梓「来年だってクリスマスには帰って来いって言われるかもしれないし、再来年だってそうです。もういい加減私は子供じゃないってわからせてあげたいです」
唯「あずにゃんのことが大切なんだよ。お母さんの声、凄く悲しそうだったよ」
梓「唯先輩が私の母親だったらクリスマスイヴに私と一緒に過ごしたいですか」
唯「……その質問、意味ないよ」
梓「どうしてですか」
唯「だってさ……だって、私はいつだってあずにゃんと一緒にいたいもん。私がどんな立場にあったとしてもきっとそう思うに違いないよ」
梓「……確かに意味のない質問でしたね」
唯「あずにゃんは?」
梓「えっ?」
唯「私と一緒にイヴを過ごしたい?」
梓「……見ての通りですよ」
唯「あずにゃんも誘惑に弱いタイプだったんだね」
梓「ただ唯先輩に勉強を教えてほしかっただけです」
唯「よーし、今夜は寝かさないぞー」
梓「それよりちょっと眠くなってきたのでベッド借りてもいいですか」
唯「いいよー。よいしょっと」
梓「唯先輩もですか」
唯「ダメ?」
梓「いいんじゃないですか?」
唯「ありがとー」
梓「なんだか眠気が覚めてきました」
唯「私のせい?」
梓「いえ」
唯「ごめんね、離れた方がいいかな」
梓「いえ」
唯「あずにゃん?」
梓「ごめんなさい、わがままで」
唯「いいんだよ。……ねぇ」
梓「何ですか」
唯「憂はいつ頃帰って来るのかな」
梓「40~50分後だと思います」
唯「そっか。……」
梓「……」
―――――
梓「2月22日。猫の日。
スーパーを出て平沢家の方へと歩き出す。
私と純と憂の3人は無事N女子大に合格し、今日は先輩達が合格祝いをしてくれるそうだ。憂の誕生日祝いも兼ねて。
お祝い事だと大抵料理をするのは憂だが、今日はさすがにさせるわけにはいかず、律先輩達がごちそうを振舞ってくれるそうだ。
憂は純の家に待機している。誕生日祝いに関しては憂に秘密にしているからだ。バレてるとは思うけど。
私も純の家で待つように言われたものの、手伝わせてほしいと先輩達に頼みこんで、今こうして買い物袋を抱えている。
隣を歩く唯先輩に卵を割らないように気をつけてくださいと注意する」
唯「大丈夫だよ~。雑誌で見た通りの袋詰めをしたから割れる心配はないよ」
梓「いくら綺麗に袋詰めしても、転んだり落としたりしたらどうにもならないですよ」
唯「私はそんなドジっ子じゃないよ~。いくつだと思ってるの?」
梓「19……なんですね」
唯「そうだよ。大学生なんだよ。春休みが2ヶ月近くあるんだよ」
梓「私達だってもう春休みに入ったみたいなものですよ」
唯「そうだね~。一年前のこの時期はあれもしたいこれもしたいで頭がパンクしそうだったよ」
梓「私もです。やっと気が晴れましたからね」
唯「でも、気を抜いて羽目外しすぎちゃ駄目だよ。最悪もう一年軽音部部長をやることになっちゃうから」
梓「あ、それもいいかもですね」
唯「わ、私は早くあずにゃんと一緒にギターを弾きたいな~」
梓「冗談ですよ。軽音部はあの子達に任せます」
唯「あの子達に会うのは今日が二度目だよね。学園祭以来」
梓「どうですか、あの子達の印象は。さっき話してたみたいですけど」
唯「う~ん、何て言うのかな。二回しか会ってないのに昔からの友達みたいな……そんな感じ」
梓「よくわかんないですね」
唯「つまりね、軽音部の匂いがするってことだよ!」
梓「はぁ」
唯「傍にいるだけでおしゃべりしたくなるような、一緒に演奏したくなるような、遊びに行きたくなるような。そういう不思議な香りがしたよ」
梓「そうなんでしょうか」
唯「あずにゃんが私達の遺産を綿々と引き継いでくれたおかげだね~」
梓「そんなつもりはないですけど」
唯「じゃあさわちゃんのおかげ?」
梓「たぶんそうです」
唯「それにあの二人仲いいよねー。ええと……」
梓「ドラ美と鍵子です」
唯「そうそう。一見すると正反対なのになぜかウマが合うみたいだね」
梓「先輩達4人もそんな感じに見えますよ。バラバラなのになぜかぴったりハマる関係」
唯「そうかな?」
梓「そうだと思います」
