~数時間後・唯の家~
憂「皆さん、たくさん食べてくださいね」

律「さすが憂ちゃん、どれも美味しそーだな」

唯「えっへん、自慢の妹です!」

紬(あらあら、唯ちゃんすっかり元気になったわね)

純「憂、私も何か手伝うよ」

憂「大丈夫だよ、モッ──純ちゃんは座ってていいよ」

純「あ、うん……」

澪「唯に憂ちゃん、いきなりごめんな。みんなで押し掛けたりして」

唯「そんなことないよ~。みんなでいるの楽しいよ」

憂「でも、こうして集まったのにも、きっと理由があるんですよね?」

澪「ああ……あの、梓のことなんだけど」

唯律憂純紬「!?」

澪「先週金曜日の梓は別段おかしなところはなかった」

澪「でも、週が明けた今日、月曜日の梓は明らかにおかしかった」

澪「自分をみんなのアイドル、あずにゃんと名乗ってた」

澪「完全にマジキチの類だ」

唯「」ビクッ!

澪「ああ、唯はそんな類じゃないぞ」

唯「うん……」

澪「そこで、金曜日の放課後から今日にかけて何かあったか、梓の家へ電話を掛けて、梓の母親に聞いてみた」

澪「そしたら『別段、普段と変わらないし、何もないですよ』こう言ったんだ」

澪「そして最後にこう聞いてみた。今日は梓と話したのか?」

澪「『朝、そしてさっき学校から帰ってきた梓と、普通に話しましたよ』そう言っていた」

澪「つまり梓のママは今日も普通の梓と、普通に接してたんだ」

唯憂律紬純「ママ……」

澪「」

澪「つまりこの電話で分かったことは」

紬「梓ちゃんか演技している。しかも何故か私たちの前だけで……」

律「演技……?」

唯「あずにゃんは演技であんな酷いことできるの!?」

澪「それは分からない。だけど酷いことをされたのは事実だ」

純「じゃあ今日集まったのは……」

澪「梓が何でそんなことをしているのか、そして明日から梓とどう接するか、皆で考えようと思ったんだ」

憂「うーん、とりあえず様子を見るのがいいと思います」

唯「まあそうだよね。他に方法ないもんね」

律「接し方はどうするんだよ。あんなこと言われて普通にしてろってか!」

紬「まあまあまありっちゃん落ち着いて」

澪「普通に接してればいつか素の梓、いつもの梓が出てくるだろうな」

唯「じゃあ素のあずにゃんが出てきたら、何でこんな演技してるんだー!ってみんなで質問責めにすればいいよ~」

憂「すごーい、お姉ちゃん名案だね!」

唯「えへへ~///」

澪「じゃあみんな、それでいいか」

唯憂律紬純「」コクッ

律「いやーしかし梓も酷いあだ名つけてくれるよなー」

唯「りっちゃんはまだいいじゃん。エロガッパなんて名前ちょっと可愛いし」ブーブー

純「あの、先輩たちみんな梓にあだ名つけられたんですか?」

唯「そうだよ、私なんてマジキチうんたんだよ!」

純「あはは、唯先輩っぽいです」

唯「うー、そういう純ちゃんはどうなのさ」

純「うう……」

紬「確かモップよね」

純「!?」

紬「さっき憂ちゃんから聞いたの~」

唯「ええ~っ! すごい可愛いあだ名じゃん!」

純「ま、まあ唯先輩よりは……」

律「それで澪には何故か付いてなくて、ムギは財布だったか」

唯「さいふ~さいふ~」ワイワイ

紬「唯ちゃんひど~い」キャハキャハ

唯「そういえば憂はなんてあだ名つけられたの~」

純(あ、やば……)

憂「えっ!? えと……私は……」

唯「憂だけ教えないのはズルいよ~」

律「そうだそうだー、憂ちゃんズルいぞー」

澪「でも確かに気になるな。完璧な憂ちゃんにあだ名なんて」

憂「私は……その……」

唯律紬澪「うんうん」

憂「えっと……」

唯律紬澪「うん」

憂「…………」

憂「…………」

憂「デカ尻……」

唯「」

律「」

紬「」

澪「」

純「…………」


唯律澪紬純憂「よし、普段どおりに接するぞ。おー!」



しかし翌日以降、6人の言動に反して
梓の奇怪な行動は日に日にエスカレートしていった。

教室のゴミ箱に頭を突っ込む、シャーペンの芯や蚊取り線香を食べる、そこら辺はまだ序の口。

2日後、ついに授業中に奇声を発し始める。
お昼休み、廊下に野球のベースを持ち込み、ヘッドスライディングの練習を始める。
もちろん廊下を全力疾走する際の奇声はデフォ。そして、職員室へ連行される。

