それから暫くの間、澪たちは病院に来なかった。
私は一人、黙々と譜読みを進めた。

たまに手や足を動かして確認してみる。
早くドラムを叩きたくて仕方がなかった。
早く、皆と演奏したくて仕方がなかった。

『ごはんはおかず』と『U&I』
どちらの新曲も、唯が作詞らしい。
なんだかなあ、唯らしくあり唯らしくない。

「U&Iとかムギか梓の歌詞に思える……ケホケホッ」

最近、咳が止まらない。
風邪じゃないといいけど。
ちゃんと早く寝なきゃな。

学園祭まであとちょっとなんだから。

――――― ――


学園祭当日!

唯「りっちゃん、最近病院行けてなくてごめんね。学校始まって色々忙しくて……」

律「いいよ別に!」

澪「随分ご機嫌だな」

律「当たり前だろ!」ニッ

澪「……うん」

医者「それじゃあ律ちゃん。何かあったらすぐ病院に戻ってくること。いいね」

律「はーい」

紬「ライブは昼からだし、その間、どこか回る?それとも練習する?」

律「練習しよう!」

梓「いつもは練習しようなんて言わないくせに……」

律「久しぶりなんだもん、仕方ないだろー。ほら、早く学校行こうぜ!」フラッ

梓「律先輩!」

律「……っ!……あー、大丈夫大丈夫」ヘラ

律母「やっぱりやめといたほうが……」

医者「……そうですね」

律「!い、行かせてよ!学園祭出たいんだよ!」

医者「……しかし、それで君の体調が悪くなっても僕は責任を持てないよ」

律「っ!」

梓「お願いします!」バッ

唯「わ、私からも!」バッ

紬「私も!」バッ

律「皆……」

澪「何かあったらすぐに病院に連絡します!だからお願いします!」バッ

医者「……元々この提案をしたのは僕だ」ハァ

律「じゃあ!」パアッ

医者「但し、予定は変更だ。ライブが終わったらすぐに戻って検査。後、学校へは
歩いてではなく、車で行きなさい」

律「はいっ!ありがとうございます!」



部室!

紬「りっちゃん、久しぶりの部室、どう?」

律「なんか……帰ってきたなあ、って感じ」

澪「なんだよそれ」ククッ

唯「りっちゃん、それじゃあ早く練習しよう!」

律「おう!」

梓「……大丈夫そうですね、律先輩」コソッ

澪「……うん」

ガチャリ!

