澪「なにがっ!?」
ご尤も。述語を書け、と。横着すんな、と。
いや、無くても多分わかる人には分かるけど。
早々にエージェントに取り囲まれる澪先輩。
澪「え、ちょ、ちょっと!?」パパウパウパウ
――十分後。
澪「……」
律「……」
梓「……」
律「……さて、次はだな」
澪「スルーすんなぁーー!!」パパウパウパウ
律「さっきの仕返しだぜ」
にやにや、と嬉しそうな律先輩。
澪「どうするんだよこの髪型!? これじゃ外歩けないじゃないか!!」パパウパウパウ
唯「え、でも澪ちゃん」
澪「な、なんだよ……」パパウパウパウ
唯「すっごくかわいいと思う」
律・梓「(まじで!?)」
澪「……本当に?」パパウパウパウ
唯「かわいいよぅ」
澪「あ、ありがとう」フヒィーーン
唯「ふ、ふふ」
澪「……笑ってるじゃないか」フヒィーーン
唯「ふふ、あはは! ……ち、ちが、これはその、音の方で」
澪「ゆ、唯のばかーーーっ!!」フヒィーーン
唯「あははは! あぁん、澪ちゃん違うんだよぉ!!」
ああ、分かります唯先輩。
なんでこのタイミングで、『フヒィーーン』が三連発なんだってことですよね。
さっきまで比率8:2くらいだったじゃないか、と。
一応、後でフォローしておいてあげるか。
ひと段落したところで、憂へとサイコロが渡る。
先程と同じ流れで、奇声を上げながら『3』を狙うが、出た目は『5』
私を抜いてトップに躍り出たというのに、なぜか異様に悔しがっていた。
そして期待のマス目は――
『侍られる』
憂「……」
え?
なにそれ。
エージェントが豪奢な椅子を運び、憂を座らせると、「どうぞ」と言って
ストロー付きのトロピカルフルーツと鳩サブレーを差し出した。
傍らで、もう一人のエージェントが葉っぱ団扇を使って侍る。
憂「ど、どうもです」
唯「えー、いいなぁ憂~」
所在なさそうに、鳩サブレーにかじりつく憂。
羨ましそうに口を半開きで凝視する姉。
このすごろくの主催者は、一体なにがしたいんだ。
次の順番は私。
憂には負けていられないな、と気合を入れたところで、
ふわっふわの絹ごし豆腐が手渡された。
梓「……」
紬「がんばって、梓ちゃん」パパウパウパウ
梓「一応、投げれるような豆腐かもしれないって、薄っすら期待はしてたんですけど」
紬「ふふ、そう言うと思ったわ」
梓「いや、誰でも言うでしょ」
紬「そこで――これよっ!!」
パパウパウパウ!
ああ、やっぱり効果音それなんだ。
ムギ先輩が取り出したのは、半透明の板?のようなもの。
梓「なんですか、それ」
紬「超・衝撃吸収ゲルよ」パパウパウパウ
梓「はぁ」
紬「この上になら、ビルの屋上から生卵を落としても割れることはないわ」パパウパウパウ
梓「まじですか。すごいですね」
棒読みで答えた。
紬「ゲル状がいいの」パパウパウパウ
嬉しそうに、床にゲルを敷くムギ先輩。
なるほど。確かにぷにぷにしてるし、衝撃は吸収してくれそうだ。
紬「さあ、どうぞ!」パパウパウパウ
梓「わかりました。それじゃ、いきますよー」
そっと、狙いを外さないようにアンダースローで豆腐を放った。
ゲル状以外のところに落ちてしまえば、台無しなのだ。
私のコントロールはばっちりだったらしく、豆腐は狙い通りゲル状の板へと落下していく。
さあ、いくつだ!
数字はいくつだ!
……数字?
