梓「今年も残すところあと6日。
商店街のクリスマスソングは鳴り止み、季節外れの熱気を放つ男女も、うつむいて身を狭めてとぼとぼ歩く独り身も、
跡形もなく消えていた。
私は年越しに備えて奔走する主婦の群れの中で一人買い物かごを抱えていた。普段は広々としたスーパーなのに今は息苦しい。
人混みをかき分けて歩いているとジャイアン似の男の子にぶつかられて尻もちをついた。
慌ててコートのポケットに入れていたブツが無事かどうかを確かめる。あれ、ない。
と、思った矢先、私は突然後ろから抱きかかえられた」
唯「大丈夫? あずにゃん」
梓「唯先輩、こんにちは」
唯「ジャイアンめ……。人にぶつかっておいて謝りもしないなんて」
梓「私は大丈夫ですから。たぶん剛田君も気付かなかったんですよ」
唯「全く最近の若いもんは……」
梓「もういいですから。それより離れてください」
唯「時にあずにゃん、この箱あずにゃんのだよね」
梓「あ、拾ってもらってありがとうございます。さっき落としたみたいで。ハハハ」
唯「あ、うん。中身壊れてないかな?」
梓「きっと大丈夫です」
唯「あずにゃんと買い物なんて久し振りだねー」
梓「二週間前にファンシーショップに行ったきりでしたっけ。何も買いませんでしたけど」
唯「あのイヤリング、欲しかったんじゃないの?」
梓「唯先輩だって物欲しそうな目をしてましたけど」
唯「気のせいだよ」
梓「そうですか」
唯「あずにゃん、買い物かご重そうだね。はい、私のかごと交換」
梓「そんな、いいですよ」
唯「ほらほらぁ。これでもいつもギー太で鍛えてるんだから。ひょいっと。うわ、おも……」
梓「ロウソクにクラッカー……」
唯「そば粉に甘酒、おもち、カビ取りハイター、etc.」
梓「平沢家はクリスマスの後夜祭もやるんですか」
唯「ああ、これから和ちゃんの誕生日パーティーなんだー。あずにゃんも来る?」
梓「いえ、いいです」
唯「遠慮しなくていいよ~」
梓「大して親しくない後輩に祝ってもらっても反応に困るんじゃないですか」
唯「和ちゃんならきっとすっごく喜ぶよ」
梓「想像できませんね」
唯「ちぇっ。あずにゃんも一緒ならもっと楽しいお泊まり会になりそうだったのに」
梓「泊まるんですか?」
唯「うん」
梓「いいですね、お泊まり」
唯「おかしな表情してるねあずにゃん」
梓「そんなことないですよ」
唯「あずにゃんだって一昨日お泊りだったんじゃないの?」
梓「どこにですか?」
唯「彼氏の家?」
梓「バカ言わないでください。家族と過ごしました」
唯「でも本当は?」
梓「本当に家族とです」
唯「そっかー」
梓「まぁ私だって家族以外とクリスマスを過ごしたいとは思ってますよ」
唯「じゃあ来年はうちに来る?」
梓「来年は唯先輩受験生じゃないですか」
唯「じゃあ再来年」
梓「私が受験生です」
唯「じゃあいつになってもいいから、いつか一緒にクリスマス過ごそうよ」
梓「2年以上経っても独り身って寂しくないですか?」
唯「大丈夫。私はあずにゃんを置いてどこかに行ったりしないから」
梓「私は唯先輩を放置してどこかへ行くかもしれませんよ」
唯「その時は何としてもあずにゃんを探し出して私の家に連れ込むよ」
梓「しつこい女は嫌われますよ」
唯「私はあずにゃんに嫌われないならいいや」
梓「唯先輩なんか大っ嫌いです」
唯「あずにゃんに無視されないならいいや」
梓「嫌でも視界に入ってくるから無視できないです」
唯「残念でした」
梓「ほんとに」
唯「おやレジ混んでるねぇ」
梓「年末セールですから。しょうがないですよ」
唯「でもあずにゃんとずっとおしゃべりできるならこれはこれで」
梓「まぁ退屈はしませんね。あ、そこの棚のキャットフード取ってください」
唯「食べるの?」
梓「違いますよ。あずにゃん2号へのクリスマスプレゼントです。二日遅れですけど」
唯「純ちゃんの家に行くの?」
梓「はい」
唯「お泊まり?」
梓「ええ」
唯「そっかー」
梓「嘘ですけどね」
唯「嘘つきあずにゃん」
梓「日頃のお返しです。面白い顔してましたよ唯先輩」
唯「ふんだ。あずにゃんなんか知らない」
梓「はいはい。……あの、唯先輩」
