――――― ――
ピリリリリ♪
澪「ん……。こんな朝早くに誰だよ……」ゴソゴソ
『着信:さわ子先生』
澪「さわ子先生……?」カチャッ
澪「はい、もしもし?」
さわ子『澪ちゃん!?』
澪「は、はい!どうしたんですか!?」
澪「(まさか……!)」
さわ子『今りっちゃんのお母さんから、りっちゃんの容体が急変したって連絡があったの!』
澪「そんな……。昨日はすごく元気そうだったのに……!」
さわ子『他の皆には私が伝えとくわ。澪ちゃんは早く病院に……!』
澪「律……!」
返事もせずに、澪は電話を切った。
近くにあった服に着替えると、震える足で家を飛び出した。
.
病院!
唯「あ、澪ちゃん!」
澪「唯!」
唯「澪ちゃんもさわちゃんから!?」
澪「う、うん……」
入口から中へと急ぐ。
もうすっかり覚えてしまった律のいる病室へと走っていく。
病室の前に着くと、二人は立ち止まった。
唯「……り、りっちゃん……?」
澪「嘘だ……」
愕然と、二人は顔を見合わせた。
病室には、誰の姿もなかった。
「澪ちゃん、唯ちゃん!」
突然名前を呼ばれ、文字通り澪たちは飛び上がった。
振り向かずとも、その声の主は紬だとわかった。
澪「ムギ、律は……!」
唯「……大丈夫、みたいだね」
振り向いて見た紬の顔を見て、
澪たちはほっと溜息をついた。
紬「りっちゃん、熱が高くて今、集中治療室にいるわ。熱が下がれば明日か明後日にはまた、
個室に戻れるって」
唯「そっか……」
澪「梓は?」
紬「もう来てるわ。車で病院に来てたときに、梓ちゃんを見かけたから乗せて来たの」
唯「そっか……」
紬「……、梓ちゃん、お医者様に必死でお願いしてた」
澪「え?」
唯「お願いって、何の?」
紬「りっちゃんの病気をちゃんと治してあげて下さいって。それで、学園祭のライブの
ステージに立たせてあげて下さいって。……お願いしたってどうにもならないことは、
梓ちゃん自身、知ってるはずなのにね」
唯「……あずにゃん」
澪「バカ律……」
紬「とりあえず、りっちゃんのところへ行きましょう?梓ちゃんもそこにいるはずだから」
.
梓「あ、先輩方……!」
近付いてきた先輩三人の姿を見ると、
梓は座っていた椅子から今にも泣き出しそうな顔で立ち上がった。
その前には、ガラス越しからではあるが、律の姿が見えた。
色々な医療機器が、律の身体を取り囲んでいた。
唯「あずにゃん、大丈夫?」
梓「そういう言葉は、律先輩に言わなきゃだめです……」
唯「……うん、そうだね。でもあずにゃんも凄く泣きそうな顔、してるよ?」
梓「私は、泣いちゃ、だめなんです……。泣くのは、先輩たちが四人で、学校を卒業
していくときだけなんです。だから、泣いちゃ、だめなんです……!」グッ
唯「……、りっちゃん、きっと治るよ、大丈夫」ギュッ
澪「律は生命力、強いからな。こんなことじゃへこたれないよ」ポンッ
紬「皆で学園祭でライブするって、りっちゃん自身言ってたんだもの。りっちゃんは
約束を守ってくれるよ」ナデナデ
梓「……はい」
ガラスの向こう側で、確かに律は必死で生きようとしていた。
自分達はただ、それを「頑張れ」と言って見ているしかない。
梓「(それでも、律先輩の役に立ってるんなら……。私はいくらでも叫びます、
律先輩頑張れって。またもう一度……五人揃って演奏したいよ、律先輩……)」
ドア スー
ドアが開いて、白衣を着た医者禿げ頭の医者が出てきた。
それと同時に、駆けて来るさわ子の姿も見えた。
さわ子「みんな、りっちゃんは!?」
律母「山中先生!」
医者の後から出てきた律の母親は、さわ子に駆け寄って行った。
そして、しきりに頭を下げている。
唯たちが首を傾げて見ていると、律の母親と一緒にいた男の人が、唯たちに近付いてきた。
澪「あ、おじさん、お久し振りです!」ペコッ
唯「おじさん?」
律父「澪ちゃん、久しぶり。それから軽音部の皆さんは始めまして。律の父親です。
いつも娘がお世話になっているそうで」
紬「いえっ、そんな!」
律父「今回は本当に危険だったんだ。もしかしたら、もう命はなかったかも知れない」
梓「……え」
律父「けど、君たちが来てくれると励ましたら、何とか持ち直してね。本当に律は、
軽音部が大好きなんだな」
澪「……そうだと、嬉しいです」
律父「……本当にこんな朝早くに。律は愛されてるんだなあ、と思ったよ。ありがとう」
唯「だ、だめです!」
律父「え?」
唯「今私たちにお礼言っちゃ、だめですよ!」
澪「ちょ、唯!?」
唯「りっちゃんが元気になったときに、りっちゃんに言ってあげてください!
