アットウィキロゴ
梓「……は、はい」

唯『あずにゃーん?』

梓「どうしたんですか?」

唯『憂がね、ゆいが治った記念に皆で遊ぼうって言ってくれたんだけどさ』

梓「憂が?」

唯『うん。あずにゃん来れる?』

梓「も、勿論です。断る理由がありません」

唯『うわーい! それじゃ待ってるね、あずにゃん!』

梓「はい、それでは」

 電話を切った後、私は小さくガッツポーズをつくった。
 そしてクッションを抱きしめて、クッションに頬擦りしたところで気がついた。


 よくよく考えたら、二人きりでもなんでもねえ。


梓「まぁ、いっか」

 唯先輩に会えることに変わりはないわけだし。
 意気揚々とコートに袖を通し、私は自宅を後にした。

梓「こんばんはー」

憂「いらっしゃい、梓ちゃん」

 玄関には見覚えのある靴がいくつも並んでいた。
 憂の用意してくれたスリッパに履き替えてから、二人並んで二階へと向かう。

梓「先輩達も、来てるんだ?」

憂「うん」

梓「あ、そうだ」

憂「どうしたの?」

梓「ゆいって、もう大丈夫なんだよね?」

憂「うん、この通り」

 憂の手の平には、いつものようにゆいが座っていた。
 ゆいは私の顔を見つめて、びしっと敬礼した。
 なんでだよ。普通に挨拶しようよ。これ絶対教えたの唯先輩だろ。

梓「そっか、良かった。さっきカレンダー見たら、
  今日でちょうど二週間だったから……もしかして、って思っちゃって」

憂「大丈夫だよ。私達が、傍にいてあげれば、この子は大丈夫」

梓「うん、そうだね。ごめん、変なこと訊いた」 

憂「そういう自覚があるのなら罰としてこの場でスカートを脱ごうか」

梓「先に二階行ってるよ」

憂「……」

 概ね、いつも通りのやりとりだった。


 尽きぬ会話と美味しい料理。
 漫才のような掛け合いを見せる唯先輩と律先輩、それに乗っかるゆい。
 呆れながらも笑みをこぼす澪先輩と、必死に突っ込みを入れる私。
 その光景を見て笑うムギ先輩と憂。
 テスト終わりの解放感からか、皆頗るテンションが高い。

梓「唯せんぱーーーい!」

唯「んぉ? んおおおお!? あずにゃんの方からまさかのハグ!?」

律「うぉい、テンション高いな梓!」

梓「期末終わりましたからね、解放感ってやつです!」

紬「それじゃ、みんなでコレやりましょ?」

唯「そ、それは!」

律「で、伝説の……!」


律「……」

梓「ボケを譲り合わないでくださいよ!」

澪「ほら、憂ちゃんも一緒にやろう」

憂「はい、それじゃあ食器片付けてきますね」

唯「私この前これでゆいに負けちゃってさー」

澪「へぇ、ゆいちゃん強いんだな」

 その言葉に、えっへん、と胸を張るゆい。

律「言ってなさい、勝つのは私だ」

紬「最下位の人には罰ゲームでもやってもらおうかしら」

梓「ろくな思い出が無いんでやめてください」

紬「トランプもあるわよ?」

梓「……絵札見せてもらっていいですか?」

紬「どうぞ」

梓「……」

唯「あずにゃん、どしたの?」

梓「……なんでもないです。トランプはまた今度にしましょう」

紬「そんなぁ~」

 至極残念そうなムギ先輩を尻目に、超・人生すごろくの幕が開けた。
 場には笑いが絶えず、私の瞳には、そこに居る誰もが幸せそうに映った。


 ――。

梓「自分の番が終わる度に、速攻炬燵行きとは、さすがですね」
唯「だって寒いもんー。ほれほれ、あずにゃんも丸くなりなよー」
梓「いや、猫じゃないんですから」
唯「……」
梓「……」
唯「あずにゃん」
梓「なんでしょう?」
唯「今日、私の前では猫耳で語尾に『にゃん』じゃなかったっけ」
梓「……思い出さなくてよかったのに」
唯「あーーっ! 覚えたのに黙ってたの!?」
梓「忘れる方が悪いんですにゃん」
紬「梓ちゃんの番よー」
梓「はーい!」
唯「逃げるなー!」


