唯「んー」
梓「どうしたんですか」
唯「いや、ムギちゃんも見当たらないなぁって」
梓「ムギ先輩は他のお客様と会うのに忙しいんですよ、たぶん。しょうがないです」
唯「残念だなぁ。いっぱいお祝いの言葉を伝えてあげたいのに」
梓「もう少し待てば来てくれますよ」
唯「そうだね」
梓「それにしても、私達場違いだと思いませんか?」
唯「まぁしょうがないよ。私達が無理矢理頼みこんで招待してもらったんだし」
梓「無理矢理?」
唯「ムギちゃんの誕生日パーティーはりっちゃんの部屋でやろうって話になってたんだけどね。でもムギちゃんのお父さんが別荘でパーティーを主催して、ムギちゃんは断れなくて」
梓「そうだったんですか」
唯「でもムギちゃんは私達と一緒に祝いたいって言ってくれて、どうにか私達もこのパーティーに出席させてもらえたんだ」
梓「そういう経緯があったんですか。私までお招きいただいてよかったんでしょうか」
唯「当たり前だよー。あずにゃんも仲間なんだから」
梓「ありがとうございます。でも人前ですからもう少し離れてください」
――
唯「えっ? いえ、違います。私はムギちゃ……紬お嬢様のお友達ですよー」
梓「私はお嬢様の高校の後輩です。お嬢様にはいつもお世話になっています」
唯「……はーっ、びっくりした。あずにゃん。私って名家のご令嬢に見える?」
梓「いえ、全然」
唯「だよねー。何だったんだろうあのおじさん」
梓「やっぱり私達は場違いなのかもしれませんね。それより唯先輩」
唯「なに?」
梓「もう、口元にソース付いてますよ」
唯「あ、ありがとね、あずにゃん」
梓「あの人もどうかしてますね。唯先輩をお嬢様と思うなんて」
唯「それはどういう意味で?」
梓「庶民的、ってことです」
唯「まぁさておき。ムギちゃんが来るまではあずにゃんとおしゃべりしとこうかな。積もる話もあるでしょう」
梓「会うのは2ヶ月ぶりですからね」
唯「部活はどう? 確か新入生が二人入ったって言ってたよね」
梓「ええ。一人目はゴールデンウィーク後すぐに入部しました」
唯「どんな子?」
梓「大人しめの子です。経験はないそうですがドラムをやりたいと言って入部しました」
唯「大人しめのドラマー、かぁ」
梓「雰囲気はムギ先輩に近い感じの子ですね。ちょっと怖がりなところは澪先輩っぽいかも」
唯「りっちゃんと会わせたらどうなるかな?」
梓「たぶん律先輩のテンションにビビって憂の後ろに隠れちゃいますね」
唯「これまた可愛らしい新入生だね」
梓「ええ、可愛いですよ」
唯「もう一人は?」
梓「もう一人は……昼休みに音楽室でピアノを弾いている子を見つけて勧誘しました。先月のことですね」
唯「どんな子なの?」
梓「何でも昔からピアノをやってたそうなんですが、音楽系の部活をいくつか見て回っても自分に合う部が見つからなかったとか。どの部もピアノが目立たないからいやだって」
唯「へー。その子は軽音部にも見学に来たの?」
梓「いえ、軽音部は最初から眼中になかったみたいですね。ピアノは使わないだろうって。私は去年までキーボードを弾いていた先輩がいるんだよって言ってやりました。そしたら」
唯「そしたら?」
梓「どうせ地味だったんでしょう、って言われました。カチンと来ましたよ」
唯「それはカチンと来るね」
梓「その日の放課後、一年生の教室にその子を捕まえに行って、部室に連れ込みました。それから今までのライブのDVDを全部見せてやりました」
唯「で、どうだったの?」
梓「最初その子は黙りこんでました。しばらくすると立ち上がって『私、軽音部に入部します!!』って」
唯「よかったね」
梓「はい。今は『目指せムギ先輩!』って言って元気にキーボードを弾いてますよ」
唯「その二人に、憂に純ちゃんかぁ。賑やかそうで羨ましいよ~」