私たちじゃなくって!今そんなこと言っちゃ、死亡フラグ立ってるみたいじゃないですか!」
紬「唯ちゃん……」
唯「すいません……、変なこと言っちゃって……」ジワッ
律父「……。そうだな、すまなかった」
唯「い、いえ、私こそ……!」
律父「だけど、言わせてくれないか?本当にありがとう」
唯「……っ」
律父「……君たちには伝えておかないといけないことがある」
梓「どういう、ことですか……?」
律父「今、持ち直したとしても、律の命は長くないらしい」グッ
――――― ――
頭の奥が呆として、ズキズキ痛む。
身体が重くて、思うように動かせない。
目を開けてみた。
暗い部屋に、幾つもの機械がピコピコと動いていて、身体が動かせないのは
病気のせいではなくその機械に繋がれているからだと悟った。
もう、ダメなのかなあ。
そんなことを思って、ハッとした。
何を考えてるんだ、私は。
ちゃんと治して、生きるって決めたんだ。
生きなきゃいけない!
なのに……。
どうしてこんなにも、私の身体は、熱いんだろう。
朦朧とした頭は、次第に私の考える気力さえも奪って行った。
私は再び、深くて真っ暗な眠りの底に堕ちて行く。
――――― ――
次の日!
ザワザワ
律「……んっ……」
澪「律!」
唯「りっちゃん、大丈夫!?」
律「……澪、唯?」
紬「気分はどう?」
梓「変な感じ、しませんか?」
律「ムギに梓まで……どうしたんだよ皆、こんな早くに」
梓「こんな早くって、もう昼回ってますよ」
律「え?……ほんとだ」
澪「……なあ律。学園祭の話なんだけどさ」
律「やる!先生にも外出できるように頼むから!」
澪「……やっぱり止めよう。私たちもライブしない」
律「……は?な、何でだよ!?」
梓「律先輩、落ち着いてください」
律「これが落ち着いてられるかよ!」
紬「……りっちゃん、私たちだってライブ、したかったよ?でも、りっちゃんと一緒じゃ
なきゃ、意味ないから」
律「なんだよそれ!だから私は……!」
唯「りっちゃん!」
突然の唯の大声に、
律はびくっとして唯を見た。
唯「りっちゃん、手術して」
律「……!」
唯「手術しなきゃ、りっちゃんは死んじゃうんだよ!?お願いだから、私たち、
もう一緒に学園祭出ようとか、軽音部続けてとか、言わないから!」
梓「律先輩が今まで手術しなかったのは、腕が動かなくなるからなんですよね!?
ドラムが続けられないから、そうなんですよね!?私たちだって、律先輩のドラム聴けなく
なるのは嫌です、だけど律先輩がいなくなっちゃうのはもっと嫌なんです!」
律「……んだよ、それ……!意味わかんねーよ、私が死ぬわけないだろ!?
