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憂「お姉ちゃんがそういうのであれば、仕方ない」

唯「……え?」

 梓ちゃんとアイコンタクトを取る。
 一秒、二秒、……把握した。お互いに頷く。

憂「今だ!!」

梓「う、うわあ!?」

 ――もはや、夜這いである必要は無い。ていうか時間的に見れば十分夜這いである。
 私は隠し持っていたロープで梓ちゃんを縛り付けた。
 あくまでも演技であり、簡単に解けるよう結び目は緩めておく。

唯「ちょ、ちょっと、憂! なにしてるの!?」

梓「し、しまった……!」

憂「さて、邪魔者は居なくなったよ、お姉ちゃん」

唯「きゃっ!? う、うわあっ、憂、目が怖――」

憂「さあ、お姉ちゃん」

 両の目をくわっと見開いて、お姉ちゃんに迫る。


唯「な、なに……かな?」

 じりじりと、壁際に追い詰める。
 やがて、お姉ちゃんの背中が壁に触れた。

唯「ひっ!?」

憂「逃げられないよ、お姉ちゃん」

唯「う、憂、落ち着こう? ね? 私が大人げなかったです、拗ねてごめんなさ――」

梓「唯先輩! 逃げてください! 今の憂は――ッ!!」

憂「WRYYYYYY!」

唯「あうっ!? ……ま、またですか?」

憂「お姉ちゃんが可愛いから悪いんだよ」

梓「ちょっと待て。またってどういうこと?」

 梓ちゃんが素になっていた。

憂「昼過ぎに同じ展開を少々」

梓「あんたって子は……」

 私は慣れた手付きで、お姉ちゃんのパジャマをずり下ろす。
 梓ちゃんが過剰に反応していた。


 ――そろそろ動いていい?
 ――ダメ。下着までずり下ろしてから。
 ――憂、それ本当に演技?
 ――言ってる意味が分からない。
 ――こ、こいつ……。

唯「い、嫌っ、助けて、あずにゃ――んぅっ!?」

 お喋りな口には唇を重ねて蓋をする。

 さてさて。いとしのいとしのお姉ちゃん。

 昼間の続きを致しましょうか――。

唯「んぅーーーー!? んんんんーーーーーーーっ!?」

 はぁぁぁん。
 これこそが私の求めた悦楽の時。
 愛しています、お姉ちゃん。

 梓ちゃんの方から凄まじい殺気を感じるけど、気にしない。
 だって、演技だもの。


梓「んにゃあぁぁぁーーーーっ!!」

憂「ごぶぁっ!? なっ、いつの間に!?」

 アメフト顔負けのタックルを真横から食らって、私はそのまま弾き飛ばされた。

唯「あ、あずにゃん!」

梓「許さない! いくら憂でも許さない!!」

 梓ちゃんは私からマウントポジションを奪うと、そのまま引っ掻く。引っ掻く。
 泣きながら引っ掻、いた、痛い、痛い痛い痛いちょ、ちょっと待て、それ本気。
 梓ちゃんそれ本気。

梓「これ以上唯先輩に酷いことするなっ! 先輩は私が守る!」

憂「くっ、ここまでね……」

 辛うじて搾り出した決死の捨て台詞と共に、
 フーフー言いながら荒ぶる梓ちゃんから逃げるようにして、私は部屋から退場する。
 なんだよこの役回り。 言いだしっぺの私が一番の貧乏くじじゃん。

 だけど、これも全てゆいの為。
 ……後は二人に任せよう。


 小鳥の囀りが聞こえる。
 カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日は、私に穏やかな目覚めを齎した。

憂「……おはよ」

 枕元にはゆいが居る。
 私が起きたことに気がつくと、お日様みたいな明るい笑みで、私の顔に飛びついてきた。

憂「ふふふ、くすぐったいってば」

 私の劣情と、梓ちゃんの純粋な想い。
 二つを融合させた見事な作戦だった。
 梓ちゃんには演技と伝えていたが、私は本気でお姉ちゃんに欲情していたし、
 梓ちゃんは本気でそれを阻止しようとした。
 計算通りといえば計算通りで、ゆいも回復しているのだから、
 満点のデキだった筈なんだけど……。

