GHOST達の活躍を傍らに、私は澪と憂に悲しい事実を伝えなければならなかった。
私たちの知っている“あの子たち”はもう、この世には存在しない。
いつまでも隠しおおせるはずもない事実。
『あの子たちが戦死した』という作られた事実を。
和「あのね、気を落とさないで聞いて?私たちにとっては・・・、本当に残念な知らせが届いたの」
和「あの子たちが死んだの・・・。戦場で、戦死が確認されたらしいの。
撤退戦で、遺体の収容は不可能だったって・・・」
私のこの言葉に、澪と憂は泣き崩れた。
覚悟はしていたのかもしれない。
大声で泣くでもなく、静かに泣いた。
その後、しばらくの間、彼女達はふさぎ込んでいた。
しかし数日後、事態は変わった。
澪のもとに、手紙が届いたのだ。
差出人は、死んだはずの律だった。
~第二章 再生、甦る記憶~
(ここは・・・何処だ?
真っ暗で、身動きがとれない。)
一線の光もなく、自分の姿さえも見えない、重力に支配されているようで、身動きの一つもとれない、
- 冷たくて、深海のような場所に、私は一人で佇んでいた。
律(・・・何もない所だな。何でこんな所に。確かわたしは・・・)
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私たちは軍に志願して、ただ戦場で戦い続けた・・・
明日のことなんて全く分からなかったけど、ただこの戦争を生き抜いてやろうと必死に戦い続けた。
さっきまで普通に動き、喋っていた仲間が、次の瞬間には死んでいた・・・。
本当に、ひどい所だった・・・。
そんな中、私だけが前線から呼び戻されたんだっけな・・・
出頭した先は、和が勤務する機関だった。
律(和が戦場から呼び戻してくれたのか?
いや・・・そんな権限はないか)
日本人の和がどう手をつくしたって、そんなことはできっこなかった。
私を出迎えたのは山中博士で、そこに和の顔はなかった・・・
さわ子「なるほど・・・あなたね。所属は?」
律「ハッ! 第17装甲敵弾兵士団であります」
さわ子「ちょっとカチューシャを外させてもらえるかしら・・・?」
さわ子「へえ・・・確かに、似てるわね。入れ物にはもってこいだわ」
律「いれ・・・もの・・・ですか?」
さわ子「ゴホン!・・・わが軍は、先のノルマンディー以降、
連合軍に苦戦を強いられているのは知っているでしょう?」
さわ子「戦争とは、駒の数できまるモノ。わかるわね?」
律「ハイ!軍学校で、学んでいます」
さわ子「しかし!もしもの話だけれど、一騎当千の能力を秘め、
決して怯むことのない兵士を大量に抱えることができたとしたら・・・それはどう?」
律「少ない数で隊を組み、敵を次々と撃滅することが可能かと・・・」
さわ子「ならばもし、あなたにその力を授けるといったら・・・?」
律「私にですか?」
さわ子「そう。無敵の兵となり、一刻も早く戦争を終結させる」
さわ子「あなたの家族も・・・そう望んではいない?」
律(家族・・・)「あのっ!少し考える時間をいただければ・・・」
さわ子「考える時間をあげたいのは山々なんだけど・・・事は急を要するの」
さわ子「こうしてる間にも、多くのドイツ国民が苦しんでいるわ」
さわ子「やっぱり東洋人の血が流れる者には理解しがたいのかしらね」
律「いえ・・・自分は間違いなくドイツ国民です!」
さわ子「クスッ。話はまとまったわね。それじゃあ、すぐに準備をして頂戴」
私はそのあと、いくつかの準備を終え、手術室のような所に連れていかれて・・・
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律(そこからの記憶は、もうない・・・。
私はずっと暗闇の中にいた)
そして、その暗闇の中で目を閉じれば、
『イミノナイコノセカイヲコワセ・・・』と、無機質な声が聞こえてくるだけだった。
私は考えた。
私とは、本当は元々存在しなかったんじゃないかと。
私の意思は、記憶は・・・虚構にすぎないのではないかと。
リツ「ワタシは・・・ダレダ」
薄れていく意識の中、私に時折語りかけてくる声があった。
???『りっちゃん!自分が自分であることを、忘れちゃいけないよ!』
リツ「だ・・・誰だ!?」
???「強い意志と、かけがえのない記憶・・・りっちゃんは確かにそこにいる」
???「忘れちゃだめだよ!大切な仲間のことを」
