きっと……

きっと迎えに来るから─────。

だから、待ってて……

絶対に……戻って来るから……。


─────────。

唯「むにゃあ……」

和「唯、ホームルーム終わったわよ」

唯「くぴー……」

和「はあ…、唯~部室にケーキが待ってるわよー」

唯「ッ!? ケーキ!!? どこ!?」くわっ

和「ケーキって単語に反応しすぎよ…。みんな先行っちゃったわよ?」

唯「なんですとっ! 酷いっ! 私達友達じゃなかったんだ…」

和「唯が掃除当番だからでしょ……」

そそくさと掃除を終え部室へと向かう。

唯「今日のケーキはな~にかな~♪」

それにしてもさっきの夢なんだったろう。何だか懐かしい様な気が……。

唯「そんなことより今はケーキケーキ♪」

忘れかけた内容の夢を思い出すことやめ、現実のケーキにスイッチする。

唯「たのもー! 私のケーキは何処にありまするかぁー!?」

紬「お掃除お疲れ様。ちゃんと唯ちゃんの分もあるわよ」

唯「えへへケ~キィ~」

紋白蝶でも追いかけているウブな少女の様な顔つきでケーキを見据え席につく。

律「唯はほんとケーキ好きだよな~」

唯「りっちゃんは嫌いなの?!」

律「いや好きだけどさ。唯の好きとはレベルが違う気がするんだよね~」

唯「そうかなぁ?」

律「じゃあギー太とケーキどっちが大切?」

唯「それはギー太だよぅ」

律「じゃあ憂ちゃんとギー太は?」

唯「ういだよ~ギー太も大切だけどね」

律「じゃあ憂ちゃんと私は?」

唯「う~ん……選べないよ。どっちも大切だから」

律「じゃあギー太と私なら!?」

唯「りっちゃん!」

律「おーイェス!」ダキッ

唯「れっつかもんっ」ダキッ

澪「ケーキ関係なくなってないか?」

律「細かいこと気にすんなって~」

梓「唯先輩のケーキの話じゃないですけど、物事の優先順位って決めるの難しいですよね。私もこないだギターの雑誌選ぶのに迷っちゃって…結局1つは立ち読みしちゃいました」

澪「あるある。私も作詞の時にどっちのフレーズがいいかな~とかで迷ったりするよ」

紬「私もどっちのお菓子を持って行こう~とかあるわ」

唯「みんな優柔不断さんなんだね~」

澪「唯は違うのか?」

唯「私は物に関してはあんまり迷ったことないかなぁ」

紬「ケーキ見た時にどれにするか一番早く決めるのいつも唯ちゃんだもんね」

唯「えっへん!」

澪「こっちを食べたい、でもこっちも食べたら美味しいだろうな~とか考えないの?」

唯「考える前に決めちゃうからわかんないやぁ」

梓「羨ましいです」

澪「律もそういうこと悩んでなさそうだよな」

律「何かびみょ~にグサッと来たんだけど」

澪「気のせいだろ。で、どうなんだ?」

律「う~ん確かに迷ったりはしないな。ドラムやってるからか細々考えるのは苦手なんだよ」

澪「私もドラム叩いたら優柔不断治るかな……」

紬「ドラム治療法ね!」

梓「わ、私も叩きます!」

律「とうとうドラムに日の目が当たったか! よぅしみんな順番に並べーぃ! ドラム講義だ!」

10分後────

紬「私には無理みたい…」

澪「手に豆が出来そう…」

梓「う、腕がぁ……」

律「えぇい情けないなお前達! そんなことじゃいつまでたっても優柔不断は治らないぞっ!?」

澪「優柔不断でいいよ…もう」

梓「ちょっと迷うぐらいの方が楽しいってこともありますしね」

澪「梓良いこと言った!」

律「諦めはやっ」

唯「練習しないの~?」

そんなこんなで結局練習はドラムの練習だけとなり部活は終わった。
まだ残る暑さの中帰路につく。みんなでドラムを練習したのが嬉しいのかテンションそのままに律は熱くドラムを語っている。

