憂「お、お姉ちゃん?」

唯「ほら、来ないの?」

梓「はい・・・」

憂「あ、ちょっと待って。今ジュースとお菓子を・・・」

唯「憂」

憂「えっ、何?」

唯「お菓子はいいや。悪いんだけど、2人だけにしてくれるかな。
  大事な話があるんだ。・・・中野さんと」

憂「・・・うん、分かったよ。お姉ちゃん」

憂が心配そうな眼差しでこちらを見てくる。

憂「梓ちゃん・・・」

梓「・・・ごめんね」

それが、精一杯だった。

唯先輩に従って部屋に入る。

先輩は手早くベッドの上の布団を押しのけて、座れそうなスペースを作った。

唯「さ、座って」

梓「・・・」

唯「・・・」

梓「あの・・・」

唯「やっちゃったね、あずにゃん」

梓「えっ・・・」

あず、にゃんって・・・

梓「ひっ、うぇぇっ・・・」

また、「あずにゃん」って呼んでくれた・・・

その瞬間、今まで我慢していた涙があふれてきた。
体を支えきれず、その場でへたり込んでしまう。

梓「ごめっ、ごめんなさ・・・いっ!嘘、ついちゃ、てえっ・・・」

梓「ほんとにぃ、すいませ・・・でしたぁ・・・」

唯「わわっ、ちょっと泣きすぎだよ~!」

唯「気分は落ち着いた?あずにゃん」

梓「はい・・・」

唯「よしよし。それじゃ今からお説教タイムの始まりだよ」

梓「・・・」

唯先輩は泣きじゃくる私を抱き寄せて、ベッドに座らせてくれた。

唯「やっぱりあれはあずにゃんだったんだね」

梓「・・・はい」

梓「唯先輩たちは・・・アイス屋さんにいたんですか?」

唯「うん、そだよ。
  テレビで紹介してたアイスがどうしても食べたかったから、
  帰りにりっちゃんと澪ちゃん誘って行ってみたんだ」

唯「その帰りに、私たちとそう変わらないくらいの子たちがいっぱい集まってるの見かけて。
  よく見たらその中に、楽しそうにおしゃべりしてるあずにゃんがいたの」

梓「・・・」

唯「あんまり見かけない顔だったけど、別の高校の友達?」

梓「・・・中学の頃の友達なんです」

唯「ああ~いいねぇ。
  私も高校に入ってからなかなか会えてない友達、たくさんいるよ」

梓「昨日、久しぶりにみんなで会おうって話になったんです。
  でも昨日は部活の練習があって、だから、私・・・」

唯「うんうん、それはもう練習どころじゃないよ!
  それなら私だって友達の方に行きたいもん」

梓「・・・」

唯「でもさ」

唯「やっぱ嘘ついちゃうのはダメだよ」

梓「はい・・・」

唯「何で、嘘ついちゃったの?」

梓「あの、その・・・」

唯「・・・」

唯先輩の眼がまた厳しいものに変わる。
ここはもう、正直に話すしかないと思った。

梓「昨日の練習は、澪先輩からの先輩命令でしたから・・・
  それを友達と遊びたいから断るなんて、できないと思って」

唯「だから嘘ついたの?」

梓「・・・」

唯「つまりあずにゃんは、私たちに正直に話しても許してもらえないと思ったんだね」

梓「・・・」

唯「そっか、何かがっかりだなぁ・・・」

梓「え・・・」

唯「私たちって、そんなにあずにゃんに信用されてなかったのかぁ・・・」

梓「なっ・・・どうしてそうなるんですか?そんなことないですっ!」

唯「だってそうじゃん。あずにゃんは私たちのことを
  久しぶりに昔の友達と遊びたい後輩のお願いを聞かずに無理矢理練習させるようなひどい先輩だと思ってたんでしょ?」

