クリスマス、二週間前

梓「ねえ、純」

純「なに? 梓」

梓「あの、一つお願いがあるんだけどさ」

純「うんうん」

梓「……く、クリスマス、一緒にあそばない?」

純「え? 私と?」

梓「う、うん! 二人だけで」

純「憂とかは?」

梓「あ、う、憂は唯先輩と一緒に過ごすんだって! 純もクリスマス暇でしょ? だから……ね?」

純「うん、まあいいけど……軽音部の先輩たちとクリスマスパーティやるんじゃないの? 去年みたいに」

梓「あ、こ、今年は先輩達受験だからさ、ないんだよ」

純「あぁ、そっか」

梓「ね? だから、私と一緒にクリスマス、どうかなーって」

純「いいよ」

梓「本当!?」

純「うん。一人でクリスマスなんて、寂しいだけだしね」

梓(……やった! OKもらえた!)

梓(軽音部のクリスマスパーティ断った甲斐があった!)


~回想~

律「あー、冬休みだー」

唯「また今年も、クリスマス、みんなで遊ぼうね!」

律「おう! あったり前よー」

梓「あ、あの」

唯「ん? どうしたのあずにゃん」

梓「私、クリスマスには予定が……」

唯「あー! あずにゃん、彼氏出来たんだ!」

律「何! 本当か!」

梓「い、いえ、あの」

梓(言えない……純とすごしたいからなんて、言えない)

梓「そ――そうです! 彼氏とすごすんです!」

律「なにぃぃっ!」

唯「ほ、本当に!? どんな人?」

紬「あ、梓ちゃんに彼氏……(妄想中)」

唯「あずにゃん、彼氏ってどんなひと?」

梓「え、えーと、焦茶色の髪で、明るくて、かっこよくて……、私の大切な人です」

唯「あぁ……あずにゃんに彼氏……」

梓「と、とにかく、そういうわけですから、クリスマスには先約があって、遊びに行くことができません」

律「……ま、そういうことなら、仕方ない、かな」

梓「……申し訳ないです」

律「いや、いいよ。その代わり、聖夜の夜をうーんと楽しめよ? な?」

梓「律先輩……口調がおっさんぽくなっています」

~回想終わり~


梓(すべてをかなぐり捨ててでも、クリスマスは純とすごしたいと思った……)

梓(そして、その悲願が達成された! きゃー!)

純「……梓、何さっきから身もだえしているの?」

梓「……はっ! な、何でもない何でもない。あ、クリスマス、いいんだよね? 本当に」

純「うん」

梓(やった! 私やった!)

梓は小さくガッツポーズを作る。

梓(私最高に幸せ!)

梓(クリスマスは純と一緒に……むふふ……)

純「……梓、なにそのおっさんみたいな笑み」


クリスマス一週間前

音楽室

律「今日は梓が学校を休んでいるらしい」

唯「え! そうなの? 何で?」

律「風邪をひいたらしい」

唯「え、じゃあお見まいとか行こうよ」

律「行かない! それよりもっと重大なことがある」

唯「重大なこと?」

律「梓に、彼氏が出来たということだ」

唯「ああ、言ってたね」

律「唯、これがどういうことかわかるか?」

唯「どういうこと、って?」

律「梓は暗に、『お前らみたいな非モテとは違うんだよ、ぶぁーか!』と言っているんだ」

澪「それは……被害妄想だろう」

律「被害妄想なんかじゃない! あれは梓のいやみだ! 先輩が受験勉強で汗だくになっている最中に彼氏を作るなんて! これをいやみと言わず何と言う!」

紬「確かに……一理あるわね」

澪「ムギまで!?」

紬「考えてみて? クリスマスを一緒に過ごすということは、貞操を失うということと同義だわ。梓ちゃんは私たちを、干物女、と暗に嘲っているのかもしれない」

律「そう! だから、今回のクリスマスは、梓の尾行を行いたいと思う!」

唯「尾行! いいね! 楽しそう!」

澪「おい律! 梓にもプライバシーがあr  律「澪。澪って処女だろ?」

澪「な! いきなり何を!」

律「処女だろ?」

澪「……ま、まあ」

律「私の予想では――まだ十年は、澪は処女のままだと思う」

澪「な、何でそんなこと!」

律「考えてみろ? 澪、男に触った経験なんてないだろ?」

澪「そ、そりゃあないけど。律だって同じじゃないか」

律「わーたーしーは! 聡のオシメをかえたことだってある! 当然、男のアレを見たことがあるのだ!」

唯「おお……りっちゃんがかっこよく見える」

律「それで、だ。澪は男に触れたこともない。大学も女子大だから触れる機会はないだろう。つまり――社会人になって、やっと触れる機会がある」

澪「そ、そんな! 大学生になったらいろんな人t  律「澪の性格じゃ無理無理。内気じゃん」


しゅんとなる澪。

律「まあ、何が言いたいかってーと、澪、お前後輩がさきに処女を失おうとしているんだ」

澪「…………」

律「悔しくないか?」

澪「…………」

律「あとから来たような後輩が、自分よりも早く卒業してしまうんだ。これほど悔しいことはないだろう?」

澪「…………しい」

律「ん?」

澪「死ぬほど、悔しい」

律が笑んだ。

律「そうだろう!? なあ、みんなもそうだよな!?」

唯紬「うん!!」

律「よし。じゃあ、梓のクリスマスライフを観察しようじゃないか! 皆のもの、賛同してくれるな!?」

一同「おー!」


――――

12月24日

ピンポーン、と中野家のインターホンが鳴った。

梓「はーい」

梓は玄関を開ける。

純「やほー」

梓「早かったね、五時に来るって言ってたのに、まだ四時になったばかりだよ?」

純「少しでも長く遊びたいじゃん?」

梓「まあね」

純「梓、まだ着替えてないの?」

梓「うん、どの服で行こうか迷っちゃって」

純「そんな、デートじゃないんだから、服なんかどうだっていいじゃん」

梓「まあ、それもそうかもだけど」

梓は純の着ているものを見やる。黒色のスカート、皮のブーツ、薄茶色のコート。

梓(あ、そのコート私も持ってる。それにしようかな)

