憂にとって、ここは第二のわが家のようなものであった。
私にとっての平沢家も同様である。

私たちの両親も私たちの関係を受け入れてくれた。
「子供の幸せを親が無理やり崩すことなんてできない」
と言っていた。

私のお母さんも、「憂ちゃんは本当にいいお嫁さんになってくれそうね。」
って言ってた。
お母さんの中の私は家事が全くダメな設定なのか。

しばらく、話をして過ごした後、

「それじゃあ私もそろそろお風呂入ってくるね。おやすみなさい。」

「うん。おやすみ、憂。」

憂は部屋から出ていった。

私も布団をかぶり、眠りについた。


次の日。

熱は相変わらず。
喉の痛みも辛い。
汗びっしょり。

なんか変な夢を見た気もするが、よく覚えていない。

「喉渇いた…」

ゴクリ。
憂のくれたポカリを飲み干す。
乾いた体に水分が浸透する。

コンコン

ノックの音の後、

「おはよう、梓ちゃん。」

憂が来た。

「おはよ…」

「梓ちゃん…まだ喉痛いの?」

「うん…」

「それじゃあ、薬局で痛みを押さえるスプレーみたいなの買ってくるね。」

「助かるよ。」

「そう言えば、お父さんとお母さんは?」

「あ、二人なら安心して出かけたよ。梓の事は頼んだ、だってさ。」

「そっか、よかった。」

二人とも、ああ見えても結構親バカなんだよなぁ…
それだけ憂が信頼されてるってことかな。

「そうだ、熱測ってみる?」

「うん。」

温度計を腋に挟む。

8℃2分。
また少し下がっていた。

「下がってる…」

「よかった。」

憂も喜ぶ。


朝も昼も、憂が作ってくれたご飯を食べ、薬を飲む。
その後、憂は薬局とスーパーに行くために出かけた。
私はベッドで休養をとる。

憂のご飯は本当においしい。
風邪で弱った体に十分な栄養を与えてくれる。
今は簡単なものしか食べれないけど、治ったらもっとおいしい物が食べたい。

それにしても、
私よりももっとたくさん憂のご飯を食べていた唯先輩が正直羨ましい。
もっと早く憂に出会えていたら…
と悔やんでも仕方ないか。

私はこう思った。
それなら私は、これからもっともっと憂のご飯を食べていけばいいと。
そのためには早く風邪を治さなきゃ。

「ただいま。」

「おかえり。」

憂が帰ってきた。

「これ、喉のスプレー。薬局にあったよ。使ってみて。」

「わかった…」

さっそく口をあけて、スプレーを使用する。

「ひゃっ!?」

喉に刺激が!

「梓ちゃん!?」

「これすっごい滲みるよ…」

「あはは…仕方ないよー」

「うう、ひやっとする…」

あまり心地よいものではない。

でも…

「あれ?痛みが引いた?」

「ほんと?」

「そんな事ないか…」

「なんなら、もっと使ってみたら?」

「考えとく。」

効果は、あったのかな?

その後は夕ご飯を食べ、ベッドで安静に。
風邪を治す秘訣は…

そう。栄養と休養だ。
どんな薬よりも最良の治療法である。
これはお母さんの受け売りなんだけど。

それに加えて、憂の介抱がある。
憂は同い年の高校生なのに、まるでお母さんのように私を優しく思いやってくれる。
唯先輩が甘えたくなるのもわかる。
これなら風邪もあっという間に治りそう…かも?

去年は憂が風邪を引いた。
その時に私が介抱できなかったのが心残りだ。
また憂が風邪を引いた時には、精一杯の介抱をしてあげたい。(もちろん彼女がいつも元気でいてくれれば、それに越したことはないのだが。)
そのためには料理ももっとうまくならなきゃ!