さわ子「皆、揃ってる!?」

律「おっす、さわちゃん!」

さわ子「……揃ってるわね」フフッ

安心したようにさわ子は笑うと、
どこから取り出したのか、『放課後ティータイム』と書かれた自作であろうTシャツを
みんなの前に広げた。

さわ子「みんなのために一夜漬けで作ったのよ!」

一同「……」

さわ子「あれ?」

律「やるじゃんさわちゃん!」

唯「すごーい、可愛い!」

澪「最後の年にやっとまともなの作ってくれたな……」

さわ子「(あー、これ、これなのー!)」フルフル

キガエキガエ

律「よっしゃ、準備万端だな!」

唯「いえっさー、りっちゃん隊員!」

律「そんじゃあ、行くぞー!」

一同「おー!」


律「……なんか緊張してきたな……」

唯「えー、りっちゃんがー?」

律「私だって緊張するっつーの!……ケホケホッ」

澪「律、大丈夫か!?」

律「ただの咳だよ、大袈裟すぎ」

梓「……あ、幕が開きます!」

ザアアアアア

律「よっしゃあ!……って、あれ?」

唯「何これ……」

梓「皆私たちと同じTシャツ着てる……」

和「さあ皆さん。お待ちかね、桜高の目玉イベント……放課後ティータイムの演奏です!」

澪「和!?」

梓「どういうことですか!?」

和「落ち着いて。Tシャツは山中先生が作ってくれて、始まる前に私たちで配ったの」

唯「ありがとうございますっ!山中先生っ!」

和「それじゃあ頑張って。律も」

律「……おう!」

ギターを構えなおす唯と梓。ムギは大きく頷く。澪も、律を振り向くと、頷いた。

律「行くぞ、1、2、3、4!」


唯「終わった……」

澪「終わっちゃったな……」

紬「ちゃんと練習出来てたかまったく覚えてないわー」

梓「ていうかTシャツのサプライズで全部吹っ飛びました」

律「……」

唯「りっちゃん……?」

澪「律!?」

紬「大変、救急車……!」

梓「落ち着いてください、先輩方!律先輩、眠ってるだけじゃないですか?」

律「」スースー

澪「……あ、ほんとだ」ホッ

カチャッ

さわ子「みんな、お疲れ様!……りっちゃん、疲れて寝ちゃった?」

唯「そうみたい」ヘラ

さわ子「……最高の演奏だったわよ、皆」ボソ

唯「……うん、すっごく楽しかった」

梓「律先輩のドラム、今日は最高に良かったです!」

澪「良かったよな、これで!良かったよな!」

紬「うん、とっても良かった!」

唯「りっちゃんも、きっと良かったって思ってるよね!?」

さわ子「大丈夫、思ってるわよ。見て、この幸せそうな寝顔」フフッ


目を覚ますと、いつのまにか学校じゃなく、病院に居た。
ベッドに寝かされている。

「あれ……?」

重い頭を持ち上げて、身体を起こす。
きょろきょろとしていると、主治医の先生が入ってきた。

「目が覚めたかい?」
「……はあ」
「身体のほうはどう?しんどくない?」
「うん……」

頷くと、主治医は「そうか」とだけ言って出て行こうとした。
私が「検査は?」と呼び止めると、「もう終わったよ」と暗い声で言った。

――――― ――

律母「……え?」

律父「手遅れ、ですか……?」

医者「……手術は出来ません」

律母「な、なんでなんですか!?」

医者「落ち着いてください、お母さん」

律父「どういうことですか、先生」

医者「……律ちゃんの身体は、だいぶ無理したようで、体力が残っていません。
しかし、手術はある程度の体力も必要です。今の律ちゃんでは、到底耐え切れないでしょう」

律母「でも、それならある程度体力が戻れば……!」

医者「出来ません。今の医療技術では、出来ません……」

律母「そんな……」

医者「律ちゃんの脳にもう一つ、転移していたんです」

律父「……!」

医者「もう、持ってあと数ヶ月でしょう」


澪「あ、律、目が覚めたか?」ヒョコッ

律「お、澪。ライブの後寝ちゃってたみたいだな。ごめんな?」

澪「いや、別にいいよ」

律「あれ、他の皆は?」

澪「……外だよ」

律「そっか」

何となく、沈黙が訪れる。
澪は、さっきからずっと俯いていた。律の母親が泣いていた。
その光景を見て、何があったのかは聞かずともわかってしまっていた。
他の皆は、律の父親に呼ばれていた。澪だけ、律の傍にいてやってくれと言われて、
今ここにいる。

律「なあ澪」

澪「……ん?」

律「私、もうすぐ死ぬのかな」

澪「……え?」ドキッ

律「……なーんてな!んなわけねーだろ!私元気いっぱいだし!」

澪「うん……そうだよ、律が死ぬわけ、ないよ!」

律「澪」

澪「……なに?」

律「私、ライブやったこととか全然後悔してないから。寧ろやらなかったほうが
ずっと後悔したし。だからやってよかったよ」

澪「……うん」

律「生きてて良かった、って思った。落ち込んでる時、澪たちが私を励ましてくれないと、
今私、生きてなかったかも知れない。だからありがとな、澪」

澪「……なんでそんなこと、今言うんだよ」

律「言えるうちに言っとこうかなって思ってさ」

澪「!」

律「澪?」

澪「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」ダッ

律「……ん」



廊下!

唯「あ……、澪ちゃん」

澪「!」

紬「……ヒック」

梓「……先輩……」グスッ

病室を出ると、ドアの付近に三人が座り込んでいた。
皆、肩を震わせ泣いていた。

澪「……皆、どうしたの……?」

怖いのに、澪は聞いていた。
本当はわかってるのに。藁にも縋る思いで、違う答えを言ってほしくて。

唯「りっちゃん、ね……」ヒック

紬「あとちょっと、しか……生きられないって……」

澪「……」

何も言えずに、澪はその場に足から崩れるようにして座り込んだ。
梓が、もう堪えることが出来なくなったのか、すすり泣きから人目を憚らずに
大きな声で泣き始める。

澪「……嘘だ、そんなの……」

澪「嘘だ……!」

誰かに嘘と言って欲しかった。
だけど、誰も言ってはくれなかった。
皆の泣き声が、本当なんだと澪に思い知らせた。


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最終更新:2011年03月24日 22:53