梓「先輩達がいた頃ほどじゃありませんよ。でも楽しくやってます」
唯「よかったぁ」
梓「先輩達はどうですか。軽音サークルに入ったんですよね」
唯「うん。まだライブとかはしてないけど、変わらず4人でバンドやってるよ」
梓「澪先輩も律先輩もムギ先輩もあまり変わったようには見えませんね」
唯「いやー、みんな少しずつ大人になっているんだよあずにゃん」
梓「合コンにでも行ったんですか」
唯「行ったよ」
梓「えっ」
唯「先輩に誘われて断れなくてねー。あ、何もなかったけどね。ただ飲んだり食べたりしただけ」
梓「本当ですか」
唯「本当だよ~」
梓「確かめさせてください」
唯「どうやって?」
梓「あー、無理ですね」
唯「でも最近はあまり誘われないなぁ」
梓「どうしてでしょうか」
唯「私達、基本的に4人でいることが多いからかなぁ。高校時代と変わらずね」
梓「大学でも入り込めないオーラを出してるんですか、先輩達」
唯「あ、でもハブられてるわけじゃないからね」
梓「唯先輩や律先輩の性格ならそんな心配はしませんよ」
唯「ムギちゃんと澪ちゃんもかなり積極的だよ。特に澪ちゃんはがんばってるよ」
梓「澪先輩が恥ずかしがり屋を克服したんですか?」
唯「克服、はしてないと思うけど、うーん、ちょっとオープンになった? 結構趣味の合う人を見つけてるみたいだよ。音楽とか小説とかで」
梓「大学って色んな人がいそうですもんね」
唯「楽しみになったかな?」
梓「ええ、そうですね」
唯「今は4人グループだけど、来年は5人グループになるのかな?」
梓「高校の時と同じですね」
唯「でもあずにゃんなら私達以外の友達もたくさん作れるよね」
梓「友達作りに自信はありませんけどね」
唯「大丈夫だよ、あずにゃん。迷えるピアニストを軽音部にスカウトした時と同じ感覚で声掛ければいけるよ。あずにゃんは可愛いし」
梓「それ、関係あるんですか。あ、別に自分で自分のことを可愛いと思ってるわけじゃありませんよ。言っておきますけど」
唯「ダメだよ。自分に自信を持たなきゃ」
梓「いえ、そういう問題じゃないと思います」
唯「あずにゃんみたいに好奇心旺盛な子は大学に来ても楽しめるよ。待ってるからね」
梓「……はい。でもその前に」
唯「うん、学園祭ライブには絶対行くから」
梓「見せてあげますよ。新しい軽音部を」
唯「あずにゃんかっこいー」
梓「すいません、今のセリフは取り消しで」
唯「あ、りっちゃん達戻ってきたよ」
梓「ですね」
唯「さぁみんなに聞かせてあげて、新しい軽音部の話」
梓「……わかってますよ。あ、言い忘れてましたけどトンちゃんはひとまわり大きくなりました」
唯「あずにゃん、愛情注ぐのはいいけどね」
梓「わかってますよ」
唯「そういえば来年からトンちゃんはどうするの?」
梓「それはこれから考えます」
唯「私のマンションはカメなら飼っていいらしいよ」
梓「そうなんですか」
唯「あ、ムギちゃんも来たね。さてさて」
梓「はい」
唯「ムギちゃーん! 誕生日おめでとーっ!!」
梓「ムギ先輩、誕生日おめでとうございます!」
―――――
梓「私は今、3度目の学園祭のステージに立っている。
一曲目のふでペンのボーカルは私。二曲目のカレーのボーカルは憂。
三曲目のホッチキスはまた憂。今演奏中。
次のU&Iも憂。憂に負担をかけすぎて申し訳なく思っている。
それに、結局新曲を作らずにかつての軽音部の曲を引き続き使っていることに後ろめたさを感じている。
でも、私達のバンドにだって先輩達に負けない良さがある。それを先輩達に示したかった」
梓(ちょっとドラム弱いかな、ドラ美)
唯(りっちゃん、少しは落ち着きなよ。あの子は恥ずかしがり屋さんなの)
梓(リズムはしっかりキープしてるんだけどなぁ。自信持っていいんだよ)
