唯「夏は暑かったね」
梓「ええ。オリンピックがありましたからね」
唯「遅くまで見たねー」
梓「わざわざ私の部屋に来て……」
唯「憂は早めに寝てたから……」
梓「私も録画はしてましたけど」
唯「でもリアルタイムの方が盛り上がれるじゃん」
梓「はぁ」
唯「体操で日本がメダルを取った時なんてあずにゃんの方から抱きつ……」
梓「でも全体的に日本は残念でしたね!」
唯「ほぇ? 私は勇気をもらったよ。競技もだけど選手のドキュメンタリーには心を打たれることが多かったよ」
梓「そうですか? 確かに感動的な話が多かったですけど。でもドキュメンタリーは美談に仕立てているのもありそうで」
唯「でも一流の姿勢というかな。そういうのは十分伝わってきたよ。全然知らないスポーツとか知らない選手でも」
梓「唯先輩らしくないですね。一流へ憧れるなんて」
唯「一流にならないとさー、生きてけないじゃん」
梓「そんなことはないと思いますけど」
唯「うーん、ごめん。ちょっとうまく言えないや。普通に生きてくなら一流なんて目指さなくてもいいよね」
梓「唯先輩は普通じゃない人生を望んでるんですか。今でも普通とはちょっとずれてる人ですけど」
唯「人を変人みたいに……。普通……ではないかもね、きっと」
梓「よした方がいいんじゃないですか」
唯「やるにしてもやらないにしても早めに決断しなきゃダメだと思うんだー」
梓「……あまり思い詰めないでくださいね」
唯「あずにゃんは私が思い詰めるような人だとおもうの~?」
梓「今の唯先輩の顔を見てみたいです」
唯「……残念。ベランダには仕切りがあるんだよ~」
梓「9月は……」
唯「まだ夏休み!」
梓「大学生さまさまですね」
唯「もう一回くらい旅行行きたかったんだけどな~。温泉旅館とかに」
梓「そんなこと言ってなかったじゃないですか」
唯「だってあずにゃんが練習練習って」
梓「ライブが近かったんですから当たり前です。律先輩達だってそうだったじゃないですか」
唯「あずにゃんは余裕なくなってたからね~」
梓「すみません」
唯「んーん。私達だって大学の初ライブは緊張したもん。高校の時より人が多いし、大人の人もたくさんいるからね」
梓「野次飛ばされるんじゃないかってびくびくしてました」
唯「でもうまくいったね」
梓「はい。おかげで2回目は力を抜いてやれました」
唯「学祭の時はほとんど緊張してなかったね」
梓「慣れって大事ですよ」
唯「休みの生活に慣れたせいで10月は辛かった」
梓「毎朝私と憂を待たせて。10月末まで元の生活に戻れなかったじゃないですか」
唯「小学生じゃないんだから、わざわざ待ってくれなくてもよかったんだよー。同じ時間に講義が始まるわけでもないんだし」
梓「小学生じゃないんですから、ちゃんと自分で起きてくださいよ。同じ時間に寝てるのにどうして唯先輩だけ寝坊するんですか」
唯「すみません」
梓「まぁ11月にはライブモードに切り替えてくれましたからよかったんですけどね」
唯「寒くなってきたからね~」
梓「関係あるんですか?」
唯「寒くなるとね、頭は凍りついて動かなくなるけど身体は勝手に動き出すんだよ。手足が凍ることのないようにね」
梓「だから唯先輩は11月に生まれたんですか? じっとしてられない! って」
唯「あずにゃんだって~」
梓「そもそも人体にそういう性質はあるんですか?」
唯「ないんじゃない? 私の思いつきだし」
梓「やっぱり」
唯「でもじっとしてられない! って気持ちは確かにあったよ。だって」
梓「一体感を味わいたかったから」