リツ「イッタイ何ナンダ!?」
その声だけが頼りだった・・・
強い意志とかけがえのない記憶、そして、大切な仲間・・・
その声に導かれるように、私の目の前には、見たことのある現実の世界が現れ始めた。
時には激しい戦闘を繰り返し、殺戮の限りをつくす・・・
律『誰か・・・誰か私を止めてくれ』
逃げ惑う相手の兵士を残酷なまでに一掃する友達の姿・・・
その強さは明らかに人間のものではなかった。
そしてどうやら自分は、彼女達を預かる小隊の隊長のようだった。
またある時には、ラボのような所でメンテナンスを受けた。
和「私のせいで・・・ごめんなさいっ」
目の前には、何故かいつも和がいた・・・
私に【ZERO】と呼びかける彼女がいた・・・。
次第にそれが何の光景か、理解できるようになってきた。
そして嵐の夜、作戦途中に民家に立ち寄ったときのことだった・・・
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その家の主は、バンド活動をしていたのだろうか。
家の中には、ギター2本にベース、ドラムにキーボードが揃っていた。
私は無意識の内にギターをかき鳴らしていた。
周りには、私と同じくギターを弾くツインテールの少女と、キーボードを弾く金髪の少女の姿があった。
『チガウ・・・』
どこか懐かしさを感じる光景だったが、なにか違和感があった。
『違ウ・・・』
確かに見慣れた光景ではあったのだが、私はいつも後ろから彼女達を見守っていたはずだ。
私・・・?
私ハ・・・誰ダ?
私ハ・・・
私は・・・!!
律「違う・・・」
ギターの演奏を止める。
他の2人も私の異変に気づき、演奏を止めて私の顔を見る。
律「私はっ・・・」
私はギターを離し、後方へと、慣れ親しんだ楽器のもとへと歩を進める。
そして、ドラムの前で足を止める。
梓「律・・・先輩?」
あどけなさの残る、かわいい後輩の声が聞こえてくる。
律「梓・・・?」
紬「りっちゃん! もとに戻ったのね!?」
律「ム・・・ギ・・・?」
この日、ついに私にカラダが戻ってきた。
人間の体では無くなってしまったけれど、それは確かに、自分のカラダだった。
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『澪、今からいう事を、落ち着いて聞いてくれ』
『私は、人間としてこの世には存在していない。』
『殺戮兵器として、改造を受けたんだ・・・』
澪に手紙が届いたとき、正直、私はまだ高をくくっていた。
どうせ律がツヴァイになる前にどこかの戦地から彼女に宛てた手紙が、今頃届いたのだろうと・・・
しかし、その手紙は今現在の律からの・・・【ZERO】からの手紙だった。
あり得るはずのない手紙・・・
存在してはいけない手紙だった。
メンテナンスは完璧だった。
問題はなかったはずだ。
しかし、ツヴァイがかつての幼馴染に手紙を書くなどあり得ない。
そんなプログラムはもちろん存在しない。
明らかに律が蘇った、記憶を取り戻したんだと、私は確信した。
その手紙にはいったい何が書いてあったのか。
おそらくは一部始終が書かれていたのかもしれない。
私のついた醜いウソが、彼女に伝わっているかもしれないという不安。
無論、私にそれを見せてもらう資格などなかった。
澪は優しさと慈しみに包まれ清んだ顔をしていた。
私にはそれが何よりも痛く心に突き刺さった。
澪「律は死んだりしないよ・・・。
死ぬよりも生きることの辛さを律は知ってる。
誰よりも優しくて、誰よりも繊細。
そして人間らしく生きていく強い心を誰よりも持ってる。
私も強く生きなきゃ・・・律に笑われちゃうよね。
和・・・、和も負けないで強く生きて・・・」
今ならばはっきりと分かる。
律と澪はいつも繋がっていたんだと。
人の“記憶”と“意志”こそが人の存在そのものであることを。
そしてそれらは永遠に生き続けるんだと。
私は研究所に帰ってすぐ、【プロト】の、唯に関する記録の全てを調べ上げた。
すると、私の前任のRRプロジェクトの管理者であろうか、
【曽我部】という人物の残したレポートが見つかった。
そこには、幼馴染の、唯のサイボーグ化に関する事実が綴られていた。
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唯は大日本帝国、桜ヶ丘市で生まれ、両親の仕事の都合でミュンヘンに移住した。
