20(月) 23:09:42 ID:5mAfhQrR 「優太郎坊っちゃん!いけません!」 「大丈夫だよ、妙。お花を直すだけだから。」 信じられなかった。請い願い、それでも叶わなかった光景がそこにはあった。優太がこちらに駆けてくる。 真っ直ぐ、祠に向かって。夢か現かわからず、コウは立ち上がることすら叶わない。だが優太は確実に こちらに近づいてきた。そして遂にはコウの目と鼻の先までやってきて、コウと同様にしゃがみこんだ。 「きれいな桜だな。」 優太は微笑みながら落ちてしまった桜に手を伸ばす。すると丁度その顔はコウのそれと同じ位置に来た。 文字通りの目と鼻の先に、恋い焦がれた人がいる。長い睫毛。黒曜石を思わせる美しい瞳。艶やかで きれいに切り揃えられた髪。どれをとっても間違いない。コウがずっと想い続けた優太だ。コウの心臓は 爆発寸前だった。 (は、早く……く…薬っ……) 頭では解っていたが体がどうにも言うことを聞かない。それでも必死に罎を手に、蓋を開けようとした。 しかしその瞬間、震えていた手は罎を落としてしまう。 「あっ……!」 ぱしゃん、という音と共に薬は地面に落ちた桜の上に零れてしまう。それと同時に薬は虹色の煙となり 霧散してしまった。 「あ…ああ……」 唯一の希望が消え失せ、コウの目の前は真っ暗になった。薬が無くなってしまった。どうしてこうなって しまったのだろう。おばばや寒太郎の好意を無駄にしてしまった。優太にも会えない。どうして、どうして。 コウは自分を責めた。 「ふぇ…うえぇ…うええぇぇ~…」 コウは遂にわんわん泣き出してしまった。後悔、絶望、諦観。全てが雫となり頬を濡らした。形振り構わず とにかく泣き続けた。これで今度こそおしまいだ。頭も顔もぐしゃぐしゃだった。 「…ねえ、君。どうしたの?どこか痛いの?」 コウは目を見開いた。混乱したまま顔を上げるとそこには不思議そうにこちらをみる優太がいた。 「な…なんで……?」 「泣かないで。もう大丈夫だから。おんぶしようか?僕の家がすぐ近くだから、一緒に行こう。」 優しく微笑みかけてくれる優太。労るように頭を撫でてくれる優太。全てを感じる。間違いない。 これは紛れもない現実だ。それが心に染み込んだ瞬間、コウは再び大泣きをした。 「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~!!ゆ゛う゛だぁ゛~!!!」 コウは思わず優太に飛び付き、その拍子に優太は尻餅をついた。見知らぬ子に押し倒され、さぞや驚いた に違いない。しかし優太はそれを押し退けたりせずに、コウをそっと抱き締めた。 「妙!先に帰っていておくれ。」 「え、優太郎坊っちゃん?でもそれじゃあ…」 「いいから!後でちゃんとお母さん達には謝るから!」 穏やかな少年にしては珍しい、強い物言いに、妙は驚いた。しかし優太は悪さをしたり、道理を外れる ような我が儘は言わない質である。何かあるのだろうと察し、妙は早く帰るよう念を押すと一人帰路についた。 「…これでゆっくりお話できるね。大丈夫だから、ね?落ち着いてよ。僕がいるから、大丈夫だよ。 君はどこから来たの?」 「グスッ…グスッ…優太ぁ……」 温かな優太の言葉に、コウは甘えるように優太の胸に顔を埋めた。 62 :きつねのおはなし7:2009/04/20(月) 23:11:11 ID:5mAfhQrR 「――…ただいま、妙。」 「ああ、優太郎坊っちゃん。おかえりなさい。」 優太は少しおどおどしながら妙の顔を伺った。だが妙は夕食の支度に忙しいこともあり優太の異変に 気付かない。 「う、うん。ただいま、妙。えっと…僕今日は勉強するから、ちょっと部屋には来ないでね。」 「はいはい。わかりましたよ。」 優太は妙の脇を小走りで駆け抜ける。その時妙は二つの足音を聞いた気がしたが、気のせいだろうと 気にもかけなかった。 「本当に妙は見えないんだね。」 部屋の戸を閉じると優太が言う。その視線の先には果たしてコウがいた。先ほどの名残か、まだ目は 赤いものの、表情は比べ物にならないほど明るい。 「そうじゃ。……優太はわしが怖くないか?わしは…その、人ではないのじゃぞ?」 あれほど身を焼いていた想いはどこへやら。コウは優太が人ではないコウを受け入れてくれるか不安に なっていたのだ。しょんぼりと耳を萎えさせたコウを見て優太は少し困ったような笑みを浮かべる。 「うーん……あのね、笑わないで欲しいんだけど…僕、何だかコウは前から知ってる気がするんだよ。 昔、手を繋いだような…おかしいでしょ?」 恥ずかしそうに優太は頭を掻く。コウは胸が熱くなるのを感じた。優太はあの時のことを覚えていて くれたのだ。それだけで今までの辛かったことや苦しかったことが報われた気がした。さっきやっと 止まったばかりの涙が再び溢れそうになる。それを察してか否か、優太はいきなりコウの手を取った。 「ねえコウ。暫くうちにいなよ。お父さん達は今度の工事のことで暫く帰ってこれないし、コウは 誰にも見えないから大丈夫だよ。いいでしょ?」 きらきら瞳を輝かせて優太は言う。勿論、異存などなかった。 「うん!」コウは満面の笑みで答えた。 それから三日間、コウと優太は時間が許す限り遊び続けた。幸か不幸か、三日後の工事のため、 勉強の方は休みとなったらしい。おかげで二人が遊ぶ時間はたっぷりあったのだ。一緒に竹とんぼを 作って飛ばしてみたり、折り紙を折ってみたり。歌留多に石蹴り、コマに綾取り。思い付くまま、 日が暮れるまで遊んだ。今まで我慢してきた分を取り戻すように、コウは優太と遊び続けた。また優太も コウといることが楽しくてしょうがないらしく、普段の大人しい様からは一変し、きゃあきゃあとはしゃぎ たおした。夜は夜で一緒に風呂に入り、本を読み、同じ布団で眠る。ほんの短い間ではあるが、コウと優太は かけがえのない友人になっていったのだ。 しかしそれももうすぐ終わる。 あっという間に、コウが優太と過ごせる最後の夜が来た。 63 :きつねのおはなし8:2009/04/20(月) 23:15:11 ID:5mAfhQrR 二人はいつものように二人して布団の中で向き合っている。 「今日も楽しかったね、コウ。」 「うん。しかし優太はズルい。棒倒しであんなちょっとしか砂を持っていかんとは。」 「だってコウがいきなきたくさん砂を持ってっちゃうんだもの。仕方ないよ。」 二人はくすくす笑った。コウはピクピクと耳を動かし、喜びを示す。すると優太はそれを見ると、すうっと 手を伸ばした。 「ふぇ!?」 