唯「学祭ライブでね」
梓「きっと唯先輩は学祭で燃え尽きるだろうと思ってたんですけどそうでもなかったですね」
唯「学祭ライブが不完全燃焼だったわけじゃないよ。でもね、火種はまだ残ってたんだよ」
梓「どうしてでしょうか」
唯「消そうとしてもすぐ点けようとする子がいるからね」
梓「誰ですか」
唯「あずにゃん」
梓「身に覚えがないです」
唯「じゃああずにゃん似の妖精さんが私の心に火を点けたのかも」
梓「きっとそうですよ」
唯「へっぷしっ!!」
梓「もうそろそろ入りましょうよ」
唯「グスッ、うん。時にあずにゃん」
梓「なんです?」
唯「一年を振り返ってみて思ったんだけどさー」
梓「はい」
唯「あずにゃん、同期の友達と遊んでる?」
梓「……遊んでます」
唯「ならいいんだけど」
梓「心配しないでください。勉強のことや流行りのことでの乗り遅れはないですから」
唯「でもそういう表面上の付き合いしかしてないんじゃ……?」
梓「先輩達だって結局いつものメンバーじゃないですか」
唯「まぁ確かに。今夜だって、クリスマスだってそうだね」
梓「優先順位が生まれるのはしょうがないことです。寧ろはっきり決めとかないと中途半端になってしまいます」
唯「あずにゃんはオッケーなの? 今のあずにゃんは高校時代の影を追ってるだけなのかもしれないんだよ」
梓「唯先輩、星見えますか」
唯「え、うん。きれいだね」
梓「バイクの音、うるさいですね。暴走族でしょうか」
唯「ほんとだね。寂しい人達だね」
梓「いい匂いがします。憂の作った煮しめでしょうか」
唯「鼻が詰まっててわかんないや」
梓「唯先輩、そこにいますか」
唯「いるよ」
梓「よかった」
唯「うん?」
梓「影なんかじゃないです。私が追ってきたのは皆さんの背中なんです」
唯「あずにゃん?」
梓「何でもないです。さぁもうおそ…くしゅん!」
唯「あはっ、あずにゃんかわいいくしゃ…ういっくしっ!!」
梓「唯先輩ほんとにだいじょ……あれ? 今のくしゃみ唯先輩だけじゃなくて……」
唯「あー! りっちゃん純ちゃんさわちゃん憂!」
梓「えっ? って澪先輩ムギ先輩和先輩! 起きてたんですか!?」
唯「寒いから中に入ってなよ~って私が言えたことじゃないか。あはは」
梓「いつから聞いてたんですか!? いえ、聞かれてまずい話はしてないですけど」
唯「せっかくいいムードだったのに台無しだよ~」
梓「誤解を招くようなこと言わないでください。何もありません!」
唯「しょうがないなぁ。みんなで星空観賞会でもしよっか!」
梓「なんでそうなるんですか。もう遅いです! 私寝ます! 皆さんも寝てください!!」
唯「え~~」
梓「えーじゃないです。おやすみなさいっ!」
唯「しょうがないなぁ。おやすみあずにゃ~ん。えっ? さっきの話?それはね純ちゃん……」
梓「なんでもないから!!」
―――――
梓「新年を迎えて2週間経ったある日の夜。
私達は澪先輩の部屋に集まっていた。
何を隠そう今日は澪先輩の誕生日。
平日の夜ということで家が遠い和先輩は流石に来れなかったが、昨日の成人式で会った時にお祝いの品は贈ったそうだ。
憂とムギ先輩が料理を運んで来た。純は我慢できなさそうな表情をしている。
澪先輩は照れ臭そうに頬をかいている。
ちなみに律先輩は風邪を引いて、扉の向こうで横になっている」
唯「じゃあ、澪ちゃんの二十歳の誕生日を祝って……かんぱーいっ!!」
梓「かんぱーいっ!」
唯「ごくごくごく……ぷはーっ」
梓「おじさんくさいですよ」
唯「いいのいいの。あずにゃんと違って私達は大人なんだから」
