平沢家

唯はN女大に合格した。結果、唯は大学の学生寮で暮らすこととなった。

憂は、一人で家に暮らしていた。

憂「なんか、家が広くなったなぁ…………」

今日は、桜高の始業式があった。今日から憂は、高三となったのだ。

憂「寂しいなぁ。お姉ちゃん……」

憂「あ、もう、こんな時間。ご飯作ろう」

時計にはP・M6:00と表示されている。

憂はキッチンへと向かった。

憂(お姉ちゃんがいなくても、ちゃんと生活しなきゃ!)

憂(お姉ちゃんに依存してばっかじゃ駄目なんだ!)

憂はご飯を作り終える。

そして気づく。

憂(また、二人分作っちゃった……)

憂(…………お姉ちゃんと一緒だったころの癖、抜けてないなぁ)

憂(……残すのももったいないしね。全部食べよ)

憂(…………太っちゃうなぁ。ははは)

憂(このままじゃ、私、おでぶさんになっちゃうよ。お姉ちゃんに会っても、別人って思われるかもなぁ……)

憂(ははは……)

憂(……はぁ)

憂(……ううん! だめだめ! お姉ちゃんがいなくなったって、死んだわけじゃないんだ!)

憂(それに、お姉ちゃんに心配かけたくないし!)

憂(笑おう。暗い顔じゃ、お姉ちゃん心配しちゃうよ)

憂はリビングに、二人分の料理を持っていった。

憂「いただきます」

ムグムグ ムグムグ ムグムグ 憂「……普通」 ムグムグ

自分の料理を褒めてくれる相手がいないと、モチベーションが下がる。

憂(いつもはお姉ちゃんがいたのに……)

憂は食べ終わると、食器を洗いに、再びキッチンへ向かった。

憂「…………お姉ちゃんがいないと、こうも静かなんだなぁ」

憂「…………そうだよね、一人しかいないんだもの」

憂「…………一人って、つらいなぁ」

憂「…………もう、やだな」

皿洗いを終える。


リビングへ向かう。

憂「TVでもみよっと」

憂「面白いの、やってないかな」

憂「…………うーん。どれも、つまらなさそうだなぁ」

憂「…………いいや。部屋戻ろう」

憂はTVの電源を消すと、自室へ向かった。


憂部屋

憂「勉強でもしようかな」

憂「受験生だしね」

憂「……そっか、もう受験生なんだ」

憂「うん。勉強した方が良いだろうな」

憂「よし、そうしよう」

カキカキ カキカキ

憂「……何か、静か過ぎて気味悪いな」

憂「……ラジオでも、つけようかな」

憂は机を離れ、ラジオの電源を入れにいく。

ラジオ『所ジョージのオールナイトニッポンゴールド!』

憂(うん。すこしBGMがあったほうがいいよね)

そのまま机に戻る。

カキカキ カキカキ

憂「えーと。ここにλが入ってるから……」

憂「……うん、よし。出来た。答えは……あってる」

憂「………………うん」

憂(…………お姉ちゃん)

憂(今、何やってるんだろうなぁ)

憂(悪い男の人とかと、一緒になってないかな)

憂(彼氏とか、いるのかなぁ)

憂(大丈夫だよね、女子大だもん)

憂(きっと、今頃律さんとかと一緒にわいわいやってるんだろうな)

憂(……………………いいなぁ)

そのとき、インターホンの音がした。

憂「あ、今開けまーす」

憂は玄関へと向かった。

憂(こんな時間に誰だろう?)

憂(もしかして……)