「そういえば、コウのお耳としっぽって凄くふわふわしてるね。」 そう言いながら優太はコウの頭と腰に手を回し、優しく揉んだ。 その途端、今まで感じたことのない感覚がコウを襲った。 「ひゃっ…あ……ゆ、優太っ……」 「うわあ、とっても温かくて気持ちいい。」 甘い電気のような、痺れにも似た感覚。触れられる度、背筋がゾクゾクとし、脳を犯す。くすぐったさにも 似ているが、明らかに何かが違う。その痺れは酷く長い余韻があり、妖しい熱を帯びたままどんどん脳や 下腹部に響いてくるのだ。堪らず蕩けた喘ぎ声が漏れ、腰が揺れる。 「やんっ…ゆ、優太…あぅっ…あぅうっ…や、やめ…」 「コウ可愛い。顔真っ赤だ。耳もしっぽもピクピクしてる。」 必死に抗議しようとするが、優太は楽しそうに耳やしっぽを弄くりまわし、どうにもできない。しかし コウはどんどん追い詰められていった。特に腹の辺り――いや、下半身の疼きが止まらない。しっぽの すぐ傍にある孔はキュンと搾まり、前の排泄器官は痛みと未知の感覚とに苛まれていた。 (だ、だめじゃっ…な、何かきちゃ…何これっ……!) ジンジンと痺れる下腹部に、何か異変が迫っていることに気付き、コウは怯え、泣いてしまう。快感と 恐怖の混じった感覚にコウは優太にしがみつくことでしか抗えなかった。 「え!?コ、コウ!?」 優太は驚いて飛び起きた。気付けば何か硬いものが自分の腹に押し付けられていた。それはどうやらコウの 足の間にあるようだ。コウも瞳を潤ませながら自身の身に起きた異変に混乱した。 「コウ、見ていい?」 優太は浴衣の裾に手をやりながら聞いた。一緒に風呂にも入っているから、そこは見られても構わないはず だった。しかし何故か急に恥ずかしくなり、コウは俯いた。しかし自身の体が今までにない状況にあることも 事実である。仕方なくコウは頷いた。それを見て、優太はそっと浴衣をはだけさせだ。 「あ……」 初めて見る光景に優太は息を飲んだ。親指ほどの幼い性器が先端から蜜を溢しながら直下立っている。微かに 皮が剥け、見える部分は綺麗な桜色でいやらしく滑っていた。 「あ…ああ…ど、どうして………」 「おちんちん腫れちゃったんだ…どうしよう……」 性的な知識など持ち合わせない少年達はただただ戸惑う。コウも初めての勃起に恐怖すら覚えた。ぽろりと 涙が溢れる。その姿に優太は酷く胸を痛めた。 「コウ、大丈夫だよ。僕が治してあげるから。」 そう言うと優太はいきなりコウの性器をくわえこんだ。 「ぁああっ!優太っ!ダメじゃ!汚……ひゃああぁ!」 驚きと快感が一気にコウを襲う。 64 :きつねのおはなし9:2009/04/20(月) 23:18:10 ID:5mAfhQrR 労るように優しく舌を這わせ、時々きつく吸い上げる。優太の優しく、そして卑猥な舌の動きにコウは 翻弄された。知らなかった快感は長命とは言え、性的に未熟なコウを簡単に悦楽へと溺れさせる。 「優太っ、優太っ……!」 涙を浮かべて優太を呼んだ。しかし優太は決して口を離そうとはしない。じゅるっ、じゅるっと音を立て、 コウを高みに追いやる。そしてコウは初めての絶頂を迎える。 「だ、ダメじゃっ…変になるっ…!優太、怖い!おかしくなるからっ…!あんっ!あひぃっ!ひいっ! ひうぅぅっ!!」 びゅくびゅくっ!ぴゅるるっ! 痙攣と共に熱を吐き出す。初めての射精は一瞬にしてコウの神経を焼き尽くした。全身を犯す甘い熱に コウはただただ身を任せる他出来ない。また優太もコウの乱れようと、恥茎からほとばしった『膿』に 驚きを覚えた。性器は痛々しいほど腫れ上がり、ふるふると奇妙な体液にまみれながら震えているのに、 コウは苦しむと言うよりはどこか酔ったように喘いでいる。またコウのそれは蜜の様に甘く、到底膿の ような汚物には思えない。抗いがたい衝動に流されるまま、優太はそれを飲み下す。極上の甘露に優太は 酷く興奮した。 「コウ…コウ…」 うわごとのように呟きながら、優太はまだ快感の余韻に震えるコウを抱き締めた。コウもまた、新たな 感覚のため敏感になった身体をもてあまし、優太にすがり付く。 「え!?」 驚きのあまり、コウの声は裏返った。今度はコウの腹に、何か硬いものが当たっている。そしてそれは やはり先程と同様に、優太の股間に異変が起きていることを示していた。コウは慌てて浴衣を捲り上げる。 「優太!ああ…こんなに腫れて…!」 優太の幼い茎はひくつきながら、懸命にその大きさを主張していた。コウは焦る。もしかして、自分の せいで菌や何かが優太に伝染ったのではないかとコウは戦慄した。昔から体の弱い優太のことだ。 下手をしたら大事になりかねない。 「すまん、優太。すぐ治してやる。」 コウは先程優太がしてくれたように優太の性器を口に含む。少し生臭いような、奇妙な香りが鼻腔をついた。 しかし不思議なことに、嫌な気分はしなかった。とぷとぷと流れ出てくる汁を啜り、丹念に肉を舐め上げる。 「うあっ、あっ、あっ、あぁぁっ…!」 「じゅるる…優太、やっぱり痛むか?」 65 :きつねのおはなし10:2009/04/20(月) 23:18:32 ID:5mAfhQrR 心配そうにコウは優太に聞く。優太は息を荒くし、焦点の定まらない瞳を潤ませていた。 「うん…こお…気持ちい……」 淫らな炎にじっくり炙られた少年は既に快楽の虜となっていた。だらしなく口を開け、唾液を垂れ流して いる。コウは優太の反応に戸惑うも、性器が未だ硬く勃起している以上、口を休めるわけにはいかない。 再び唇で優太を慰める。 ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ。 淫靡な水音を立て、コウはのものをしゃぶり舐める。優太は軽く前屈みになり、コウの頭を抱え込むように なった。 「コウ、コウ!だめっ、漏れちゃう!口離して!あっ、あぁっ!あぁぁっ!!」 その瞬間優太は言葉とは裏腹に、思い切りコウの頭を押さえつけ、自身の性器を根本までくわえさせる。 「むぐうぅぅ!んんん!!」 ドクドクッ!ビュクッ! コウの口に熱いものが放たれる。青臭く、苦味すら感じるそれをコウはえずくきながら飲み下す。 次から次に溢れ出るそれに驚きを隠せない。しかしコウは優太を想いそれを吸い上げ、胃へと送り込んだ。 ひとしきり射精をし、落ち着いたところで、優太はやっと割れに返る。そして自分がしたことを深く 後悔する。 「コウ……コウ……ごめんね、コウ……」 しくしくと泣き出した優太にコウは驚いた。 「わしは何ともない。大丈夫じゃ。だから泣くでない。それに先にしたのはわしじゃ。優太は悪くない。 