唯「私達はいつの間にやら仲良くなってたけど、ドラ美ちゃんと鍵子ちゃんはどうやって仲良くなったの?」
梓「あの二人は元は話すことすらほとんどなかったですね。ドラ美は憂に懐いてました。生意気な鍵子は私や純が手を焼いてました。二人がお互いを認め合うようになった転機は学園祭だったと思います」
唯「ライブをやってから?」
梓「はい。大舞台で音を合わせて初めて見えたものがあったんじゃないでしょうか。根本的に似てるところがある二人ですからね」
唯「そうなの? どこが似てるの?」
梓「自信のなさ、でしょうか」
唯「鍵子ちゃんとか自信満々に見えたけどねぇ」
梓「虚勢を張ってたんですよ。あの子、本当は澪先輩以上に憶病なんですよ」
唯「そうなんだ」
梓「なのにそんな素振りを周囲に見せようとはしなかった、というより見せられる相手がいなかったんですよ。一人でピアノを弾いてましたから。私も昔は一人でギターを弾いてましたから、あの子の気持ちはよくわかりました。でも言葉で解決できるような話でもないので敢えて口出しすることはありませんでした」
唯「鍵子ちゃんも、ちゃんと見つけられたんだね。弱さを見せられる人が」
梓「はい。ドラ美も、鍵子の今まで見たことない姿を見て目を見開いてました。きっと自分を見てるような気分だったんだと思います」
唯「ライブの、ほんの数分で変わるものなんだね」
梓「アンコールも事前に打合せしてなかったのに、あの子達がお互いアイコンタクトをとって弾き始めましたからね」
唯「羨ましい関係だね」
梓「そうですね」
唯「来年以降も楽しみだ」
梓「ええ、きっと仲良くやっていくと信じてます」
唯「あ、仔猫ちゃん。かーわいー」
梓「そうですね」
唯「デートかな?」
梓「あれ2匹とも雌ですよ。姉妹か何かじゃないですか?」
唯「へー。確かに長年寄り添ってるみたいなオーラが出てるね」
梓「唯先輩と憂みたいです」
唯「そうかなぁ? おっと危ない」
梓「大きい方が危なっかしいのもそっくりじゃないですか?」
唯「え~? あ、なんか大きい子が小さい子に説教されてるみたい」
梓「気のせいですよ」
唯「『もう、しっかりしてください。危うく塀からまっさかさまですよ。ブルドッグの餌になりたいんですか? お喋りなら後で好きなだけできるんですから、今はちゃんと前を向いて歩いてください』」
梓「なんで敬語なんですか」
唯「なんとなく」
梓「まぁ小さい方もちょっと鈍臭そうですから憂には似てませんね」
唯「猫にしては随分恐る恐る塀の上を歩いてるもんね、二匹共」
梓「これから家に帰る所なんでしょうか」
唯「うーん、私の勘ではこれから二人の秘密基地に向かうところなんだよ。あ、裏道に入っちゃった」
梓「って追いかけるんですか。皆さん待ってますよ」
唯「ちょっとだけだから。ね、お願い」
梓「はぁ、しょうがないですね。ちょっとだけですよ」
唯「確かこのへんに……」
梓「こんな道あったんですね。知らなかったです」
唯「誰にも邪魔されない秘密基地を作るにはぴったりの場所だねー」
梓「どういう猫ですか。そんな秘め事抱えている仔猫がいるわけな……」
唯「あ、向こうから鳴き声が聞こえたよ」
梓「ゆ、唯先輩! 待ってください!!」
唯「みーつけた! 突撃!隣の……」
梓「あ……」
唯「……あ、あれってもしかしてエッ…」
梓「こ、交尾です」
唯「う、うん」
梓「交尾です」
唯「うん、わかったから」
梓「……もどり、ましょうか」
唯「うん……そうだね……」
梓「……さ、皆さん待ちくたびれてますよ。行きましょう」
唯「……うん。……あずにゃん」
梓「何です?」
唯「女の子と交尾したことってある?」
梓「な、何を言うんですか。私は人間ですよ!」
唯「あ、私は憂とああいうことしてないからね。念のため言っとくけど」
梓「わかってますよ!」
唯「もしかして猫同士ならああいうのも普通なのかな」
梓「さぁ、わかりません。発情期に身近な所にオスがいないとああなっちゃうんじゃないですか」
唯「好き同士だからやってるってわけじゃないのかな」
梓「さ、さぁ、どうなんでしょう。あの子たちは好き同士に見えましたけど」
