唯「まだ眠いよぉ……」

澪「もう11時過ぎだぞ! 昼と言っても過言じゃない」

唯「クリスマスくらい寝かせてぇ……」

澪「クリスマスだから、出かけるんだろ!」

 そう言って、彼女は私から毛布を剥ぎ取った。……寒いよぅ。

澪「ほら、シャキッとする!」

唯「うう……」

 澪ちゃんは私の背中を軽くバシンと叩いて喝を入れ、「ご飯準備してくるから」と出て
いってしまった。


唯「ふぁぁ……眠い……」

 キッチンではフライパンを熱する音に混じって、ムーディなジャズ・ミュージックが垂
れ流されていた。昼飯時にはあまり似つかわしくないメロディだけど、澪ちゃんのお気に
入りの曲らしい。ボーカルの無いそれに即興で適当な歌詞をつけながら洗面所で顔を洗い、
身だしなみを整える。そろそろ髪切ろうかな。

唯「ねえ、ホントに出かけるの?」

 テーブルに着きながら問いかける。

澪「当然。いつもは唯がせっつく癖に」

唯「そりゃあ、そだけど……」

 昨日みんなで集まって散々騒いだだけに、満足感と倦怠感で胸がいっぱいというのが本
音だったり。それにちょっと頭痛いし。もしや昨日ジュースだと思って飲んでたアレはチ
ューハイか何かだったのかな。

唯「りっちゃん達もう帰ったの?」

澪「ああ。唯がお寝坊さんだったから」

唯「そっか。それにしても、澪ちゃんは元気だねえ」

 なんだか今日は妙にテンションが高いみたい。まるでロックフェスにでも繰り出すかの
如し、だ。まあ、たまにはこんな澪ちゃんもかわいいからいいけど。

澪「はい。起き抜けだし、軽くな」

 そうこうしてるうちに準備が終わったらしく、出来たての炒飯を並べる澪ちゃん。

唯「ねえ、やっぱり家でゴロゴロしながらポケ戦かエンドレスワルツでも見てようよー」

澪「ダーメ。せっかくのクリスマスなんだし、さ。唯はどこか行きたいところないのか?」

唯「んー。3駅先のショッピングモールが新装オープンしたらしいから、そことか」

澪「映画館の隣のやつか。じゃあ映画でも見てから色々回ろう。あ、先に言っとくけどホラーは見ないからな」

 そうして活き活きと今日のプランを立てはじめた彼女。……うん、いつもは私が振り回
してるわけだし、こういう時くらい付き合ってあげますか。

澪「ちょうど近くだし、夜はイルミネーションも見て来ようか」

唯「いいねえ、イルミネーション。あそこのやつ1回ちゃんと見てみたかったんだー」

澪「食べ終わったら、すぐ着替えて準備して行こう」



 景色も見えないくらい混みあっていた電車を降りて、駅から出る。冷たい外の空気が頬
を撫でた。それから、それとは違う冷やっとしたものが鼻先に触れる。

澪「唯! ゆい! 雪降ってる! ホワイトクリスマスだッ!」

唯「ホントだ……。出てくる時は降ってなかったのに」

 疎らで積もりそうにないとはいえ、神様も気の利いたことをしてくれるものだ。普段は
大人びた――という言い方は、もうすぐ成人する私たちには相応しくない形容かもしれな
いけど――彼女がまるで子供のようにはしゃぐ姿はなんだか少しおかしかった。

唯「今日は澪ちゃんが元気だから、私はどうすればいいのか迷っちゃうよ」

澪「ン……。どうかしたか?」

唯「ううん。なんでも」

澪「唯、早く行こ」

唯「あ、待ってよー」

 澪ちゃんを追って少し早足で映画館へ向かう。

唯「わりと混んでる?」

澪「土曜だしな」

唯「プラス、クリスマスと」

澪「学生証準備しとけよ」

唯「分かってるって。もう、子供扱いしないでよぉ」

澪「はは。ごめん、ごめん」

唯「あ、順番来たよ」

窓口「こんにちは。何になさいますか?」

澪「えっと、蒼穹のファフナー Heaven and Earth 大人二枚」

窓口「次の上映でよろしいでしょうか云々」

唯「はい」

窓口「こちら全て自由席となっております云々」スッ

唯「どうも」

 ほら。私だって映画の券くらい買えるのだ。私達は代金を払ってチケットを受け取ると、
とりあえず人ごみの中から脱出した。

唯「私、飲み物買ってくるよ。何がいい?」

澪「ン……。唯と同じのでいいや」

唯「りょうかーい」


唯「なっににしっよおっかなあー」

 並んでる間、メニューを眺めて品定めをする。

唯「そうだ!」

 案外早く順番は回ってきた。



唯「澪ちゃーん」

澪「お、結構早かったな……って」

唯「ふぇ」

澪「なんで一つなんだよ」

唯「いやーこう、二つストロー刺して一緒に一つの飲みたいなー……とか」

澪「どこのバカップルだ」

唯「N女のバカップル? 今日澪ちゃんテンション高いからいけるかなーと思ったんだけど」

澪「はあ……お前なあ……。ったく、邪魔にならないように隅の方座らないとな」

唯「やったー!」

澪「おい。映画見に来たんだぞ……」

唯「えへへ」



 上映終了後!

唯「うむうむ。ええ話じゃった……」

澪「唯、次行くぞ、次。ショッピングだ!」

唯「切り替え早っ! もうちょっと余韻に浸ろうよー」

澪「ほら、時間無くなっちゃうぞ」

唯「待ってったら~」

 慌てて澪ちゃんを追いかける。……どうせなら手でも引いてくれればいいのに。


 ショッピングモール!

唯「ここも人多いね」

澪「迷子にならないように気をつけろよ」

唯「だから子供扱いしないでよぉ。だったら澪ちゃんが――あらっ」

 澪ちゃんの腕を取ろうとしたら見事に空振りしてしまった。

唯「ちぇー」

澪「はは。ほら、置いてくぞ」

唯「わわ」



唯「あっこの服かわいいー」

澪「おー、良いんじゃないか。唯に似合いそう」

唯「いやいや、澪ちゃんに似合うかなって」

澪「私!? わ、私は無理! こういうかわいい系は……」

唯「えー、そんなことないよ。澪ちゃんかわいいもん」

澪「ば、バカ、何言ってんだ」

唯「もっとスカートとかはいてもいいと思うんだけど」

澪「私はパンツルック派なの。て言うか唯だってそうだろ」

唯「そうだけど、私はそれなりにスカートもはくし、それにズボンでもかわいいのはあるよー」

澪「ぐ……」

唯「あ、これとかどう?」

澪「だから私はこういうのは……」

唯「まあまあ試着してみんしゃい」

澪「お、おい!」

 私は狼狽する澪ちゃんを半ば無理やり試着室に押し込めた。

唯「どう?」

澪「……ちょっと待って」

唯「ほーい」

澪「……出来た」

唯「おお」

澪「ど、どうかな……?」

唯「かわいい、かわいい」

澪「そ、そう……?」

唯(お、満更でもなさそう)

澪「じゃあまた着替えるから」

唯「うーん……よし、それ買ったげる!」

澪「え、そんな悪いよ」

唯「まあまあ。クリスマスプレゼントと思って」

澪「それは昨日貰ったし……」

唯「気にしない、気にしない」


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最終更新:2011年03月18日 21:04