梓「数字ないですよ!?」
気付いたところでもう遅かった。
サイコロではない、豆腐なのだ。
なんの変哲も無い絹ごし豆腐なのだ。
数字なんぞ彫ってある方がこの場合おかしい。
そして、豆腐は綺麗な放物線を描いて落下し、ゲルの上でべちゃりと潰れた。
梓「……」
紬「……」
潰れたじゃん。
梓「あの、ムギ先輩」
紬「心配しないで、スタッフが後でおいしくいただくから」パパウパウパウ
梓「いやそういうことを言ってるんじゃなくてですね……」
めんどくさいなぁ!もう、突っ込むのめんどくさいなぁ!!
エージェントがそそくさとゲル状を回収し、唯先輩の手へとサイコロが渡る。
本当にただの一回休みだったらしい。
自重を知らない巨大すごろくは、思いのほかゴールまでの道のりが長く、
かつ道中の命令が地味にキツい、という、
先月のあの企画と大して変わらない
カオスの様相を呈していた。
トップ争いは熾烈を極め、ムギ先輩と私、そして憂が終盤まで拮抗していた。
勝負が動いたのは、ゴールの十マス程度手前。
『6』を出した私は、軽やかにトップへ躍り出て、
『どんな命令でも来い!』と意気込み、そして
『スタートに戻る』
薄い胸を張って意気揚々とスタート地点に戻ると、
『5戻る』の無限ループから抜け出せない律先輩が人差し指で
「の」の字を書きながら拗ねていた。
そんな様子を見つめながら、誰が薄い胸だこのやろう。
と密かに呟き、私はサイコロではなく匙を投げた。
私がスタートに戻ったことで三位へと浮上した唯先輩は、本日五度目となる
『子供にバカにされる』
を踏み、バカにするネタが尽きた子供達が
『ボディタッチ』という強硬手段に出たため、憂がキレた。
このときばかりは、私も負けじとモップを手に取り、聖戦へと赴き――
「憂、背中預けるよ」
「任せて梓ちゃん。必ず奴らを根絶やしにするから」
保護者にガチで怒られた。
一方でムギ先輩が、
『キーボードのド(C4)が、気持ち硬めになる』
という、嫌がらせ以外の何物でもないマスを踏み、膝を抱えて丸くなっていた。
もはや優勝争いから脱落していた澪先輩は、これまた
『次にコーラを飲む時に、ものすごい振られている』
という、嫌がらせ以外の何物でもないマスを踏み、なんとも言えない表情を浮かべ、
私と共に保護者会に怒られていた憂は、次のターンで
『己の性癖を暴露する』というマスを踏み、
「私、シスコンなんです」
と、恥じらい二百%乙女ロード驀進中と言わんばかりに叫び、
誰もが生暖かい眼差しで見守った。
……間違ってもサ●シャイン60の西側のことではないのであしからず。
結局、優勝争いがどうなったかと言えば、
憂が、『5回休み』
という恐ろしいマスで停止している間に、虎視眈々と首位を狙っていたムギ先輩が、
憂を華麗にかわしてゴールに到達したのだった。
以上、ダイジェスト。
梓「べ、別に、勢いでやりだしたはいいけど、
すっごい長くなりそうだから端折ったとか、そういうことじゃないですよ?」
律「誰に言ってるんだ?」
梓「いえ、なんでもないです」
澪「しかし、まさかこのアトラクションだけで日が暮れるとは思ってなかったよ」
そう。澪先輩の言うとおり、現在の時刻は夜の六時。
昼食をとったのが、二時前後だったはずだから、
凡そ四時間もあんなバカなゲームをしていたことになる。
蛇足だが、澪先輩の髪型は、支配人に無理を言ってその場で元に戻してもらった。
律先輩のは、カチューシャを付け替えるだけなので元々問題ないとして、
私も新しいヘアゴムをもらったのだが、唯先輩とムギ先輩が、
かわいいからそのままで。といってくれたので、今日はこのまま過ごすことにした。
憂「さすがに疲れちゃいましたね」
紬「そうね。今日はもう解散かしら」
律「なあ、皆。ちょっと冷静に考えてみてくれないか?」
そう言って律先輩が少し溜める。
ええ、まあ、言わんとしていることはよく分かっています。
律「どう考えてもおかしいよな、このアトラクション」
澪「今更だな……」
唯「え、でも楽しかったよ?」
律「……まぁ、確かに楽しくはあったけどさ」
紬「なら、それでいいじゃない。ね?」
梓「そこで私に振るんですか」
憂「あ、そういえば……トップの人は他の人に一つだけ命令できるって話でしたけど」
唯「ああ、そうだったね。トップってムギちゃんだよね?」
律「……」
澪「……」
梓「……」
言わなかったら忘れてたかもしれないのに!