律「ドラムって凄いよなぁ! この感じだと他にも効果がありそうだよな!」

紬「今日のりっちゃんはいつも以上にドラムスね」

澪「結局練習出来なかったな」

唯「私はやろうって言ったのに~」

律「まあまあ。いつも脚光を浴びない後ろのドラムにもたまには水をやってくださいな唯さん」

あどけた笑顔で嬉しそうに笑う律。その顔を見て、ふと、過るものがあった。

唯「(なんだろ……いつもと同じなのに……なんだか)」

その時だった。同じくその笑顔を見ていた梓がこんなことを漏らす。

梓「本当に大切なもの同士どうしても比べなきゃならない時……皆さんならどうしますか?」

声色が真面目だったのを瞬時に読み取った澪がいち早く返す。

澪「どうした梓、そんなこと急に言い出すなんて」

梓「先輩達はもう決めてるんですか…? 音楽をこれからも続けるかそうじゃないか…」

澪「私は大学でもやるつもりだよ。まあまずは推薦もらえるかどうかだけど」

梓「貰えるといいですね、推薦」

澪「ああ。ムギは女子大だろ? あっちじゃやらないのか?」

紬「元々合唱部に入ろうって思ってたから…。お父様開く食事会とかで歌ったりしたくて入ろうと思ったの。今は家でボイストレーニング受けたりしているけど…やっぱり一人でやるのは寂しいから」

澪「そっか……ごめんな。無理矢理入れちゃったりしちゃって。今更言うのもどうかと思うけどさ」

紬「ううん。私、ほんとに軽音部に入って良かったって思ってるの。こんな楽しかった三年間初めてだったわ。だから謝ったりしないで澪ちゃん」

紬「軽音部でなくなるのは寂しいけど、これでみんなとの関係がなくなるなんて思ってないから」

澪「ムギ……」

梓「律先輩と唯先輩はどうするんですか?」

律「き、来たぞ唯」

唯「き、来ちゃったねりっちゃん」

澪「まさかまだ決めてないなんてことないだろ? もう9月だぞ」

紬「さすがに決めないとさわ子先生も心配するんじゃない?」

律「と言ってもな~……私の頭じゃ澪やムギみたいにいいとこ行けないだろうし? だからって遊ぶ為にとりあえず大学行っとこう~ってのも親に迷惑だと思うし。でも今は就職難だしなぁ」

唯「全く同じ意見でビックリだよりっちゃん!」

律「我々はー!」

唯「ニートでいいやー!」

澪「おいおい…」

和「全く、まだそんなこと言ってたのね」

唯「和ちゃん! 生徒会終わったの~? お疲れ様!」

和「ありがとう。じゃなくて唯、さすがに決めないと不味いわよ? 大学行くならそれに似合った勉強していかないと。
テスト勉強みたいに全員一緒にやるってわけにもいかないからね受験勉強は」