 どうして私はこんなにも凹んでいるのか。

 お姉ちゃんと梓ちゃんが同じベッドでいちゃこらしてる間、私は一人、涙で枕を濡らした。
 これも日頃絶やすことのないセクハラへの報いか。


憂「……とにかく、まずは誤解を解かないとね」

 このままでは、いくらなんでも私が可哀想すぎる。
 着替えもせずに、カーディガンだけ羽織ってお姉ちゃんの部屋へ赴いた。

 胸を張って、堂々と扉を開、開、あ、ちくしょう、鍵かけられてる。
 だけど、鍵なんて私の前には無力よ。
 フフンと胸を張ってから、私は隠し持っていた合鍵で堂々と扉を開いた。

 なに、臆することはない。
 私は、決して間違ったことはしていないのだから。
 ゆいの為という大義名分を掲げて、私とはお姉ちゃんのベッドの前で仁王立ちする。

憂「お姉ちゃん!」

 私の声に、梓ちゃんが気まずそうな顔をして起き上がった。

唯「……」
梓「……」

憂「ごめんなさい!」
梓「ごめんなさい!」

 そして二人並んで土下座した。


憂「……という訳で、昨日のアレは全部ゆいの為だったの」

 実際にゆいが回復したというアドバンテージをそれとなく振りかざし、
 誠心誠意込めて説明する。

唯「……あずにゃんも、共犯だったってこと?」

梓「わ、私は最初は反対したんですよ? 
  だけど、他に方法がないからって言われて仕方なく……」

 なっ、こやつ……、この期に及んで自分だけ罪を軽くするおつもりかっ!?

唯「じゃあ、先輩は私が守るって言ってくれたのも……」

梓「そ、それは……」

 俯いて赤くなる梓ちゃん。

梓「そこは台本にないです」

 台本なんて元々ねえよ!
 知らぬ間にしたたかになりやがった梓ちゃんを睨みつけると、
 頬をかきながら視線を逸らされた。



唯「……」

 一方で、やっぱり俯いて赤くなるお姉ちゃん。
 普段この程度のことでは照れないお姉ちゃんが照れるとは……。
 やはり相思相愛なのか。もう結婚しちゃえばいいのに。
 お姉ちゃんと梓ちゃんと私が同居する夢の空間。愛の巣。平沢家改め桃源郷。

――ういー、おはようのキスだよー。
 ――嗚呼っ、愛してる、お姉ちゃん!
 ――私もだよ、ういー。
 ――あーっ、唯先輩、私というものがありながら!
 ――こうすれば、間接キッスだよ、梓ちゃん。
 ――う、憂……。

 そんなバカな妄想に全力で頬を緩めていると、ゆいにぱちん! と叩かれた。
 我に返った私は、再びお姉ちゃんに頭を下げた。

憂「もうこんなことしないから。お願い、許してお姉ちゃん!」

唯「……ううん、いいよ。そういう事情があったのなら仕方ないもん」

梓「その事情を作り出した根源が、そもそも穢れてるんですけ――痛い痛い痛い」

 余計な事を口走る梓ちゃんの頬を、微笑みながらつねる。
 そんな様子を見て、お姉ちゃんが笑った。

唯「ただ、もっと早く教えて欲しかったかな。
  私にだけ事情教えてくれないなんて、そんなの寂しいよ」

憂「……ごめん」

 だけど、お姉ちゃんに全てを伝えてしまっていたら、
 私はあそこまで欲情していなかったし、梓ちゃんも本気でキレたりはしなかった。
 罪悪感こそあれど、私は自分の行いが間違っていたとは思わない。


