梓「先輩達にとって高校生活最後の学園祭は、最高の形で幕を閉じた(私はそう思っている)。

  とはいうものの、先輩達は相変わらず部室に顔を出している。
  受験勉強をするという名目で(実際はお茶時々演奏のいつもの軽音部だけど)。
  私はというと、一人で練習しようとしても結局は先輩達に流されてしまっていた。
  いや。白状すると、流されるというよりも私は自分の意思で先輩達の方へ歩み寄っているんだ。

  私は先輩達からたくさんのものをもらっている。今日だってそう。普段より重みが増している鞄に心地よさを感じていた」


唯「やっぱりプリッツはサラダ味だねぇ」

梓「ローストでしょう」

唯「わかってない。わかってないよあずにゃん」

梓「ローストのシンプルな良さがわからない人は可哀想ですね」

唯「サラダはシンプルさ+申し訳程度の味付けでより洗練されたシンプルになってるんだよ!」

梓「意味がわからないです。そもそもサラダのどこがサラダ味なんですか」

唯「それは言っちゃあいけないお約束だよ」

梓「それより、食べながら歩くのはよしたらどうです? 下品ですよ」

唯「もうなくなっちゃったよ。あ、あそこのファミレス寄ろうよ」

梓「まだ食べるんですか」

唯「違うよ。あずにゃんにおごってあげるんだよ。それが私からのプレゼント」

梓「はぁ、ありがとうございます」

唯「あずにゃん、今日は一段と笑顔が素敵だねぇ」

梓「さて、何注文しようかな」

唯「このピリ辛ジンジャーパフェなんてどう?」

梓「ないですね」

唯「じゃあ無難にこのいちごパフェかなぁ」

梓「高くないですか? それに大きいです」

唯「今月はおこづかい節約したから大丈夫。それに二人で食べるならちょうどいいよ」

梓「二人でって」

唯「すいませーん。特製いちごパフェ一つくださーい」

梓「ちょっと」

唯「あずにゃん、今日は一段と笑顔が素敵だねぇ」

梓「はぁ、そう見えますか」

唯「みんなからプレゼントもらえてうれしいのかな?」

梓「そうですね」

唯「りっちゃんからは何をもらったの?」

梓「ゲームソフトです。リズムゲームなんですけど、もう飽きたから梓にやる、って言ってました」

唯「りっちゃんも素直じゃないなぁ。ツンダレっていうんだっけ、そういうの」

梓「ちょっと違うと思います」

唯「澪ちゃんからは?」

梓「ヘアーアクセサリーです。以前私が欲しがっていたものを覚えていてくださったみたいです」

唯「それ今度学校に着けて来てね」

梓「学校に着けて来るにはちょっと派手すぎるかも……。あ、ムギ先輩からは香水を貰いました」

唯「ムギちゃんいい匂いだもんねぇ」

梓「そうですね。ちょっとくらくらするくらい」

唯「憂と純ちゃんからは?」

梓「憂からは手作りの手袋を、純からは駅前のドーナツ屋の割引券を貰いました」

唯「あずにゃんは愛されてるね~」

梓「はぁ、嬉しいですね」

唯「照れちゃって。かーわいっ」

梓「そんなことないです」

唯「でもみんなのプレゼントと比べると私のは物足りないかなぁ」

梓「そんなことないですよ」

唯「そうかなぁ」

梓「去年の唯先輩の誕生日なんて、私お金使ってないですし」

唯「それは私が誕生日を教えてなかったから……。私はあずにゃんへのプレゼントが思いつかなかったからこんなことしかできなくて……」

梓「受験生なんですからプレゼントを選ぶ時間なんてなくて当然です。誕生日を覚えていてもらえただけでも嬉しいです」

唯「でも……」

梓「パフェ、来ましたね」

唯「うわぁ、おっきいねぇ」

梓「そうですね。ではいただきましょう」

唯「うん。いただきまーす。んっ?」

梓「あ、あーん」

唯「あずにゃん……」

梓「あーん!」

唯「もぐもぐ。あずにゃんったら……」

梓「悪いですか」

唯「んーん。はい、あーん」

梓「もぐもぐ。おいしいですね」

唯「そだねー。でも」

梓「何ですか?」

唯「他の人がこっち見てるよ」

梓「……別に気にしません」

唯「もぐ。あずにゃん、今夜うちに来ない?」

梓「もぐ。すみません、家族との約束がありますから」

唯「もぐもぐ。そっかぁ、ならしょうがないね」

梓「もぐもぐ。すみません」

唯「いいよいいよ。もぐ。あずにゃんは愛されてるねぇ」

梓「妙なところで過保護なんですよね、うちの親。もぐ」

唯「うらやましいよ、もぐもぐ」

梓「そうですか? もぐ」

唯「残念ではあるけどね。もぐ。誕生日やクリスマスにあずにゃんと一緒に過ごせないのは」

梓「もぐ。別に夜一緒に過ごす必要は……」

唯「あっ」

梓「どうしたんですか」

唯「わかったよ。あずにゃんと一緒に過ごす方法」

梓「どうするんですか」

唯「家族になればいいんだよ!」

梓「はぁ?」

唯「私があずにゃんの家族になればいいんだよ!」

梓「はぁ、どうやって?」

唯「うーん。どうすればいいんだろ?」

梓「無理じゃないですか」

唯「さて困ったね」

梓「とにかく、今夜は一緒に過ごせないですね」

唯「じゃあクリスマスまでにはあずにゃんと家族になる方法を考えとくよ」

梓「そんなに早く答えは出ないでしょ。せめて来年の誕生日を目標にしたらどうですか?」

唯「うーむ、そうだね。現実的に考えるとそうだね。……それにしても」

梓「食べきれない、ですね」

唯「もうお腹一杯」


―――――

梓「あけましておめでとうございます。

  今日はみんなで初詣。私達軽音部のメンバーの他に憂、純、和先輩を加えた8人で近場の神社に押し掛けていた。
  茶髪ロングの見覚えのある後ろ姿も見かけたが、話しかけづらい雰囲気だったので敢えて無視しておく。
  お参りを終え、おみくじを引いたら解散するのかと思いきや、皆さん、屋台でお買い物を始めなさった。私もリンゴ飴を買ったけども。