唯(あずにゃんが目配せしてるでしょ。ほら、あの子も本気を出せばあんなにパワフルに叩けるんだよ)
梓(この子は練習に真面目に取り組んでいたからね。上達は凄く早かった)
唯(どうしたの、りっちゃん。膨れちゃって。もしかして嫉妬? 大丈夫、りっちゃんにはりっちゃんの良さがあるから)
梓(でも、少し物足りなさはあった。ドラムにも、性格にも、あの人ほどの刺激がないというか)
唯(手がかからなそうな子だよね)
梓(誰よりも早く部室に来て先に練習を始めるけど、誰かが来たら遠慮して叩くのをやめちゃう。ある意味手がかかる子だったね)
唯(あの子、どうしてドラムを始めたのかな)
梓(でも、これだけ大人しい子がどうしてドラムなんて激しい楽器を選んだのか、私には疑問だった。この子はきっと……変わりたかったんだと思う)
唯(あ、またちょっと弱くなってきた。がんばれー)
梓(目立とうとしたら、人に怒られるんじゃないか。でも控えめな自分が嫌い。そういう気持ちを行ったり来たりしてたんじゃないかな。入部が遅かったのもギリギリまで自分自身と格闘してたから?)
唯(今度は純ちゃんが目配せを)
梓(私達はドラ美のことを認めてるけど、ドラ美自身はそうは思っていない。自分は下手なんだって気負いすぎてしまう)
唯(もっと笑顔を見せてもいいんだよ~)
梓(でもね、いいんだよ。下手でも)
唯(あずにゃんがまた後ろを見た?)
梓(ドラムなんてストレス解消に叩くもの、くらいに考えてもいいんだよ?)
唯(なんか、あずにゃんすごくいい笑顔なんだけど……。あの子困惑してるよ)
梓(なんかドラム叩きたくなっちゃってさー、とか言っていきなり叩き始めたっていいんだよ)
唯(あの子の表情も和らいできたね)
梓(そしたら、みんなも自分の楽器を弾き始める。そのうち音も心も一つになる。バンドってそういうものだよ)
唯(あ、笑った)
梓(さぁ、楽しもうよ、ドラ美)
――
唯(しかしあのキーボードの子、楽しそうだなぁ)
梓(ちょっと落ち着きなさいよ、鍵子。ちゃんと目立ってるから)
唯(あずにゃん、今度は私に向けるような呆れた視線をキーボードの子に)
梓(憧れのムギ先輩が来てくれる、って教えたからいつも以上に張り切ってるのかな。そういえば先輩達が見つからない)
唯(ふおぉ!? ムギちゃんまでハイテンションに?)
梓(だから落ち着きなさいって。そんなに興奮したらぶっ倒れるよ)
唯(あ、あの子こっちに気付いたみたい)
梓(まぁ、先輩達が来てて落ち着かないのはわかるけどさ。……私だってそうだし)
唯(あずにゃんは気付いてないのかな。手を振ってみようか)
梓(この子は才能もあるし、努力も人一倍する。でも何かが足りなかった)
唯(うぅ、あずにゃんがまた思案顔に。こっちに気付いてくれない)
梓(何が足りないか……。強いてあげるとすると、「安定感」かな。モチベーションがなくなると全く弾けなくなる)
唯(あの子、凄い汗。激しすぎじゃないかな)
梓(でも、目標を定めたら行きすぎと言っていいくらいのめり込む。両極端なんだよね)
唯(また呆れた視線をキーボードの子に)
梓(そういう風には微塵も思ってないだろうけどさ、鍵子)
唯(あずにゃん、ニヤリ)
梓(鍵子はドラ美に似てるよ)
唯(これまた困惑してるよ、あずにゃん)
梓(自分を保てるものがなくて必死にあがいてる。不安に駆りたてられて自己表現が上手くできない)
唯(泣かせちゃダメだよ、あずにゃん)
梓(大丈夫だよ、鍵子)
唯(でも、あずにゃんもすっかりお姉さんだね)
梓(だって鍵子は鍵子だもん)
唯(ムギちゃん、どうしたのかな。真剣な顔つきだけど)
梓(ムギ先輩になれなくてもいいんだよ。鍵子の鍵盤だって魔法を奏でることはできるんだよ)
唯(んー。キーボードの音色がちょっと変わった?)
