梓「着きましたね、秋山家」
律「ああ……長かったな、ここまで……」
唯「りっちゃん歳なんじゃない?」
律「お前もっかい正座するか」
唯「ごめんなさい」
紬「ふふふ。それで、どうする?インターホン押しちゃってもいいのかしら」
律「いや、ちょっと待て。澪に電話してみよう」 ピポパ、トゥルルルルー
律「…………なかなか出ないな……もしかして寝てるのかな」
律「…………おっ」
澪『もしもし……律……?』
律「おう、澪。今さ、大丈夫?」
澪『…………』
律「……あ、ごめん、何か都合悪い感じ?」
澪『いや違う、違うから、ちょっと待って……』
澪『……うん、大丈夫。平気だ、どうかしたのか?』
律「どうかしたのかはお前の方だ、風邪なんぞひきおって」
澪『いや、それは……』
律「今さ、澪んちの前にいるんだ」
澪『へっ』
律「唯とムギと中野ォも一緒だ、お見舞いにきたんだよばか」
梓「ちょっと律先輩、中野ォってなんなんですか」
律「気にするな中野ォ。……いや、ごめんこっちの話。というわけで、お前の安静はあと一分以内には破られるから覚悟しとけよ!」 ピッ
律「よしムギ、インターホンだ」
紬「ラジャー!」 ピーンポーン
唯「インターホン押すだけなのに何か楽しそう……」
澪「よ、ようこそ。流石に五人入ると狭いな」
紬「お互いの心を密着させるチャンスよ!」
唯「部屋、綺麗だねー。私の部屋とは月とすっぽんだよ」
梓「唯先輩の部屋と比べたら失礼ですよ」
律「安心しろ、大方あそこのクロークに色々詰めてあるだけだから」
澪「……開けるなよ?」
律「わかってるわかってる!」
澪「フリじゃないからな!開けたらほんとに怒る!」
律「だが開ける」
ガラッ ドッシャアァァ
梓「oh...」
紬「hou...」
唯「woo...」
澪「だから開けるなって言ったんだよぉぉお!!」
律「はい。まことに申し訳ありませんでした。このような事態が二度と起こらぬよう、この
田井中律、尽力してまいります」
澪「というか元凶がお前だろ!」
律「ごめんごめん……悪気はあったけど、もうしないよ……」
澪「まったく」
律「んでさ、今日休んだ、本当の理由って何よ」
澪「!」
唯「へ?……風邪じゃないの?」
澪「そ、そうだよ、だから今もこうしてベッドに横たわりぃおい律何私の上に馬乗りしてっ……」
律「……ほら、熱ないじゃん」
澪(顔が近い……!)
紬(不謹慎だけどうふふふふふ)
律「なあ澪……もしかして……」
澪「ず、ずる休みさぁ!」
梓「……澪先輩、嘘つくの下手すぎるでしょう……」
澪「うぐっ」
律「まさか、とは思うんだが……何か、あったのか?」
澪「……な、何か、って、なんだよ」
律「いやさ、昨日の今日だから……心配だったんだよ。……言ってることは、わかるだろ?」
澪「…………」
紬「澪ちゃん……何かあったのなら、お願い、話して」
唯「私たち、力になれるかはわからないけど、力を添えるよ」
梓「このおせんべいおいしいです」
澪「……。……わかったよ」
澪「昨日……律んちの前でみんなと別れて四散したあと、妙にどっかから視線を感じたんだ」
律「……」
澪「本当は視線の主を特定できればよかったんだろうけど……その、怖くて……。私は携帯握って防犯ブザーに手をかけて、絡みつくようなその視線から逃れたい一心で、家まで早歩きで帰ったんだ」
唯「とりあえずは、無事に帰れたんだね……よかった」
澪「ああ……。それで。昨晩は帰宅してからも先程の視線がどこかにあるように感じて、寝るときもなかなか寝つけなかった」
澪「あれは深夜の2時くらいだったはず……一回寝れたんだけどすぐ覚めちゃって、再び寝ようと寝返りを打っていた時だった。窓の方からコツン、コツンって、何かが叩くような音がしたんだ。」
澪「私は……みんなも知ってると思うけど、本当に怖いものが苦手で、その時もぶっちゃけおしっこ漏らしそうなレベルにびびってた」
澪「でも、無視していても窓へのノックは止むことなく一定の間隔で続いて、怖さばかりが募っていく。で、ふと思い出したんだ」
澪「耳をすませば、ってジブリのアニメ映画があるじゃないか」