  受験勉強、しなくていいのかなぁ」


唯「わたあめいかがっすか」

梓「いただきます」

唯「賑わってるねぇ」

梓「あむ。新年ですからね」

唯「ああ、欲望渦巻く新年の社」

梓「唯先輩の食欲もほどほどにしてください」

唯「むぅ。私だって食い意地張ってばかりじゃないんだよ。18にもなれば多種多様な欲求が生まれるものなのさ」

梓「夢は大きく、欲は小さく、と言いますね」

唯「私のこの胸にははち切れそうなほどの夢が詰まってるんだよ」

梓「そうなんですか」

唯「いやん。そんなにジロジロ見ないで」

梓「勘違いしないでください」

唯「あ、さわちゃんだ。一人なのかな」

梓「みたいですね」

唯「何だか熱心にお祈りしてるみたいだけど」

梓「もう三分間くらいずっとあの調子ですけど」

唯「何をお願いしてるんだろう」

梓「きっと先輩達がみんな第一志望に合格するようにお願いしているんですよ」

唯「さすがさわちゃん。我らが担任」

梓「立派ですね」

唯「うーん、やっぱりあれくらい熱心じゃなきゃ願いは叶わないのかな」

梓「いえ、ほどほどでいいと思います。ところで唯先輩は何をお願いしたんですか」

唯「色々あって迷ったんだよね。ギターが上手くなりますようにとか、アイスの値段が下がりますようにとか、たらふく食べられますようにとか」

梓「一つに絞ってください。それに肝心なのが抜けてますよ」

唯「まさかぁ、忘れるわけないよ」

梓「そうですか」

唯「あずにゃんがもうちょっと私に優しくなりますように」

梓「受験はどうでもいいんですか」

唯「うそうそ。ちゃんとお願いしたよ。みんなで一緒の大学に行けますようにって」

梓「本当ですよね」

唯「あずにゃんは何をお願いしたの?」

梓「……さわ子先生と一緒です」

唯「そっか。ありがとね」

梓「唯先輩が浪人なんてしたら、気になって私が部活に専念できなくなりますから」

唯「何で私が落ちること前提なの~?」

梓「一番心配ですから」

唯「りっちゃんもどっこいどっこいだよ~」

梓「律先輩は世渡り上手っぽいので心配してません」

唯「私だって人生という大海原を逞しく生き抜いてみせるよ」

梓「今は海賊ブームみたいですからよした方がいいと思います」

唯「いや、私は海を渡るよ」

梓「海外へ行きたいんですか?」

唯「そういうわけじゃないけど、船に乗りたいんだ」

梓「どうしてですか」

唯「解放感に浸りたいんだよ。この辛い受験戦争でボロボロになった体を癒すためにね」

梓「全然ボロボロになってませんよ。もう少し自分をいじめてもいいと思います」

唯「ああ、誰か私をこの辛い現実から連れ去ってくれないかしらぁ」

梓「私は嫌ですからね。というか今日の唯先輩は妙に芝居がかってますね」

唯「ちょっと頭よさそうにふるまってみました! 受験生ですから」

梓「逆効果です」

唯「そうっすか」

梓「そうっすよ」

唯「船に乗りたいな~」

梓「乗るのは受験終わってからにしてください。卒業旅行とかするんじゃないですか?」

唯「おお、そうだね。楽しみだなぁ」

梓「でも受からないと行けないですよ。みんなが旅行を楽しんでる中、一人予備校探しなんてことになったら悲惨ですよ」

唯「うぅ、なんて厳しいんでしょうこの子は。担任や進路指導の先生よりも厳しいよ」

梓「先生方、優しいんですね」

唯「あずにゃんの鬼ぃ。悪魔ぁ」

梓「はいはい。じゃあ鬼と大学で同期にならないように頑張ってください」

