~Prologue~

律(オマエは・・・誰だ

何故・・・なぜ私の思考を侵食する?

『私は・・・誰だ』

私が狂っているのか?

いや・・・この世界が狂っているんだ

人は何故、戦争を始めてしまったのか

『ワタシは・・・誰だ』

ワタシは・・・何の為に生まれてきたんだ

『ワタシは・・・誰ダ』

記憶のカケラが・・・ワタシに何かを叫んでいる

『ワタシは・・・ダレダ』

もし、この世に神が存在するのなら

教えてくれ・・・

JESUS…)


~Prologue2 Dr. Manabe’s Report~

あの戦争が私たちの全てを変えてしまった。

平和だった街の歴史は燃え尽き、人々は未来を見失った。

戦いは人の“希望”のみならず、“記憶”までを奪い去っていった。

1946年5月、第二次世界大戦ヨーロッパ終戦・・・

あれから一年余りが過ぎた。

ベルリンの陥落をもって事実上、第三帝国ドイツは敗戦国となった。

敗戦国のその後は悲惨なものだった。

廃墟と化したかつての都は敵兵に蹂躙され、国民の人権などは無きに等しかった。

戦勝国となった連合軍はその戦利品にとドイツの国土をいくつかに分断し、我が物にした。

そして罪なき国民は一年たった今も、自由はおろか夢見ることさえ許されていなかった。

人間は勝って尚、醜さをまき散らしていく・・・

例え戦争が終わろうとも、人類の愚かさは永遠に尽きることがないのだろうか。

戦後における虐げられた従属こそ、長きに続く本当の戦争の恐ろしさかもしれない。

敗戦国の戦後復興は果てしなく、そして険しい。


そんな戦争の中で起きてしまったあの忌まわしい事件。

隠蔽された悲劇を歴史の闇へと消さないため、

そしてかつて友だった彼女たちの生きた証を遺すため、ここに真実を綴る。

友を裏切った私に正義を説く資格などありはしないが・・・せめてもの償いとして。

あの時、彼女たちは人として死に、人として生きた。

傷ついたカラダで、人間らしさを後の世に残すために戦った。

そして彼女たちは確かに、誰よりも人間らしかった・・・。



~第一章 RRプロジェクト~

私の名前は真鍋和。日本人だ。

ロボット機械工学を学ぶためドイツへと留学中、そのまま戦争へと巻き込まれ、
戦時中はロボット工学において世界一といわれたドイツの企業に技術研究スタッフとして招かれていた。