梓(ま、鍵子の鍵盤には76人の小悪魔が住み着いてるみたいだけどね)
唯(あずにゃん、またもニヤリ)
梓(あ、それと新部長はドラ美に任せようと思うんだ。鍵子じゃ不安だから)
唯(あずにゃん、またまたニヤリ)
梓(おーおー怖いよ、その目。あずにゃん泣いちゃうよー)
唯(あずにゃん……。何か見てはいけない顔を見た気がするよ)
梓(でも、二人が入ってくれて本当によかった。楽しかったよ。ありがとう)
唯(ららまたあしたー)
梓(軽音部を、よろしくね)
――
唯(次の曲はなんだろう)
梓(次は……U&I)
唯(U&I かぁ)
梓(憂もこの半年で大分変わったと思う)
唯(がんばって、憂)
梓(憂のギターは私が教えることもないくらい完璧だった。2年前の学園祭前に聞いたときよりさらに上手くなっていた)
唯(憂はがんばってたからね)
梓(あの後も、家で唯先輩と一緒にギターを弾いていたんだろうね)
唯(上手上手)
梓(でも今の憂を表現するのに「完璧」なんて言葉は似合わない)
唯(それに……楽しそう)
梓(技術的には完璧であることには違いない。でも、それ+αを表現できるようになったと思う)
唯(私もあんな顔でギターを弾いて、歌ってたのかな)
梓(他でもない「憂自身」を歌とギターで表現できるようになった、というのかな)
唯(いや、私とは似てないかも)
梓(憂はいつも人を陰から支えていた。本人はそれを苦痛とは思ってないだろうし、寧ろ喜んで引き受けていたと思う)
唯(憂は憂だもんね)
梓(でも、自分が表に出ることがないよう、無意識的に自分を抑えつけている面もあったんじゃないかな)
唯(うーん)
梓(私や純と一緒の時でさえ、半歩くらい後ろに立っていたような気がする)
唯(憂、なんだか……)
梓(少しずつ、少しずつだけど、憂は自分を見せるようになった。ちょっぴりわがままな憂を見れた時は嬉しさがこみ上げてきたよ)
唯(あどけない表情、だね。子供の頃、私と走り回ってた時の顔)
梓(唯先輩のお世話から解放されたから、なんて思ってないよ。そんなこと言ったら唯先輩は泣いちゃうからね)
唯(はて、どうしてあずにゃんの口元が緩んでるのかな)
梓(憂を輝かせた一番の要因は、お姉ちゃんへの憧れだと私は考えてる)
唯(今度は憂の方を見てるね)
梓(楽しそうなお姉ちゃんを見て自分も同じステージに立ちたい。そういう子供っぽい気持ちが憂の中にあったんだと思う)
唯(あずにゃんも楽しそうだなぁ)
梓(今の憂は唯先輩と同じように、人を引き付ける演奏をしているよ。憂自身の個性を発揮してね)
唯(私も……)
梓(私も……)
唯(あのステージに立ちたい)
梓(楽しい)
唯(憂……大きくなったねぇ)
梓(振り返ってみると、私がこのステージに立っているのは、あの時憂が手を引いてくれたからだ)
唯(あずにゃん、純ちゃん、今まで憂を支えてきてくれてありがとう)
梓(その後も、いつも傍にいてくれたし、何度も励ましてくれた)
唯(これからも憂のこと、よろしくお願いします)
梓(憂、今までありがとう。これからもよろしくね)
唯(……口に出さないと伝わらないよね)
梓(……ライブが終わったら感謝の言葉を伝えよう)
最終更新:2011年04月15日 23:41