わしが悪いんじゃ。」 よしよしと頭をさすり、コウは優太を宥めた。しかし優太は自己嫌悪に陥りぽろぽろと涙を溢す。こんな はずではなかった。コウは自分も泣きたくなった。しかし泣いてはきっと優太はもっと自分を責めるだろう。 コウはぐっと我慢する。 「優太。もう遅い。寝よう。」 乱れた寝巻きを整え、コウは優太を抱きながら横たわる。 「コウ、ごめんね。ごめんね。もうしないから、ずっと一緒にいて。」 「……………」 謝り続ける優太にコウは答えなかった。その代わり、何度も何度も優太の頭を撫でてやった。 66 :きつねのおはなし11:2009/04/20(月) 23:20:36 ID:5mAfhQrR カタカタと障子がなる。優太と抱き合い、横になっていたコウはぱちりと目を覚ます。 「旦那、旦那。お迎えにあがりやした。」 神妙な声がした。コウはそれに応えそっと寝床を抜け出す。障子の向こうには寒太郎が柄にもなく畏まり、 跪いている。 「旦那。おばばがよんでやす。行きやしょう。」 「…うむ。」 ちらり、と後ろを振り返る。まだ優太は一人、夢を見ているのだろう。十年近く待った、最愛の少年。 彼と笑い合えた三日間は最高のものだった。この思い出さえあれば、もう寂しくはない。切なさに似た 胸の痛みに気付かぬ振りをして、コウは再び向き直る。 「行こう。寒太郎。」 柳の下には既に見送りのものが集まっていた。子分の狐達も既に支度を整えており、後はコウを待つ ばかりだった。 「皆世話になったな。わしは行くが、達者でな。」 「もう心残りはないかい?」 おばばの問いにコウはこくんと頷く。 ――ずっと一緒にいて。涙を溢す優太の顔が浮かんだ。 (――仕方ないんじゃ。逢えただけで、十分過ぎるのじゃ。) コウは降りきるように微笑んだ。それを見ておばばも優しく微笑む。それから柳の枝を手折り、コウへと 差し出した。 「持っておゆき。唐の国のまじないさ。」 柳の枝を受けとると、コウは鼻の奥ガツンとするのを感じた。コウがまだただの狐だった頃から、山姫で あるおばばとは親しくしていた。だからこそ優太と会えない寂しさの愚痴を聞いてくれたし、霊薬も 用意してくれた。そのおばばと別れることにはやはり格別なものがある。 「――おばばと一緒に桜と柳が見れなくなるのはさみしいな。」 「またいつか見れるよ。――さ、寒太郎が送るってサ。もう行きな。」 おばばは美しい笑みを浮かべ、コウの頭を撫でた。コウはこくんと頷き、子分達を呼び集める。 「皆、達者でな!」 コウは手を振り、山を下りる。いよいよ、慣れ親しんだ地を離れるのだ。 67 :きつねのおはなし12:2009/04/20(月) 23:22:43 ID:5mAfhQrR 最後に己の半身を見る。古ぼけてはいるが、やはり愛着がある。そこにはあの時優太が拾ってくれた 桜があった。おばばの薬のせいか、いまだ瑞々しく花を咲かせている。祠は今日取り壊され、この地には 新たに人が何かを作るのだろう。それが自然の流れなのだ。流れに逆らうことは許されない。だがやはり 一つ心につかえるものがあるとすれば、それは最後に見た最愛の少年の顔が泣き顔だったことくらいだ。 その程度のことはすっかり忘れて、主である稲荷神の元に帰ることこそ理であり、最善なのだ。 「旦那。もう大丈夫ですかい?」 寒太郎の声が響く。コウは最後に祠を撫でるとちょこんと向き直った。名残惜しいが、これも定めだ。 「うむ。行こうか――」 「コウ!!!!!」 突然、耳を覆いたくなる程の悲鳴が聞こえた。そちらを見れば思わぬ光景が目に飛び込んでくる。 「ゆ…優太…!」 そこには優太がいた。まだ肌寒い夜明け前にもかかわらず、薄い浴衣と裸足で、こちらに必死に駆けてくる。 足には血が滲んでおり、コウは思わず駆けよろうとした。 しかし今行けばきっと帰れなくなる。もう二度と優太から離れなれなくなる。 そう直感した。 「…行こう。寒太郎。」 「コウ!コウ!行かないで!!嫌だよ!!コウ!!!」 「良いんですかい?旦那。」 「早く!!!」 コウの怒声に驚いた寒はビクリと肩を震わせ、頭の三度笠を深く被り直した。ふわりと風を纏う。 同時にゆっくりとコウ達のからだが浮かぶ。 「コウ!どうして!?僕が嫌いになったの!?コウ!コウ!!」 優太さ空に消え行くコウ達を見上げていた。止めどなく流れる涙で優太の頬は赤く腫れ上がっている。 早く行かなければ。 優太を抱き締めてやりたい。 相反する感情がコウの小さな胸を焼き尽くす。コウはぎゅうっと目を閉じると、戦慄く唇を微かに開けた。 「優太。」 コウの声に、辺りが静寂に包まれる。風だけがコウ達の鼓膜を震わせた。そしてそのしじまを破るべく、 コウは再び口を開いた。 「優太、ありがとう。――わしは、優太が好きじゃぞ。」 「…コ…ウ……?」 優太は大きな瞳をさらに開きながら、コウを見詰めた。その顔はぐにゃぐにゃと歪んでおり、それを 認識した時初めてコウは自分が泣いていることに気が付いた。しかしそれも束の間。優太はみるみる 小さくなり、ついには視界から消えていった。 『コウ、行かないで――』 優太の悲痛な叫びはコウの耳からどうしても離れることはなかった。
56 :きつねのおはなし1:2009/04/20(月) 22:57:07 ID:5mAfhQrR 村外れの柳の下。膝ほどまである髪が印象的な妙齢の美女が頭を抱えていた。原因は彼女の 目の前にいる少年だ。少年は見事な金色の髪をしていた。そしてその頭にはこちらもまた 立派な金の毛並の大きな耳、尻と腰の中程にふさふさのしっぽを持っている。 少年の名はコウと言う。この村の小さな祠に奉られた狐だ。そして白磁の肌の美女は古柳の おばばと呼ばれる山姫である。 「えぐっ、えっ……」 コウは琥珀を思わせる瞳から涙を溢しながら古柳のおばばに訴える。おばばも懇意にしている 古狐の涙にほとほと参っているようだ。 「お泣きでないよ。ええと、何だったかねえ…ソウタだったかい?」 「何を聞いておったんじゃっ……ひくっ…優太じゃ、たわけっ……」 「あれ、そうだったかい?すまないねえ。兎も角。コウ、アンタはその優太ってのと逢いたい ってんだね。」 おばばの言葉にコウは頷いた。 そう。コウがしきりに泣いていた理由。それは優太という少年とどうしても逢いたいというものだったのだ。 コウが初めて優太を見たのは優太が生まれて間も無くだった。月も出ていない闇夜のこと。コウが祠の 上にいると、道のり向こうに小さな炎が見えた。ちょこちょこと歩いて行くとそこには人間の男女がいる ではないか。