私はその企業で、あるプロジェクトに関わることになった。

そのプロジェクトは、軍部でも知る者はごくわずかという極秘任務で、記録や施設は終戦前に完全に抹消されていた。

それゆえそのプロジェクトは戦後を迎えた現在でも一切歴史の表で語られることはなく・・・

しかしそれは確実に存在していた。

軍部とその企業とが進めた極秘プロジェクト。

コード名『RR』と呼ばれたそのプロジェクトは、神の領域を侵す愚かしい行為だった。


当初は“兵士の数を穴埋めする”という観点から、ロボット兵器の開発が進められたが、

戦場における実用性は乏しく、成功への道のりは遠かった。

その時、注目されたのが人体改造技術・バイオヒューマノイドだった。

生きた人間をサイボーグ化することで、全くもって人間そのものの外観、動きはもちろん、

作戦思考力、洞察力、適時判断力、すべてにおいて人間の数値を大きく上回るという計画だった。

生きた人間を兵器として改造する・・・

その非人道的な計画の犠牲となったのが、国を愛する多くの志願兵と、周辺国からの義勇兵、占領区域からの強制徴募だった。

彼女たちはその中にいた。

いや、いたと言うべきではない。

私が彼女たちを巻き込んでしまった。

私は欲におぼれ、大事なものを切り捨てたんだ。

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澪「あのっ、真鍋さんと平沢さん・・・だよね?」

和「ええ、そうだけど・・・あなたは?」

私は大日本帝国の帝都大学において機械工学を学んでいた際に、来日していた山中博士からミュンヘン工科大学へ留学してみないかと、推薦を受けた。

当時、偶然にも私の幼馴染の両親もミュンヘンへの転勤が決まっており、彼女ら家族と共にドイツへ移り住むことを決意した。

同盟を結ぶ国同士とはいえ、当時やはり日本人は珍しく、幼馴染も同大学に進学したこともあり、私たちは三人で過ごす時間が多かった。

そんな私たちに声をかけてくれたのが、彼女達だった。

澪「私は秋山澪。 こっちが・・・」

律「あたしは田井中律

紬「琴吹紬で~す」

梓「中野梓です」

彼女達はドイツ生まれの日系人で、その容姿はドイツ人というより、私たちと同じく東洋人にみえることが多かった。

彼女達はその容姿と特殊な生い立ちからか、常に集まって行動しており、私たちも孤独感からか、それとも祖国を思う気持ちからか、日本語が話せる彼女たちを気にするようになっていた。

そして、私の幼馴染である唯は彼女たちが立ち上げた軽音楽サークルに参加し、私と憂も次第に彼女達と話をするようになり、気が付けば仲良くなっていた。

私たちはいつしか共にいる時間が増えていった。

まるで子供の頃からの幼馴染であったかのように語らい、遊び、そして笑った。

だが、そんな私たちにとっての幸福な時間も長くは続かなかった。

あの憎き戦争が始まったんだ。


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和「本当に行くの?」

律「ああ・・・ごめんな」

和「そんなっ。謝ることじゃ・・・」

和「私の方こそ・・・ごめんなさい」

律「いいんだよ。和は頭いいんだから。開発の方で、しっかり支えてくれ」

紬「和ちゃん・・・無理はしないでね。私たちも必ず生きて帰るから」

梓「やってやるです!」

和「でもっ・・・」

唯「和ちゃん、心配しないで。私たちなら大丈夫だよぉ~。
だから、憂をよろしくね」

憂「お姉ちゃん!やっぱり私もっ!!」

唯「憂、わがままいっちゃダメ。お姉ちゃんは大丈夫だから。」

唯「憂を守るために、頑張ってくるからね。
和ちゃんの言うことをちゃんと聞くようにね」

唯「和ちゃん。憂をよろしくね」

和「うんっ・・・わかった。絶対生きて帰ってきてよ」

唯「当然だよ」フンス

澪「りつぅ~」

律「心配すんな、澪っ。

ちゃっちゃとこの戦争を終わらせて、またみんなで遊ぼうな」

律「和、澪のこともよろしく頼むな。

      • ごめんな、和にいろいろ押し付けちゃって」

和「そんなことないわよ。みんな、頑張ってきてね。また、会いましょう」

律「ああ。またな」

唯「そうだ!!みんなで写真をとろうよ!離れても一緒だよって」

・・・・パシャ!


当初、第三帝国ドイツ、イタリアを中心とした枢軸国軍が優勢に進めていた戦争も、

北アフリカ戦線での敗北を機に連合国軍優勢へと流れは動いていった。

連合国軍は、中長期に渡る戦略で

西ヨーロッパを蹂躙し続けた第三帝国ドイツに対しての包囲網を完成しつつあった。

そんな戦争末期、数で勝っている連合国軍を退けるために、

“疲労しない無尽蔵な戦力”をドイツ国防軍最高司令部は渇望していた。

そんな折に、極秘裏に進められたのが、RRプロジェクトだった。

そして、少しでも兵士の数を増やす為、そして(こちらは公にされなかった理由だが)、

RRプロジェクトの実験体を確保する為に女性兵の有志が募られた。

その知らせを聞き、唯は大切な妹を守るため、

彼女たちは愛する祖国を守るために戦場へ身を投げ出す決意をした。

彼女たちのこの国における立場がそうさせたのかも知れない。

仕事のこと、生活のこと、街の人々の自分たちに対する見方、考え方、付き合い方・・・

彼女たちはドイツにおいてかなり辛い立場に置かれることも少なくなかった。

彼女たちは純血ではないから、と虐げられてきた汚名を晴らすべく、国防軍へと志願したのだ。

家族を、そしてドイツに生まれた者としてのプライドを守るために。

彼女たちは本当に国と家族を愛していた。


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彼女たちが軍へ入隊してから数か月後、私は・・・私たちは、ある知らせを受けた。

