梓「澪先輩!これを書いたのは、澪先輩ですか?」
私は興奮しながら尋ねていた。
澪「いや、私も始めて見た、なんだろう、これ?」
私はこれが、この状況を打開するためのヒントなんだと、
なぜだか、そう思った、メッセージの意味はさっぱりわからなかったけど、
そう考えると、また元気が沸いてきた。
梓「すいません、用事を思い出したので、今日は失礼します」
そう言って、音楽室を出て行こうとすると、澪先輩に呼び止められた。
澪「あ、まって」
澪先輩は一枚のわら半紙を取り出した。
澪「よかったら」
そう言って手渡されたのは、白紙の入部届だった。
メッセージの意味は相変わらずわからなかったけど、
私はまた、手がかりを探すだけの元気がでていた。
今、私は唯先輩の家へと向かっている、
前に一度みんなで練習をしたことがあったので、場所は知っていた。
学校にいないのなら、こっちから会いにいけばいいのだ。
この短い間に、私の中には反骨精神がうまれつつあった。
それに、もし唯先輩が私のことを覚えていなくても、
唯先輩なら、私の言うことを信じて味方になってくれるんじゃないか、
そんな気がしていた。
そう考えると、一刻も早く唯先輩に会いたくて、自然と足も早くなった。
もうすぐだ、この角を曲がれば、唯先輩の家が………
……う……そ…
唯先輩の家があったはずの場所は、なにもない、更地になっていた……
私の中の反骨精神は、一時間も持たずにへし折られてしまった…
梓「はぁ」
私は学校で、その日何度目かのため息をついた
純「梓ちゃん、おはよう、今日は大丈夫?」
梓「大丈夫だよ、憂なんて人はいないし、軽音部なんてありません! ほらね?」
純「まだ、本調子じゃないみたいだね…無理しないでね…?」
純ちゃんに悪気はないのはわかっていたのに、つい冷たくあたってしまった。
私もだいぶ弱っているようだ…
放課後、私は習慣のように、また部室へと足を運んでいた。
梓「こんにちは」
ドアを開け、あいさつすると、澪先輩が明るく迎えてくれた。
澪「いらっしゃい、入部、考えてくれた?」
梓「すいません、もう少し、考えさせてもらってもいいですか?」
澪「そっか、ごめん、急かすようなこと言っちゃって、ゆっくり考えるといいよ、
座ってて、今、お茶を入れるから」
そう言って澪先輩は紅茶を入れてくれた。
私は気になっていたことを聞いてみた。
梓「あの食器棚の本は、澪先輩のですか?」
澪「ん?ああ、一応、文芸部だからね、家から持ってきたんだ」
澪「よかったら適当に読んでて、私は生徒会に提出する書類を書かなきゃいけないから」
そう言って澪先輩は、なにやらめんどくさそうな作業を始めてしまった。
私はお言葉に甘えて、食器棚の本を物色した。
澪先輩らしい、乙女チックな恋愛小説が大半だった。
その中から名前をきいたことのあるタイトルを一冊とりだし、読み始めた。
………
二十ページほど読んだところで、口から砂糖を吐きそうな気分になってきたので、
読むのをやめてぼんやりと澪先輩を眺める。
なぜだか、先ほどの澪先輩の言葉が、引っかかっていた。
なんだろう?文芸部? 違う。
書類? 違う。
生徒会? ちが
!!生徒会! それだ!生徒会だ。
私とは接点がなかったので、すっかり失念していた。
そうだ、唯先輩と深い接点をもつ人が、生徒会にいるじゃないか。
梓「すいません、ちょっとお手洗いに言ってきます」
澪「ん?おー」
作業に没頭している澪先輩の投げやりな返事を背に、私は生徒会へと向かった。
生徒会室のドアを開いて、中へと入った。
梓「こんにちは」
好都合なことに、中にいたのは和先輩だけだった。
和「はい、えーと、なんの御用かしら?」
この和先輩は、私の知っている通りの和先輩のようだった。
梓「えっと、真鍋先輩に、聞きたいことがあって…」
和「聞きたいこと?」
私は、意を決してそれを聞いた。
梓「はい、真鍋先輩なら、
平沢唯さんについて、何か知ってるんじゃないかと思って…」
私がそれを聞いた瞬間、和先輩の表情が変わった。
和「唯は私の幼馴染だけど、あなたは?」
初めて、知らない、意外の答えを聞くことができて私は内心ガッツポーズをしていたが、
すぐに自分がまだ名乗ってもいないことに気づき、慌てて言った。
梓「あ、すいません、私は
中野梓といいます、えーと…唯さんのギター仲間で…」
和「唯がギター?」
あ、しまった…唯先輩がギターを始めたのは軽音部に入ってからだった。
私は慌てて訂正する。
梓「あ、すいません!間違えました、憂の中学時代の友達で、最近、憂と連絡が取れないので、
真鍋先輩なら、連絡先を知ってるんじゃないかと思って……」
私がそう言うと、和先輩の表情が曇った、いったいどうしたんだろう…?