人からコウは見えないが、コウから彼らは確かにはっきりと見えた。この男女は村一番の 大地主の若夫婦だ。彼らの足元では提灯が燃えていた。どうやら何かの弾みに落としてしまったらしい。狼狽える 母親の腕の中を覗けばにはまだ髪の毛も生えそろわない赤ん坊がいた。暖かそうな襦袢にくるまれ、赤い顔を している。息も苦しげでかなり弱っているようだ。恐らくはこの赤ん坊を隣の村にいる医者に見せに行く のだろう。だが隣の村には峠を越えなければならない。明かり無しではとても無理だ。夫婦は困り果てて いた。しかし歩みを止めようとはしなかった。夜闇に怯えながらも、我が子を救わんと進み続けた。 「な、何をしておる!危ない!」 コウは慌てて狐火を焚いた。若夫婦ははじめヒイッと悲鳴をあげ戦いていたが、道を照らすように灯を 揺らしてやれば、南無三と腹を括ってついてきた。コウは三人がはぐれないように気を配りながら隣の村 まで連れていってやる。道中コウは何度も人の母親が抱える赤子を見た。この村で百年生きてきたコウの ことだ。人間の子供などさして珍しいものではない。ただ、何故か妙にその子が気になった。その子は 時折り目を開けてはまるでコウが見えているかのように視線を移したり、手を伸ばそうとするのだ。 (この坊主、わしのことが見えるのか?) コウはその時胸が高鳴るのを感じた。今までコウの姿を見たものはいない。故にコウは人と言葉を交わした ことも、触れあったこともなかった。 (この坊主なら、わしと話せるのか?わしと遊べるのか?) そう思う度、コウは頬が熱くなるのを感じた。コウはこの僅かな間に小さな赤子に思慕の念をどんどん 募らせていったのだ。峠を越え、医者の家についてからもコウは一晩中親子を門の前で待っていた。 己が仕える稲荷神に、見当外れの願いと知りつつも赤子の無事を祈願した。その夜は今まで生きてきた 年月を足したほど長く感じられた。 57 :きつねのおはなし2:2009/04/20(月) 22:59:31 ID:5mAfhQrR 日が昇った頃、若夫婦はまたあの襦袢を抱えて門を潜った。その表情は朝日のごとく穏やかで輝いている。 「良かったねえ、優太郎。本当に良かったねえ。」 母親はそう言って幾筋もの涙を流す。コウはその腕の中を見た。 「あー…うー、うー。」 そこには頬を染め、無邪気に笑う赤ん坊がいた。 「……お前、優太というのかのう?良い名前じゃなぁ…」 コウははにかみながら問うた。それに優太は反応し、きゃっきゃと笑い声をあげる。 「まこと、わしがわかるのじゃな。わしはすごく嬉しいぞ、優太。お前がもう少し大きくなったら、 わしがたくさん遊びを教えてやろう。コマにおはじき、たけとんぼ。そうじゃ、字も教えてやろう。 そうすればカルタもできるぞ。」 「うー、わぅ!あうー!」 「おうおう、嬉しいか優太。可愛いのう。」 嬉しそうに手足をばたつかせる様を見て、コウの期待は更に高まった。人の友ができる。長く傍に いながら、決して手を取ることのできなかった存在と心を通わすことができる。 そっと手を差し伸べてみる。 すると優太はきゅうっとコウの指を掴んだ。コウの心臓はドキンと跳ねた。 温かい。これが人間のぬくもりなのか。 コウはそう思った。 「優太…」 優太の名を呟き、コウは静かにその額に口付けた。 それから七年。不思議なことに口付けをした日以来、優太はコウを見ることも触れるが出来なくなっていた。 しかしコウは優太とのささやかな触れ合いを忘れることができず、時が許す限り優太の傍にいたのだ。 綺麗な花や木の実を集めては縁側に置いてやり、悪さをする妖が寄ってきては片っ端から追い払ってやる。 「見て見て、お妙。またお花があるよ。」 「あらまあ。本当に。きっと優太郎坊っちゃんへの贈り物ですよ。」 優太は下女の妙に嬉しそうに花を見せた。 「誰かなあ。いつもこれをくれるのは。会いたいなあ。会って一緒に遊びたいなあ。」 優太はあの時と変わらない無邪気な笑顔で言う。それにコウは耳をピクピクとさせながら答えた。 「優太、優太。わしはここじゃ。優太、わしも優太と一緒に遊びたい。だからまた、わしを見ておくれ。」 コウは何度も優太に語りかけた。しかし優太がそれに応えることはない。 そのまま、時は虚しく流れていった。 そんなことが続いたある日、村の長老である優太の祖父と年寄り集が集まり、何やら話をしていた。 「――お上の言うことじゃ。逆らえん。」 「そうじゃなあ。儂らじゃどうにも出来ん。」 「潰すしかなかろうて。あの、お狐様の祠を。」 傍で聞き耳をたてていたコウは動揺した。祠を壊されることはコウがこの村にいられなくなることを 意味している。祠を失ったからといってコウが死ぬわけではない。しかし祠がなくなった狐は仕える主、 稲荷神の元へと帰り、そこで過ごさねばならないのだ。 (そんな……まだわしは優太と遊んでおらぬ…!) 今まで以上にコウは優太に話しかけた。 「優太。聞こえんか?わしの声が聞こえんか?優太、わしが見えんか?のう、優太。こんなに 傍にいるのに、何で気付いてくれんのじゃ…」 熱い滴が頬を伝う。とんなに恋しく思っても、想いは伝わらない。それどころか己が在ることすら相手には 伝わらないのだ。人と人ならざるモノの隔たりはあまりに大きかった。 コウは懸命に耐えた。己は齢百年を越える古狐。こんなこと位で諦めるものか。これくらいどうと言う ことはない。きっと優太は気付いてくれる。だからまだへこたれてなるものか。そう自身に言い聞かせた。 コウは必死に優太を呼んだ。呼ぶだけではない。優太の身体を揺すろうとしたり、意を決して思い切り 打とうとした。だがコウの手は空を切るばかり。優太が気付く気配は一向にない。 「優太…寂しいよぉ…優太ぁ……」 そしてただ徒に時間だけが過ぎていき、刻一刻とその日は近づいてきた。 58 :きつねのおはなし3:2009/04/20(月) 23:02:50 ID:5mAfhQrR 「なんじゃ、おばばよ。態々呼び出しおって。」 泣き張らした目でコウは不貞腐れて言った。 「邪険にしなくても良いだろ?折角人がよかれと思って呼んでやったのに。」 「そうでぃそうでぃ。コウの旦那のせいで俺っちがこうやっておばばの髪をすいたり何なり,世話焼き しなきゃなんねぇハメになったんだぜ?ちったあ感謝してもらいてぇなあ。」 おばばは若い渡世人に髪を結わせながら茶をのんでいた。 「寒太郎。アンタは余計なことお言いでないよ。それよりコウ、アンタにいい物があるんだ。 手をお出しよ。」 コウはおばばに言われるがまま、小さな手のひらを伸ばす。するとその上にちょこんと巾着袋が置かれた。 