ちゃんと治すって言ったじゃんか!なのに何でそんなこと言うんだよ!
学園祭、絶対出るから!絶対だ!」
澪「律……」
.
律母「……そう」
律父「どうしても出るって言って聞かないそうだ」
医者「……」
医者「よし、わかった」
律母「え?」
医者「お母さん、お父さん。確かに昨日、手術をしたら何とかなるかも知れないとは言いましたが、
娘さんの命が絶対に長くなるとは限りません」
律父「……はい」
医者「賭けてみませんか。律ちゃんのお友達に」
律母「どういう……?」
医者「学園祭のステージに、立たせてあげましょう。あの子のお友達なら、きっと
律ちゃんを無理させないはずだろうし、一日くらい、任せたって安心だ。それに、
学園祭が終われば律ちゃんも手術を受けると言い出すかも知れませんし」
律父「……」
医者「どうです?」
律母「でも、そうすることでよけいに酷く……」
律父「わかりました。賭けてみましょう」
律母「そんな!」
律父「どうせもう、長くない命だ。律に好きに使わせてやりたいだろ」
――――― ――
胸の辺りがむかむかする。
何で学園祭に出るななんて言うんだよ……。
「律」
低い声が私の名前を呼んだ。
布団から顔を覗かせると、父さんがいた。
「調子はどうだ」
「最悪」
そう答えると、父さんは「そうか」と笑った。
「なあ、律。学園祭に、どうしても出たいのか?」
「……うん」
何で父さんがその話を持ち出すのか。
軽音部のことなんて、何も興味なかったくせに。
「父さんが先生に頼んできた」
「……え?」
「学園祭の日の外出許可が出たぞ」
私は父さんの言葉に吃驚して飛び起きた。
父さんは、優しい顔をして私を見ていた。
――――― ――
ドア スー
「……」コソコソ
律「何こそこそしてんだよ皆」
澪「うっ」
唯「だ、だって昨日の今日だし……」
紬「りっちゃんまだ怒ってるかなーって……」
律「もう怒ってねーよ。それより医者から外出許可が出たんだ!だから……」
律「へえ?まあこれで、学園祭の件は一件落着!ちゃんと練習しなきゃな」
澪「それなんだけど、学園祭の日までは律は絶対安静な」
律「はあ!?」
梓「張り切りすぎて熱とか出されたら困りますから」
紬「りっちゃんも元気な状態で出たいでしょ?」
律「……わかったよ」ムウ
唯「暇なときは私が相手してあげるよ、りっちゃん!」
澪「逆にお前は練習しろ」
唯「ほーい……」
澪「あと律。ちゃんとした練習はしちゃだめだけど、譜読みくらいはしておけよ」ピラッ
律「ん?何これ。新曲?」
唯「りっちゃんにちょっと早い誕生日プレゼントと思って受取ってよ!」
律「いや、思えないし。『ごはんはおかず』って、絶対誕生日プレゼントの歌詞に思えないし」
唯「むう」
澪「それじゃ、私たちは練習するために帰るな。絶対じっとしとくんだぞ?」
律「おう!」
廊下!
澪「(本当に、これでいいのかな……)」テクテク
紬「澪ちゃん」
澪「え、なに?」ピタッ
紬「大丈夫よ、きっと」
澪「……ムギ」
紬「りっちゃん、元気になってくれるんじゃないかなあ、ライブで皆と演奏したら。
何となく、そんな気がするの。だから大丈夫よ」
澪「……うん、そうだよな。ライブ終わったらまた、手術するように言えばいいし。
とりあえず今は、律にとっても、私たちにとっても、最高のライブにするように頑張らないとな!」
唯「みおちゃーん、ムギちゃーん、早く学校行こうよー!」
梓「置いて行っちゃいますよー!」
紬「すぐ行くわー!」
クルッ
紬「そうよ澪ちゃん、りっちゃんの分もちゃんと練習して、それで学園祭、皆で
笑いましょう」
澪「……うん!」
最終更新:2011年03月24日 22:52