どうも、平沢です。姉の方です。よく戸籍改竄したんだろとか言われますが、私の方が姉で妹が憂です。姉です。
普段はちゃらけた脳味噌のネジがゆるいキャラを纏ってますが、それは仮の姿。一皮剥けば、そこには欲望にまみれた小汚い、本来の私が鎮座しているのです。

私は必死に、その本能の求める欲望たちと闘ってきました。時には負けそうになったり負けかけたりもしましたが、私は元気です。
……ですが、そろそろ、限界です。私は欲望を抑えきれません。長きに渡る死闘に傷つき倒れた私の理性はもうぼろぼろです。

私は、田井中律を、愛します。


澪「ストーカー!?」

律「う、うん……。いやまあ私の勘違いだったら私は自意識過剰な女だなと自分を辱めて悶々としなくちゃいけなくなるから断言はできないけど……」

梓「具体的に、どんなことからストーカーだと?」

律「えーっと……こないださ、うちのポストにこんな手紙が入ってたんだよ」ばさっ

澪「ふむ、どれどれ……」

律さん あなたは わたしの 大切な 律さんなのです。
ですから、あなたに とって の わたしも 大切な わたし である 義務 があり ます。
あなたがわたしでわたしがあなたである限り 私は あなたを 愛するだけでよ いのです。
ですが…… あなたがわたしを愛してくれないのならそんなあなたは必要なのでしょうか。
いえ、このような 疑問は 愚問ですね。
あなたが私を愛していないはずがない。
今はた だ この事実を あなたに知ってほしかっ たのです。
いつも、見守っています。

澪「うわぁ……」

梓「絶妙に気持ち悪いですね……」

紬「滅茶苦茶な論理の文章ね、これ」

律「そうなんだ、私もこれ見て、うわぁってなったし非常に気持ち悪く感じたし破綻した文章だなぁと思ったんだ」

澪「よく捨てなかったなぁ。私だったら途中まで読んですぐぐちゃぐちゃにして捨てて毛布にくるまって律呼んでる」

律「いやあ、まあなぁ……捨てようとしたし捨てたかったけど、もし万が一、今後何か起きたとしたらこれ持っておいた方がいいかなぁ。と思って、捨てれなかったんだ」

梓「賢明な判断ですね。それで、ストーカーからの動きはこれだけなんですか?」

律「いや……」

律「昨日、これがポストに入ってたんだ」ばっ

律が取り出した封筒には、十数枚の、律の日常的な風景を切り取った写真が詰まっていた。

澪「これは……」

紬(ちょっとほしい……)