中を覗けば虹色の水が入った玻璃の罎がある。 「そいつはね、天竺の甘露と唐の国の仙丹を混ぜた特製の霊薬さね。そいつを使えば、ケイタだか コウタだかもアンタが見れるようになるよ。」 「ほ、本当か!!??」 コウは思わずおばばに飛び付いた。弾みに後ろの寒太郎が飛ばされたが、今のコウにそれを気にする 余裕などない。 「いたた…全く…。それはね、人の身体にちょいとばかし人外の力をつけさせてやるもんさね。」 おばばは腕の中の童にしか見えない愛らしい狐を撫でながら言い聞かせる。 「ただし。そのまんまだと、ちょいとばかし強すぎるから気をつけな。こいつはね、嗅ぎ薬として 使うんだよ。それからアンタがちゃんと見えるように、アンタの匂いを混ぜて嗅がせるんだよ。」 「匂い?優太はわしを見ることも触ることも出来んのじゃ。匂いを嗅がせるなど無理じゃ……」 いきなり壁に当たり、コウの瞳は一気に潤む。やっと手に入れたかに見えた光明はただの幻に過ぎ なかったのか。耳もしっぽも萎え、すっかり落ち込んでしまう。しかしおばばはにんまりと笑い、コウの 小ぶりな鼻をつついた。 「大丈夫だよ、コウ。アンタは人の世にちゃんと依り代があるじゃないか。」 おばばの言葉に、いつの間にかコウ達のもとに戻ってきた寒太郎が口を挟んだ。 「なるほど!コウの旦那の祠の匂いを嗅げばいいって訳だ。アレは旦那の半身みたいなもん。あの祠ン とこででも薬を嗅がせちまえば見事わっぱはコウの旦那が見えるって寸法でさあ!」 寒太郎の声にコウは再び光を見た。本当にこれで優太と会えるなら。 「………おばば。ありがとう。」コウはぎゅっとおばばを抱き締めた。 「…早くお行き。後半月しかないんだろう?出来るだけ早く薬を嗅がせて、いっぱい遊んでおいで。」 「うん。」 コウは罎を持って駆け出した。 59 :きつねのおはなし4:2009/04/20(月) 23:04:07 ID:5mAfhQrR 優太はいつもコウの祠の前を二度ほど通る。どうやら隣町へ勉強しに通っているらしい。祠は道からは 少し離れた場所にあるものの、基本的に見通しは良いから気軽に人が近寄ってこれる。何か気を引いて やり、それから隙を見て薬を嗅がせてやればよい。 (なんじゃ。簡単ではないか。これでやっと優太と遊べるわい。) コウは優太の気を引くために、祠を飾り付けた。秋に拾っておいた栗やどんぐりをたくさん並べ、香りが よく華やかな木蓮で祠をいっぱいにした。 「優太は気付いてくれるかのう。優太と話せるようになったら、何の話をしようか。どんな遊びが よいじゃろうか。」 逸る思いを抑えきれず、コウは鼻歌を歌いなから祠を飾り立てた。 そしてその日の夕方。果たして迎えに行った妙と優太が祠の前を通った。コウが祈るような気持ちでそれを 見やっていると、ふと優太がこちらを向く。 「ねえねえ、妙。見てよ。お狐様の祠。すごくきれいだ。」 (――!) 早鐘のように鳴る心臓。優太が気付いてくれた。大好きな優太が。コウは罎を握りしめ、じっと優太の 様子を伺った。 「あらまあ。本当に。それにいい匂い。」 「妙、あっちに行っていい?」 コウはピンと耳を立てた。いよいよ念願の時が来るのだ。 (今まで散々焦らされたんじゃ。遊び疲れるくらい、いっぱいいっぱい遊んぶんじゃ!) 自然と頬が染まり、息が苦しくなる。コウは罎を胸の前で構えた。優太が一歩こちらに歩み寄る。 「ダメですよ優太郎坊っちゃん!」 声が響いた。コウは驚いて声の主を見る。妙だ。 「きっと誰かがお供えなすったんですよ。矢鱈に触ると罰が当たります。」 「な、な!?なんじゃ!?罰など当てん!ゆ、優太!早くこっちにっ……」 「そうか。そうだよね。折角きれいだから、そっとしておこう。」 愕然とするコウ。後少しというところで焦がれていた少年と相まみえるというのに、これではあんまり ではないか。目尻に涙が浮かぶ。しかしそんなコウを知ること無く、優太は妙と家路についてしまう。 「嫌じゃ、嫌じゃ。優太、行かないで。わしを置いてかないで。やだやだ、優太、優太!」 コウの叫びは届かず、優太はどんどん小さくなっていく。大粒の涙が目から零れた。これ程想っているのに。 これ程傍にいるのに。なんと残酷な巡り合わせか。 「優太ぁ…優太ぁ…行かないでぇ………」 コウは哀しみのあまり一晩中泣き明かした。 60 :きつねのおはなし5:2009/04/20(月) 23:07:01 ID:5mAfhQrR 薬を手に入れてから早十日。今日も微かな望みにかけてコウは祠を飾る。今コウと優太を繋ぐものは この古ぼけた石の半身しかないのだ。一昨日は菫、昨日は躑躅。今日は桜を活けた。優太はいつも 道すがらこちらを見る。そしていつも送り迎えの者に促され、通り過ぎていく。その時 「今日もきれいだね」 と微笑んでくれることが、コウにとっての細やかな、そして唯一の喜びだった。 「あっれ。コウの旦那?何でまた辛気臭い顔してンです?」 吹けば飛ぶほど軽い声がした。そちらを見ると口に草をくわえた渡世人が宙に浮いている。寒太郎だ。 「お前こそ何でおる。もう春じゃぞ。北風は引っ込んどれ。」 「いやね、むこうの佐保の山にいるお姫さんがえらい別嬪でね。こう、仲良くなりてぇなあと 思いやしてね。佐保のお姫さんと馴染みの古柳のおばばンとこに毎日通い詰めてるんでさぁ。」 鼻の下を伸ばしながら寒太郎は言う。その一言一言がコウの幼い胸に突き刺さる。これほど乞うても、 言葉を交わすことすら叶わない自分とは大違いだ。そう思った。それに気付いてか、饒舌だった寒太郎は ばつの悪そうに肩をすくめる。 「そ、そうだ。旦那。旦那の言う優太って坊主は一体どんな奴なんです?」 空気を変えようと寒太郎が話を振ってきた。コウは少し目を伏せながら、ぽつりぽつりと話始める。 「…昔優太はよう床に臥せっておった。あまり強い質ではないらしい。よく熱を出して寝込んでいたから、 わしもいつも気を揉んでいたものじゃ…」 宝箱から一つずつ、大切なものを取り出すようにコウは語った。端午の節句の時、菖蒲をたくさん贈り すぎて優太が驚いたこと。その晩、優太がお返しにと縁側に粽を置いてくれたこと。村の悪餓鬼がコウの 子分である子狐を虐めていた時、優太がそれを追い払って傷の手当てまでしてくれたこと。すべての 愛しい思い出をとつとつと語った。 「……コウの旦那、本当に優太って小僧が好きなんですねぇ。」 寒太郎は嫌味でなく、心底感心して呟いた。 「………わしが勝手に懸想しとるだけじゃ。」 琥珀の瞳にまた涙が浮かんだ。もうすぐ日が沈む。