和「そう……それじゃあ、あなたも、唯たちの連絡先は知らないのね…」
えっ? あなたもってことは…
和「唯達ね、私達が中学三年のころに、突然引っ越しちゃって、それ以来、
私も連絡が取れないのよ……」
そんな……ようやく手がかりをつかんだと思ったのに……
梓「そうだったんですか、すみません…」
和「いいえ、お役にたてなくてごめんなさいね」
梓「いいえ、こちらこそ…」
和先輩にお礼を言ってから、生徒会室をあとにした。
澪「遅かったな、具合、悪いのか?」
部室に戻った私に、澪先輩が声をかけてくれた。
梓「いいえー、絶好調ですよー」
私はなけなしの空元気をふりしぼって答えた。
澪「?」
紅茶に口をつけると、もうすっかり冷めていた。
澪先輩は書類を書き終わったようで、本を取り出して読み始めていた。
私も邪魔しないように、さきほどの続きを読み始めた。
なんでもいいから、嫌な事を忘れさせてほしかった。
それがたとえ、甘甘な恋愛小説でも…
ブラジルの黄色いお菓子みたいに甘ったるい恋愛小説を読みながら、
このまま澪先輩のいる文芸部に入るのもいいかもしれないなぁなんて、
そんなことを考えていると、部室のドアが開いた。
和「みおー、いるー?」
澪「和、どうしたんだ?」
和「近くまできたから、ついでに書類もらってちゃおうと思って」
澪「ありがとう、ちょうどさっき書き終わったところなんだ、ちょっと待ってて…」
和「あら、あなたは…」
和先輩は私に気づいたようだ、軽く会釈を返した。
和「あなた、文芸部員だったんだ」
梓「あ、いえ、まだ入ろうか悩んでるところで…」
和「ふーん、そうなの…… そういえば、あなたギターをやるのよね?」
梓「え?あ、はい…」
和「それで思いだしたんだけど、二人が引っ越す直前、唯が言ってたの」
和「憂がギターを買うために、バイト始めたんだーって…」
梓「えっ? 憂が?」
和「ええ、そのときは何も思わなかったんだけど、それが引っ越す数日前だったから…」
憂がギターを? それってもしかして…
梓「それ、どんなギターだかわかりますか?」
和「いいえ、そこまではわからないけど、ずいぶん高いギターだったみたいよ…」
ギー太だ! 私の直感が、そう告げていた。
和「こんなことで手がかりにはならないと思うけど、唯の連絡先がわかったら、
私にも教えてちょうだいね」
とんでもない、これ以上ないくらい、重要な手がかりだった。
梓「はい、必ず!」
梓「澪先輩、すいません、用事を思い出したので、今日はこれで」
澪「ああ、また明日」
梓「はい、それじゃあ」
私はそう言って走り出した…
私は駅前の楽器店、10GIA へと向かっていた。
唯先輩がギー太を買ったお店だ。
店内をくまなく探してみたが、案の定、ギー太はすでになかった。
私は思い切って、近くにいた店員さんに尋ねてみた。
梓「あの、昔ここに置いてあったレスポールのギターって…」
店員「ああ、あのギターなら、だいぶ前に、高校生くらいの女の子が買って行きましたよ」
憂だ! 私はそう確信した。
二十五万円のギターを買う高校生なんて、そうそういないだろう。
私が驚いているのを、店員さんは別の意味にとったのか、こう続ける。
店員「同じものがよければ、取り寄せもできますけど、どうします?」
梓「あ、いえ…そうじゃないんです、えっと、その人の連絡先を、
教えてもらえないでしょうか?」
店員「え?連絡先、ですか…」
梓「はい!急に転校しちゃった友達で、連絡がとれなくて困ってるんです、お願いします!」
店員「そうなんですか、申し訳ないんですが、個人情報なんで、教えられない決まりなんです、
すいません」
当然の回答だった、だけど、私には切り札があった…
梓「お願いします!その人は、
琴吹紬さんの友達でもあるんです」
店員「えっ?紬お嬢様の、ですか…?」
これは賭けだった、普通、私は社長の娘の友達だなんていっても、信じてもらえないだろう。
だけど、ムギ先輩はお嬢様だということをなるべく知られたくない様子だった。