梓「ああ……もしかして、あのシーンですか」
澪「そう。雫が早朝窓からこつこつ聞こえるから開けて外を見たら聖司くんが下にいたってやつ。あれを思い出して、もしかしたら軽音部の誰かとかだったりするのかもしれないと思い、開けてみることにした」
澪「ここまでくると、見ないまま放っておくより原因を突き止めた方がいいだろうとも思ったし。……だから、カーテンも窓も雨戸も開けて、外を見てみたんだ」
紬「……何が、いたの?」
澪「黒い、人影だった」
梓「それでその人影が、何かしてきたんですか?」
澪「……いや。それが……何もしてこなかった」
梓「あれ」
澪「何もせず、ただこちらをじーっと、フードの奥から見つめてくるんだ。ついさっきまで、私と接触しようと躍起になっていたやつが」
澪「その姿が、行動が、雰囲気が……あまりに不気味だったものだから、私は急いで雨戸と窓とカーテンを締め直した。心臓バックンバックンで怖すぎてぶっちゃけ少しだけおしっこ漏らした」
澪「いや、実際には漏らしてなかったけど、気分的には。それでもう私は布団に潜り込んでくるまって震えてるうちに眠ってたみたいで、気付いたら朝になってた」
律「……そんなことがあって、なんで私に連絡入れてくれなかったんだよ」
澪「ごめん……。なんかもうその時は怖すぎて、律に電話するって選択肢が浮かばなかった」
紬「今のが、学校を休んだ理由?」
澪「そうではあるけど……まだあるんだ」
律「……」
澪「私は朝起きて、昨晩は気味は悪かったけど直接的には何もされなかったし、なんだか現実感もあまりなくて、もしかしたら夢だったのかな?と、思った」
澪「そう思っておいた方が気も楽だし、そういうことにしておくことにした。けど、それはすぐに崩された」
唯「……なんで?」
澪「……食卓に行ったんだ。そしたらお母さんが、澪にお手紙きてるわよ、って。手紙なんて珍しいな、誰からかなぁと思って封筒を見たら、差出人の名前がなかった」
澪「この時点ですごく嫌な予感がした。朝食もそこそこに封筒を持って自室に戻った。でも封筒の種類が律の、写真が入ってたやつとは違ってたからまだ一抹の希望は持っていた」
澪「これが……入ってたんだ……」
澪が俯いて封筒から取り出したものは、一枚の画像が印刷された、コピー用紙だった。
律「……」
唯「え……」
梓「えっ?えっ?」
紬「これは……すごくよくできてるけど……コラージュよね?」
澪「……そう……」
印刷されていた画像、それは。
紺のハイソ以外の制服を脱ぎ捨てた澪が騎上位で挿入している、というものだった。
澪「私はこんなもの撮られてないし、してないし、してないどころか、しょ……処女だ!!」
律「うん……だよなぁ」
澪「その反応はその反応でちょっとむかつく、けど、こんなこと……してない……。なのに、こんな、画像が送られてきて……で、こんな紙も……」
澪が涙声になりながらも、もう一枚、コピー用紙を取り出して差し出した。
そこには。
あなたは罪人です。まずはそのことを自覚してほしくありまして、このような手紙を後らせていただきました。
あなたは罪人です。罪人ですが、私は恩情のある温情な人間です。
なので、貴方がじぶんの罪を認め、悔い改めつ生きていくのであれば、×を下すつもりはありません。
ですが……貴女がもし、そのような私の慈愛を無下にするというのであれば。大変心苦しくはありますが、罰を、下さなければありません。
同封した画像は、もうご覧いただけたでしょうか。あの画像は、私が、自らの手で創造しました。
貴方はこんなものは虚構だ、と憤激するやもしれません。
ですが、見る者からすれば、それは的外れな指摘なのです。
説得力さえ持ってしまっていれば、たとえ偽物であろうと、本物と同等の効力を発揮することがあります。
貴方のことはお見通しです。あの画像を印刷した紙と、この御神託を廃棄することは、許しません。
私はあなたを信じております。罪人であろうと、自浄しようとしていける人物だと。
しかし……いえ、だからこそ。
万が一にも、罪を償おうともしない愚か者であった時、私は厳格に対処させていただかなければありません。