祠が潰されるまで後三日。もはやこれまでか。 絶望にも似た諦観がコウの小さな胸を締め付けた。 「コ、コウの旦那!!」 いきなり寒太郎が叫んだ。ビクンと耳としっぽを逆立てる。寒太郎が指差す方を見ると、そこにはいつもの ように妙を引き連れ歩いている優太の姿があった。 「優太………」 コウは力無く名を呼んだ。また行ってしまうのか。ズキンズキンと胸が痛む。堪らずコウはしゃがみこんだ。 その時である。 「おぉっとぉ!手が滑ったぁ!」 ビュウッという疾風が起こった。冷たい北風。寒太郎の仕業に違いない。突然の強風にコウが丹精込めて 飾り付けた花や木の実が辺りに撒き散らされた。 「なっ…!か、寒太郎っ!!何をする!!」 あまりのことにコウは寒太郎を怒鳴り付ける。しかし寒太郎は悪びれるでもなくからからと笑った。 「へへっ、堪忍してくだせぇよ、旦那。じゃあ、あっしはおばばの所に行かなきゃならねぇんで。」 寒太郎はつむじ風を起こすとあっという間に空へと消えていった。 「後は上手くやってくだせぇよ!」 寒太郎の言葉の意味がわからずコウは顔をしかめた。しかしその真意を知るのに時間はかからなかかった。 61 :きつねのおはなし6:2009/04/20(月) 23:09:42 ID:5mAfhQrR 「優太郎坊っちゃん!いけません!」 「大丈夫だよ、妙。お花を直すだけだから。」 信じられなかった。請い願い、それでも叶わなかった光景がそこにはあった。優太がこちらに駆けてくる。 真っ直ぐ、祠に向かって。夢か現かわからず、コウは立ち上がることすら叶わない。だが優太は確実に こちらに近づいてきた。そして遂にはコウの目と鼻の先までやってきて、コウと同様にしゃがみこんだ。 「きれいな桜だな。」 優太は微笑みながら落ちてしまった桜に手を伸ばす。すると丁度その顔はコウのそれと同じ位置に来た。 文字通りの目と鼻の先に、恋い焦がれた人がいる。長い睫毛。黒曜石を思わせる美しい瞳。艶やかで きれいに切り揃えられた髪。どれをとっても間違いない。コウがずっと想い続けた優太だ。コウの心臓は 爆発寸前だった。 (は、早く……く…薬っ……) 頭では解っていたが体がどうにも言うことを聞かない。それでも必死に罎を手に、蓋を開けようとした。 しかしその瞬間、震えていた手は罎を落としてしまう。 「あっ……!」 ぱしゃん、という音と共に薬は地面に落ちた桜の上に零れてしまう。それと同時に薬は虹色の煙となり 霧散してしまった。 「あ…ああ……」 唯一の希望が消え失せ、コウの目の前は真っ暗になった。薬が無くなってしまった。どうしてこうなって しまったのだろう。おばばや寒太郎の好意を無駄にしてしまった。優太にも会えない。どうして、どうして。 コウは自分を責めた。 「ふぇ…うえぇ…うええぇぇ~…」 コウは遂にわんわん泣き出してしまった。後悔、絶望、諦観。全てが雫となり頬を濡らした。形振り構わず とにかく泣き続けた。これで今度こそおしまいだ。頭も顔もぐしゃぐしゃだった。 「…ねえ、君。どうしたの?どこか痛いの?」 コウは目を見開いた。混乱したまま顔を上げるとそこには不思議そうにこちらをみる優太がいた。 「な…なんで……?」 「泣かないで。もう大丈夫だから。おんぶしようか?僕の家がすぐ近くだから、一緒に行こう。」 優しく微笑みかけてくれる優太。労るように頭を撫でてくれる優太。全てを感じる。間違いない。 これは紛れもない現実だ。それが心に染み込んだ瞬間、コウは再び大泣きをした。 「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~!!ゆ゛う゛だぁ゛~!!!」 コウは思わず優太に飛び付き、その拍子に優太は尻餅をついた。見知らぬ子に押し倒され、さぞや驚いた に違いない。しかし優太はそれを押し退けたりせずに、コウをそっと抱き締めた。 「妙!先に帰っていておくれ。」 「え、優太郎坊っちゃん?でもそれじゃあ…」 「いいから!後でちゃんとお母さん達には謝るから!」 穏やかな少年にしては珍しい、強い物言いに、妙は驚いた。しかし優太は悪さをしたり、道理を外れる ような我が儘は言わない質である。何かあるのだろうと察し、妙は早く帰るよう念を押すと一人帰路についた。 「…これでゆっくりお話できるね。大丈夫だから、ね?落ち着いてよ。僕がいるから、大丈夫だよ。 君はどこから来たの?」 「グスッ…グスッ…優太ぁ……」 温かな優太の言葉に、コウは甘えるように優太の胸に顔を埋めた。 62 :きつねのおはなし7:2009/04/20(月) 23:11:11 ID:5mAfhQrR 「――…ただいま、妙。」 「ああ、優太郎坊っちゃん。おかえりなさい。」 優太は少しおどおどしながら妙の顔を伺った。だが妙は夕食の支度に忙しいこともあり優太の異変に 気付かない。 「う、うん。ただいま、妙。えっと…僕今日は勉強するから、ちょっと部屋には来ないでね。」 「はいはい。わかりましたよ。」 優太は妙の脇を小走りで駆け抜ける。その時妙は二つの足音を聞いた気がしたが、気のせいだろうと 気にもかけなかった。 「本当に妙は見えないんだね。」 部屋の戸を閉じると優太が言う。その視線の先には果たしてコウがいた。先ほどの名残か、まだ目は 赤いものの、表情は比べ物にならないほど明るい。 「そうじゃ。……優太はわしが怖くないか?わしは…その、人ではないのじゃぞ?」 あれほど身を焼いていた想いはどこへやら。コウは優太が人ではないコウを受け入れてくれるか不安に なっていたのだ。しょんぼりと耳を萎えさせたコウを見て優太は少し困ったような笑みを浮かべる。 「うーん……あのね、笑わないで欲しいんだけど…僕、何だかコウは前から知ってる気がするんだよ。 昔、手を繋いだような…おかしいでしょ?」 恥ずかしそうに優太は頭を掻く。コウは胸が熱くなるのを感じた。優太はあの時のことを覚えていて くれたのだ。それだけで今までの辛かったことや苦しかったことが報われた気がした。さっきやっと 止まったばかりの涙が再び溢れそうになる。それを察してか否か、優太はいきなりコウの手を取った。 「ねえコウ。暫くうちにいなよ。お父さん達は今度の工事のことで暫く帰ってこれないし、コウは 誰にも見えないから大丈夫だよ。いいでしょ?」 きらきら瞳を輝かせて優太は言う。勿論、異存などなかった。 「うん!」コウは満面の笑みで答えた。 それから三日間、コウと優太は時間が許す限り遊び続けた。幸か不幸か、三日後の工事のため、 勉強の方は休みとなったらしい。おかげで二人が遊ぶ時間はたっぷりあったのだ。