唯「ふん」
梓「コートのポケット膨らんでますけど、万引きですか?」
唯「……あずにゃん。二日遅れのプレゼントってアリだと思う?」
梓「……アリだと思います」
唯「緑でよかったかなぁ」
梓「いいと思いますよ。ところで唯先輩」
唯「なにかな」
梓「赤色好きですか」
唯「うん」
梓「レジ、なかなか進みませんね」
唯「早く進まないかなぁ」
―――――
梓「良くも悪くも私の世界観を一変させた出会いから早一年。
私は学校から課された課題を片付けるべく図書館へと足を運んだ。
本棚から有名な作曲家の伝記を取り出す。何でも、進路指導の一環ということで、学校指定の図書の中から一冊を選び、レポートにまとめろということ。
近くの机で読むことにしたのだけれど。さて、またもやお決まりのパターンだ。
この人は私をストーキングしているのか。いや、寧ろ私がこの人を無意識のうちにストーキングしているのか。
それは私にはわからない。机に突っ伏してすーすー寝息を立てているこの人にもきっとわからない」
唯「…すー…すー……ん。 あれ? あずにゃん?」
梓 [ 図書館なんですから静かにしてください。言いたいことがあるなら紙に書いて ]
唯 [ あずにゃん、いつのまに来たの? ]
梓 [ 30分位前でしょうか ]
唯 [ あ、私1時間もねてたんだ ]
梓 [ ノートがぐしゃぐしゃに…… ]
唯 [ よし、ねむけざましにあめちゃんなめよう。あずにゃんもどうぞ ]
梓 [ これ眠気覚ましになるんですか? ]
唯 [ ところであずにゃんはどうしてここに? ]
梓 [ これですよ。春休みの課題 ]
唯 [ ああ、こういうのあったね ]
梓 [ 唯先輩は去年何を読んだんですか ]
唯 [ えっと、かもめさんのお話だったかな ]
梓 [ はぁ、それでレポートには何と? ]
唯 [ たしか…私はかもめになりたい、みたいなことを ]
梓 [ それでOKだったんですか ]
唯 [ うん ]
梓 [ なんか真面目に課題をやるのが馬鹿馬鹿しくなってきました ]
唯 [ 今日はういや純ちゃんとはいっしょじゃないの? ]
梓 [ 読書は一人の方が落ち着いてやれますから ]
唯 [ そっか ]
梓 [ 唯先輩こそ、澪先輩達と一緒じゃないんですね。見たところ勉強してたみたいですけど ]
唯 [ ムギちゃんは旅行に行ってるよ。今日はりっちゃんとみおちゃんと勉強してたんだけど、りっちゃんは弟君が事故にあったらしくて先に帰って、みおちゃんも親せきの集まりがあるって言って帰っちゃった ]
梓 [ みんな帰ったのに一人で勉強なんてちょっと見直しました。寝てましたけど ]
唯 [ みおちゃんに少しは課題進めろよって言われちゃってね ]
梓 [ よく見たら数学の課題プリント20ページあるのに2ページまでしか終わってないんですね ]
唯 [ ヘルプミーあずにゃん ]
梓 [ 無理です。自分で何とかしてください ]
唯 [ ここ1年生のハンイだよー ]
梓 [ 私は読書で忙しいんです ]
唯 [ そう言いながらもよくしゃべるね ]
梓 [ しゃべってません。書いてるんです ]
唯 [ ざ・へりくつ ]
梓 [ イラッ ]
唯 [ レポートなんて私は作曲家になりたいとか書いてればいいんだよ ]
梓 [ お断りです。唯先輩も大人しく計算式を解いてください ]
唯 [ すきのかくーりつーわりーだすーけいーさんしーきー ]
梓 [ ありません ]
唯 [ あずにゃん、このあとひま? ]
梓 [ 予定はないですね ]
唯 [ じゃあデートしよっか ]
梓 [ エイプリルフールは明日ですよ ]
唯 [ いつもの冗談だよ~。ちょっと楽器屋さんに行ったりアイス食べたりするだけ ]
梓 [ しょうがないですね。懐に余裕はないですけど]
唯 [ おごったげるよ ]
梓 [ 悪いですよ ]
唯 [ その代わり課題手伝って ]
梓 [ ワイロですか ]
唯 [ ほーたーるのひーかーり まーどのゆーきー ]
梓 [ もう閉館みたいですね ]
唯 [ 今日はユウイギだったよ ]
梓 [ 課題大して進んでないじゃないですか。私もですけど ]