3日後、ヘッドスライディングの練習を、授業を途中で抜け出し廊下でやり始める。なぜか制服は泥だらけ。
各教室で授業中の生徒の耳に、キェー!という奇声がドップラー効果に従い走り抜ける。

4日後、自分の手足を縄で縛って登校する。指先が血で滲んでいる。
授業でノートを取ることが出来ない。
縛った状態でのヘッドスライディングの練習も欠かさない。
しかしバランスが取れないため、そのまま顔面強打。のた打ち回る。

そして放課後、6人はまた唯の家へ集まっていた。



~唯の家~
唯「…………」

律「…………」

澪「…………」

紬「…………」

純「…………」

憂「…………」

唯「……ホントにあれ、演技なのかな?」

律「あれは真性だろ……ヘッドスライディングの意味が分からない……」

純「普通に接するも何も、梓が勝手に一人でいることが多かった……」

憂「うう……梓ちゃん……どうしてあんなことに……」

澪「ちょっといいか」

澪「私たちは4日間、素を出す梓を待ち構えるため、普通に接してきた」

澪「しかし日に日にエスカレート、人外へと変貌していった」

澪「私は梓が演技してると思ったけど、実際それは違った」

澪「4日前、梓の母親へ電話し、ここにみんなで集まって演技と判断した」

澪「その時点で私は大事なことを一つ見逃していたんだ」

唯「大事なこと……?」

澪「うん。もう一つの可能性」

澪「梓の母親と電話したとき『朝、そしてさっき学校から帰ってきた梓と話した』こう言ってたんだ」

律「だから梓が演技してるって結論に達したんだろー」

澪「確かにそうだな。でもな律、この発言が『ただの嘘』だったらどうだ?」

律「嘘……」

澪「つまり、私が電話を掛けたあの日、梓は家でもあの状態で、何故か母親はそれを隠していた」

澪「それが見逃していたもう一つの可能性……」

律「…………」

澪「それで今回はムギに協力してもらったんだ」

澪「ムギの知り合いに精神的なものに詳しい専門家がいるらしいんだ」

紬「初めからそうしてればよかったわ……」

澪「それでその専門家曰く、梓がこうなった原因は」

唯律憂純「…………」

澪「多大な心的外傷が原因だろうって……」

律「つ、つまり私たちといたのがストレスになって、それが溜まりに溜まってああなったって言うのか?」

紬「ううん。梓ちゃんのストレスの原因が私たちなら部活になんか来ないでしょ。それに前までの梓ちゃんはどうだった?」

唯「一緒にバンド組んで私たちと演奏して、すごい楽しそうに笑ってた……」

紬「ね? ストレスの原因は私たちじゃないのよ」

唯律「じゃあ、まさか……」

澪「母親、の可能性が高いと思う……」

憂「そ、それって梓ちゃんが虐待されてるってこと……」

澪「今日、学校の先生に話を聞いてみたんだ。この梓がマジキチの件について親は何て言ってるのか?って」

澪「『私は知らない』の一点張りらしい」

澪「病院に連れて行く気がないのか?って質問にも『私は知らない』そう答えたらしい」

澪「それに加えて梓の父親は、ひと月ほど前に、自殺してるんだ……」








唯律憂純「……え?」


紬「このことを踏まえた上で専門家の先生に原因を聞いてみたの」

紬「まず父親が自殺したことで、母親と梓ちゃんにストレスが」

紬「そして、その母親のストレスの矛先も梓ちゃんに向かったんだろうって」

唯律憂純「…………」

律「そ、それで、梓は治るのか?」

紬「そのストレスから遠ざけて、しばらく安静にしてあげれば少しは変わるんじゃないかって」

唯律憂純「…………」

憂「と、とりあえず皆さん、今日は泊まっていって下さい」

憂「明日は休みですし、少し落ち着いて休みましょう」

唯「で、でもあずにゃんが!」

紬「唯ちゃん落ち着いて。大丈夫、何とかなるわ」

律「…………」

純「…………」

澪「……私はちょっと外の空気を吸ってくるよ」ガチャ


~唯の家・玄関先~
澪(空気吸うとか言って誤魔化したけど、やっぱり梓の家に行くべきだよな)

澪(あの場で梓の家へ行くって言ったら皆ついてくるだろうし)

澪(ぞろぞろと皆で行って梓の母親刺激したら、さらに状況が悪化するし)

澪(それに梓は演技だって言い出したのは私だし)

澪(ってことは責任は私にあるわけで……)

澪「…………」

澪(よし、行こう!)