唯「でも子供を作れるわけじゃないよね」
梓「そうですね……」
唯「じゃあただの遊び、なのかな」
梓「……そう考えるとちょっと辛いですね。いや、単なる猫のじゃれ合いですよ? 難しく考えなくてもいいじゃないですか」
唯「あの子たち、ああいう誰にも見られないような場所じゃなきゃくっつけないのかな?」
梓「猫社会がどうなっているかなんて私にはわからないです。でも、人間社会より厳しいのかもしれませんよ。動物は命を繋ぐことを何よりも優先して生きていますからね」
唯「何も残せないなら、生きる意味なんてないのかな」
梓「もうこの話はやめましょう。せっかくのお祝いが台無しになっちゃいます」
唯「うん、そうだよね。さっきのことは私とあずにゃんの秘密ね」
梓「ええ、わざわざ引っ張り出すことはないですよ。心の奥深くに鍵をかけてそっとしておくのが一番です」
唯「そうだね。よーし、景気付けに歌でもうたおーっ!」
梓「もう唯先輩の家に着きますよ」
唯「あ、ほんとだ」
梓「もう、しっかりしてください」
唯「ごめん、しゃべるのに夢中で周りが見えなくなってたよ。じゃ、あずにゃん。その袋貸して」
梓「どうしてですか?」
唯「あずにゃんのお仕事はここまで。主役の一人に事前に料理や飾りつけを見せるのはちょっとね。悪いけど純ちゃんの家に行っててくれない?」
梓「それならしょうがないですね。はい、落とさないでくださいよ」
唯「おわっ、重い」
梓「気をつけてくださいよ。卵を割らないように」
唯「大丈夫。待っててね。盛大に祝ってあげるから」
梓「いいからちゃんと前を向いて歩いてください。楽しみに待ってますから」
唯「うん。じゃあまた後でね、あずにゃん」
梓「がんばってください」
―――――
梓「星がきれいな春の夜。
明日から4月になるというのに空気はひんやりとしている。マフラーを口元まで上げる。
手を擦りながら待ち合わせ場所の公園へと向かう。手袋も着けてくればよかった。
こんなに身体が震えるのは親に黙って家を抜け出したことから来る罪悪感のせいかもしれない。
親鳥が18年もの間、風通しはいいけど頑丈で、愛情に満ち溢れた巣を作り上げてきたというのに、
ひな鳥は親鳥の苦労も何のその、うきうきしながら遠い土地へ飛び立とうとしている。
おまけに旅立つ前夜に深夜徘徊。とんだ親不孝者がいたものだ。
公園のベンチには明日から隣人となる人物が既に座っていた。待たせちゃったかな」
梓「お待たせしました、唯先輩」
唯「あずにゃん。私も今来たとこ」
梓「嘘ですよね。手もほっぺも真っ赤ですよ」
唯「こんな時間に呼び出しといて遅れるのもなんだしね」
梓「いいですよ。私も今夜は散歩したい気分でしたから」
唯「うそ」
梓「本当です。最近は入学準備とか引っ越しとかで忙しかったですからね。のんびり街を歩くことも滅多にありませんでした」
唯「この町にお別れを言う時間もなかったってことだね」
梓「そうですね」
唯「じゃ、行こっ。まずは商店街に」
梓「このお店……」
唯「私、ここのアイス全種類食べたことあるよ」
梓「私は4種類くらいしか食べたことないです」
唯「放課後はよくみんなで寄ったねぇ」
梓「このお店、今度潰れるそうです」
唯「そうなの?」
梓「はい」
唯「寂しくなるなぁ」
梓「思い出の場所がなくなるのは辛いですね」
唯「私はこのお店のアイスの味、一生忘れないよ」
梓「48種類すべてですか」
唯「うーん、10種類くらいが限界かな」
梓「まぁそうですよね」
唯「そこのコンビニにも度々寄ったね」
梓「お小遣いの無駄遣いでしたね」
唯「青春の有効活用だよ」
梓「はぁ」
唯「あずにゃん部長だって、毎日部員を連れて押し掛けたんでしょ?」
梓「毎日じゃありません。私達は唯先輩達みたいに放課後遊び回っていたわけじゃないですから」
唯「お堅いねぇ」
梓「普通です」
唯「あっ」
梓「あそこの洋服屋は唯先輩お気に入りのお店でしたね」
唯「あずにゃんだってたくさん買ってたじゃん」
梓「憂に勧められたからです」
唯「ふーん。おっ」
最終更新:2011年04月15日 23:45