しかし、戦争が始まると同時に大学も閉鎖、両親を戦争初期に亡くし、妹を守る為、軍へと志願。
しかし、彼女は訓練での成績が芳しく無かった自分の無力さに打ちひしがれ、妹を、
友を守る力が欲しいとRRプロジェクトに志願。
人間である自分を捨ててまで、大切な人たちを守りたいと願った彼女。
しかし、大切な人たちさえ無事ならと、すべてを捨てたにも関わらず、
心のどこかでそれをさせまいと、“記憶”は復元しようとする。
そして彼女は人であった自分をもう一度、取り戻してしまう。
そして記憶を取り戻しても尚、戦争という愚かしい行為の中で“死神”と呼ばれ、
大量に殺戮を繰り返すだけの兵器である自分の存在自体を許せず、抹消したかったのだろう。
そして、唯は消えた。
もうこの世に存在してはいけないと。
このレポートの中で、ツヴァイが記憶を取り戻す現象のことは、“Rebirth”と呼ばれていた。
【GHOST】たちには全て、【プロト】のデータが与えられていた。
【GHOST】たちは【プロト】そのものだった。
そして、【プロト】の失敗因子は【GHOST】たち全員の中にも備わっていた。
いずれ記憶を取り戻すであろうそれらは、仕掛けられた時限爆弾のようなものだった。
今回、律にも“Rebirth”が発生したとすれば、彼女が蘇ったことにも説明がつく。
完全に記憶が戻れば、彼女達は最後まで、全力で軍へと抵抗するだろう。
例えその身を焦がし、その命を捧げることになっても、
この悲しみの連鎖を終わらせるために、失われた本当の自由を取り戻す為に、最後まで戦うだろう。
そうなる前に、何か対策はないかと、私は先ほどのレポートを更に読み進めた。
どうやら、“Rebirth”早期発見段階であれば、
【プロト人格】か【本来の人格】のどちらかを強く焼きいれることにより、そちらの人格へ修復可能であるらしい。
しかし私はこの時、あのとき友を売ったことを後悔していた。
できる事ならあの子たちをこの悲しみから解放したいと、そう考えていた。
この時、私はふと思った。
もし、記憶を焼きいれたまま戦争が終わったら彼女たちは、
そして【GHOST】たちはどうなってしまうのだろうか?
戦争があるからこその存在価値。
意思もない、記憶もない、ましてや今はもう人間ですらない。
ただの機械だ。
そんな存在を戦後の世の中が果たして受け入れてくれるのだろうか?
非人道的な形で産み落とされた兵器、そんな彼女らが記憶を取り戻したとして、
私はどんな顔をして彼女達の前に立てるというのだろうか?
私には、どうすればいいのか分からなかった。
そんな中、【GHOST】と共に行軍中の部隊から、連絡がはいった。
<全【GHOST】に、“Rebirth”の可能性を確認>
“人間を模倣した行動”
彼女らは外見こそ人間のそれと変わらないものの、中身は正真正銘、機械である。
それゆえ、我々の与える特殊なエネルギー源以外は摂取する必要はないはずなのだが、
まるで人間のように、食べ物を食べるフリや、水を飲むフリ、
他にも子供に手を差し伸べる行為や楽器を演奏する行為など、【GHOST】達にとっては奇妙でしかない行為が見られている、との報告があった。
そのような状況の中で、どのように対応すべきなのか指示を仰いできたようだった。
本部はその連絡を受け、極秘裏に対応を進めた。
“GHOST殲滅作戦”
それは私が恐れていたものだった。
死なない兵士として生み出された【GHOST】達はまさに戦場では無敵であり、
彼女達は短機関銃やライフル、ましてやピストルなどで歯が立つ相手ではなかった。
殲滅するには重火器を使用する必要があり、その準備に時間がかかったのは、せめてもの救いだろうか。
GHOST殲滅作戦が進められていく中、
どうするべきか分からなくなった私は、温もりを求めて憂に会いに行った。
しかし、大学が機能していない今、私はただの東洋人であった。
日本人の権利がドイツの街中で機能するとは考えにくい。
そこで私は、万が一のことを想定し、プロジェクトのユニフォームを着たまま、
軍用車でミュンヘンへと向かった。
軍属の特権を盾にしようとしたんだ。
それがどんな悲劇を起こすのかも知らずに・・・
最終更新:2011年04月08日 21:29