純視点

澪先輩のことを思うと、胸がきゅぅんとなる。

その感情に、もう嘘はつけない。

純(今日こそ、告白するんだ)

純(澪先輩に、私の気持ちを……)

頑張るぞ、そう決意しながら、私はその日学校に向かった。


梓視点

放課後!

私が部室の扉を開けると、そこに、純がいた。

梓「……何やってるのよ、純」

純に隠れて見えなかったが、澪先輩もいた。

純「澪先輩に、勉強を教えてもらいに来たんだよ」

澪先輩は「え?」という顔をした。

梓「ジャズ研にいるじゃない、三年生とか。第一、私に聞けば…」

純「今日は全員、休みだったり、面談あって来れなかったり、オープンキャンバス行ってるんだよ」

純「梓に聞いたら、お金取られそうだしね」

梓「……憂は?」

純「聞いても、よく判らんかった」

梓「ふうん」

純は澪先輩に小さく何事かを言うと、部室から出て行った。

それに入れ替わるようにして、律先輩がやってきた。

律「おーっす、澪! それに梓! 唯たちは?」

澪「面談」

律「そうだっけか」

聞いてなかったな、と律先輩が笑う。

律「ムギは?」

澪「掃除も終わった頃だろうし、もう少しで……、お、来た」

紬「ごめんね~、掃除が長引いちゃって」

律「いいって、いいって。それよりお茶!」

紬「待っててね~」

紬先輩は準備室に、鼻歌を歌いながら、小走りでかけてった。

数分して、レモンティーの香り。

梓「いいにおいですね」

紬「あ、わかる? 香水、つけてみたの!」

そっちじゃねーよ、と心の中で呟く。

律「さあ,飲むぞ!」

ローズヒップティーの香りも、微かながら鼻腔をくすぐった。

唯「ごめんねー、遅れちゃったー」

そう、間の抜けた声が聞こえたのは、ティーが温くなったのと同じときだった。

唯「あずにゃんはいつもかわいいねえ」

部室に入ってくるなり、たたた、と駆け寄ってきて、私に抱きついてきた。

暑い日にこれやられると、かなりきつい。

梓「やめてくださいよ」

私は軽くあしらうが、聞いてはいない。

唯「やわらかくて、いいきもち……、私、ミルクティー」

飲むだけ飲んで、今に太っちゃう気がする。大丈夫だろうか。

澪「じゃ、みんなあつまったし、練習するか」

梓「やりましょ     唯「えー、もう少し休もうよー」

なんで唯先輩は、この部にいるのだろうと、たまに本気で悩む。

梓「そんなこと言ってないで。学園祭も近いんですし」

唯「いいじゃんいいじゃん」

頬を摺り寄せてくる。

梓「や、やめてください!」

つい、叫んでしまった。

沈黙。

そして、唯先輩は私から体を離す。

その後、ぎこちない空気のまま、練習が始まった。

複雑な気持ち。

唯先輩に今度謝っとこう、と思った。


純視点

私はジャズ研部室にいた。

しかし、練習にも力が入らない。

純(澪先輩…)

純(澪先輩、ちゃんと来てくれるかな)