人の、日常的な風景を切り取った写真。それ自体は何ら悪いことではない。しかし、問題は。

梓「……誰がいつどこから撮ったものなんですかね、これ……」

律「そう……そうなんだ。こんな写真、撮った覚えが全くないんだよ……」

紬「……これは、完全に黒ね。悪戯にしては気味が悪すぎるわ」

澪「け、警察!警察には、このこと言ったのか?」

律「昨日、電話で言った。けど……ただの悪戯かもしれないし、とか、実際に何か事件が起きたわけじゃないからねえ、とか。犬の糞の方がまだ役に立ちそうな調子だった」

梓「事件が起きたわけじゃないって……起きてからじゃ遅いですよ!」

紬「そうよねえ……。でも、警察の方も、事件へと発展するかもわからない事案に人員を割くのは難しいのかもしれないわ」

律「うーん……まあ、まだ気持ち悪いってだけで直接何かされたってわけでもないしな……」

澪「でも、絶対、何か対策は講じないと駄目だよな。他の誰が平気だろって言ったって私だけはそんなの許さないぞ」

律「……ありがと、澪」

四人があれこれ頭をひねりねじり思索して談議していると、音楽室の扉が開いた。

唯「おいっすー」

律「おお唯、きたか。掃除ご苦労」

唯「働きすぎてもう寝れちゃうよ」

澪「部活だろ、寝るな!」

唯「寝れると寝るは違うぜ、澪ちゃん!……ところで、何話してたの?」

梓「えっと……それは」

律「最近流行りのストーカーについて、主に私が被害を受けているという推論のもと、解決策及び対抗策をちょっとねー」

唯「……え。つまりなに………今りっちゃん、ストーカーされてるかもしれないの!?」

律「そうなんだよ、実は……唯がよければ、相談に乗ってくれないか?詳細説明するからさ」

唯「よくないわけないじゃん!詳細、聞かせて?」

かくかくしかじか

唯「なるほど……。で、警察もあまり頼りにできない中、いかにしてりっちゃんを守り抜くか。って、ことだね」

紬「そうなの、今のところ出てる案は、部活の帰りはみんなでりっちゃんを家まで送る、夜間の外出と人通りの少ないところの歩行はりっちゃん一人の場合はなるべく避ける」

澪「あと、ブザーとか催涙スプレーこの後買いに行こうって話にもなったんだ」

梓「つまりは今日の部活は律先輩に捧げて早引きです」

唯「ふむふむ……。私がぱっと思いつくのはそこらへんかなぁ」

律「何か悪いな……自分から相談しといてなんだが……」

唯「りっちゃんが謝る必要は1ミクロンもないよ!むしろ謝るな!」

律「お、おう」

唯「そうだなー……。あのさ……ムギちゃんちのSPをつけてもらう、とかは、駄目かな……?」

律「……」

澪「……」

梓「……」

紬「……唯ちゃん、ごめんなさい……。それは、出来ないの」

紬「私もそうしたいのはやまやまなのだけど……あの、ち、父と、母と私は今、別居状態で、父の恩恵はあまり利用できない状態なの……」

唯「え……あ、そ、そうなんだ……。ごめんね、厚かましいこと言っちゃって……」

紬「ごめんなさいね、本当に……」

律「だあー!もう!ムギが謝る必要は1ナノもないし、むしろ私に謝らせろ!……ごめんなムギ、ムギが大変なときにストーカーだのなんだのと面倒ごと持ち込んで」

律「いやぁー、買ったなー!」

澪「って言うほど買ってないけどな」

唯「防犯ブザーに催涙スプレーがあれば、りっちゃんなら飛竜種も怖くないね!」

律「はっはっは、そう褒めるなよ唯ー」

梓「もう、防犯具があるからって調子乗らないでくださいよ、律先輩」

紬「そうよりっちゃん、油断は大敵だわ」
律「へへへごめんごめん。あー、でもスタンガンも欲しかったなー」

澪「言っておくが、金があっても律にはスタンガン持たせないぞ」

梓「澪先輩に同じく」

律「なんでだよ!」