梓「そんな・・・そんなことっ!」

唯「私はさ、あずにゃんのこと本当に信じてて、大切に思ってるよ?
  私よりギター上手いし、憂とも仲良くしてくれてるし、すごくいい子だもん!」

梓「・・・ぃやだっ」

唯「でも、あずにゃんが私たちのこと信じてくれないなら・・・」

梓「やだ、やだあっ!」

唯「・・・」

梓「もう二度と嘘ついたりしません!先輩たちを裏切るようなこと、しません!
  だから、だから・・・!」

唯「・・・」

梓「もっ・・・そんな意地悪なことっ・・・言わないでぇ・・・」

唯「・・・」

梓「ひっぐ・・・うぇぇ・・・」

唯「・・・ごめんね、あずにゃん。ちょっと言い過ぎちゃったかな」

唯「でも、みんなが怒ってるのはそこだと思うんだ」

唯「先輩の命令を聞かなかったから、とかはどうでもよ・・・くはないか。けどね。
それよりもショックだったのは、そういう言いにくいことを正直に相談してもらえなかったってことなんだよ」

梓「・・・ごめんなさい」

唯「中野さん」

梓「!」

唯「・・・って呼ばれたとき、どう思った?」

梓「・・・ぐすっ」

梓「ショック、でした」

唯「・・・」

梓「私が唯先輩を怒らせて、嫌われちゃったから・・・もう二度と呼んでもらえないんだと思って」

最初はこんな変なあだ名、嫌だったはずなのに。
いつの間にかそれが当たり前になってて。

呼んでもらえないと分かったとき、どうしようもなく悲しくなった。
そして、また呼んでもらえたとき、嬉しくて、ほっとして、涙が止まらなかった。

唯「そっかそっか」

そう言うと、先輩は再び私をゆっくり抱きしめてくれた。

唯「私だって、つらかったんだよ?あんな呼び方するの」

梓「先輩・・・」

唯「だけど、あの時はああ呼ばなきゃいけないような気がしたんだ。
  ・・・あずにゃんに、分かってもらうために」

ぎゅっ・・・

抱きしめる先輩の腕が少し強くなった。

梓「せん、ぱい・・・」

唯「でも、もう二度と呼ばないし、呼ばせないでね?
  あずにゃんはずっとあずにゃんだよ。
  卒業しても、大人になっても、ずっとずっと・・・」

梓「私のこと・・・許してくれるんですか?」

唯「うん、許したげる!
  あずにゃんのこと・・・信じてるからね」

梓「はいっ・・・ありがとう、ございます!」

唯「でも、他の人たちにはちゃんと謝らなきゃダメだよ?
  りっちゃんと澪ちゃんとムギちゃん、みんなに」

梓「・・・分かってます」

唯「最初はね、澪ちゃん達もそこまで怒ってなかったんだよ。
  とりあえず今度会ったら一言注意してやらないとな、くらいで」

梓「あ・・・」

唯「だけどあずにゃん、あの後また嘘のメール送っちゃったでしょ」

梓「はい・・・」

唯「あれで澪ちゃんがキレちゃったんだ。
  ふざけてる!とか、謝るどころかごまかすなんて!ってさ」

唯「りっちゃんも、これはちょっとキツいお仕置きが必要だな、って言ってた」

梓「・・・」

唯「ホントは、あずにゃんが謝りに来ても会っちゃダメだって言われてたんだ」

唯「だから、ちょっといないフリしてみたんだけど・・・失敗しちゃった」

梓「・・・あれじゃ居留守になってないですよ」

唯「あれぇ?おかしいなぁ。・・・でも、やっぱり会って良かったよ。