だから友達にも、この店が自分の家の系列だなんて、わざわざ話したりはしないだろう。
だから、それを知っているということが、ムギ先輩と知り合いであるという証拠になる。
そう考えたのだ。
店員さんも、それをわかっているようだった。
店員「うーん…紬お嬢様の、お友達、ですか…、まあ、悪用するようには見えないし、
今回だけ、特別ですよ?」
梓「はい!ありがとうございます」
店員さんは奥から数枚の書類を捜してきてくれた。
店員「これが、そのときの契約書です」
購入者名を見ると、確かに
平沢憂と書かれていた。
住所を確認する、よかった、ここからそう遠くない、電車で五駅くらいのところだ。
私は住所と学校名と電話番号をメモさせてもらい、店員さんに何度もお礼を言ってから、
店を出た。
私は電車に乗って、憂がかよっているはずの高校へと向かっていた。
私の高校はすでに短縮授業になっているので、憂の高校がそうでなければ、
ちょうど授業が終わるころに到着できるだろう。
高校の前に到着し、中をうかがった。
どうやら予想通り、まだ授業をしているようだ。
あと十分もすれば、帰宅する生徒が校門から出てくるだろう。
私は校門前で張り込むことにした。
しばらくして、校門から生徒が次々と流れ出してきた。
私は見落とさないように目を凝らす。
憂は部活はやってないはずだから、そろそろでてくるはずだ…
いた
憂だ、その隣には、唯先輩の姿もあった。
やっぱり、同じ高校に通ってたんだ…
憂も唯先輩も、ギターを背負ってはいなかった。
この学校では、軽音部には入ってないのかな…
いや、今はそんなことはどうでもいい…
私の心臓は、驚くほど早いリズムをきざんでいる。
私は二人の前に立ち、声をかけた。
梓「あのっ!平沢唯さんですよね?」
憂「!」
唯「?」
憂「どちらさまですか?」
憂がうさんくさそうに聞いてくる…
やっぱり憂も、私を覚えていないのだろうか?
私はなんと答えるべきだろう?
唯先輩からは、いまだかつて二回くらいしか呼ばれたことのない、
私の本名を言うべきか。
すっかり定着してしまった、間抜けなニックネームを答えるべきか…
梓「私は………あずにゃん! です!」
唯「…あず……にゃん……?」
唯「だれ?」
その後、私は二人をなんとか喫茶店に誘って、話をきいてもらった。
やっぱり、憂も唯先輩も、私のことを覚えていないようだった…
私は覚えている限りのことを、二人に話した。
私の知っている世界では、二人も桜ヶ丘高校に通っていること、
唯先輩が軽音部に入って、ギターを始めたこと。
私が入部して、五人で文化祭のライブをやったことなど、
事細かに伝えた。
すべて話し終えたのは、一時間以上かかったころだった…
唯「へー軽音部かー、なんだか楽しそうだねー」
憂「お姉ちゃん、この人の言うことを信じるの?」
唯「うん、だってそのほうが楽しそうじゃん!」
憂「でも…なんだか気味わるいよ…」
やっぱり唯先輩は、私の話を信じてくれたようだった。
だけど、憂の反応は、正反対のものだった…
唯「そういえば昔、憂が私にギターを買ってくれたことあったよね、
難しくて、すぐやめちゃったけど」
梓「そうなの?憂、あ、いや…、憂さん、どうして急にギターを?
なにか思い出したとか…?」
憂「いいえ…違います…ただ、なんとなくです…」
そんなはずない、なんとなくで、二十五万円のギターを買ったりはしないだろう。
憂の言動に、大きな違和感を覚えた。
このままでは埒が明かない、そう思ったわたしは…
梓「時間を取らせてしまってすいませんでした、今日はこれで…」
唯「え、もう帰っちゃうの?」
梓「はい、話を聞いてくれて、ありがとうございました、これ、御代です」
そう言って私は三人分のコーヒー代として、千円札を憂に手渡した。
憂「………」
梓「それじゃあ」
唯「うん、またねー」
唯先輩の声を聞きながら、私は店を出た。
私は、ぶらぶらして時間を潰し、またあの喫茶店へ入った。
時計をみると、そろそろ夜の九時になるころだ。
最終更新:2011年04月01日 05:01