一緒に竹とんぼを 作って飛ばしてみたり、折り紙を折ってみたり。歌留多に石蹴り、コマに綾取り。思い付くまま、 日が暮れるまで遊んだ。今まで我慢してきた分を取り戻すように、コウは優太と遊び続けた。また優太も コウといることが楽しくてしょうがないらしく、普段の大人しい様からは一変し、きゃあきゃあとはしゃぎ たおした。夜は夜で一緒に風呂に入り、本を読み、同じ布団で眠る。ほんの短い間ではあるが、コウと優太は かけがえのない友人になっていったのだ。 しかしそれももうすぐ終わる。 あっという間に、コウが優太と過ごせる最後の夜が来た。 63 :きつねのおはなし8:2009/04/20(月) 23:15:11 ID:5mAfhQrR 二人はいつものように二人して布団の中で向き合っている。 「今日も楽しかったね、コウ。」 「うん。しかし優太はズルい。棒倒しであんなちょっとしか砂を持っていかんとは。」 「だってコウがいきなきたくさん砂を持ってっちゃうんだもの。仕方ないよ。」 二人はくすくす笑った。コウはピクピクと耳を動かし、喜びを示す。すると優太はそれを見ると、すうっと 手を伸ばした。 「ふぇ!?」 「そういえば、コウのお耳としっぽって凄くふわふわしてるね。」 そう言いながら優太はコウの頭と腰に手を回し、優しく揉んだ。 その途端、今まで感じたことのない感覚がコウを襲った。 「ひゃっ…あ……ゆ、優太っ……」 「うわあ、とっても温かくて気持ちいい。」 甘い電気のような、痺れにも似た感覚。触れられる度、背筋がゾクゾクとし、脳を犯す。くすぐったさにも 似ているが、明らかに何かが違う。その痺れは酷く長い余韻があり、妖しい熱を帯びたままどんどん脳や 下腹部に響いてくるのだ。堪らず蕩けた喘ぎ声が漏れ、腰が揺れる。 「やんっ…ゆ、優太…あぅっ…あぅうっ…や、やめ…」 「コウ可愛い。顔真っ赤だ。耳もしっぽもピクピクしてる。」 必死に抗議しようとするが、優太は楽しそうに耳やしっぽを弄くりまわし、どうにもできない。しかし コウはどんどん追い詰められていった。特に腹の辺り――いや、下半身の疼きが止まらない。しっぽの すぐ傍にある孔はキュンと搾まり、前の排泄器官は痛みと未知の感覚とに苛まれていた。 (だ、だめじゃっ…な、何かきちゃ…何これっ……!) ジンジンと痺れる下腹部に、何か異変が迫っていることに気付き、コウは怯え、泣いてしまう。快感と 恐怖の混じった感覚にコウは優太にしがみつくことでしか抗えなかった。 「え!?コ、コウ!?」 優太は驚いて飛び起きた。気付けば何か硬いものが自分の腹に押し付けられていた。それはどうやらコウの 足の間にあるようだ。コウも瞳を潤ませながら自身の身に起きた異変に混乱した。 「コウ、見ていい?」 優太は浴衣の裾に手をやりながら聞いた。一緒に風呂にも入っているから、そこは見られても構わないはず だった。しかし何故か急に恥ずかしくなり、コウは俯いた。しかし自身の体が今までにない状況にあることも 事実である。仕方なくコウは頷いた。それを見て、優太はそっと浴衣をはだけさせだ。 「あ……」 初めて見る光景に優太は息を飲んだ。親指ほどの幼い性器が先端から蜜を溢しながら直下立っている。微かに 皮が剥け、見える部分は綺麗な桜色でいやらしく滑っていた。 「あ…ああ…ど、どうして………」 「おちんちん腫れちゃったんだ…どうしよう……」 性的な知識など持ち合わせない少年達はただただ戸惑う。コウも初めての勃起に恐怖すら覚えた。ぽろりと 涙が溢れる。その姿に優太は酷く胸を痛めた。 「コウ、大丈夫だよ。僕が治してあげるから。」 そう言うと優太はいきなりコウの性器をくわえこんだ。 「ぁああっ!優太っ!ダメじゃ!汚……ひゃああぁ!」 驚きと快感が一気にコウを襲う。 64 :きつねのおはなし9:2009/04/20(月) 23:18:10 ID:5mAfhQrR 労るように優しく舌を這わせ、時々きつく吸い上げる。優太の優しく、そして卑猥な舌の動きにコウは 翻弄された。知らなかった快感は長命とは言え、性的に未熟なコウを簡単に悦楽へと溺れさせる。 「優太っ、優太っ……!」 涙を浮かべて優太を呼んだ。しかし優太は決して口を離そうとはしない。じゅるっ、じゅるっと音を立て、 コウを高みに追いやる。そしてコウは初めての絶頂を迎える。 「だ、ダメじゃっ…変になるっ…!優太、怖い!おかしくなるからっ…!あんっ!あひぃっ!ひいっ! ひうぅぅっ!!」 びゅくびゅくっ!ぴゅるるっ! 痙攣と共に熱を吐き出す。初めての射精は一瞬にしてコウの神経を焼き尽くした。全身を犯す甘い熱に コウはただただ身を任せる他出来ない。また優太もコウの乱れようと、恥茎からほとばしった『膿』に 驚きを覚えた。性器は痛々しいほど腫れ上がり、ふるふると奇妙な体液にまみれながら震えているのに、 コウは苦しむと言うよりはどこか酔ったように喘いでいる。またコウのそれは蜜の様に甘く、到底膿の ような汚物には思えない。抗いがたい衝動に流されるまま、優太はそれを飲み下す。極上の甘露に優太は 酷く興奮した。 「コウ…コウ…」 うわごとのように呟きながら、優太はまだ快感の余韻に震えるコウを抱き締めた。コウもまた、新たな 感覚のため敏感になった身体をもてあまし、優太にすがり付く。 「え!?」 驚きのあまり、コウの声は裏返った。今度はコウの腹に、何か硬いものが当たっている。そしてそれは やはり先程と同様に、優太の股間に異変が起きていることを示していた。コウは慌てて浴衣を捲り上げる。 「優太!ああ…こんなに腫れて…!」 優太の幼い茎はひくつきながら、懸命にその大きさを主張していた。コウは焦る。もしかして、自分の せいで菌や何かが優太に伝染ったのではないかとコウは戦慄した。昔から体の弱い優太のことだ。 下手をしたら大事になりかねない。 「すまん、優太。すぐ治してやる。」 コウは先程優太がしてくれたように優太の性器を口に含む。少し生臭いような、奇妙な香りが鼻腔をついた。 しかし不思議なことに、嫌な気分はしなかった。とぷとぷと流れ出てくる汁を啜り、丹念に肉を舐め上げる。 「うあっ、あっ、あっ、あぁぁっ…!」 「じゅるる…優太、やっぱり痛むか?」 65 :きつねのおはなし10:2009/04/20(月) 23:18:32 ID:5mAfhQrR 心配そうにコウは優太に聞く。優太は息を荒くし、焦点の定まらない瞳を潤ませていた。 「うん…こお…気持ちい……」 淫らな炎にじっくり炙られた少年は既に快楽の虜となっていた。だらしなく口を開け、唾液を垂れ流して いる。