唯「そ、そうなの?」

和「ある程度なら出来るけど…その大学によって問題の出し方の傾向とかあるから」

律「澪~。私達友達だよな!」

澪「私は推薦もらうから…」

律「澪先生捨てないでおくんなましぃぃ」

澪「暑いから離れろよ~」

和「とにかく進路は早く決めときなさい。学園祭のこともいいけど将来のこともそろそろちゃんと見据えないと。今が楽しいってだけじゃ駄目よ。じゃあ私塾があるから」

唯「あれ? 和ちゃん塾なんて行ってたの?」

和「私は国立行こうと思ってたんだけど今の成績じゃちょっと不安だから最近行くようにしたの。○○塾ってとこ」

澪「それって東大とか排出してる有名塾じゃないか! 和は凄いな…」

和「私もついていくのがやっとよ。じゃあねみんな」

みんなに手を振りながらそそくさと帰る和。

澪「○○塾ってここからだと遠いのに頑張るな…。それに比べて……」

唯「りっちゃん! アリさんがいっぱい行列作ってるよ!」

律「この先には巣穴があるハズだー追うぞ唯ー!」

唯「はいっ! りっちゃん隊員!」

梓「現実逃避ですね…。さっきは優柔不断がどうとか言ってたメンバーと真逆になっちゃいましたね」

澪「そう言えばそうだな」

梓「……律先輩と唯先輩は結局のところ何も考えてないんですよ。だから本当に決めないと駄目な大切なことをいつまでも後回しにしてるんです」

紬「梓ちゃん、それはちょっと言い方が悪くないかしら?」

梓「そう聞こえたなら謝ります。けどあんなに私達のこと優柔不断だって言ってた二人が一番大切なことを決めれてないなんておかしいなって思っただけです」

律「……なんだよ、その言い方。私も唯もそんなキツい言い方してないだろ? そんなに揚げ足とって嬉しいのか?」

紬「りっちゃん、落ち着いて。梓ちゃんも、ね?」

梓「私はただ二人のことが心配なだけで……」

律「ああ確かに進路なんて決めてないよ。私にとって一番大切なことは学園祭だからな!」

律「もっとも梓にとってはそうじゃなかったみたいだけどさ」

梓「っ…そんなこと言ってなっ…!」

澪「二人ともやめろ! こんなことで喧嘩してどうするんだよ? 律、進路のことで悩んでるのはわかるけど梓に当たるなよ」

律「なんだよ澪まで梓の仲間かよ? 優柔不断チーム結成ってか?」

紬「りっちゃん!」

律「唯も何か言ってやれよ」

唯「……違う」

律「…唯?」

唯「みんな…おかしいよ。いつもはこんなことじゃ喧嘩になんかならなかったよ…?」

律「こんなことってなんだよ…。お前のことだって入ってるんだぞ!」

ふと蘇る情景、
みんなが笑って、みんなが楽しかった記憶。
それは今なのか、何時なのか。

唯「違う……違うよ……」

澪「唯、どうかしたのか?」

紬「唯ちゃん……?」

優しく差し伸べられる手が、今は自分を突き落とす様に思えた。

拒む様に後ずさる唯。さすがに異常を感じ取ったのか澪や紬の表情も真剣になっている。
澪が唯の元へ走って近づき、両肩に手を遣りながら宥める。

澪「唯……震えてるぞ。寒いのか?」

夏明けの9月に言う台詞ではないが、それほど唯の体は冷たかった。

紬「保健室で見てもらった方がいいんじゃない?」

澪「そうだな…。唯、歩けるか?」

頭を抱え震えるに優しく付き添う澪。

憂「あれ? お姉ちゃん?」

遠くから見知った声が聞こえる。

梓「あれ? 憂、まだいたんだ」

憂「うん。純ちゃんにジャズ研で作った曲聴いて欲しいって言われて。それよりお姉ちゃんどうしたの? 具合悪そうだけど…」

澪「ちょっとさっき色々あってさ…。それで唯が癇癪気味になって…」

憂「そうなんですか!? お姉ちゃんっ! 大丈夫?」

すぐさま駆け寄る憂。

憂「お姉ちゃん……」

唯「うい……?」

憂「うん。大丈夫?」

憂が声をかけてくれた瞬間震えも消え、落ち着きを取り戻す。

唯「うん。ちょっと暑さにやられちゃったかな」テヘヘ

憂「でも心配だから一応保健室で見てもらおっか」

唯「うん…ごめんね、憂」

憂「ううん。いいよ、お姉ちゃん」

憂は唯に寄り添うと保健室の方へと一緒に歩き出す。

澪「私達も……」

唯「ううん、大丈夫だから。先に帰ってて」

紬「唯ちゃん…」

律「……」

梓「……」

澪「…わかった。唯をよろしく。憂ちゃん」

憂「はい」

そう言うと校舎の中に消えて行く二人。残されたメンバーにはさっきの気まずい空気が流れたままだ。

澪「唯……大丈夫かな」

紬「さっきの唯ちゃん…ちょっと変だったから。心配ね…」

澪「律、梓。明日唯に会ったらちゃんと謝るんだぞ」

律「…ああ。唯にはな」
梓「唯先輩には謝ります」

律「ふんっ」
梓「ふんっ」

澪「お前らまだそんなこと…!」

紬「澪ちゃん、放って置きましょう。これ以上話してもまた言い合いになりそうだから…」

澪「……ああ」

噛み合わない歯車の様にバラバラだった。

律「私寄りたいとこあるから」

澪「律……」

スタスタと歩いて行く律を見ることしか出来ない歯痒さに顔を少し歪める澪。

紬「梓ちゃん。確かにりっちゃんも悪いけどあなたも悪いと思うわ。二人を心配してるのはわかるけど、今は学園祭前と受験生ってことでナイーブになってるんだから…」

梓「そうやって私だけ叱るんですね、ムギ先輩は」

紬「梓ちゃん…」

梓「帰ります…」

澪「おい梓っ」

逃げる様に駆け足で帰る梓。

澪「何でこんなことに…」

紬「澪ちゃん…。私達も帰ろ。きっと明日にはみんな仲直り出来るわ」

澪「…うん」


保健室──

憂「お姉ちゃん大丈夫?」

唯「うん…だいぶ楽になったよ」

憂「…みんなと何かあったの?」

唯「…わかんないや。でも…何だか嫌だった。何が嫌なのか…わからなくて…段々頭が痛くなって」

憂「そっか…。大丈夫だよ…お姉ちゃん」よしよし

唯「うん…ありがと」

憂に撫でられると何故か落ち着く…。

憂「あっ、いけない! 買い物しないと商店街のお店閉まっちゃう!」

唯「私はもう少し寝てるから憂は行きなよ」

憂「でも…」

唯「大丈夫だから、ね?」

憂「うん…。じゃあねお姉ちゃん。一人で帰るのが辛かったら電話してね!」

唯「うん。わかった」


───??? PM18:00:00

始まる……。

いよいよ……。

もう戻れない。

だけど……やらなくちゃ。


仇を取るんだ…私が。


2
最終更新:2011年03月19日 02:55