頭の中は、不安と期待で一杯だった。


***********回想ここから******************

私は音楽室へ向かっていた。

―――今日こそ、澪先輩に告白するんだ。

そう何度も心の中で言い聞かせながら、音楽室の扉を開いた。

もし、澪先輩以外にもいたら、梓に会いに来たってことにすればいい。

しかし、そんな私の不安を裏切るように。

澪「―――……、純か」

澪先輩が、澪先輩だけがそこにいた。

私はつかつかと歩き、澪先輩のところに向かった。

意を決して言う。

純「あ、あの、軽音楽部の練習終わったら、ジャズ研の部室に来てくれませんか?」

澪「え、何で?」

純「理由は、あとで話します。だから――」

そこで梓が入ってきた。

梓「……何やってるのよ、純」

私はとっさに、嘘をついた。

純「澪先輩に、勉強を教えてもらいに来たんだよ」

梓「ジャズ研にいるじゃない、三年生とか。第一、私に聞けば…」

純「今日は全員、休みだったり、面談あって来れなかったり、オープンキャンバス行ってるんだよ」

純「梓に聞いたら、お金取られそうだしな」

梓「……憂は?」

純「聞いても、よく判らんかった」

梓「ふうん」

嘘はばれていないようだ。多分。

梓はまだ、私を半眼で見ていた。

早く出よう、そう思った。

最後に、絶対来てくださいね、と小声で言って、部室を出た。

梓は怪訝な目で見ていたが、気にしなかった。

*********回想ここまで**************


私は早く、澪先輩に会いたかった。

純「ねえ、今日は早く上がらない?」

私は同じ二年の子に言った。

二年女子「んー、もう五時だしね。三連休明けの練習で、一年疲れてるかもしれないから、そうするか」

後輩「え、もうあがるんですか!?」

純「うん、たまにはね。三年の先輩もいないし」

二年女子「そういうことだから、各自、楽器をしまったら帰って良いわよ」

後輩の一部が、やったーと声を上げた。

数分後、私だけが部室に残った。


梓視点

澪「きょ、今日はもう終わるか!」

五時十五分、澪先輩がそういった。

唯「さんせーい」

律「三連休明けだから、いいと思いまーす」

澪「よし! じゃあ、帰るぞ!」

それが合図となって、私たちは帰る準備を始めた。

数分後、私たちは部室から出た。


純視点

五時二十五分

ろくろっ首のように首を長くして、私は澪先輩を待っていた。

腕時計との格闘の末、がららら、と音を立てて、部室のドアが開かれた。

私は期待に目を輝かせながら、そこにいる人物を見る。

澪先輩が、いた。

部室の窓は西向きで、夕日がいやでも入ってくる。

特に今日みたいな晴れの日には、部屋全体が緋色になるのだ。

幻想的なまでに白い澪先輩の肌を、赤が照らし出していた。

純「――澪先輩」

何だかとても、懐かしく感じられた。

澪「な、何だ、用事って」

私は、意を決して言う。

純「わ、私、澪先輩のこと、ずっと――」

言うのはとても、気恥ずかしかった。

だけど、もう、後には退けない。

全身を夕日に染めた澪先輩を、私は見つめて――。


言ってしまった。しかし、私の心に悔いはない。


澪視点

私がジャズ研の部室に付くと、言っていたとおり、純がいた。

赤い後光が、純の前に長い陰を作り出していた。

澪「な、何だ、用事って」

何だか緊張して、しどろもどろな口調になった。

殆ど関わりのない純が、何の用だろう。

私がそう考えていると、純が叫ぶように、言った。

純「わ、私、澪先輩のこと、ずっと――」

何故か、純も緊張していた。

純「―――大好きなんです!」

少しの間をおいて、彼女がつむいだ言葉は、れっきとした告白だった。

澪「え、あ、あ、」

動揺する。

頭が真っ白になった。

何を言えばいいのか、判らなかった。

混濁した思考の中で、私は答えを見つけ出した。

澪「―――私もだよ」

ドラマや映画の中で、大好きだ、と言われたらみんなこう答えている。

その台詞を、反芻するみたいに言っていた。

その重大さに、気付けなかった。


純視点

澪「―――私もだよ」

今、なんて?

いや、聞こえた。

完全に、聞こえた。

明瞭に明確に鮮明に聞こえた。

「―――私もだよ」「―――私もだよ」「―――私もだよ」「―――私もだよ」「―――私もだよ」

返事が、何度も脳内でリピートする。

純「ほ、本当ですか!」

言うと同時、私は澪先輩に抱きついた。

澪先輩は困惑したように、「そ、そうだ」と言った。

純「よ、良かった! 私、振られたらどうしようと……不安で」

私は澪先輩を、きつく抱きしめた。

放さない、とするように。


澪視点。

澪(もう、後には退けないな)

澪(私もこういう、まっすぐな子、嫌いじゃない。―――律みたいで)

澪(付き合っても、いいんじゃないか、な。うん。女同士でも、女子高ってことで)

澪(ムギの奴が見たら、鼻血でも出しそうだよな)

澪(律は純のこと、知ってるよな。よし、帰ったらメールしよう)

澪(付き合うことに、なったって―――……)

私は、はっと気が付いた。

澪(――律)

幼馴染のように、いつも一緒にいた、律。

桜高に合格したとき、二人で抱き合って嬉し泣きした。

けいおん部に誘ってくれた時、内心、凄く嬉しかった。

学園祭でライブ出たとき、律は馬鹿なこと言って、私の心を和ませてくれた。

私が本当に好きなのは――――。


純「ねえ、先輩…」

私は考えを中断する。

純「あの、なんかの本で読んだんです。告白して、OKもらったら……」

純「キス、するって……」

吐息が近い。

ぼうっとした純の目に、縫いとめられたみたいに、惹きつけられる。

駄目だ、きっと、その先まで行ってしまう。

簡単に予測できる。

駄目。キスは、駄目。

しかし、拒絶しようとすることを拒絶した。残酷なことをしているような気がして。

唇の、距離が縮まる。

そのとき――――。


梓視点

私たちが帰路に付いたとき、澪先輩が「忘れ物を取りに行く」と言った。

明らかに、挙動不審だった。

澪先輩が行ってから数十秒後、私も先輩と同じ手で、部室に戻る、と言った。

足早に、澪先輩の後を追う。すぐに澪先輩は見つかった。

澪先輩は階段を上った。そっちは、けいおん部の部室に向かう方向ではない。

梓(―――ジャズ研だ)

私は澪先輩の後を追う。足音を立てないよう、ゆっくりと……。

やはり、澪先輩はジャズ研の部室に入って行った。

ジャズ研の扉からひょっこりと顔を出し、室内を覗く。

梓(純、やっぱり……)

澪先輩は、純に近づいていく。窓から差し込む夕日のせいか、顔は、赤い。

純「―――大好きなんです!」

大声が聞こえた。

それも、予想していた。二人っきりですることは、告白と相場が決まっている。私の脳内では。

しかし、私は止めに入らなかった。

何故なら、澪先輩が断るだろうと、たかをくくっていたから。

澪「―――私もだよ」

だから、澪先輩のその言葉を聞いたとき、我が耳を疑った。

今、なんて?

いや、聞こえた。

けれど、信じたくなかった。

聞こえたからこそ、信じたくなかった。


二人は抱き合う。

梓(う、嘘だ……)

二人の唇が近づく。

梓(やだ、やめて、嘘だ、や、う、やぁあ)

二人の、唇が重なり合わんと―――――

ぷつん、と私の中の、何かが切れた。


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最終更新:2011年04月01日 06:12