そして深夜。
ふと目が覚めてしまった。


今日は憂に体を拭いてもらった。
ふと、それを思い返す。
そしてドキドキする。

なぜかというと、
体を拭いた際に「いろいろ」あったのだ。
その事を思い出しただけで体が火照る。

手が自然に下腹部に伸びる。
股も熱を帯びてくる。

しかし私はぐっとこらえて、体と心を落ち着かせた。
そして、早く眠れるようにと心の中で念じた。

いつしか私の意識は夢の中へ落ちていった。



夢を見た。
大きなトンちゃんがふわふわと自分の部屋の中を漂っている夢だった。
目を覚ました際に、ふとトンちゃんの事が心配になった。
だが、餌やりは他のみんながやってくれているだろう。
そう信じることにした。
まだ朝早かったので、私は二度寝をした。



病人生活3日目。
日曜日である。

起床。

熱も喉の痛みも心なしか引いたような、そんな気がする。
熱を測ってみる。

7℃3分。
明らかに下がっている。
私の体は汗をいっぱいかいて、熱を十分に下げてくれたようだ。
ぶり返さないように注意しなければ。

「おはよ、よく眠れた?」

まるで何事もなかったかのように接してくる憂。

「何とか。」

この時ばかりは憂が恨めしく思えた。

今日の朝も、憂のひと工夫のお陰で飽きることなくご飯を食べれた。
このまま毎日憂が作ってくれればいいのに…ってそれはお母さんに失礼か。

大学生になったら憂とは同棲する予定だ。
今よりも憂のご飯を食べる機会も多くなるだろう。

もちろん、その時は私も憂にご飯を作ってあげるつもりだ。
その事も見越して、私自身の料理スキルの上達が現段階での課題である。


正午

ふと、私のムスタング、むったんが視界に入った。

そう言えばまともに自主連できてなかったな…
もしかしたら、腕も鈍ってるかも…
考えすぎか。

私はベッドから出て、むったんを手に取る。
弦を軽く弾いてみる。
無機質な、乾いた音がした。

「やっぱり、寂しかったよね…」

むったんに語りかける私。

「ごめんね、むったん。明日からはいっぱい使ってあげるから。」

また弦を弾く。
むったんが返事をした気がした。

「よしよし、むったん。いい子だよ…」

私が語りかけるのに合わせて、弦を弾く。
感情によって使い分けてみる。

この妙な遊びにすっかりはまってしまい…

「むったん、ねんねの時間だよ。」

「梓ちゃん、お昼ご飯だy…」

「へっ、憂!?」

お昼ご飯を持ってきた憂に見られてしまった。

「何してるの?」

「いや、練習だよ練習!!どうも腕が鈍っちゃったみたいでさ~!」

「そっか~でも無理はしないでね…」

「う、うん!」

必死にごまかす。
何とかごまかせたかのようで、ごまかせてないのかもしれない。


お昼ご飯を食べ終え、薬を飲んだその時、

イチニサンシゴーハン

「あれ、メールだ。」

「ほんとだ。しかも4件も…」

「差出人は…唯先輩、律先輩、澪先輩、ムギ先輩…?何で同時に?」

「あのね…昨日、お姉ちゃんが電話してきて、あずにゃんは元気かって訊いてきて、それで梓ちゃんの風邪の事をお姉ちゃんに伝えたの。」

「そうなの…?」

「そしたら、みんなで一人ずつ励ましのメールを送ろうっていう話になったみたい。」

「なるほど。」

唯先輩には何かの予知能力でも備わっているのか…?

―――

ムギ先輩から
「新しい軽音部にはもう慣れましたか?
この先、例えどんなに辛い事があっても、あなたは一人じゃない。
大切な仲間がいつでもそばにいてくれる。
だから、みんなを信じて、これからもがんばって。

どうかお大事に。紬より。」

優しい、心がこもっている文だった。
みんなを信じる、か…

―――

澪先輩から
「辛い事があったら、一人で抱え込まずに、遠慮なく相談するんだ。
 きっと、答えが見つかるはずだから。
 もちろん私たちに相談してくれてもオッケーだ。
 私たちはいつでも梓の味方だから。