唯「うん。絶対に今年卒業旅行に行くよ!」

梓「はぁ。しょうがない人ですね」

唯「あずにゃんも一緒にね」

梓「……はぁ」

唯「行きたくないの?」

梓「一緒に行ってもいいんですか?」

唯「当たり前だよ。今日のこのメンバーで行こうよ」

梓「なんか気がひけますね」

唯「いいんだよ。みんなで最後の思い出作りをしようよ」

梓「最後……」

唯「あずにゃん?」

梓「いえ、楽しみですね」

唯「じゃあ早速旅雑誌を買いに本屋へ……」

梓「英語の問題集を買ってください」


―――――

梓「先輩達は桜が丘高校を無事卒業した。

  3月末、私はフェリーの甲板上を歩いていた。少々肌寒い。
  卒業旅行は結局国内ということになったが、飛行機や新幹線は使わず、フェリーを使うことになった。
  唯先輩と……ムギ先輩たっての希望で。
  今は帰りのフェリー。明日の朝には楽しかった旅行も終わる。

  私は星空の下を歩いていた。この2年間、私を惑わしてきた歌声に誘われて」

梓「唯先輩」

唯「あずにゃん」

梓「どうしたんですか」

唯「解放感に浸ってたんだよ」

梓「綺麗な星空ですね」

唯「潮風が気持ちいいね」

梓「寒くないですか」

唯「大丈夫。へっくし」

梓「カーディガン着てください」

唯「ありがとう」

梓「探しましたよ。夕食をとったら突然いなくなるんですから」

唯「ごめんねぇ。ちょっと一人になりたくて」

梓「私、お邪魔でしたか?」

唯「ううん。ここ、座りなよ」

梓「脚出すと危なくないですか?」

唯「どうして?」

梓「サメに食いつかれそうです」

唯「まさかぁ。この高さだよ」

梓「わかりませんよ。急に海が荒れて打ち上げられたサメにガブリといかれるかも」

唯「そんなことになったら脚だけじゃすまないね」

梓「ですね」

唯「ほら、脚に水しぶきが当たって気持ちいいよ」

梓「しょうがないですね」

唯「ごはんおいしかったね」

梓「フェリーの料理はおいしくないって印象がありましたけど意外といけましたね」

唯「みんなで食べたからじゃないかなぁ」

梓「そうかもしれませんね」

唯「? あれ、今悲鳴聞こえなかった?」

梓「純の声ですね。お風呂で律先輩かさわ子先生あたりにいじられてるんじゃないですか」

唯「なーんだ。卒業旅行帰りの女子高生たちが事件に巻き込まれて……ってパターンかと思ったよ」

梓「マンガじゃないんですから。縁起でもないこと言わないでください」

唯「みんなお風呂に入ってるの?」

梓「澪先輩とムギ先輩と憂と和先輩はもう上がりました。他の3人は今入ってます」

唯「あずにゃんは?」

梓「私はまだです」

唯「どうして?」

梓「唯先輩を探してたからですよ」

唯「ごめんね」

梓「いいですよ。あまり人が多い時に入るのは好きじゃないですからね」

唯「恥ずかしがり屋さんだねぇ」

梓「悪かったですね」

唯「愛おしいよ」

梓「え?」

唯「あ、可愛いよ」

梓「はぁ」

唯「うーん、酔ってるのかな、私」

梓「そんな風には見えませんけど」

唯「あー、ちょっと私おかしくなってるかも」

梓「元からちょっとおかしい人ですよ、唯先輩は」

唯「相変わらずの辛口だねぇ、あずにゃん」


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最終更新:2011年04月15日 23:37