唯 [ でも久し振りにあずにゃんの顔見れたから ]
梓 [ 一週間もしたら毎日会えるようになりますよ ]
唯 [ ここ最近、私はあずにゃん分不足でうえてたんだよ ]
梓 [ ドン引きです ]
唯 [ 文字で書かれるとよけいにきずつくね ]
梓 [ さ、早く出ますよ。急いでください ]
唯 [ まってよ、あずにゃん ]
梓「ふぅ。それじゃ、唯せんぱ…」
唯「あーずにゃんっ」
梓「にゃっ」
―――――
梓「明後日から新学期。
……ここはどこ? 視界がぼやけている。頭が上手く回らない。
頭の下には柔らかい枕があるからきっと自宅のベッドの上なんだと思う。
でもちょっと変。うちにこんな枕あったかな。柔らかくていい匂いがする。
私は枕を舐めてみた。布の感触じゃない。状況を確認しようと右手を彷徨わせる。
私の右手は何かに優しく包まれた。覚えのある優しい感触。
私の意識は徐々に覚醒し始めた」
唯「あずにゃんおはよー」
梓「……おはようございます、唯先輩」
唯「可愛い寝顔だったね」
梓「私、どうしてここで寝てたんでしたっけぇ」
唯「まずここがどこかわかる?」
梓「……公園? あ、そっか。みんなでお花見に……」
唯「それでさわちゃんが持ってきたこれを飲んであずにゃんはばたんきゅー」
梓「それ、ジュースじゃなかったんですねぇ」
唯「私もあずにゃんが飲むまで気付かなかったよ」
梓「あ、すみません。膝借りちゃってぇ」
唯「いいよいいよー。私は満足だよ」
梓「でもそろそろ恥ずかしいですぅ。うっ」
唯「無理しないで休んでなよ」
梓「でも……」
唯「誰も見てないから」
梓「……皆さんどうしたんですか」
唯「私以外みんな飲んじゃってね」
梓「澪先輩、高笑いしながら律先輩の背中をバンバン叩いてますねぇ」
唯「もじもじしてるりっちゃんきもーい」
梓「ああ、あの澪先輩があんな汚らしい言葉を」
唯「めそめそしてるりっちゃんきもーい」
梓「さわ子先生とムギ先輩はあまり変わってないような」
唯「テンションがいつもより3割くらい増してるけどね」
梓「珍しく律先輩を脱がしにかかってるみたいですね」
唯「普段はガードが堅いりっちゃんをこの機に乗じて……。やりますなぁ、さわちゃん」
梓「憂はずっとさわ子先生にお酌してるしぃ」
唯「新入社員とセクハラ上司みたいだね」
梓「憂の将来がちょっと心配になってきましたぁ」
唯「純ちゃんはなんか叫んでるよ」
梓「いつもより5%くらい存在感が増してますねぇ」
唯「和ちゃんまだかなぁ」
梓「そういえば姿が見えませんが……。どこに行かれたんですかぁ?」
唯「『そうなんだ。じゃあ私酒屋に行くね』だって」
梓「大丈夫なんですかぁ生徒会長」
唯「私には止められませんでした」
梓「何だかぁ今の唯先輩、すっごく大人っぽく見えますぅ。相対的に」
唯「えへへぇ。何だかあずにゃんのお母さんになった気分。いい子いい子」
梓「撫でないでください。あぁ、この体勢じゃ何を言っても情けなぁい」
唯「たまにはいいじゃん。こういうのも」
梓「確かに皆さんと比べると私の醜態なんて大したことありませんねぇ」
唯「来年になったら私もお酒飲むのかなぁ」
梓「大学生になったら普通飲むんじゃないですかぁ」
唯「私が飲んだらどんな風になるのかなぁ」
梓「余計にうっおとしくなりそうですから一緒に飲みたくありませんねぇ」
唯「ひどっ」
梓「でもいつも以上に無差別な抱きつき癖が出ると困りますからぁ私がついてなきゃダメですねぇ」
唯「おお、酔っ払いあずにゃんは素直だね」
梓「はいぃ? 私何かおかしなこと言いましたか?」
唯「別にぃ」
梓「そもそも唯先輩大学受かるんですかぁ」
唯「大丈夫だよ。一年間頑張れば」
梓「今のところスタートラインの100メートルくらい後ろにいるように思えますけどぉ」
唯「だ、大丈夫だよ」
梓「あ、でも唯先輩と同学年になるのもいいかもぉ」
唯「私は先輩でいたいよ」
梓「無理無理ぃ。唯じゃ無理ぃですよぉ」
唯「あずにゃん、もう休んだら」
梓「しょうがない、ですねぇ。あぁ。ひざ、きもちい」
唯「やれやれだね」
最終更新:2011年04月15日 23:34