私は席に座って、待った。
今思えば、最初に会ったときから様子がおかしかった。
たしかにあのとき憂は、私を見て驚いた顔をしていた。
憂は何かを知っている、いや、もしかしたら、憂こそが…

憂「お待たせしました」

梓「憂…」

憂「こんな時間に呼び出して、どういうつもりですか?」

そう言って、一枚のメモをテーブルに置く、
そこには、『今夜九時、この喫茶店で』と書かれていた。
私が千円札と一緒に、憂に渡したものだ。

梓「憂、本当は、全部覚えてるんでしょ?」

憂「……」

梓「今は唯先輩はいないから、隠す必要はないでしょ、答えてよ」

憂「……覚えてるよ、全部、軽音部のことも、梓ちゃんのことも…」

梓「だったら、どうして…?」

憂「…憎かったの……」

梓「え…?」

憂「お姉ちゃんを奪った、軽音部が憎かった…」

梓「憂…」

憂は静かに、語りだした…

憂「最初は単純にうれしかった、お姉ちゃんにも、打ち込めるものができたんだって」

憂「だけどそれから、どんどんお姉ちゃんといられる時間が減っていった」

憂「中学のときまでは、ずっと一緒だったのに、もうほとんど、一緒にいられなくなってしまった…」

憂「こんなことなら、軽音部に入るのを反対すればよかったって、できることなら、ずっと一緒にいられた、
中学のころに戻りたいって、そんなことばかり、考えてた…」

憂「そうしたらね、ある日突然、私だけ、二年前の中学のころに時間をさかのぼったの」

時間をさかのぼった?そんなことがあるわけ……

ないとはいいきれなかった、なぜなら、今私が置かれている状況もまた、
ありえないものであったから…

憂「私も最初は混乱したけど…これは、神様がくれたチャンスだと思った」

憂「それで私は、親に無理を言って引越しをしてもらって、お姉ちゃんが桜ヶ丘に入学しないようにした」

憂「それからは、私の望み通り、ずっとお姉ちゃんと一緒にいられた…」

だけど…と言って、憂は続ける。

憂「だけど…何かが足りなかった…お姉ちゃんと一緒にいられて、幸せなはずなのに、何か物足りなかった…」

憂「ギターを買えば、それもなくなるんじゃないかって思って、必死にバイトして、
ギー太を買ったけど、お姉ちゃんはほとんど弾いてくれなかった…」

憂は今にも泣き出しそうな顔をして続ける。

憂「そのときになって、ようやく気づいたんだ…私が一番好きだったのは、
軽音部で輝いてるお姉ちゃんだったんだってことに……」

憂「私は、自分のことしか考えてなくて、お姉ちゃんの一番幸せな場所を、奪ってしまった…」

憂はすでに泣き出していた…

憂「ほんとうはね、梓ちゃんが来たとき、嬉しかったんだ…お姉ちゃんを、
あの軽音部に戻してあげられるかもって思って…」

憂「だけど…お姉ちゃんの前で、こんな話、できなかったから……」

梓「憂…」

憂「私はできることなら、世界を、あの軽音部があった世界に戻したい…」

梓「私も、元の世界に返りたい、憂、一緒に協力して!」

憂「ごめんね…梓ちゃん、私のせいで、こんなことに巻き込んでしまって…」

梓「いいんだよ、私達、友達でしょ?」

憂「ありがとう…梓ちゃん」

そう言って憂は初めて笑ってくれた。
私は安心していた、憂はやぱっり、私の知ってる、やさしい憂のままだった。

憂「だけど、いったいどうしたらいいのかな…?」

梓「突然時間をさかのぼったって言ってたけど、なにかこう、きっかけになる様なこととかなかった?」

ヒントがあるとすれば、おそらくそのあたりだろう。

憂「うーん、きっかけかあ…」

憂はしばらく考え込んでいた

憂「あっ!そういえば、時間をさかのぼる前日に、友達に悩みを相談したんだった」

梓「悩みを?」

憂「うん、さっき言った、中学のころに戻りたいとか、そんな内容のことを有希ちゃんに相談したの」

有希ちゃん?ああ、あの、いつも本を読んでる…長門さんか。

憂「有希ちゃんって無口だけど、相談しやすかったから…」

そうかなぁ?相変わらず、平沢家の感覚はわからない。

憂「それから、有希ちゃんの友達も一緒だった、たしか名前は…涼宮さん」

梓「それで、その人たちは、何か言ってた?」

憂「うん、私の話を真剣に聞いてくれて、最後に涼宮さんが…」

憂「悩み、解決するといいわね…って」





翌日の放課後、私は桜ヶ丘高校の校門の前で、二人を待っていた。
とりあえず、長門さんたちに何か知らないか聞いてみようということになっている。

憂「梓ちゃーん、おまたせー」

唯「こんにちは、梓ちゃん」

梓「あ、唯先輩、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」

唯「昨日言ってた、軽音部の人に会えるんだよね、楽しみだなー」

梓「その格好じゃ、目立ちますので、これを着てください」

私は自分のジャージと、純ちゃんから借りたジャージを二人に渡した。

憂「え?ここで着替えるの?」

梓「下はスカートをはいたままはけるし、上はブラウスの上から着ればいいから、
これを着てランニングしながらもどれば、どうみてもこの学校の生徒だよ」

唯「梓ちゃん、頭いいー」

梓「それじゃ、まずは私達の教室に行こう、憂、いつも通りなら、まだ長門さんがいるかも」

