唯(あ、純ちゃんミスった?)
梓(ミスっても顔色一つ変えないのはさすがだね、純。さすがの図太さ)
唯(あずにゃんのジト目に余裕の笑みで返す純ちゃん……。さすがです)
梓(純のマイペースさには呆れを通り越して尊敬の念さえ抱くよ)
唯(失敗してもすぐに持ち直す。いい腕してるね。ね、澪ちゃん)
梓(澪先輩の後任のベーシストであることに何らプレッシャーを感じていない。寧ろ、私が澪先輩の後継者だーってはしゃいでたね)
唯(澪ちゃんとは全然違う、何て言うか……味があるね)
梓(夏フェスの時も純が一番はしゃいでた。今までのうっぷんを晴らすように思う存分楽しんでた)
唯(純ちゃんって意外と気が利く子なのかも)
梓(純はいつだって自由気ままだ。けど、妙に気が回るところがある)
唯(みんなのことよく見てるよね)
梓(ただ無神経なだけかもしれないけど、私達が言えないようなことも平気で口に出せた。後で考えると、そのおかげで助かったっていう場面がいくつもある)
唯(さっきもドラムの子のミスをすぐにカバーしてたね)
梓(動機は不純だけど楽しむ時は純粋に楽しむ)
唯(純ちゃんってかっこいいよね、澪ちゃん)
梓(澪先輩ほどじゃないけど、いいベーシストだと思ってるよ、純)
唯(そういえば純ちゃんってジャズ研じゃなかったっけ)
梓(まさかジャズ研を抜けて軽音部に来てくれるなんて思ってもみなかったよ)
唯(そっか、あずにゃんのために……)
梓(ジャズ研の友達とちょっと気まずくなってたのも知ってるよ。隠してるつもりかもしれないけど)
唯(さっきのジャズ研の演奏の時とかどんな気持ちで聞いてたんだろう)
梓(ジャズ研に未練がないはずはない。私も純には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だから……)
唯(でも……)
梓(だから、純には最高の思い出を軽音部で作ってもらいたかった。それが私にできる罪滅ぼしと恩返し)
唯(今、純ちゃんはすごく楽しそうだね)
梓(……なんてことは本人の前じゃ口が裂けても言えないけどね)
唯(いい友達を持ったね、あずにゃん)
梓(そうでしょ、純。私が突然感謝の言葉を口にしたら、気味悪いよね)
唯(音楽っていいよね)
梓(私達には言葉に出さなくても思いを伝える手段があるんだから、それで勘弁してよね)
唯(純ちゃんとあずにゃんを見てたらそう思うよ)
梓(次が最後……)
唯(次で最後、かな?)
梓(これで最後、なんだよね)
唯(あずにゃん)
梓(最初は不安だった。一人取り残された部室でトンちゃんに餌をやるばかりで。そのうち私の居場所が消えてしまうんじゃないかっておびえてた)
唯(よくここまでがんばったよ、あずにゃん)
梓(でも、この5人で新しい軽音部を作ることができた。胸を張れるような音楽を紡ぎ出すことができた)
唯(胸を張っていいよ、あずにゃん。……でも)
梓(もっとこのメンバーでバンドを続けたいと思った)
唯(あずにゃんが私達以外とバンドを組んでるのを見て、寂しくないと言えば嘘になる)
梓(去年も同じ気持ちだったかな)
唯(放課後ティータイムのことはすっかり忘れてしまってるんじゃないかって不安な気持ちもあるよ)
梓(先輩達との思い出はまだ私の脳裏に鮮明に焼き付いてる)
唯(私達のところに戻って来てくれるの? あずにゃん)
梓(でもね、憂、純、ドラ美、鍵子)
唯(あずにゃん……)
梓(私にとって、このバンドが世界で一番……)
唯「あずにゃーんっ!!」
梓(!! …………ごめん、みんな。やっぱり……一番、とは、言えないよ)
唯(あずにゃん?)
梓(……私にとっての一番は放課後ティータイム。これは一生変わらないよ)
唯(どうしたんだろう)
梓(もし出会う順番が逆だったら、なんて意味もない仮定はしない)
唯(もしかして私のせい?)
梓(私は凄く幸せ者なんだと思う。ずっと続けたいと思えるようなバンドが二つもできるなんて)
唯(そんな悲しい顔しないで、あずにゃん)
梓(でもどちらか一つを選ばなければならない時が必ずやってくる。その時私が選ぶのは……)
唯(ほら、みんな笑ってるよ)
梓(だから、みんな)
唯(みんなあずにゃんのこと、立派な部長だと思ってるよ)
梓(今日までは、いや、卒業するまでは、このバンドの一員でいさせて? わがままな部長でごめんね)
唯(みんな、あずにゃんのことが大好きだよ)
梓(ありがとう)
唯(あずにゃん……)
梓(もう少し待っててくださいね、唯先輩。私にはまだここですることがあるんです。しょうがないです、よね?)