玄関の扉を開ける。

――純がいた。


純「やほー、憂」

憂「純ちゃん……どうしたの?」

純「お姉ちゃんと離れ離れになった憂が、しょげていないか心配になっちゃったんだ」

純「いてもたってもいられなくて、来ちゃったよ」

憂「……べつに、大丈夫だよ」

嘘だ。

純「またまたー。梓じゃないんだから、強がんなくたっていいんだよ」

でも、すぐにばれた。

憂「強がってなんか、ないもん」

憂は口を尖らせた。

純「本当?」

憂「本当だもん!」

純「でも、泣いてるよ」

憂「え?」

純「ほら」

純が憂の目元をぬぐう。

憂「……本当だ」

純「無理しなくて、いいんだよ」

憂「……眼に、ゴミが入っただけだよぅ」

純「はいはい。あがらせてもらっていい?」

憂「いいけど……純ちゃん、お母さんとかになんかいわれない?」

純「両親共働きでね、家には私に小言を言う人はいないんだ」

憂「ふぅん」

純「と、いうわけであがらせてねー」

純は憂の脇をすりぬけ、玄関に入る。靴を脱ぎ、そのままリビングへ。

憂「あ、ちょっと!」

憂は純の後を追いかけた。

不思議と、寂しくなくなった。

純が来てくれたことが、嬉しかった。


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純「あ、お土産持ってきたんだ。はい、ミスド」

憂「あ、うん。ありがとう」

純「私、ポンデリング食べるから」

憂「うん」

純は、リビングに置かれたテーブルの近くに、ゆっくりと腰を下ろした。

純「いやー、私たちも、もう高三だねー」

憂「うん。早いね」

憂は二人分のコーヒーを運んできた。

純「お、サンキュ」

憂「……そうだ。純ちゃんは、どこの大学に行くの?」

純「私かー。私は……どこでもいいな!」

憂(……純ちゃんらしい答えだな)

純「憂と一緒なら!」

憂「…………………………へ?」

純「なーんて、冗談冗談」

憂「な、な、なーんだ。お、驚かせなないでよ、もぉー」

純「うは。マジにとっちゃった?」

憂「まさか。冗談だっててて、わかってたよ」

純「…………まだ、驚いてるのね」

純「憂はどこにするの?」

憂「え? 私?」

純「うん。やっぱN女?」

憂「うーん。でも、あまり気が進まないんだよなー」

純「何で?」

憂「純ちゃんと、一緒じゃなきゃ嫌だもん」

憂は純を、まぁるい瞳で真摯に見つめた。

純「…………………………へ?」

純が動揺する番だった。

憂「冗談」

憂はいたずらな笑みを見せた。

純「あ、ああ、そうだよね……」

冗談だとわかっているのに、どきどきしている自分がいた。

二人はその後、談笑した。

ジャズ研の話。

梓の話。

午後の紅茶は午前に飲んだ方がうまい、と言う話。

温くなったコーヒーを飲み終え、一息ついたころには、もう日付が変わっていた。

憂「あ、もう12:00だ」

純「あ、本当だ。そろそろ帰るね」

憂「――待って」

純「え?」

憂「ほら、夜道は危険だし、今日はうちにとまらない?」

純「…………いいの?」

憂「うん。大丈夫、変なことしないよ!」

純「じゃあ、お言葉に甘えて……」

憂「パジャマとって来るね!」

純「う、うん」

憂「とってきたよ!」

純「はやっ!」

憂「私のなんだけど、合うかな?」

純「……うん、ぴったり!」

憂「よかったぁ!」


純「じゃ、私はどこで寝れば?」

憂「私の部屋?」

純「え、いいの?」

憂「うん」

憂「二人で一つのベッドになるけど、いい?」

純「いい、けど」

憂「よかった! じゃあ、行こうよ!」

憂の手に引かれて、純は半ば強制的に、憂の部屋で寝かせられることになった。


憂部屋

純「そういえば、中学校の修学旅行のときも、こんな風に寝たね」

憂「そうだねー。もう、あれから三年もたってるのかぁ」

純「時間が流れるのは、早いね」

憂「…………うん」

純「ねえ、中学校のときにいた、Hちゃんっておぼえてる?」

憂「あ、うん。お下げの子でしょ」

あの子ね、東大目指してるんだって」

憂「へえ! 頭良かったもんね」

純「すごいなぁ。何か、溝みたいなもの感じちゃう」

憂「……そだね」

シングルベッドに、二人で寝るのはすこし窮屈だ。

純「それでも憂には、心地よかった。

純と……誰かと一緒にいることが、心地よかった。

憂「ふわ~ぁ。純ちゃん、私、眠くなっちゃった。寝るね」

純「うん。お休み」

数分ほどして、憂の寝息が聞こえた。

純はむくり、と起きだした。

憂の顔を覗き込む。

中学生のころから変わらない、でもどこか大人びた顔つき。

純は、憂の頬を触る。

ぴくん、と憂が反応したような気がした。

柔らかくて、あったかくて。

抱きしめたい衝動に、駆られた。

すんでのところで、それをおさえこんだ。

純(………………憂)