憂「ねぇ、梓ちゃん、お姉ちゃんはギター持ってるし、梓ちゃんは制服だし、
どうみてもランニングしてるようには、見えないと思うんだけど…」

梓「…細かいことはいいのよ、誰も私たちのことなんか見てないって」

じゃあ着替えなくても良かったんじゃ、なんて言っている憂を無視して、私は走り出した。


教室の前に到着し、私達はドアを開けて中へと入った。
教室の中には、期待通り長門さんが机に向かって本を読んでいる姿があった。

憂「えっと…有希ちゃん?」

憂がおそるおそる声をかけると、長門さんは読んでいた本を閉じてこちらに目を向けた。

長門「平沢憂

長門さんは淡々とした口調で、憂の名を呼んだ。

憂「え? 有希ちゃん、私のこと覚えているの? どうして…?」

梓「ひょっとして、長門さんは、今なにが起きているのか、知っているの?」

私がそう聞くと、長門さんは淡々と話し始めた。

長門「涼宮ハルヒが、平沢憂の悩みがなくなることを望んだため、平沢憂の精神は過去へとさかのぼった、
それにより、いくつかの事象が改変された」

長門「あなたは改変が及ばなかったイレギュラー因子、平沢憂、平沢唯の二人に近しかったため
改変が不十分になった」

そう言って長門さんは私のほうを見た。

長門「この世界には、元の世界にもどるための脱出プログラムが存在している」

長門「それを起動するための鍵、平沢憂、平沢唯、秋山澪田井中律琴吹紬中野梓は、
現在この校舎内に集まっている、あなたは解答を見つけ出した」

あのメッセージにあった鍵とは、私達のことだったのか、全然気づかなかった、
もっとわかりやすく書いてくれてもいいのに。

長門「あとは鍵を音楽室に集めて、メッセージに従えば、プログラムは起動する」


梓「…長門さん、あなたは、いったい…」

長門「私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース」

梓「??有機…?インター??」

長門「急いだほうがいい、あと二分四十三秒後に、田井中律は帰宅してしまう」

梓「ほんとう!急がなきゃ」

私は二人の手を取って出口へと走りだした、廊下へ出る直前に、
長門さんにお礼を言うのを忘れていたことに気づき、振り返って言った。

梓「長門さん、色々ありがとう!また、元の世界で会いましょう!」

長門さんは答えなかったが、僅かにうなずいたように見えた。

玄関に着くと、ちょうど律先輩が帰ろうとしているところだった。

梓「律先輩!」

律「ん?なんだ、またお前かよ、今度はいったいなんの用だ?」

唯「へーこの子がりっちゃんかー」

律「だれだ?こいつ?」

唯「私は平沢唯だよ、よろしくね!りっちゃん!」

律「平沢唯? ああ、お前が探してた奴か、見つかったんだな、良かったじゃん」

律「それで、用がないなら、もう帰ってもいいか?」

梓「あ、ちょ、ちょっと待ってください、澪先輩が、律先輩に用事があるって…」

律「澪が?しかたないな、で、どこにいけばいいんだ?」

梓「音楽室なんですけど、すいません、その前に…」

梓「憂、合唱部っていつもどこで練習してるんだっけ?」

憂「合唱部?たしか、中庭だったと思うけど…」

梓「よし、行こう」

中庭に着くと、ちょうど、合唱部の人たちは休憩中のようだった、好都合だ。

真ん中のほうに、ムギ先輩がいるのに気づき。
私は近づいていった。

紬「あ…」

ムギ先輩が私に気づき、おびえたような顔をした、
私の第一印象は最悪だろうから、当然だろう。

紬「何の御用ですか?」

そう言ったムギ先輩には、警戒の色がありありと浮かんでいた。
だけど私は、その警戒を解くことができる言葉を知っている。
私はムギ先輩の耳元でささやいた。

梓「澪先輩が律先輩に告白するみたいですよ、見たくないですか?」

紬「えっ?告白?え?」

梓「さあ、行きましょう」

私は戸惑うムギ先輩の手をひいて、音楽室へと向かった。

私は音楽室のドアを開けて中に入った。

澪「あっ」

澪先輩は入ってきた私を見て顔を明るくし、

澪「ん?」

続いて入ってきた律先輩とムギ先輩をみて不思議そうな顔をし、

澪「??」

最後に入ってきた憂と唯先輩をみて困惑した。


律「澪、用事ってなんだ?」

澪「?なんのこと?」

紬「澪ちゃん、がんばって!」

澪「?なにを??」


唯「へーここが部室かー」

憂「懐かしい…」


あれ?部室に鍵をそろえたのに、何も起きない?そんなはずは…
長門さんは何て言ってたっけ…
そうだ、メッセージに従えって。

私はホワイトボードを見た、そこには以前のメッセージはなく、新しいメッセージが書かれていた。

Play the instruments Ready?


唯「いんすとぅるめんつ?」

憂「楽器って意味だよ、お姉ちゃん」


梓「皆さん、お願いします、私と一緒に、演奏してもらえませんか?」

律「はぁ?なんでまた?」

梓「お願いします、一度だけでいいんです」

律「いやだよ、めんどくさい…」

梓「お願いします!」

私は律先輩の前で頭を下げた。


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最終更新:2011年04月01日 05:03