唯「ごめんね、あずにゃん」
梓「最後の曲! 聞いてください!! ふわふわ時間!!」
―――――
梓「クリスマスイヴ。
焼き芋屋さんの屋台が家の前を通過したみたいだ。
シャーペンをノートの上に置く。時刻は午後5時。
大きく伸びをして身体を倒す。コタツから出るのがおっくうだ。
と思ったところでチャイムの音が響いた。他人の家とはいえ無視するのはいけないから、しぶしぶコタツから出る。
ふらふらした足取りで玄関に辿り着き、覗き窓を通して相手を確認する。
フードを被ったこの家の長女の笑顔が見えた」
唯「ただいまーっ! う…い……?」
梓「……おかえりなさい」
唯「どうしてあずにゃんが?」
梓「一緒に勉強してたからですよ。憂から聞いてませんか?」
唯「聞いてないよ」
梓「唯先輩が帰って来るなんて話も聞いてませんよ」
唯「憂には伝えてたんだけどなぁ」
梓「憂……ひょっとしてわざと?」
唯「そういえば憂は?」
梓「買い物に行ってます」
唯「そっかぁ」
梓「とりあえず上がってください。……って私が言うのも変ですね。唯先輩の家なのに」
唯「おじゃましまーす。おお、ぬくいぬくい」
梓「……まずは部屋に荷物を置いてきたらどうですか?」
唯「まずはコタツで身体をあっためてから。お、こんにちは、純ちゃん」
梓「たぶん夕飯の時間まで寝てますよ。そっとしておいてください」
唯「勉強がんばってたんだね~」
梓「まぁ、はい」
唯「そんながんばる受験生にはこれをあげよう」
梓「焼き芋ですか」
唯「そこで買ったんだー。半分こしよっか」
梓「二個しか買ってなかったんですね」
唯「うん。もう一個は憂と純ちゃんの分ね。はい、召し上がれ」
梓「いただきます」
唯「う~ん、おいしいね~」
梓「ですね~」
唯「でもクリスマスイヴに焼き芋っていうのはちょっと変だよね」
梓「まぁいいじゃないですか。夜はクリスマスらしいごちそうを食べられますよ。憂は張り切ってましたから」
唯「あ、クリスマスらしいと言えば……」
梓「どうしたんですか、唯先輩」
唯「ちょっと待っててね、あずにゃん」
梓「? はい」
唯「おまたせ~。冷蔵庫に入れるのを忘れてたよ」
梓「ケーキも買って来たんですか」
唯「んーん、バイト先でもらったんだよ」
梓「唯先輩、バイトしてたんですか」
唯「うん。9月から近所のケーキ屋さんで働いてるんだけど、言ってなかったっけ?」
梓「聞いてませんよ」
唯「ごめんね。忙しかったから」
梓「そういえば憂が、お姉ちゃんあまり帰ってこなくなったって言ってましたね」
唯「憂の方も部活に勉強に大変だったろうし、邪魔しちゃ悪いかなーって」
梓「憂は寂しそうでしたよ」
唯「もうちょっとの辛抱だよ。去年は私でさえギー太を封印しようとしたんだから」
梓「『しようとした』って未遂ですか」
唯「結局憂に預かってもらいました」
梓「憂は唯先輩のように誘惑に負けたりしませんよ」
唯「あずにゃんはどうかな?」
梓「私は……私も憂寄りです」
唯「そうかな?」
梓「そうです」
唯「今日明日と年末年始はうちにいるつもりだから憂に寂しい思いはさせないよ」
梓「今日からずっといるわけじゃないんですね」
唯「まぁね。バイトとか友達との約束もあるし」
梓「唯先輩もすっかり大学生ですねー」
唯「そんなにしみじみ感傷に浸らなくても」
梓「唯先輩がケーキ屋さんですかー」
唯「むー。なにその生温かい笑顔。私だって頼りにされてるんだよ」
梓「バイトって売り子だけですか?」
唯「作るのも手伝ってるよー」
梓「……大丈夫なんですか?」
唯「なんなら今度私の手作りケーキをご馳走してあげるよ」
梓「…………たのしみですねー」
唯「その間は何?」
梓「それより、そろそろ荷物を部屋に持って行ったらどうですか」
唯「うん、そうするよ。よいしょっと」
梓「何ですか」
唯「ん?」
梓「なんでで私の手を掴むんですか」
唯「一緒に来てよ」
梓「コタツ出たくないです」
唯「私の部屋には入りたくない?」
梓「興味ないですね」
唯「またまた~」
梓「あぁもうしょうがないですね」
唯「それでこそあずにゃんだよ」
梓「うぅ、やっぱり寒い」
唯「ヒーターつけたらすぐあったまるよ。ポチッとな。適当に座って」
梓「ベッドでいいですか」
唯「どうぞー。よっこらせっと。ふかふかだねぇ」
梓「綺麗に片付いてますね。意外です」
唯「憂に感謝しなきゃねー」
梓「あぁ、やっぱり」
唯「私が今住んでる部屋だってそんなに散らかってないよー?」
梓「どうでしょうか。憂が頻繁に訪ねてた5月でさえあれだったんですから、今はどうなってる事やら」
