唯「はぁ」
私はその日何度目かのため息をついた。
軽音部のみんなに無視されるようになってから、もう二週間か…
考えて、また憂鬱になる。
理由はわかっていた、そう、全て私が悪いのだ。
二週間前、文化祭本番の日、私はギターを家に忘れてしまうという、
ありえないミスをしてしまった。
必死に走って、家まで取りに帰ったけど、ライブには間に合わなかった。
私は泣いて謝ったけど、三人は許してはくれなかった。
私のせいで初めてのライブを台無しにしてしまったのだ、
謝ったくらいで許してもらえないのも当然だった。
だけど…その日から三人は私を無視するようになった。
ムギちゃんは私にだけ紅茶もお菓子も出してくれなくなったし、
りっちゃんと澪ちゃんも、私が話しかけても返事すらしてくれないようになってしまった
私は何度も何度も謝ったけれど、みんなは聞いてくれなかった。
「もう絶対みんなに迷惑かけないようにするから!ギターももっとたくさん練習するから!
だからお願い、嫌いにならないで!」
どんなに謝っても、返事を返してはくれなかった。
唯「はぁ」
私は部室に行く元気もなく、公園のブランコに座って時間をつぶしていた。
いったいどうしたら、許してもらえるのかな。
またみんなとお茶を飲んだり、おしゃべりしたり、したいなぁ。
ふと顔をあげると、ギターを背負った中学生くらいの女の子が、
遠くからじっと私のほうを見ていた。
私と目が合うと、女の子は視線をそらして行ってしまった。
中学生でギターをやってるなんて、めずらしいな。
そんなことを思った。
そうだ、バンドができるのは、なにも軽音部だけではないのだ。
ライブハウスにいけば、ギターを募集しているバンドなんてたくさんあるだろう。
私はもうみんなから嫌われてしまったようだし、
別のバンドに入って、そこでギターを続けようかな…
そんな考えが頭をよぎる。
だけど、思い出してしまう、部室での楽しいティータイムを、
みんなとの楽しかった思い出を…
やっぱり私は、みんなと、軽音部のみんなと、ずっといっしょにやっていきたい。
翌日の放課後、私は音楽室の前まで来ていた。
みんなに許してもらえるまで、何度でも、何度でも謝ろう。
そう決意してここまで来たけれど、いざとなると手が震えてしまう…
またみんなに無視されてしまうんじゃないか…
そう思うと、ドアを開けることが、どうしてもできなかった。
そんな私の耳に、部室の中の話声が聞こえてきた…
紬「ごめんなさい、昔の癖で、今日はお菓子持ってきすぎちゃった」
律「おおー、たしかにすごい量だな、三人じゃ食べきれないな」
澪「でも、唯ならこのくらい、ぺろっと食べちゃいそうだな…」
律「おい!澪、やめろよ! 唯の話はするなって言っただろ!」
澪「あ…ご、ごめん…」
紬「しばらくは、唯ちゃんのことは話さないようにしようって、三人で約束したでしょ?」
澪「そうだった…ごめん、二人とも」
そんな…りっちゃん…ムギちゃんまで…
私はドアに背を向けて走りだしていた、目からは涙が溢れ出していた…
…
私はまた、公園のブランコに座って、泣き続けていた。
唯「うう…みんなぁ」
私はやっぱりみんなに嫌われてしまっていたのだ…
もう、以前のような関係にはもどれないのだとわかった。
唯「うう…そんなの…嫌だよぅ」
涙がとまらなかった。
女の子「どうして…泣いているんですか?」
声がして顔をあげると、昨日みかけた女の子が立っていた。
女の子「なにか…悲しいことでも、あったんですか?」
女の子は悲しそうな顔をして、語りかけてくる。
女の子「私でよければ…相談に、乗りますよ」
公園で泣いている、見ず知らずの人に話しかけるなんて、変わった子だな、と思った。
だけど…
唯「うう…うわあああぁん」
見ず知らずの人に抱きついて、声をあげて泣いている私のほうが、
よっぽど変わっているのかもしれない…
そう思った…
女の子「…落ち着きましたか?」
私が泣いている間、ずっとやさしく抱きしめてくれていた女の子が、
そう聞いてきた。
唯「うん、ありがとう、見ず知らずの私に、ここまでしてくれて…」
女の子「いえ、ただ…ほうっておけなかっただけです…」
女の子「それで…どうして、泣いていたんですか…?」
私はこの二週間の出来事を彼女に話した。
だれかに悩みをうちあけただけで、私の心はずいぶんと軽くなった。
だれかと話をすること自体、とてもひさしぶりのように感じた…
女の子「…そうだったんですか……」
話を聞き終えた彼女は、悲しそうに呟いた。
女の子「…ごめんなさい…私では、力になってあげられなくて…」
唯「ううん!話を聞いてもらえただけで、すごく気が楽になったよ、
本当にありがとう!」
女の子「そうですか…よかった…」
そう言って彼女は僅かに微笑んだ、とても綺麗な笑顔だった。
そのとき、彼女が昨日と同じようにギターを背負っていることに気づいた。