梓「じゃあ、ちょっと待っててね」

言い残し、五分後。

梓「お待たせ」

純と同じコートを着た梓が現れた。

純「おお」

梓「何?」

純「すごく似合ってる。かっこいいね」

梓ははにかんだ。

梓「純も、似合ってるよ」

純「ありがと、梓」

純は微笑む。梓は自分の胸が高鳴るのを感じた。


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律「……あれは、純って娘だったっけ?」

唯「うん。憂の友達の娘だよ」

律「あれが梓の彼氏……ってわけないよな」

唯「どう見ても女の子だしね。スカート穿いてるし」

律「だよなあ。ただの友達かあ」

紬(いや、もしかしたら……ふたなり……)

唯「あ! 二人がどこかに出発するよ!」

律「よし! 追うぞ!」

唯「おー!」

澪「帰りたい……」

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梓「マフラーとか、買わない?」

純「マフラーかあ。いいかもね」

梓「じゃあ、ユニクロ行こうよ、ね?」

純「そうしよっか」

数分ほど歩いて目的地に到着。


マフラーセール中! と書かれたワゴンに二人は近づく。

純「私もマフラー、買おうかな」

梓「どんなのがいいの?」

純「赤」

梓「何で赤?」

純「かっこいいでしょ」

梓「ふうん。あ、これは?」

純「ところどころに白の斑点があるからいや」

梓「じゃあ、これ」

純「それはエンジ色」

梓「じゃあ、これ」

純「あ、いいね! それ」

純が絶賛する。

梓「あーでも、これ、二人用だ」

純「え、嘘」

梓「本当。ほら、ここに二人用って書いてある」

純「あ、本当だ」

梓「別のにしようか」

純「うーん、でも、それもかっこいいからいいよ」

梓「え、  純「それにさ、せっかく梓が選んだんだもん。全部断ってたら後味悪いしね」

梓「…………」

悪い気分ではなかった。

純「梓は何買うの?」

梓「うーん、マフラーは買っちゃったし……私は手袋、かな」

純「じゃあ、私が選んでいい? 梓の手袋」

梓「え、うん。いいよ」

純「どんなのがいい? 色は? 材質は?」

梓「ええと、純が選んだのなら、どれだっていいよ」

純「そっか。じゃあ、待っててね。選んでくるから」

言い残し、純はその場から離れた。


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律「……………………………………………………」

唯「あずにゃんたち、楽しそうだね」

律「……………………………………………………」

唯「私たち、こんなところで何やっているんだろうね」

律「……………………………………………………」

唯「彼氏、来ないね」

律「……………………………………………………」

唯「周りの店員さんの視線が痛いね」

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純「お待たせ」

そう言って、持ってきてくれたのは毛糸の赤色の手袋だった。

梓「ありがとう、純」

純「ひと足早いクリスマスプレゼント、ね」

梓に手袋を手渡す。

二人はレジに向かった。



手袋の入った包みとマフラーの入った包みを、各々が持っている。

純「あ、次はゲーセン行こう、ゲーセン」

梓「えー、雰囲気でないなあ」

純「いいじゃんゲーセン。楽しいよ?」

梓「まあ、純がいいなら、行くよ」


ゲームセンター店内

梓「うわー。音うるさい」

純「え? 何?」

梓「音うるさいね!」

純「ああ、だね。まあ当たり前じゃない?」

梓「あ、あのUFOゲーム面白そう」

純「ああ、あれ? 私、この前特大のうまい棒とったことあるよ」

梓「へえ、本当! 今回も何かとってみてよ!」

純「まかしといて」

キャッチャーゲームの周囲をうろうろと回る純。

梓「何してるの?」

純「いや、首尾をね」

梓「しゅび?」

純「うん……、あ、このキティちゃんはいける」

純は本体に二百円を投入する。

梓「純、あのs  純「しっ! 黙ってて!」

梓「う、うん」

純「……アームが斜めに降りるヤツだから、あそこに下ろして……」

純「……いや、でもこのアームの爪はあまり広がらない……」

純「…………まあ、いけるかな」

純はレバーを操作、キティの真上ちょっと前まで移動し、アームを下げる。

キティの腹部をがしっ、と掴んだ。

純「やりぃ!」

そのままアームが上に……キティがアームから、すり抜けるようにして落ちた。

そのまま、何も掴んでいない状態でアームが元の位置に戻ってくる。

梓「……あれ?」

純「いや、違うよ? 別にこれからが本番みたいなものだし?」

純「今までのが腕ならしって感じだから」

弁解するように言った後、純は再び二百円を投入した。

また失敗した。


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最終更新:2011年03月29日 22:23