~梓の家の前~
澪(やっと着いた。梓の担任に家の場所聞いといて良かった)

澪(さて、まだ夜8時か。どうしよう。呼び鈴を押して正攻法で攻めてみるか……)

──ガッサガッサガッサ

澪(ん? 何だこの音?)

澪(庭のほうから? ち、ちょっと怖いけど行ってみようか)テクテク

──ガッサガッサガッサ

澪(怖くない怖くない怖くない)ソーッ

澪(怖くない怖──)チラッ

澪(────え?)

澪(なっ────)

澪(な……んだ……これ……)


そこには異様な光景が広がっていた。
首輪を付けられ、犬小屋と鎖で繋がれている梓の姿。
奇声を上げさせないためか、口には猿ぐつわ。
暗くてよく見えないが、泥だらけの制服を着ている。そして縄で手足が縛られている。

そして必死に穴を掘っているのだ。

指先は血で滲んでいる。
それでも掘り続けている。

何かから逃げるように。
ここから逃げたいと言わんばかりに。
頬を涙でグショグショに濡らしながら、掘り続けている。

口からはヨダレが、それが血で赤黒く滲んだ指先にダラダラと垂れていて、すごく、痛々しい。



澪(な、なんだよこれ……)


澪「あ、梓……」

梓「…………」

澪「梓……」

梓「ひお、へんはい……」グスンッ

澪「猿ぐつわを外すからちょっと待ってな」カチャカチャ

澪「よし、外れたぞ」

澪「…………」

梓「……みんなの……うう……アイドル……ひっく……あずにゃんです……グスン……」

澪「うん。みんなのアイドル、あずにゃんだ」

梓「あ……あず……グスッ……うわああぁぁん!」ダキッ

澪「梓! 泣いちゃダメだ! 声で気付かれる!」ガバッ

梓「んー!」モゴモゴ

澪「…………」

梓「んー!」モゴモゴ

澪(……な、なんとか大丈夫かな)

澪「梓……ここから逃げよう」

梓「っ!?」ビクッ

澪「分かってる。この鎖に繋がれてる杭、地面から簡単に抜けるもんな」

澪「つまり梓はいつでも自分で逃げられたんだ」

澪「でもそれをしなかった。逃げた後また捕まったら、次はどんな酷い仕打ちされるか分からないもんな」

梓「…………」

澪「でも今なら大丈夫だ。私の家に来ればいい」

梓「…………」

澪「だから逃げよう」

梓「…………」

澪「梓!」

梓「…………」コクッ

澪「よし。ほら、手つかまって」ギュッ

梓「う……///」

澪「行こう」タッタッタッ



~澪の家・脱衣所~
澪「梓、ここにバスタオルと着替え置いておくからな」

梓「…………」シャワーシャー

澪「…………とりあえずみんなに連絡か」ピロロロロ

澪「あ、もしもし律」

律『おー澪、今どこにいるんだ? 外の空気吸いに行ったんじゃないのかー』

澪「ごめん。ちょっと色々合って。梓と私の家にいるんだ」

律『梓と!? じゃあ梓は今、隣にいるのか?』

澪「いや。今はお風呂入ってるよ。まあ、脱衣所から電話してるから隣といえば隣だな」

律『そ、それで何があったんだ? やっぱり虐待とか……』

澪「うん。まだ断定は出来ないけどな。梓と少し話してみるよ」

律『分かった。じゃあ私たちは唯の家にいるから。何かあったら無理しないでこっちに来いよ』

澪「うん。ありがとう律」ピッ

澪「…………ふぅ」


──ガララッ

澪「うおっ! 梓!」

梓「…………」

澪「…………」

梓「…………」

澪(体が……痣だらけだ……)

梓「…………」

澪「梓」

梓「…………」

澪「体、拭いてあげるから……後ろ向いてくれるか?」

梓「…………」コクッ

その後、梓に下着や服を着せ、髪をドライヤーで乾かしてあげた。
乾かすために髪をワシャワシャしてあげると、ちょっと嬉しそうに笑った気がした。

そして怪我している指先を処置して、私の部屋へ通した。
気が触れた言動をとると思っていたが、その間、梓はずっと無言だった。

治療している間、学校で普通に接しようと様子を見ていた4日間を思い出した。

よくよく考えてみれば──

そのときから既に梓の制服は泥だらけで、
手は血で滲んでいて、手足は縄で縛られていたんだ……


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最終更新:2011年03月21日 01:36