 梓ちゃんの膝の上に座っていたゆいが、そこからぴょんと飛び降りた。
 そして私とお姉ちゃんのちょうど中間あたりまで歩いて、
 お姉ちゃんにこくりと頭を下げた。

唯「良かったね、ゆい。二人がゆいの為に頑張ってくれたおかげで、
  ゆいの病気は治ったんだよ?」

 そう言って、ゆいの癖っ毛を優しく撫でるお姉ちゃんに、ゆいは満面の笑みで答えた。

梓「唯先輩、あの、昨日のことは……」

唯「ん?」

梓「律先輩達、というか主にムギ先輩には黙っていて欲しいんですけど」

唯「え~、どうしようかな~?」

梓「な、なんでもしますから……」

唯「本当に? なんでも?」

梓「なんでも」


唯「猫耳」

梓「え?」

唯「今日一日、私の前では猫耳着用、語尾に『にゃあ』ってつけて」

梓「……」

唯「返事は?」

梓「わ、わかりました」

唯「わかってないじゃん!」

梓「にゃ、にゃあ……」

唯「ふふふ、おいで。あずにゃん」

梓「にゃあ」

 恐る恐る近付く梓ちゃんを、思い切り抱きしめるお姉ちゃん。
 この様子なら、二人共もう大丈夫だろう。
 私のおバカな発案で、気まずくなられては後味が悪い。
 お姉ちゃんにはまた怒られてしまうけれど、やっぱり二人には笑っていて欲しいから。


 後は、私の問題だ。

 テスト最終日。
 昨日の一件で、詰め込んだ知識がぶっ飛ばなくて良かった。

 そもそも憂があんなこと言い出さなければ私がこんな目にあう必要なんてなかったのに。
 あぁ、でも結果的にゆいは助かったし、唯先輩との仲も進行したように思うし、
 これはこれで良かったのか。
 憂は用事があるとかで、私にゆいを預けてどこかへ行ってしまった。
 一緒にいないといけないんじゃないんかい、
 『い』を気持ち多めに使って突っ込んでみたが、
 昨日のアレは想像以上に効果があったらしく、今は離れても問題ないということらしい。

 昨日のアレ。
 うーん。唯先輩、可愛かったなぁ……。

梓「……」

 だ、駄目よ梓、思い出しちゃ駄目!! あれは、そう、夢、全部夢だったんだ!
 やばい、顔が熱くなってきた。どうしよう、顔熱い。
 ちょ、やめ、やめてゆい。今頬っぺた突っつかないで! 
 バレるから! 唯先輩にバレるから!!

 顔を真っ赤に染め上げて、猫耳を着用している挙句、人形に顔を突っつかれながら、
 それでも頬を隠そうと必死な私は、傍から見たら相当に痛い子である。

唯「あずにゃん?」

梓「え、なんですか? ……にゃん」

唯「よしよし」

梓「猫扱いしないでください……にゃん」

律「ていうか、なんで猫耳つけてるんだ?」

澪「語尾もおかしいぞ」

梓「やむにやまれぬ事情がありまして、にゃん」

澪「別にいいんじゃないか? 私は可愛いと思うよ」

梓「あ、ありがとうございます……。そ、それより、ムギ先輩はどうしたんですか?」

 唯先輩のジト目に耐えられず、私は渋々にゃんを付け加えた。

律「用事があるから遅れるとか言ってたけど」

 ムギ先輩も用事か。珍しいこともあるものだ。

律「ま、とにかく久々の部活だ。今日は目一杯駄弁ろうぜ!」

澪「そうだな、目一杯だべr――練習だろそこは!」

唯「おー!」

澪「唯も乗っかるなー!」

 この光景も、なんだか懐かしい感じだ。
 テスト期間という僅かな間、離れていただけだというのに。
 唯先輩とはずっと一緒だった気もするけど、やっぱり心の底から落ち着ける場所は、
 ここなんだなって改めて思う。

 ゆいを視線で追う。
 机の上を元気に走り回っていた。
 勢い良くジャンプして、唯先輩に抱きついて、今度は律先輩の方へ走っていったり……。
 次は澪先輩のところに――と思ったらこっちへ走ってきたので、頭を撫でてやる。
 満面の笑みだ。
 この子の無垢な笑みを見せられると、どうしても釣られて笑顔になってしまう。
 ……良かったね、元気になって。