唯「あなたも、ギターをやってるの?」
彼女も私がギターを持っていることに気づいたようで、同じことを口にした。
女の子「あなたも、ギターをやってたんですか…?」
唯「うん、まだ初めて1年もたってないんだけどね、あなたはいつから?」
女の子「私は…小学四年生のときから…」
唯「へぇー、すごいね」
女の子「親がジャズバンドをやっていたので…」
唯「ねえ、もしよかったら、一緒に演奏してもらえないかな?」
女の子「え?ここでですか?」
唯「うん、もうずっと誰かと演奏してなかったから…だめかな?」
女の子「もちろん、いいですよ」
私は彼女の返事を聞く前にケースからギー太をとりだしていた。
女の子「いいギターですね」
唯「うん!これを買うために、みんなもバイトしてくれたんだ」
彼女もケースからギターを取り出した、ネックの細い、かわいいギターだった。
唯「それじゃあ、なにを弾こうか? 翼をください、とかどうかな?」
女の子「はい、それなら大丈夫です」
それから一時間ちかく、彼女と一緒にギターを弾いた。
それは、私にとって二週間ぶりの楽しい、充実した時間だった。
唯「今日はありがとう、とっても楽しかった」
女の子「私も、楽しかったです」
唯「あの…もしよかったら、明日もここで会えないかな…」
女の子「…ええ、いいですよ」
唯「ありがとう! あっ、名前、教えてもらってもいい?私は
平沢唯!」
梓「中野…梓です」
それが、私と梓ちゃんとの出会いだった。
その日以来、学校が終わると、あの公園で梓ちゃんと会うのが日課になった。
学校では相変わらず、みんなからは無視されていたけど、
その寂しさを、苦しさを、梓ちゃんが癒してくれるような気がした。
毎日暗くなるまで一緒にギターを弾いたり、
色々なことを話したりして過ごした。
学校のこと、家のこと、音楽のことなど、たくさん語りあった。
唯「それでね、妹がいるんだけど、しっかりしてて、とってもかわいいんだ!
家事とかもすごく上手でね」
梓「へぇ、なんだか意外ですね、唯さんの妹さんなら、もっとぐーたらしてそうな
イメージがありました」
唯「もー、梓ちゃんまでそんなこと言うの! みんなも、妹にいいところ全部
吸い取られたんじゃないか、なんて言うんだよ」
梓「ふふ、唯さんには、妹さんとは違ったいいところが、たくさんあると思いますよ」
唯「え?そうかなー、えへへ、そんなこと言われたの初めてだよ」
梓「そうですよ」
もうそんな日々が、二週間ちかく続いていた。
私は今日も放課後、一目散に公園へとやってきた。
唯「梓ちゃんは…まだきてないのか…」
いつものようにブランコに腰掛けて、梓ちゃんが来るのを待った。
梓ちゃんといると楽しくて忘れてしまうけれど、一人になると、色々と思い出してしまう。
軽音部での楽しかった日々を、それを失ってしまった悲しみを。
私は昔の自分を恨んだ、どうしてあんな大事な日にギターを忘れてしまったんだろう。
それさえなければ、いまごろは……
そんなことを考えていると、もう枯れてしまったと思っていた涙が、また溢れてきた。
唯「うう、みんなぁ、またみんなと…演奏…したいよぅ」
一度流れ始めた涙は止められなかった…
梓「…唯さん……また、泣いているんですね…」
唯「うぅ…梓ちゃん…」
梓「…また軽音部の人たちと…一緒に演奏…したいんですね…?」
唯「うん……だけどもう私は、みんなに嫌われちゃったから…」
私がそう言うと、梓ちゃんが意外なことを言い出した。
梓「明日は土曜日ですけど、部活はあるんですか?」
唯「え? うん、土曜日は毎週やってたけど、私はもう…」
梓「じゃあ、明日私と一緒に、部活に行きましょう」
唯「ええっ? 梓ちゃんと?」
梓「はい、私がなんとかしてあげます」
唯「で…でも……」
梓「それじゃあ、明日の朝、またこの公園で、今日はこれで失礼します」
唯「えっ…ちょっ、ちょっと」
梓ちゃんはそう言うと走って行ってしまった。
梓「明日、必ず来てくださいね」
そういい残して……
…………
※梓視点
私は唯さんと別れたあと、ある場所まで来ていた。
以前聞いた、唯さんの家の前まで…
ピンポーーン
ガチャ
憂「はい…」
インターホンを押すと、唯さんそっくりの女の子が出てきた、
きっとこの子が、唯さんの言っていた妹さんなのだろう。
憂「…どちらさまですか…?」
私は用件だけを伝えることにした。
梓「あの……実は………
翌日、公園へ行くと、すでに唯さんは来ていた。ちゃんとギターも背負っていた。
梓「お待たせしました、それじゃあ行きましょう」
唯「…うん…ほ、ほんとに行くの…?」
梓「はい、ほんとに行きます」
唯「だ、だけど……」
梓「大丈夫ですよ、私がついてますから」
唯「うう…」
唯さんはまだ不安なようだった、一ヶ月も無視されていたんだから、
当然かもしれない。
最終更新:2010年01月09日 02:19