唯「そんなに気になるならうちに来なよー」
梓「受験が終わってからですね」
唯「そうだ。うちの大学に受験しに来るなら前日から私の部屋に泊まれば遅刻の心配はなくなるよ」
梓「唯先輩の部屋だとせいぜいもう一人しか寝られないですよ。憂を誘ったらどうですか」
唯「憂は寝坊しないから大丈夫だよ」
梓「私だって寝坊はしませんよ」
唯「わからないよ? あずにゃんはちょっと危なっかしい子だからね~」
梓「……そもそも唯先輩と一緒だと余計寝坊しそうです。泊まるなら澪先輩かムギ先輩のところですね」
唯「また私とりっちゃんをバカにしてー。私達が何をした!」
梓「受験前日にお酒飲まされたりしたら洒落にならないですからね」
唯「私達だって分別というものはわきまえているよ。そういうのは合格祝いの時にやるから安心して」
梓「その時は合格取り消しにならない範囲でなら付き合います」
唯「うーん。たぶんさわちゃんが呼んでもいないのに乱入してきそうだからそれは難しいね」
梓「さわ子先生だって先生らしいところはありますよ」
唯「さわちゃん、今年はあずにゃん達の担任だったんだっけ」
梓「はい。またお淑やか系のキャラで通そうとしてたみたいですけど、しょっちゅう地が出てたのであまり意味なかったみたいです」
唯「私達がいなくてもさわちゃんはさわちゃんだねぇ」
梓「でも、ギターは教えてもらいましたし、進路のことも親身に相談に乗ってもらいました。ついでに学園祭の衣装も……」
唯「可愛かったよね、あのフリフリミニスカ」
梓「今思うとなんであれを着れたんでしょうか」
唯「そこがさわちゃんの魔力なんだよ」
梓「教師以外でも食べていけそうな人ですよね」
唯「でも確かにさわちゃんがいたから私達は好き勝手やれたのかもね」
梓「それがよかったのかどうかはわかりませんけど、いなかったらものすごく寂しくなっていたと思います」
唯「最近ちょっとさわちゃんが恋しくなってたところなんだよ」
梓「それならもっと会いに来ればよかったじゃないですか。先生も先輩達に会えなくて寂しそうでしたよ」
唯「ごめんね」
梓「私に謝ってどうするんです」
唯「来年はもう少し桜高を訪ねるようにしようかな」
梓「はい。私も軽音部のことが気になりますから一緒に行きますよ」
唯「そうだねー……っと」
梓「メール? 誰からですか」
唯「りっちゃん。あ、澪ちゃんとムギちゃんと和ちゃんからも来てた」
梓「全く、しっかりしてくださいよ」
唯「あー、そうだよね」
梓「どうしたんですか」
唯「今日うちでパーティーしない?って誘ってたんだけど、受験生のお邪魔になっちゃうからって断られちゃった」
梓「なんか気を遣わせちゃったみたいで悪いですね」
唯「もしかして私も、あずにゃんの勉強邪魔しちゃった?」
梓「いえ、ちょうど休憩時間でしたから。一人だとあまり集中できないんですよね」
唯「じゃあ私が教えてあげよっか」
梓「さて、そろそろ憂が帰って来る時間かな?」
唯「あずにゃ~ん。今夜はオールナイトでみっちりコーチしてあげるつもりだったのに~」
梓「あ、すみません、親から電話みたいです」
唯「うん」
梓「もしもし、お母さん?」
唯(お母さん、かぁ。そういえばあずにゃんのお母さんと会ったことないなぁ)
梓「うん。まだ平沢さんの家。……そんなことないよ。ちゃんと勉強してたってば」
唯(そうですよー)
梓「あ、夜?」
唯(晩ごはんなんだろう)
梓「……ねぇ、お母さん」
唯(なにかな?)
梓「今夜、平沢さんの家に泊まっちゃダメかな?」
唯(ん?)
梓「あ、お姉さんに代わるね」
唯「え? あ、えーと、はじめまして。平沢と申します。はい。梓ちゃんには姉妹共々お世話になってます。えー……」
梓「もしもし。そういうことだから、夕飯はいらない。それじゃ……え? お姉さんに? うん、わかった」
唯「もしもし? あの……梓ちゃんのことは私に任せてください。必ず無事にお返ししますので。……はい、大丈夫です。ありがとうございます。では失礼します」
梓「じゃあね、お母さん。……ふぅ」
唯「どういうことなの? あずにゃん」
梓「私、元々泊まるつもりはなかったんです」
唯「えっ?」
梓「純が寝てましたから留守番をしてましたけど、憂が帰ってきたら私はお暇するつもりでした」
唯「どうして?」
梓「去年までと同じ理由です」
唯「……そっか。来年は親元を離れるかもしれないし、親御さんもできるだけあずにゃんが目の届く範囲にいてほしいんだろうね。しょうがないよ」
梓「しょうがないんでしょうか?」
唯「あずにゃん?」
最終更新:2011年04月15日 23:42