 よく食べて、しっかり寝るんだぞ。澪より。」

とても元気づけられた。
澪先輩はやっぱり頼れる存在だと実感できた。

―――

律先輩から
「あちゃ~梓の奴、とうとう風邪引いちまったのか…
 もしかして何か無理をしてないか?
 一昨日の私もそうだったから、何となくわかるんだ。
 悩みはちゃんとみんなと話をして解決しないとダメだぞ。
 その方がみんなに迷惑がかからないと私は思う。

 早く治せよ。律より。」

一昨年の軽音部を襲った危機を思い出した。
私もこれとおんなじ状況かもしれない。

―――

そして、唯先輩は
「あずにゃん!
 こないだ、学食でとっても美味しいソフトクリームをみんなで食べたんだよ!
 あずにゃんにも食べさせてあげたかったな~
 そうだ、あずにゃん、今度の休みに憂と一緒に3人でお出かけしようよ!
 おいしいクレープのお店、連れてってあげるね!

 風邪なんかに負けるな!唯より。」

本当に、唯先輩らしいというか…
思わず二人で笑ってしまった。

「あれ、続きがある…」

「ほんとだ…これって、ソフトクリーム?」

画像付きだった。
本当においしそうなソフトクリームであった。

―――


「みんな、梓ちゃんの事心配してるんだね。」

「うん、だから私もメールを返信しなきゃ!」

私を励ましてくれた先輩一人一人に心をこめたメールを返信した。
内容は一人一人別々にした。
とはいっても単純な文章だが。
それでも感謝の気持ちはきっと伝わるはず。
そう信じる。

先輩たちをガッカリさせないために、そして私たちの軽音部のためにも明日から頑張んなきゃ!
ファイト、私!

その夜、お母さんお父さんが帰ってきた。
私は1階に下りて食卓につけるまでに回復していた。

夕飯はお母さんのご飯を4人で食べた。
量は少なめだけど普通の食事がとれている。
そう言えば喉の痛みもほとんどない。
やっぱり、健康っていいな。

食卓は演奏会の土産話で盛り上がっていた。
楽しそうに話す親の笑顔を見て、機会があれば私もぜひ行ってみたいな…とさえ思えた。

お土産のお菓子もとってもおいしかった。
憂もすっかり家族の一員に加わっていた。

あと、お母さんのご飯も、憂のご飯とは違った意味で美味しかった。
このまま毎日憂が作ってくれればいいのに…なんて思ってゴメンナサイ。

「それじゃあ、私はこれで帰ります。」

「憂ちゃん、本当にありがとうね。」

「いえいえ。」

憂のお陰でお父さんお母さんは演奏会を心おきなく楽しめたのだろう。

「あのね、憂がこの三日間そばにいてくれて私、本当にうれしかった。ありがとう。」

「どういたしまして、梓ちゃん。」

憂には感謝してもしきれないな。

「じゃ、また明日ね。バイバイ。」

「うん、おやすみなさい。」

「おやすみ。」

こうして、私の「憂と過ごす病人生活」は終わりを告げたのである。


・・・・・・・・

私はベッドで布団をかぶり、眠ろうとしていた。

目が覚めたら、きっと風邪もすっかり治っているだろう。
体もほとんど元気になっているはず。

休息の時間はもう終わり。
明日からは受験生、そして軽音部の部長として頑張らなければならない。
みんなのために。
そして、私に「温もり」を与えてくれた憂のために。

私は心も体も憂の「温もり」に触れ、温められた。
憂との出会いをくれた神様に心から感謝したい。

明日に、そしてこれからすべきことがいくつも思い浮かんできた。

軽音部の事。
料理の事。
憂とのデートの事。

色々あるけど、私にとってはそのどれもが大切なことだ。

「とりあえず、出来ることから一つずつしっかりとこなしていけばいいよね?」

と思いつつ、瞳を閉じて眠りについた。



未確定要素であふれた明日へと一歩踏み出すために。



おしまい!



最終更新:2011年03月27日 00:06