唯「まあたしかに、そういうの持たせたらりっちゃんって暴走しそうだもんね」

澪「よくわかってるじゃないか、唯。催涙スプレーがギリギリのラインだ」

唯「りっちゃん、面白半分に私とかにかけたら怒るからね」

律「ええー……信用なさすぎるだろー……」

律「でさ、こっからどうすんの、やっぱりうちの前までみんな来るの?」

梓「なんですか、そこに何か問題でも?」

律「いや、うーん……送ってくれるのはすごく頼もしくて嬉しいんだけどさ……何か、それやると直接的に巻き込んじゃう感じが、ちょっと……」

澪「なんだ今さら、水臭い」

律「だってお前らも女の子じゃん。さっきのとこで防犯ブザー買っていても、女の子であることには変わりないわけで……」

紬「りっちゃん、今はそんな心配するのはなっしんぐよ。みんな多少の危険は冒してでも、りっちゃんを守りたいの。その気持ちを、裏切らないで?」

律「……わかったよ」

唯「よし。じゃ、帰ろっか!」

梓「ですね」

律「いやあ……今日はありがとな、ほんと」

唯「いいってことようおやっさん」

澪「べ、別に律のためにしたわけじゃないからな!」

梓「気にしないでください」

紬「……ねえ、みんな、……。いえ、やっぱりあとでメールで話しましょう」

律「?」

紬「今も誰かに監視されてるかもしれないから」

澪「……そうだな。重要なことは基本的にメールでやりとりした方が、いいかもしれない」

紬「まあ音声まで拾える環境なのかはわからないけど、気をつけておいて損はないでしょうから」

梓「そうですね……基本的にこういうときは悪い事態を想定して動いておいた方がいいです」

律「うん……わかった。じゃ、あとでメールで話し合おう」

唯「了解、じゃあね、りっちゃん」

澪「あとでなー」

紬「家に着いたらメール送るわね」

梓「緊急時にはちゃんと誰かに連絡してくださいね。……それでは」

ムギからのメールの内容は、「今日の帰り道、少しでも怪しい人物はいなかったか」というものだった。
私は先週くらいに例の手紙が届いて以来、後ろを気にしながら歩いてはいたのだが、いまだ芳しい効果はあがっていなかった。
件の写真には、流石に学校の中でのものは一枚もなく、せいぜい校門から自宅までの間に捉えたものであろう写真が大半であった。大半から漏れた数枚は、私服姿のものだった。
故に、ストーカーは私たちが帰路についたところからどこかにいてこちらに視線を投げかけてきていたはずなのだが、どうやら自分以外の四人も気配を捕捉することは叶わなかったようだ。

正直、怖い。
みんなの手前、不安を煽らないよう、あまりそういう感情は表からは見えないようにしているつもりだが、今日の帰りも内心はびくびくおどおどだった。
そして、今も、恐怖に胸を蝕まれている。

家族には昨日の晩に話した。だが、両親には相手にされなかった。
どうせ悪戯だろうと。聡から親の興味を奪いたいだけなんじゃないか、と。
それはそれは、警察と似たような犬の糞具合だった。
聡だけは、そんな両親を睨みながら、私の話を信じる、いざって時は俺が姉ちゃんを守るから安心して、などと言ってくれた。嬉しかった。
聡の言葉を聞き偉いねいい子だねと、親は褒めた。苛立った。
聡は親からの言葉にしかめっ面になる。

この家は、安全地帯ではない。
父親と母親は役に立たない。聡はきっと、昨日の言葉通りに私を守ろうとしてくれるのだろうが、彼の未発達な身体は、全幅の信頼を置くには些か不安が残る。
自室で聡から借りた漫画を読んで気を紛らわしているこの瞬間にも、誰かが私を覗いているかもしれない。
そう気付くと、体がぞわぞわして心がざわざわした。いかんとも落ち着きがたい。落ち着けるはずもない。
私は私を守りたくあるが、いつまで守り抜けば、私の勝ちなのだろうか。少し前までの平安が戻ってくるのだろうか。
誰かの目が、私を抉る。