純はそっと、憂の唇に自分のそれを近づける。

重ねる。それは長い長い、一瞬。

感触は頬よりも、柔らかかった。羽毛のように、ふわふわしていた。

そして憂の唇は、すこし甘かった。

唇を離す。憂は起きていないようだ。

純「…………大好きだよ、憂」

その呟きは、誰にも聞こえないけれど。

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憂が眼を覚ますと、時計の針は九時をさしていた。

憂「……ふぁ~あ」

憂「…………あれ?」

憂(今日って、平日だよね)

憂(なのに九時ってことは…………)

憂(遅刻ううううううううううううううううううううううううう!!)


憂の傍らにいるはずの純はいない。

代わりに机にメモ用紙。

『あまりに寝顔が可愛かったので、起こしませんでしたー

先に学校行ってくるね                        純     』

憂「うう、もう、純ちゃんったら……」

毒づきながらも、許せる気になった。


学校!

数学教師「で、ここにγが――」

ガララッ

憂「すいません! 遅れました!」

数学教師「……珍しいな、平沢が」

憂「すいません……」

羞恥に頬を赤らめながら、憂は自分の席に座る。

数学教師「じゃ、再開するぞ。それでだ、ここにωを代入して――」

憂は純の方を見やる。

目が合った。

憂(今、目が合ったよね?)

純(わー、ごめーん!)

憂(もう! おかげで遅刻したじゃない!)

純(反省してるよー)

憂(…………もう)


お昼休み!

梓「今日は何で遅刻したの?」

憂「目覚ましかけ忘れちゃった」

純「憂らしくないねー」

憂「う、うん」

梓「そうだ。純、覚えてる?」

純「な、何?」

梓「けいおん部に新入生来なかったら、入ってくれるんだよね?」

純「えー、本当に入るの?」

梓「当ったり前じゃない。ただでさえ廃部寸前なんだから」

純「うーん。入ってくるでしょ、きっと」

憂「新歓っていつなの?」

梓「あさって」

憂「何の曲弾くの?」

梓「ごはんはおかず、とふわふわ時間、かな」

憂「来るといいねー、新入部員」

梓「うん。あ、そういえば、唯先輩の調子はどう?」

憂「うーん、あまり連絡とってないんだ」

梓「そか」

憂「心配?」

梓「う、ううん! ちょっと気になっただけよ!」

憂(……心配、してくれてるんだなぁ)

純「よかったねー、憂」

憂「な、何が?」

純「心配してくれる人、他にもいてさ」

憂「…………まあ」

梓「わ、私はそんなに心配してないもん!」カァァ


放課後!

憂「純ちゃん、帰ろ!」

純「ごめん、ジャズ研あるんだ」

純は、また今度ね、と言いながら、ジャズ研部室へ行く。

憂「えー、じゃあ、梓ちゃんは?」

梓「私も部活。今度は一人でやらなきゃいけないからね」

憂「そっかー……」

梓「ごめんね」

憂「……あ!」

梓「何?」

憂「私も、手伝ってあげる!」

梓「え? 何を?」

憂「新歓ライブ!」

梓「え、でも、憂は部員じゃ……」

憂「じゃあさ、私が部員になるのはどうかな?」

梓「――――へ?」

憂「部員ならいいんでしょ?」

梓「う、うん」

憂「なら、私も部員になるよ」

梓「いいの?」

憂「うん。家に帰っても、暇なだけだし、それに……」

梓「それに?」

憂「……もう、高校生活最後でしょ。だから、今のうちに思いで作っておきたいんだ」

梓「…………憂」

憂「いいでしょ?」

梓「うん」

憂「ありがとう!」

憂は笑う。つられて、梓も笑みをこぼした。


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最終更新:2011年04月04日 21:14