紬「梓ちゃんがこのマスで3以上を出したらトランプしましょう」
梓「どんだけやりたいんですかトランプ」


 ――。

澪「いや、あのな、憂ちゃん」
憂「なんですか?」
澪「唯のことが好きなのは分かるが、その……私達の目の前でそういうことはやめてほしいというかなんというか」
憂「そういうこと?」
澪「い、いや、だから……」
律「なんだよ澪、普通に言ったらいいじゃんか」
澪「い、言えるか!!」
梓「憂っ、いいから離れて!」
憂「ああん、梓ちゃん酷い!」
律「ていうか、なんで唯はそんだけされてきょとんとしてられるんだよ」
唯「いつものことだよ?」
「「「平沢家すげえ!?」」」

紬「あっ、ほら、ゆいちゃんが手品師に転職したわ! 記念にトランプしましょう!」
梓「しませんから!」


 ――。

律「好きなプレイヤーからサイの目*500円もらえる」
唯「はてさて、ゆいは誰を選ぶのでしょうかっ」
憂「ほら。ゆい、搾取したい憎き相手の前に移動して」
梓「憎きとかつけなくていいから」
澪「順位からしたら2位の憂ちゃんが妥当だよな」
憂「え?」
梓「おめでとう、憂」
憂「ゆい、ちょっと落ち着こうか。好きな人の所に行けって言ったんじゃないんだよ? 搾取したい人の所に」
律「はっはっはー、諦めろ、憂ちゃん!」
憂「うわああん、慰めて、お姉ちゃん!」
唯「よしよし、良い子良い――ひゃっ!? ちょっ、憂、やっ、くすぐったいってば――」
梓「やめんか!」
紬「やめなくていいわっ!」
梓「痛っ!? ちょ、ムギ先輩なにを――!」
紬「トランプ、しましょ?」
梓「しねえよ!?」