  あずにゃんがちゃんと反省してるって分かったもん」

梓「先輩・・・」

唯「・・・あわわっ!」

梓「ど、どうしたんですか?」

唯「・・・ひょっとして、このままだと私も明日2人に怒られちゃう!?」

梓「ゆ、唯先輩は悪くないですっ!私が全部・・・」

唯「あっ、そうだ!
  あずにゃんは今日、憂に会いに来たことにすればいいんだよ!
  そこにたまたま私がいたことにして・・・」

梓「無理がありすぎですよ・・・
  それに、もうこれ以上先輩たちに嘘つきたくないです」

唯「そっか、そだよねぇ。
  よし、じゃあ正直に話して2人で怒られよう!」

梓「先輩、本当に・・・」

唯「すとっぷ!私はもういっぱい謝られたからこれ以上謝るのナシ!
  ごめんもすいませんも面目ないも全部禁止だよ!」

梓「・・・はい」

唯「あっ、もうこんな時間!
  あずにゃんも一緒にお昼ご飯食べようよ、ね?」

気がつくと、時計は既に12時を回っていた。

梓「え、でも・・・」

唯「大丈夫!憂に頼んで作ってもらうから」

梓「・・・ありがとうございます」

そんなこんなで唯先輩は私を許してくれた。
最初はちょっと怖かったけど、すぐにいつもの先輩に戻ってくれた。

一緒に下に降りると、既に3人分の昼食がテーブルに並んでいた。
憂も特に何か問い質すでもなく、いつも通りにもてなしてくれた。

唯「それじゃ、あずにゃん。明日学校でね」
憂「梓ちゃん、またね!」

梓「あ、はい。ありがとうございました。
  憂もありがと。お昼ごちそうさまでした」

梓「・・・あの、唯先輩」

唯「なーに?」

梓「さっきの話なんですけど・・・
  大人になってもあずにゃんはやめてほしいです」

唯「えぇ~・・・いいじゃん・・・
  あずにゃんは永久に不滅なんだよ?」

梓「ダメったらダメです」

唯「うぅ・・・あんまりいけずなこと言うと許したの取り消しちゃうぞっ!」

梓「それは・・・困ります」

唯「・・・へへっ」

梓「ふふっ・・・」

憂「あははっ、二人とも変なの」

梓「・・・それじゃ、おじゃましました。
  失礼します!」

2人のおかげで、本当に気持ちが軽くなった。
明日のことを考えたら、とても笑ってなんていられないけど・・・

でも、ちゃんと向き合わなきゃいけないと思ってる。
自分の愚かさが招いた種なんだから・・・



翌日、月曜日。

登校中に先輩たちと鉢合わせないように、普段より早く家を出た。

逃げてちゃいけないけど・・・でもやっぱり今はまだ心の準備が出来てない。


無事に教室までたどり着いた時、唯先輩からメールが来た。

『さくせんてじゅん!』

『今日、あずにゃんは放課後まで部室や3年の教室に来ないこと!
 で、澪ちゃんは今日日直で、りっちゃんはテストの点が悪かったから放課後さわちゃんに呼び出しくらうはず!!
 だから、そのスキに2人で部室に行って、まずムギちゃんに謝って話をしよう!』

梓「唯先輩・・・」

気を遣わせちゃって、ほんとすいません。
心の中でお礼を言う。

そして、あっという間に放課後。
駆け足で校舎を駆け上がり、部室へと急ぐ。

扉の前で一息ついて・・・

梓「失礼しますっ!」

ガチャッ

梓「・・・あれ?」

紬「あ、梓ちゃん」

ムギ先輩・・・1人だけ?