誰からともなく、ちっ、という舌打ちが聞こえた気がした。
だけど――。
そんな空気が不意に変わった。
紬「ふふ、そうだったわ。みんなに一つだけ命令しなくっちゃいけないわね」
そう言って、最後尾を歩いていたムギ先輩が歩みを止めて、
それにあわせて、唯先輩が、律先輩が、澪先輩が、憂が、そして私がゆっくりと振り返る。
どこまでも続くオレンジ色の夕陽に照らされ、風に靡く金色の髪。
想い人以外に心を奪われるつもりは無いが、そんな私ですら見惚れてしまうほどに、
ムギ先輩は綺麗だった。
紬「今日は本当に楽しかったわ。……だから、みんなでまた来ましょう。
それが私から皆に下す命令」
澪「……ああ。約束するよ、ムギ」
律「あのすごろくはどうかと思うけどな。そんな命令ならお安い御用さ」
憂「私も約束しますね、紬さん」
唯「いいね!またみんなで来よう!」
梓「まぁ、命令なら仕方ないですね。また今度、来るとしましょう」
律「ビックリする程ツンデレだ」
梓「……うるさいです」
道中はいつも混沌として、だけど最後は爽やかに。
ムギ先輩も憂も、その辺は一貫しているらしい。
今日は確かに楽しかったし、こんなに綺麗なカタチで終われるなら、
なんの文句もない筈だった。
だけど――、
どういう訳か、私の心には薄い靄がかかっているような気がした。
―平沢家―
唯・憂「ただいま~」
梓「……お邪魔しま~す」
憂「誰もいないけどね」
唯「うああ~疲れた~~~お腹すいた~~~」
靴を脱ぐや否や、廊下にぱたりと倒れる唯先輩。
憂「お姉ちゃん、そんなところで寝転がると汚れちゃうよ?」
唯「あと五分……」
梓「寝起きじゃないんですから」
憂「ほら、しっかりして」
憂に肩を借りて、二階のリビングまで運ばれていく唯先輩。
泥酔して帰ってきたサラリーマンのような有様だ。
梓「唯先輩がこの調子なら、罰ゲームはもういいんじゃないかな」
憂「……」
梓「ほら、憂もムギ先輩も、昼間十分堪能してたわけだし」
特に憂は、唯先輩にべったりだったわけだし。
おかげで私は唯先輩とペアで乗り物に乗れなかったわけだし。
思い返すと、心にどす黒い感情が沸々と溢れ出てくる。
憂「そうだね。……でも、今日寝るまでの間はまだ続いてるんだよ。
最後までやりとげなきゃ」
憂は、お姉ちゃんの為にもね、と最後に付け加えた。
さすがにそう簡単には引き下がってくれないか。
時刻は午後の八時。罰ゲームの有効期間は寝るまでの間。
憂を見ている限り、これといって変な命令をする様子はないけれど、
やはり、私がそばについているべきだろう。
ええと、ほら。あの……えっちぃ命令とかは断固阻止しなくちゃだし、ね?