そのような場合には、私の創造した貴方の虚構を、貴方自身の持つ情報と共に、世界へと告発します。
これは警告でもあり、命令でもあります。
これ以上、罪を、重ねないでください。
唯「酷い……これってつまり……」
梓「澪先輩が律先輩から離れなければ、このコラージュ画像を個人情報も記載した上で、ネット上でばらまく……ということですよね……」
紬「脅しとしては十分ね……。画像の頒布を阻止するためには、警察などに相談することも難しいし……」
律「あぁ、あー、あー……」
律「ふっざ、けんな!!なんで澪だよ、なんなんだよこいつは!?絶対にとっちめて殴って殴って殴ってやる!絶対に、だ!!」
澪「りつ……」
紬「りっちゃん……。でも、今は一回落ち着いて、りっちゃん」
律「…………、ああ……」
紬「確かにそうなの」
唯「何が?」
紬「なんで澪ちゃんなのか、っていうところよ」
紬「昨日りっちゃんの傍にいたのは澪ちゃんだけじゃないわ。私もいたし、唯ちゃん、梓ちゃんも、一緒にいた」
梓「……澪先輩が律先輩とは家も近いし幼馴染みだし、一番仲がいいと思ったから、真っ先に澪先輩を狙ったのかも」
紬「そう、そこよ、梓ちゃん」
唯「どういうこと?」
紬「もしも、ただのストーカーなら、対象の人間関係は、対象の周辺の事象を視覚的聴覚的に把握して理解するしかないわよね」
唯「うん」
紬「今のご時世は個人情報についてうるさいし、資料などを探してその辺を捜索することは難しいと思うの」
律「まあ、そうだな」
紬「なのにストーカーは、りっちゃんと澪ちゃんの関係性が、幼馴染みという、他の三人と比べて特異なものであると、知っていた。……これが何を意味するか、わかる?」
澪「まさか……いや、そんな……」
紬「残念だけれど、そうだと思うわ……。ストーカーは、少なくとも、私たちの知らない人物、接点のない人物では、ない」
紬の衝撃的な推論から、私たちは今後どうするべきか話し合った。
私は、護送自体を拒否した。当たり前だろう。澪への行動を見る限り、ストーカーの野郎は、昨日の彼女たちは私を護送していたのだと、気付いている。
でなければ、わざわざあんな手間をかけてまで、同性の友人にここまでえげつないことはしないだろう。
だが、私の勇ましい友人たちは、私の拒否を断固として拒絶した。
けど、私も彼女らの拒絶を、意固地になって否定し続けた。
そして、互いに妥協しながらも出した結論。
私を、私と澪の次に家が近い唯が送ることになり、澪を、ムギと梓が送ることになった。
しかし行動は、あくまで自然に。
そういうものなのだと思いこませるように、スムーズに。
唯に、澪みたいに目をつけられるかもしれないぞ、と忠告した。
唯はその忠告に、笑顔で、大丈夫だよきっと、と返した。
私が何を根拠を言ってるんだ、と問うと、困ったように、勘だと言い切った。
深刻だった私は、唯の楽観に、張り詰めていた、気が抜けた。
まあそうだよな、なんとかなるさ。防犯具も持ってるし。
逆に言えば、なるようにしかならないけれど。
いざとなればギー太で闘うよ、と唯は言っていた。
アニメじゃないんだから、と私は笑った。
するとへへへと、唯も笑った。
なんとなく、なんとなくだが、なんとかなるような、気がしていた。
それからの数日、問題が何も起こらなかった。
あれらはすべて私の妄想だったのかな、と勘違えるほど、平穏な時間が、ただ優しく、過ぎ去っていった。
どうやらあの時の唯の勘は、すこぶる冴え渡っていたらしい。
そして今日は、日曜日。私は唯と、二人で遊ぶ約束をしていた。
律「うおーっし、そろそろ出かけよっかなー」
聡「ん?姉ちゃんどっか行くの?」
律「おう、これから唯とデートしてくる」
聡「あっそう。じゃ昼飯はいらんのね?」
律「そうなりますな。ま、せいぜい親どもが買い物から帰ってくるまで自由を満喫してくれたまえよ聡クン」
聡「はいはい、じゃ行ってらっしゃい。鍵は俺が締めとくからいいよ」
律「ありがとなー、行ってきまーす」
最終更新:2011年03月20日 03:00