 しばらくして、ムギ先輩がやってきた。

紬「こんにちは」

唯「あ、遅いよムギちゃんー」

紬「ごめんなさい、遅れてしまって。あ、唯ちゃん。今日のおやつはケーキよ」

唯「本当!? うわーい!!」

律「子供かよ」

澪「そういう律もずいぶん嬉しそうに見えるけど」

律「ち、違う、私は全員揃ったことが嬉しいんだ」
澪「ほう」 唯「ほう」

律「や、やめろ、そんな目で見るな、あ、梓、お前も何かいってやれよ」
梓「ほう」

律「む、ムギー」
紬「ほう」

律「ゆ、ゆい。お前だけは私の味方だよな?」

 最終的に人形であるゆいに縋る律先輩。
 しかし、ゆいはつん、とそっぽを向いて唯先輩の腕にしがみついた。

律「くっ、わかったよー! 嬉しいよ、ケーキ食べれて嬉しいよ! これでいいんだろ!?」

 こんちくしょう、なんなんだよその団結力はー! と嘆きながら律先輩が机に突っ伏した。


律「……、なんか腹立つな」

 だがしかし、こんなことで諦める律先輩ではなかった。
 狙いを定めるスナイパーのように、澪先輩を見据える。
 この瞳を私は知っている。
 そう、憂が私を眼前にして、いかがわしいことを企んでいる時の瞳だ。

澪「な、なんだよ……」

律「みーおー」

澪「だから、なんだよ」

律「見てくれ! 指のささくれ剥いたら思いのほか深くまで剥けちゃって」

澪「ひぃっ!? み、見せるなー、そんなのー!!」

律「嘘だよん」

澪「……」

 律先輩の頭部に手刀が炸裂した。 うん、いつもの光景だ。

紬「梓ちゃん、今度はあなたの番よ?」

梓「はい?」


紬「ほら、唯ちゃんに何か仕掛けないと」

梓「いえ、いいです。昨日や――あっ! いや、なんでもないです」

紬「なっ、なんですって!?」

 後の祭り。
 よりもよって、なんでこの人にバラしてんだ。


紬「なに? 昨日何があったの!? 唯ちゃん!?」

唯「うぇ!? 痛たたたた、落ち着いてムギちゃん、手首ぐねってなってる! 
  手首ぐねってなってる!」

梓「いや、あの、なんでもないですからね? 
  泊まりには行きましたけど、特に何もしてませんから」

紬「嗚呼、なんてこと。テスト期間中に二人は結ばれていたのね……、どうして私を立ち合わせてくれなかったの、どうして……っ!!」

 ガンッ!ガンッ! と何度も机に頭を打ち付けるムギ先輩。
 もはや人の話なんぞ聞いちゃいなかった。
 それを見たゆいがあたふたし始めるが、危ないから離れましょうね、
 と律先輩が引き離してくれた。

唯「あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「抱きついてもいい?」

梓「今まで許可なんかとったことないじゃないですか」

唯「なんとなく、そんな気分なの!」

梓「い、いいですよ、勿論」

唯「えへへ、あ~ず~にゃ~~ん」

梓「……」

 少しばかり、テンションがおかしくなってはいたけれど、軽音部は概ねいつも通りだった。
 何も変わらない、日常。
 平和で、皆が幸せな、あったかい日々が、ずっとずっと続いていくんだ。 

 先輩達が、卒業するまでは、ずっと……。


 二週間。
 久しぶりの部活を終えて、部屋でぼーっとカレンダーを眺めていた私は、
 あることに気がついた。
 今日はゆいが意思を持ったあの日からちょうど二週間後に当たるのだ。
 私と憂は、常にゆいの近くにいなくてはならないはずだが、今私は一人で自宅にいる。
 いいのか? 行かなくて?
 憂はもう大丈夫、と言った。
 けれど、こんな日々を繰り返した結果、ゆいは体調を崩したのではなかったか。
 なんだろう、何か落ち着かない。

梓「電話、してみようかな……」

 携帯電話を手に取り、呼び出し履歴から唯先輩の番号を呼び出して、
 そこで私の手は止まった。

梓「なんて言ったらいいんだろう」

 素直にゆいが心配で、とでも言えばいいのだろうか。
 いや、それなら唯先輩じゃなくて憂に連絡を取るのが普通だ。

梓「……って、違う違う」

 一緒に寝たってだけで、別にやましいことは何もしてないじゃないか。
 何を変に意識しているんだ。いつもみたいに普通に、軽いノリで電話したらいいんだよ。 
 しっかりしろ梓!

梓「自然に、自然に……」

 発信ボタンに指をかけた瞬間、着信メロディが鳴った。

梓「わわっ!?」

 2、3回お手玉をした後で、慌てて携帯をキャッチする。
 落とさなかったことに安堵しつつ、液晶に表示された名前を見る。


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最終更新:2010年01月07日 21:49