などと考えていると、ぐったりモードの唯先輩が突然声をあげた。
唯「あ、そうだ」
梓「どうしたんですか?」
唯「え」
憂「あ」
アイコンタクト?
唯先輩と憂が、なにやら目で合図を送りあう。
唯「ううん……、なんでもない、なんでもないよ!」
梓「?」
今の間はなんだ。
憂「ほら、お姉ちゃん」
言いながら、憂が席を立つと同時に、唯先輩もすくっと立ち上がる。
唯「あずにゃんは、えっと……私の部屋で漫画でも読んでくつろいでて!」
梓「え、でも」
唯「いいからいいから」
憂「そこにいてね。降りてきちゃダメだよ、梓ちゃん」
梓「……」
半ば強制的に。
唯先輩と憂に引っ張られ、気付けば唯先輩の部屋にぽつんと一人。
二人は足早に、二階へと降りていってしまった。
なんだ、なんなんだ、この状況は。
どうしてこうなった。
こそこそと、二人で一体なにを……?
憂が唯先輩になにか命令をした感じは無かった。
或いは私と唯先輩が離れている間に、こっそりと何かあったのかもしれないが。
……待て。
罰ゲームの有効時間内は、ずっと私が一緒にいる。
つまり、あまり過激な命令はできないということだ。
ならば、過激な命令をするためには、私を隔離する必要がある……?
梓「まさか」
そっと、耳を澄ましてみる。
しかし、聞こえてくるのは、二人の楽しそうな笑い声のみ。
考えすぎか。
……いや、寧ろ。
さっきの様子からして、私を隔離したがったのは憂ではなく、
唯先輩じゃなかっただろうか。
唯先輩が、それを望んだ?
梓「……」
唯先輩と憂は姉妹だけど、信じられないくらいに仲が良くて。
憂はきっと、唯先輩のことが大好きで、
唯先輩だって、憂のことが――。
もしかして、私、お邪魔……なのかな?
ううん、そんなことない。
唯先輩は、二人きりになりたいからなんて理由で、
誰かをのけ者にしたりなんかする人じゃない。
きっと、何か事情が……。私には見せたくない、何か……。
見せたくない?
私、罰ゲームのカメラ係ですよ?
ムギ先輩と交わした会話が、頭を過ぎる。
――そういえば、なんで私なんですか?
――梓ちゃん以外だと、二人のお邪魔になっちゃうから
私だって、変わらないじゃないですか……。
梓「……」
なんだか、急に切なくなってきた。
どうして一人になると、途端に後ろ向きになってしまうんだろう。
梓「……帰ろうかな」
無意識に、そんな言葉が漏れた。
梓「……」
私はそっと扉を開けて、静かに階段を降りる。
唯「……よ、……ういー……」
憂「もう、……じゃない」
上に居るときよりも、より鮮明に二人の声が聞こえてくる。
唯「だって……」
一段、また一段。
降りる度に、声ははっきりと。
憂「ほら、もっとよく見せて」
声が――
憂「私が……舐めてあげる」
梓「!?」
唯「は、恥ずかしいよ、うい……っ」
――何を、しているの?
息を殺して、階段を降りきる。
右手を見れば、そこにあるのはリビングで――
憂「……」
梓「……え?」
憂が、仁王立ちしていた。
唯先輩は――?
リビングに唯先輩の姿が、無い。
憂「降りてきちゃダメって、言ったのに」
梓「どうして……?」
憂「ごめんね、今はダメなの。もう少しだけ待ってて」
梓「だって、私はムギ先輩に頼まれてて……、見届けなきゃいけないのに!」
憂「それは、お姉ちゃんの罰ゲームの話でしょ。今はなにもお願いしてないもの」
梓「……」
それって、やっぱり……。
梓「憂、ひとつだけ聞かせて」
憂「なに?」
梓「憂は、唯先輩のこと――」
憂「好きだよ。愛してる」
梓「……」
最終更新:2010年07月27日 21:07