梓「ならもうちょっと女性らしくしてください」
唯「さて! ここで主役の澪ちゃんから一言いただきたいと思います!」
梓(流された)
唯「うんうん。ううん、そんなことないよ~。澪ちゃんは自分の力でここまでやってきたんだよ。私達はちょっとお手伝いしただけだよ」
梓「そうですよ。今の私があるのは澪先輩のおかげです。お世辞じゃないですよ」
唯「さぁさ、どんどん飲んで澪ちゃん。これからは合法的に飲酒できるんだから」
梓「無理強いはよくないですよ。澪先輩、このピラフなんてどうです」
唯「このサラダもいいよー。憂特製ヘルシーサラダ!」
梓「この唐揚げも…………。唯先輩、食べてばっかりなのもよくないんじゃないですか。澪先輩、混乱してます」
唯「あー、うん。じゃあみなさんゆっくりお食事とおしゃべりを楽しんでください。私はちょっとりっちゃんの様子を見に行ってきまーす」
梓「はい、いってらっしゃい」
唯「憂ー。お粥はこれかな? うん。大丈夫だよ、私一人で。みんなは澪ちゃんと楽しんでて」
梓「後で代わりますね」
唯「りっちゃ~ん? 気分はど~お?」
梓「全く。忙しない人ですね」
唯「あはは、私だって病人の前でなら大人しくできるよー」
梓「影響? そんなことないです! 唯先輩からの影響なんて悪影響しかないです!」
唯「お粥はどう? そっか。ちょっとおしゃべりしよっか」
梓「それより律先輩はどうして風邪を? あ、もしかして元旦の……」
唯「成人式だからって無理して出なくてもよかったんじゃないの? 健康第一だよ?」
梓「あぁ、それは関係ないんですか。昨日無理したせいでこじらせたんですか」
唯「りっちゃんにとっては今日の方が大事だったんじゃないの?」
梓「講義には出てないのにパーティには来て……。無茶しますね」
唯「澪ちゃん? 楽しんでるよ。ムギちゃんもあずにゃんもいるんだから」
梓「律先輩が風邪を引いてなかったらこの場はもっと盛り上がってたかもしれませんね。澪先輩、寂しいんじゃないですか」
唯「楽しんでたら楽しんでたで複雑? 顔に出てるよ、りっちゃん」
梓「いいんですよ、わかってますから。私達は律先輩ほど澪先輩の『祝い方』を心得てはいませんから」
唯「この部屋寒いね」
梓「雪、止みませんね」
唯「大丈夫だよ~。ほら、カイロあるから。もうちょっと話そうよ」
梓「あれ? 窓際の雪だるま……」
唯「絶好の雪合戦日和だね」
梓「澪先輩が作ったんですか。可愛いです」
唯「りっちゃんも子供の頃はよくやったんじゃないの?」
梓「え? プレゼントが雪だるま?」
唯「へ~、いいんじゃない? りっちゃんらしくて」
梓「確かに一日で消えちゃいますけど」
唯「きっと澪ちゃんにとっては最高の思い出だったと思うよ」
梓「逆に二度と再現することができないオンリーワンのプレゼントですよ」
唯「毎年最高のプレゼントを贈ってきた? へ~、じゃあ今年はどうするの?」
梓「毎年驚かされてばかりだった? 幸せ者じゃないですか。ね、ムギ先輩」
唯「パーティーでは澪ちゃんよりりっちゃんの方がいっぱい食べてたんじゃない?」
梓「澪先輩、どんどん食べてください。今日は澪先輩が主役ですよ」
唯「その割にはりっちゃん全然成長しないけどね~」
梓「あ、今は控えめなんですか。すみません」
唯「澪ちゃんのママさん、りっちゃんの好みをすっかり熟知してそうだよね」
梓「澪先輩、電話鳴ってますよ。誰からでしょうか、ムギ先輩。ああ、親御さんですか」
唯「去年や今年は寂しがってるんじゃないかなぁ、パパさんママさん」