唯「おはよう、りっちゃん!」

律「お……おう、おはよう。時に唯よ……何故、我が城の前に?」

唯「何故って、りっちゃんが心配だからだよ」

律「おほぉまじか……嬉しいなこのこのう」

唯「ふっふぇふぇふぇえい」

律「でもあれだなー、そんな過保護にしなくてもいいのに。例の件だって、本当に何か起きるとは限らないし、悪戯の可能性だって拭いきれないてないし」

唯「いいの、その件がなくたって会えるならりっちゃんに会いたいの、私は」

律「ったくお前は……朝っぱら恥ずかしいこと言うなぁちくしょう!」

唯「えへへー、愛だよりっちゃん!」

律「恥ずかしい通り越して臭いわ!」

律「うーん……」

唯「どうしたの、りっちゃん」

律「いや、いつもならここらへんで澪と落ち合うんだけど……いないな」

唯「そうだね、見たところ……いないね」

律「先に行ったのかな?ま、いっか、行くぞ、唯」

唯「うん……あ、そうだ、りっちゃんさ、昨日の英語の課題やった?」

律「ふふん……やったと思うか?」

唯「まさか。社交辞令として聞いただけだよー」

律「わかった。お前の気持ちはよぉーくわかったぞお。絶対見せてやんねー!!」

唯「以心伝心ってやうっそおおう!?やったの……?」

律「やってるわけないだろ、唯はあほだなー」

唯「……私の一瞬の尊敬を返せ!」

律「もっと尊敬してもいいのよ?」

紬「おはよう、唯ちゃんりっちゃん」

唯「おはよー」

律「おはよ、ムギ。……ん?」

紬「どうしたの?」

律「ムギ、澪ってまだ来てないのか?」

紬「そういえばそうね……見てないし鞄もないし……まだ来てないかも」

唯「澪ちゃんお寝坊さんかなぁ」

律「かもなあ。澪の寝坊……なかなかレアだぜ」

紬「りっちゃんと唯ちゃんはむしろデフォよね!」

唯「間に合ってるからいいの!」

律「私は案外なんだかんだでわりかし澪と同じ時間に来てるぞ!……ん?」

紬「今度はどうしたの?」

律「英語一時間目じゃん!」

唯「そうだった!」

律「ふあー……だるかったー」

唯「私はよく寝れたから健やかだよ」キリッ

律「家で寝ろよばか」

唯「家でも寝てるもん!」

律「いや……そんな無い乳張って言うことじゃねえ……」

唯「何をう!りっちゃんだってかわいらしいお胸さんじゃないかー!」

律「う、うるさいな!これからくるんだよ私のグラマラスは!」

唯「どすこい、ごっつぁんです!」

律「よぉーし屋上行こうぜ唯ー」

唯「何言ってるのりっちゃん、私は今日も掃除だよ」

律「よっしゃ!ざまーみろぉ!」

紬「あらあら、二人とも仲がいいわねー」

律「ういーっす」

紬「あら、梓ちゃん。早いね」

梓「どうもです律先輩ムギ先輩。今日は純が早々に部活に行ったので」

律「無駄話してくるやつがいなかったから早い、と。そういうわけかね梓クン」

梓「言い方は悪いですけど………そういうことですね。……唯先輩は今日も掃除ですか」

律「そうだよ。眠い眠いほざいてたから来るの遅いかもな」

梓「まったくあの人はどれだけ寝れば気が済むんですかね……」

紬「ふふ、でも、眠ってる唯ちゃんもかわいいのよ?」

梓「ですよね。いえ、そういう問題でもないです。澪先輩も掃除か何かですか?」

律「いや……なんか、休みらしい。さわちゃんは風邪だって言ってた」

梓「そうなんですか。珍しいですね。後でお見舞い行きます?」

律「うん、そうしようと思ってるんだ」

梓「連絡はしてあります?」

律「いんや、してないししないよ?」

梓「あれ」

紬「澪ちゃんを少し驚かせようと思って。休んだっていうのに私たちから一切連絡がなくて心細くなっているところに、直接特攻をしかけるのよ!」

梓「なるほど。サプライズですね」

律「そうそう、そういう心憎い気遣いなんだよ」

唯「ういすー、あいすー」

律「お、唯、早かったな」

紬「唯ちゃんおつかれ」

梓「唯先輩、おいっすです」

唯「昨日ばばんときっちり掃除したからね。今日はあんま汚れてなかったんだよー」

律「昨日ちゃんとやっといてよかったじゃん」

紬「お茶、入れるわね」

唯「悪いねムギさんや……」

紬「唯さん、それは言わない約束でしょ」

唯「HAHAHA」

律「なんだこれ」

梓「今日はなんか、普段より練習できましたね」

律「そうだなぁ。まーなんか、練習しとかないと澪に悪い気がしてさ」

紬「偉いわ、りっちゃん」

唯「えろいよ、りっちゃん!」

律「なんでだよ!」べしっ

唯「いたっ!いや、痛くはないけども」

紬「よくあるよね、反射的に声が出ちゃうの」

律「痛くなくても叩かれたりぶつかったりすると言っちゃうよな、なんでだろ」

梓「事象に理由や意味などないのですよ……」

唯「ていっ」シュバッ

梓「いった!!」

律「唯お前ちょっとそこで正座な」


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最終更新:2011年03月20日 02:59