それは、最も恐れていた最悪の事態。

私の手に握られたその手紙には、無情にもこう書かれていた。

平沢唯 遠征地にて戦死』

身の毛がよだつ思いがした。

私の隣で憂と澪はただ泣いていたが、私は悲しみよりも先に、憎しみを感じていた。

幼馴染を奪ったこの戦争への憎しみ。

いや、正確には幼馴染を奪われたことに対して、ぶつけ所のない怒りを感じていたのだろう。

私はその怒りをどうすることもできなかった。

今思えば、私はこの瞬間からおかしくなっていたのだろう。

私が山中博士の指名により、彼女の主催する研究機関に所属することが正式に決定したのは、
そんな時だった・・・


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和「お久しぶりです、山中博士」

RRプロジェクトの研究を進めていたのが、山中博士が主催する企業傘下の科学医療機関であった。

表向きには企業であったが、実態は軍管轄の兵器開発を引き受けていた最先端の研究機関であり、

大戦末期、軍が管理する極秘プロジェクトのいくつかはこの機関が実際に実行、管理をしていた。

さわ子「久しぶりね、和ちゃん。さっそくだけど、これがあなたに参加してもらう、RRプロジェクトよ」ペラッ

和「・・・なっ!? この計画・・・人体をサイボーグ化するって・・・!?」

さわ子「言っておくけど、この計画は軍部でも最重要機密。
知ったからには・・・分るわよね?」

和「・・・はい」

さわ子「話が早くて助かるわ」

さわ子「あなたを呼んだのは生きた人体から創り出されるサイボーグ兵器、

『強襲用ヒト型兵器貳式(ツヴァイ)』の大量生産の準備としてなんだけど・・・
その前に一つ、問題があるの」

和「問題・・・ですか」

さわ子「そう。実は先日、最初の実験成功体、【プロト】が失踪したの」

さわ子「試作機である【プロト】の活躍は戦局に明るい兆しを見せていたわ。

人間そのものの外観と行動、運動記憶を可能とし、
作戦思考力、洞察力、適時判断力すべてにおいて人間の数値を超越していたの」

さわ子「しかし、そんな【プロト】が戦場で突然ロストした。

どこかしら破壊されたのか?それとも単に故障が原因だったのか?

正確な理由は分からないけど、『作戦行動中失踪』と認定されているわ。」

さわ子「・・・まあ詳しい話はさておき、これから宜しくね。
ここでの作業に慣れるまでは、雑用が中心になっちゃうと思うけど」


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RRプロジェクトに参加してから数週間が過ぎた頃、
私は山中博士の頼みでプロトに関する資料を整理していた時、写真でその顔を初めて見た。

私はその顔に見覚えがあった。

私の知っている子に似ている・・・

いや、似ているというより、そのもの。

和「ゆ・・・い・・・?」

プロトは私の唯一無二の親友だった。

彼女は私の幼馴染で、昔から何をするにしても一緒だった。

妹を守る為、軍へと志願した、そんな優しい彼女が戦争のための兵器へと変えられていた。

その事実が、私の目の前に突き付けられていた。

私の中で、何かが壊れた

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ツヴァイの初期型として生み出された【プロト】の失踪。

RRプロジェクト関係者以外にこの情報は伏せられ、証拠も隠蔽されていた。

私が知る限り、ロストした場所さえ明らかにされず、
残骸や遺留品が発見されたという記録さえ目にしたことは無かった。

ただ、あの戦時中においてプロトの行方は大きな問題ではなかった。

山中博士が最も恐れていたのは、軍上層部によるその管理責任における査問であった。

戦局をドイツ有利に持っていくため、莫大な資金を投入し勧められた極秘プロジェクト。

それが原因不明の失踪となれば、その責任追及は免れず、
軍法会議を待たずして処分されることになるだろう。

RRプロジェクトの存続、そして全てのスタッフの安全の為には、
プロトの穴を埋める必要性があった。

事の重大さは、当時の山中博士の口調からも伺えた。

温厚だった博士が、怯えながらも狂気に満ち溢れていた。

そして、恐怖に狂ったその目で、彼女はこう言った。

さわ子「プロト・・・平沢唯には、瓜二つの妹がいたらしいわね」

和「っ・・・!?」

和(まさか憂を・・・!)