 宴も程よくたけなわ。
 遊びつかれて炬燵でだれる唯先輩と、その真似をして隣に転がるムギ先輩。
 律先輩はマンガを読み始め、澪先輩は詩を書いていた。

紬「そろそろ、帰らなくちゃね」

唯「えー、もう帰っちゃうの?」

紬「ええ、夜半から降るみたいだし」

澪「そうだな。濡れたくはないし、律、私達もそろそろ帰ろう」

律「えー、まだ平気だよー」

澪「あんまり遅くまでいると、憂ちゃんに迷惑だろ」

唯「澪ちゃん、私もいるんだけど」

澪「唯は何もしてないだろう」

唯「し、してるよー! お風呂掃除とか、
  憂が二階掃除してるとき邪魔にならないように自分の部屋に移動したりとか」

澪「後ろのは全くしてないと言うん……ああ、分かった、
  分かったからそんな仔犬みたいな目で縋りつくな! りつーー!」

律「うん。そいじゃ、あと10分……」

澪「寝起きかよ! ……あーいいよ、それじゃ私はムギと先に帰るからな!」

律「方向違うじゃん」


澪「う……。と、途中まで、一緒に帰るもん」

紬「りっちゃん、ダメよ。澪ちゃんを一人で帰すつもり?」

律「うん、だからあと10分だってば」

紬「りっちゃん」

律「……だー、はいはい。帰るよ、帰りますとも」

紬「うふふ」

澪「梓はどうするんだ?」

梓「わ、私はもう少しだけ。用事があるので……」

律「ふ~ん」

梓「したり顔やめてください、別になにもないですから」

律「ふふふ。ま、がんばれよ」

唯「あ、玄関まで送るよー」

 玄関まで先輩達を見送る。
 外の空気は室内とは比べ物にならないくらいに冷え込んでいた。


唯「うわ、外寒いねー」

澪「ムギ、降るって言ってたけど、もしかして雪のことか?」

紬「どうかしら? 天気予報では雨だったけれど」

憂「これだけ寒かったら雪になるかもしれないですね」

梓「空気を読んでクリスマスにも降ってくれればいいんですけど」

律「おーおー、乙女だねぇ」

梓「うるさいですよ」

律「なんだよ、褒めてんのに」

梓「からかわれたようにしか聞こえません!」

律「あはは、悪かった悪かった。さて、それじゃ帰るかー」

澪「うん。唯、憂ちゃん、梓、それにゆいちゃんも、またな」
紬「おやすみなさい」

唯「うん、ばいばーい」
憂「はい、また来てくださいね」
梓「おやすみなさい」

 頭の上で大きく手を振る唯先輩とゆい。肩の辺りで小さく手を振る憂と私。
 視界に映る先輩達はどんどん小さくなって行き、やがて見えなくなった。


唯「憂、どうしたの?」

憂「ううん、なんとなく。雪降ったらいいなぁーなんて」

唯「そうだね、雪合戦とかできるもんね!」

梓「子供じゃないですか」

唯「絶対楽しいよ~」

梓「……まぁ、唯先輩がやりたいって言うなら付き合いますけどね」

唯「えへへ、ありがと~」

 その眩しい笑顔を直視できずに、私は唯先輩から目を逸らすようにして空を仰ぐ。
 見上げた空は、厚い雲に覆われて、月も星も見えなかった。
 ……この様子なら、本当に降るかもしれないな。
 降ってたら泊めてもらおう。うん、それがいい。

唯「うぅ~、寒い~。そろそろ戻ろうよ」

梓「そうですね」

憂「あ、お姉ちゃん達は先に戻ってて。私はもう少し、ここにいるから」

唯「……憂?」


梓「……」

唯「わかった。私、先に戻ってるね」

憂「うん」

 言って、唯先輩は家の中へと戻っていった。

梓「……憂」

憂「なに? 梓ちゃん」

梓「何か、隠してるよね」

憂「ポケットの中のお姉ちゃんの下着のこと?」

梓「茶化さないで」

憂「……」

梓「……」

憂「ねえ、梓ちゃん」





憂「ゆいは、さ……。ゆいは……今日までの二週間、幸せだったのかな?」


梓「ちょ、ちょっと待って。それってどういう……」

憂「梓ちゃんが考えてる通りだよ。ゆいは、――もうすぐ消える」

梓「う、嘘……。だって、ゆいは元気に手を振ってたし、今だって……」

 憂の肩に座っていたゆいは、私の視線に気がつくと、私に向けてにっこり微笑んで、


 ――力なく落下した。


梓「ゆ、ゆい!?」

 落下するゆいを、憂は手の平で優しく受けとめる。

憂「時間、みたいだね」

梓「二週間。……やっぱり、そうなんだ」

憂「ドールの中に魂が存在できる期間はキッカリ二週間。言い換えれば、これがゆいの寿命」


梓「いつから、知ってたの?」

憂「紬さんからはっきり告げられたのは昨日。
  だけど本当は、初めて宣告された時から気付いていたのかもしれない。
  救う方法なんか無かったって……」

 ムギ先輩の口から事例が無いことを聞かされた段階で覚悟しなければいけないことだった。
 だけど、私……私達は、ゆいの病気に問題を摩り替えていた。
 ゆいが回復さえすれば、それで全てが解決だって、ゆいは消えなくて済むんだって、
 勝手に思い込んでいた。

 ムギ先輩は、最初から全てを知っていたんだ。
 知っていた上で、それを私達に悟られぬように振舞った。
 ……あの時。
 諦めたくないなんて綺麗事を並べて、僅かな可能性にでも縋ろうとする私に、
 真実を告げることができなかったんだと思う。
 あの人は、誰よりも優しい人だから。
 それは、どれだけ辛いことなんだろう?
 大切な人達を騙し続けることは、どれだけ悲しいことなんだろう?
 私には分からなかった。


梓「どうして、先輩達に言ってあげなかったの? 唯先輩にまで隠して……」

 手の上のゆいを見つめながら、憂はゆっくりと口を開いた。
 ゆいの目は、もう殆ど閉じてしまっている。

憂「私がね、ゆいの立場だったらどう思うかなって、考えたんだ」

梓「……」

憂「別れを惜しんで、悲しんで。そういうのって辛いと思うの。私だったら、
  最後は楽しい思い出を一杯作って、皆と笑顔でお別れしたいから」

梓「皆を集めたのは最後の思い出作りって訳? ゆいを悲しませたくないから? 
  憂自信が辛くて辛くて仕方ないのに、ずっと我慢してたって言うの!?」

 憂の言いたい事は私にだって分かってる。
 病気のことがなかったら、もっとゆいに沢山の思い出を作ってあげれたかもしれない。
 昨日、あんな力押しの作戦を選んだのも、残された一日を、
 思う存分楽しませてあげたいが為。
 それなのに憂が顔を曇らせていたんじゃ、ゆいは心から楽しむことなんてできないから。

 だけど、それじゃ……それじゃあ、憂が苦しいままじゃないか。



12
最終更新:2010年01月07日 21:54