梓「あっ・・・お、お疲れ様ですっ!」

紬「うん」

梓「あの、唯先ぱ・・・あ、いえっ、他のみなさんはまだ・・・」

紬「えっとね、澪ちゃんは今日日直で遅くなるって。
  りっちゃんと唯ちゃんはテストの点が悪かったからさわ子先生に呼ばれて職員室に行ってるみたい」

・・・唯先輩ぃ・・・作戦、頓挫しちゃいましたよぉ・・・

・・・でも、ムギ先輩と2人きりにはなれた。
ちゃんと、謝らなきゃ。

梓「あのっ、ムギ先輩」

紬「・・・」

梓「一昨日は、本当にすいませんでした!
  私、風邪だなんて、嘘ついて・・・それで」

紬「うん・・・唯ちゃんから全部聞いたわ」

梓「・・・」

紬「私はその場にいなかったから、あまり強いことは言えないけど、
  それでもやっぱり・・・いい気持ちはしなかったかな」

梓「・・・すいません」

紬「でもでも、梓ちゃんがすごく友達思いなんだな、っていうのは分かった」

梓「・・・へっ?」

紬「どうしても梓ちゃんに会いたいって友達をがっかりさせたくないから、断れなかったのよね」

梓「いや、あの・・・」

紬「ふふっ、ちょっとうらやましいわ」

梓「ムギ先輩?」

紬「私、そういう友達ってほとんどいなかったから・・・」

梓「・・・」

紬「だから、梓ちゃんはすごく悪いことしたわけじゃないと思うの。
  ちょっと間違えちゃっただけで」

ムギ先輩なりに、どうにか慰めようとしてくれてるのかな・・・?
でも、それをそのまま受け入れることはできなかった。

梓「そんなこと・・・ないですよ。
  先輩たちに嘘ついて、騙そうとして・・・それが悪くないだなんて」

紬「・・・ねぇ、梓ちゃん」

梓「はい」

紬「梓ちゃんは一昨日、友達と遊んで楽しかった?」

梓「それは・・・はい。すごく・・・すごく、楽しかったです。でも・・・」

紬「でも?」

梓「今はもう、後悔ばっかりです。何であんなことしたんだろうって。
  もし出来るなら・・・なかったことにしたいです」

紬「それはダメ!」

梓「ひゃあっ!」

紬「・・・それは違うと思うわ」

梓「あ・・・そ、そうですよね!
  なかったことにしたいなんて、まったく反省してないですよね・・・
  すいません、私・・・」

紬「そうじゃないわ。・・・あのね、梓ちゃん。私思うの」

紬「梓ちゃんが友達と遊んで楽しかった気持ちも、
  その時嘘をついたせいで今感じてる後悔の気持ちも、
  そのどちらも梓ちゃんにとって大切な思い出で、
  しっかり心の中にとっておかないといけないものなんじゃないかって」

梓「よく・・・わからないです」

紬「うーん・・・なんだろう?
  ええっと・・・あ、ギター!ギターよ」

梓「ギター?」

紬「ギターやピアノの練習と似てると思うの」

梓「はぁ・・・」

紬「音楽も、何度も練習して、何度も失敗してようやく弾けるようになるわよね」

梓「はい・・・まぁ」

紬「失敗したことを忘れずに参考にして、ここに気をつけようとか、ここはこうしようとか・・・
  同じ失敗を繰り返さないようにして」

梓「あ・・・」

・・・そっか。

紬「・・・梓ちゃんは今回失敗しちゃった。でも、その失敗を忘れずにいれば、
  また今度同じような選択をしないといけない時、正しい選択ができるわよね」

梓「・・・先輩方に正直に話して・・・」

紬「そうよね・・・そうしてたら、きっとみんな笑って認めてくれてたと思うわ」

梓「はい・・・」

紬「失敗して初めて気がつくことってたくさんあるから・・・」

紬「私も、色々知らないことだらけで、みんなに迷惑かけてばっかりだけど、
  それでも一度失敗して、教えてもらったり学んだりしたことは、
  二度と同じ失敗をしないように気をつけてるの」

梓「ムギ先輩・・・」

紬「だから、失敗したことをなかったことにしたいなんて言っちゃダメよ」

梓「はいっ・・・ありがとうございます!」

・・・何だか、すごく嬉しかった。
すべてを許してもらう為には、友達との大切な思い出まですべて否定しなければいけないと思っていたから。
ムギ先輩は、そんな私の硬直した心を解きほぐして、救い出してくれた。


3
最終更新:2011年04月07日 23:18