それだけは阻止しなければ。

大切な、もう一人の幼馴染まで失うわけにはいかないと、そう思った。

和(それに・・・唯と約束したもの。あの子を守るって)

プロトの資料を見たときから不安定になっていた当時の私に、正確な判断を下すことはできなかった。

そしてあろうことか、幼馴染との約束を後ろ盾にし、
私は人として許されざる一言を口走ってしまった。

和「あの・・・、私の友人に・・・、そっくりな子がいますよ。
彼女は軍に在籍していますし、今日中にでも連れて来られるかと・・・」

そう、あの資料の写真・・・学生時代愛用していたヘアピンを外したその姿は、
前髪を下したあの子にとてもよく似ていた。

いつも元気で、それでいて誰よりも友達のことを大切にしていた・・・

私はそんな彼女を、こともあろうか売ってしまった。

兵器へと変えてしまった。


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私の一言が招いた事とはいえ、驚いたのは山中博士の行動の早さだった。

博士には人としての迷いや葛藤はなかった。

『これは戦争なのよ』と、独り言のように、一言つぶやいただけだった。

彼女は・・・律はきっと、『国の為だ、家族の為だ』と言われたのだろう。

国に虐げられてきた家族を思うあの子には、その言葉だけで理由は十分だった。

律はかつて【プロト】と呼ばれた者に改造された。

【プロト】の持った知識、戦歴、戦闘データ、行動データのすべてが上書きされた。


個を確定する要素。

それはまさに『記憶』と『意識』。

だとすると【プロト】は・・・私の幼馴染は確かにそこにいた。

外見上は【プロト】と非常に酷似し、人格もそれに等しい。

軍は帰ってきた【プロト】を本人と断定。

そして【プロト】はツヴァイの量産を機にプロトタイプから、0号機として配備され、【ZERO】というコードが新たに与えられた。

【ZERO】に合わせて、新たに『第4独立”機械化“遊撃部隊』なるものが編成された。

【ZERO】を部隊長とし、隊員はすべてツヴァイで編成された部隊。

ツヴァイ達は、すべて女性兵で編成された。

【プロト】のデータを上書きする際、彼女と同姓の方が都合がよかったのだという。

そして、ツヴァイ達の中には、私のかつての友人たちの、軽音部の姿があった・・・。

彼女達の活躍は目覚ましいものだった。

ツヴァイの量産後、戦局はみるみるドイツ優勢へと変わっていった。

彼女たちは一個小隊で一個大隊級の働きを示し、そのことごとくを一片の慈悲もなく、地獄へと誘った。

人にして、人にあらざる者たち。

彼女達は人の魂を持たないことから、【GHOST】と呼ばれた。

この冥府の亡霊たちは、戦場を恐怖に陥れた。

そして、かつてあんなに優しかった律は、“ニーベルゲンの死神”と、戦場でそう呼ばれ、恐れられた。

そしてそんな彼女たちのメンテナンス全般を私が担当することになったのも、運命の悪戯だったのかも知れない。

私は戦場から帰ってきた彼女達を迎え入れ、新たな指示を特殊な方法で与えていった。

この頃、彼女達に対しての私の立場は、完全に上に立つようになっていた。

そして、私は律の持っていた写真・・・左に私と憂と澪、右に他の軽音部のメンバーが映った写真を、
私たちが友人だった最後の瞬間を刻んだあの日の写真を、2つに切り裂いた。

私の記憶から、かつての友を引きはがすように。


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最終更新:2011年04月08日 21:27