梓「何か悪いです。ご家族から澪先輩を奪っちゃって」
唯「喜んでる? 過保護そうだけど、そういうものなの?」
梓「嬉しい、んでしょうか。一人娘が巣立って」
唯「りっちゃんが言うならそうなのかな。私は澪ちゃんのパパさんママさんとほとんど会ったことないからわかんないや」
梓「……ムギ先輩のご両親はどうなんですか? 今のムギ先輩を見て喜んでるんですか?」
唯「私の親? うーん、元から放任主義だから私達にどうなってほしいなんて願望は最初からないんじゃない?」
梓「だましだまし……ですか。大変なんですね、ムギ先輩も」
唯「あずにゃん?」
梓「私ですか? 私は……親とうまくいってますよ」
唯「大丈夫だと思うけど……。けど……」
梓「迷惑?」
唯「迷惑、かけてないかなぁ?」
梓「そんなことないです!」
唯「そ、そう? でも私達、特に私はあずにゃんをよくない方に持っていってるようでたまに不安になることが……」
梓「あ、すみません。大声出して。澪先輩、お電話済みましたか」
唯「うん……。がんばってみるよ。あずにゃんのためだもん」
梓「じゃあそろそろプレゼントを」
唯「ごめん。今日は澪ちゃんの誕生日なのに」
梓「私からはこれを……。澪先輩、おめでとうございます。これが少しでもいつものお返しになれば嬉しいです」
唯「私? 手作りケーキだよ」
梓「髪飾りです。ちょっと子供っぽいかもしれないですけど、可憐で厳格だけど、それでいて無邪気な、そんな澪先輩にぴったりだと思って選びました」
唯「大丈夫だよ~。私、これでもしっかり修行してるし。澪ちゃんのためなんだから、最大限の注意と愛情を込めて作ったよ~」
梓「和先輩からは時計をもらったんですか」
唯「澪ちゃん、喜んでくれるかなぁ」
梓「唯先輩からのプレゼントはまた後で」
唯「りっちゃんはどうするの?」
梓「律先輩はどうするんでしょうか?」
唯「そっか。私達は早めにお暇したほうがいいのかな?」
梓「そうですか。長居をするつもりはありませんから、安心してください」
唯「別にからかってないよ~」
梓「そんなつもりはないですよ~」
唯「いっぱい祝ってあげてね、りっちゃん」
梓「特別、なんでしょ?」
唯「じゃあそろそろ戻ろうかな。料理残ってるかな~?」
梓「あまり料理減りませんね。まぁ唯先輩が片付けてくれるでしょう」
唯「ん? なぁに? りっちゃん」
梓「なんですか、澪先輩?」
唯「……うん。あずにゃんはどうしたいのかな」
梓「バンドの方向性……ですか?」
唯「その時は私が話すよ。ううん、りっちゃん。私が」
梓「まだはっきりとは見えてないです。でも……できるだけ長くやりたいとは思ってます」
唯「そんなんじゃないってばー。私が一番あずにゃんに迷惑かけてるから、責任取りたいだけだよ~」
梓「唯先輩? あの人は大して考えてないんじゃないですか?」
唯「あずにゃんにひどいこと言われるのは慣れてるから」
梓「……素直ですよ、私は」
唯「わかりやすいけどね、あずにゃん」
梓「そんなことないです」
唯「本気で嫌われてたら悲しいけど」
梓「まぁ……嫌いじゃないです」
唯「私は大好きなのに」
梓「生きがい? 唯先輩が?」
唯「ま、昔より少しは印象よくなってると思うよ、たぶん」
梓「冗談きついです、澪先輩。憂もニコニコしないで」
唯「はいはいがんばりま~す」
梓「何をがんばるんですか。もう。澪先輩がこんなに意地悪だったなんて知りませんでした」
唯「じゃ、ゆっくりおやすみ。りっちゃん」
最終更新:2011年04月15日 23:55