コウは優太の反応に戸惑うも、性器が未だ硬く勃起している以上、口を休めるわけにはいかない。 再び唇で優太を慰める。 ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ。 淫靡な水音を立て、コウはのものをしゃぶり舐める。優太は軽く前屈みになり、コウの頭を抱え込むように なった。 「コウ、コウ!だめっ、漏れちゃう!口離して!あっ、あぁっ!あぁぁっ!!」 その瞬間優太は言葉とは裏腹に、思い切りコウの頭を押さえつけ、自身の性器を根本までくわえさせる。 「むぐうぅぅ!んんん!!」 ドクドクッ!ビュクッ! コウの口に熱いものが放たれる。青臭く、苦味すら感じるそれをコウはえずくきながら飲み下す。 次から次に溢れ出るそれに驚きを隠せない。しかしコウは優太を想いそれを吸い上げ、胃へと送り込んだ。 ひとしきり射精をし、落ち着いたところで、優太はやっと割れに返る。そして自分がしたことを深く 後悔する。 「コウ……コウ……ごめんね、コウ……」 しくしくと泣き出した優太にコウは驚いた。 「わしは何ともない。大丈夫じゃ。だから泣くでない。それに先にしたのはわしじゃ。優太は悪くない。 わしが悪いんじゃ。」 よしよしと頭をさすり、コウは優太を宥めた。しかし優太は自己嫌悪に陥りぽろぽろと涙を溢す。こんな はずではなかった。コウは自分も泣きたくなった。しかし泣いてはきっと優太はもっと自分を責めるだろう。 コウはぐっと我慢する。 「優太。もう遅い。寝よう。」 乱れた寝巻きを整え、コウは優太を抱きながら横たわる。 「コウ、ごめんね。ごめんね。もうしないから、ずっと一緒にいて。」 「……………」 謝り続ける優太にコウは答えなかった。その代わり、何度も何度も優太の頭を撫でてやった。 66 :きつねのおはなし11:2009/04/20(月) 23:20:36 ID:5mAfhQrR カタカタと障子がなる。優太と抱き合い、横になっていたコウはぱちりと目を覚ます。 「旦那、旦那。お迎えにあがりやした。」 神妙な声がした。コウはそれに応えそっと寝床を抜け出す。障子の向こうには寒太郎が柄にもなく畏まり、 跪いている。 「旦那。おばばがよんでやす。行きやしょう。」 「…うむ。」 ちらり、と後ろを振り返る。まだ優太は一人、夢を見ているのだろう。十年近く待った、最愛の少年。 彼と笑い合えた三日間は最高のものだった。この思い出さえあれば、もう寂しくはない。切なさに似た 胸の痛みに気付かぬ振りをして、コウは再び向き直る。 「行こう。寒太郎。」 柳の下には既に見送りのものが集まっていた。子分の狐達も既に支度を整えており、後はコウを待つ ばかりだった。 「皆世話になったな。わしは行くが、達者でな。」 「もう心残りはないかい?」 おばばの問いにコウはこくんと頷く。 ――ずっと一緒にいて。涙を溢す優太の顔が浮かんだ。 (――仕方ないんじゃ。逢えただけで、十分過ぎるのじゃ。) コウは降りきるように微笑んだ。それを見ておばばも優しく微笑む。それから柳の枝を手折り、コウへと 差し出した。 「持っておゆき。唐の国のまじないさ。」 柳の枝を受けとると、コウは鼻の奥ガツンとするのを感じた。コウがまだただの狐だった頃から、山姫で あるおばばとは親しくしていた。だからこそ優太と会えない寂しさの愚痴を聞いてくれたし、霊薬も 用意してくれた。そのおばばと別れることにはやはり格別なものがある。 「――おばばと一緒に桜と柳が見れなくなるのはさみしいな。」 「またいつか見れるよ。――さ、寒太郎が送るってサ。もう行きな。」 おばばは美しい笑みを浮かべ、コウの頭を撫でた。コウはこくんと頷き、子分達を呼び集める。 「皆、達者でな!」 コウは手を振り、山を下りる。いよいよ、慣れ親しんだ地を離れるのだ。 67 :きつねのおはなし12:2009/04/20(月) 23:22:43 ID:5mAfhQrR 最後に己の半身を見る。古ぼけてはいるが、やはり愛着がある。そこにはあの時優太が拾ってくれた 桜があった。おばばの薬のせいか、いまだ瑞々しく花を咲かせている。祠は今日取り壊され、この地には 新たに人が何かを作るのだろう。それが自然の流れなのだ。流れに逆らうことは許されない。だがやはり 一つ心につかえるものがあるとすれば、それは最後に見た最愛の少年の顔が泣き顔だったことくらいだ。 その程度のことはすっかり忘れて、主である稲荷神の元に帰ることこそ理であり、最善なのだ。 「旦那。もう大丈夫ですかい?」 寒太郎の声が響く。コウは最後に祠を撫でるとちょこんと向き直った。名残惜しいが、これも定めだ。 「うむ。行こうか――」 「コウ!!!!!」 突然、耳を覆いたくなる程の悲鳴が聞こえた。そちらを見れば思わぬ光景が目に飛び込んでくる。 「ゆ…優太…!」 そこには優太がいた。まだ肌寒い夜明け前にもかかわらず、薄い浴衣と裸足で、こちらに必死に駆けてくる。 足には血が滲んでおり、コウは思わず駆けよろうとした。 しかし今行けばきっと帰れなくなる。もう二度と優太から離れなれなくなる。 そう直感した。 「…行こう。寒太郎。」 「コウ!コウ!行かないで!!嫌だよ!!コウ!!!」 「良いんですかい?旦那。」 「早く!!!」 コウの怒声に驚いた寒はビクリと肩を震わせ、頭の三度笠を深く被り直した。ふわりと風を纏う。 同時にゆっくりとコウ達のからだが浮かぶ。 「コウ!どうして!?僕が嫌いになったの!?コウ!コウ!!」 優太さ空に消え行くコウ達を見上げていた。止めどなく流れる涙で優太の頬は赤く腫れ上がっている。 早く行かなければ。 優太を抱き締めてやりたい。 相反する感情がコウの小さな胸を焼き尽くす。コウはぎゅうっと目を閉じると、戦慄く唇を微かに開けた。 「優太。」 コウの声に、辺りが静寂に包まれる。風だけがコウ達の鼓膜を震わせた。そしてそのしじまを破るべく、 コウは再び口を開いた。 「優太、ありがとう。――わしは、優太が好きじゃぞ。」 「…コ…ウ……?」 優太は大きな瞳をさらに開きながら、コウを見詰めた。その顔はぐにゃぐにゃと歪んでおり、それを 認識した時初めてコウは自分が泣いていることに気が付いた。しかしそれも束の間。優太はみるみる 小さくなり、ついには視界から消えていった。 『コウ、行かないで――』 優太の悲痛な叫びはコウの耳からどうしても離れることはなかった。  -[[後編>:きつねのおはなし(後編・共通ルート)]] 

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