梓「あ、おかえりなさい、唯先輩。遅かったですね」

唯「まぁねー。りっちゃん寂しがり屋だから」

梓「唯先輩が病状を悪化させてなければいいですけど」

唯「献身的な看病をしました!」

梓「ならいいですけど」

唯「あ、結構料理あまってるね。遠慮しなくていいんだよ、純ちゃん」

梓「純はずっと食べてましたよ」

唯「私のために取っててくれたのかな? 純ちゃんありがと~」

梓「食後に抱きつくと戻しますよ」

唯「さぁ、私も食べますかぁ」

梓「あと10分くらいしたらケーキ出しませんか?」

唯「えぇ~? 私まだほとんど食べてないのに~」

梓「じゃあ20分で」

唯「30ぷ~ん」

梓「どれだけスローフードなんですか」

唯「せっかくのごちそうなんだから味わわないと。もぐもぐ」

梓「はぁ。じゃあ待ってる間テレビでも……」

唯「ゴホッ! ゲホッ」

梓「あぁ何やってるんですか」

唯「ごめん。おいしかったからついつい箸が進んで」

梓「スローフードじゃなかったんですか。はい、お水です」

唯「ありがと、あずにゃん」

梓「しょうがない人ですね」

唯「えへへ~」

梓「……澪先輩? どうしたんですか? 素敵な笑顔浮かべて」



―――――

梓「雪がすっかり溶けた3月半ば。

  薄雲が太陽を隠し始めた。ゆっくりと。
  唯先輩はコロッケ(チーズ入り)を頬張った。
  私もカニクリームコロッケを口に含む。唯先輩の実家のお隣のおばあさんに頂いたものだ。
  いつぞやの放課後のように、私達は河原に腰掛けてだらしくなく頬を緩ませていた。
  薄雲が太陽の前を通り過ぎた。

  ミニライブを終え、私達は一服していたのだ。ミニライブと言っても、観客は子供と主婦とおばあさんだけだったけれど」


唯「オフは今日で終わりかぁ」

梓「休み足りないんですか?」

唯「ううん。十分休んだよ。でもさ」

梓「私も名残惜しいです。面白い体験でしたから」

唯「2週間前、一人の女の子に会ったことがきっかけだったね」

梓「二人での秘密特訓のはずだったんですけどね」

唯「しばらく来ないうちに、ここは子供の遊び場になってたんだね」

梓「ここは静かで広々としてて空気がおいしくて……子供たちが遊ぶには適してますから」

唯「大学の近くの河原なんてね」

梓「あそこでも子供達は遊んでますけど……」

唯「川沿いに怪しげなホテルが並んでちゃあ風流とは程遠いよ」

梓「私達もあそこでギターを弾くのはためらってしまいますよね」

唯「やっぱりここが一番だよ」

梓「既に私達の城ではなくなっていましたけどね」

唯「私は城より公園がいい」

梓「望みが叶ったんですね」

唯「うん」

梓「あの子。ええと、6歳のあの子です」

唯「あの子が最初のお客さまだったね。友達とはぐれて泣きながらここに来て」

梓「でも私達のギターを見たら途端に泣き止んで」

唯「弾いて! 弾いて! って」

梓「面白いように表情が変わりましたよね。泣き止んだかと思ったら目をクリクリさせて、はじけるように笑いだして」

唯「子供って面白いよね~」

梓「唯先輩だって普段からあれくらい表情変えてますけどね」

唯「なにさ~。私が子供だって言うの?」

梓「純粋で羨ましいです」

唯「おませさんのあずにゃんにはわかるまいよ」

梓「わからないです」

唯「次の日からはどんどんギャラリーが増えていったね~」

梓「あの子の友達にお母さん、噂を聞きつけた子供たちにママさん方におばあさん達」

唯「ここって田舎なんだなぁって実感したよ」

梓「いつの間にか私達、『ぎたーのおねえさん』になってましたからね。クチコミってすごいです」

唯「木曜日に雨が降ってミニライブは中止になって」

梓「翌日に来てみたら水曜日よりずっと多くの子供たちが集まってましたね」

唯「よっぽど楽しみにしてたんだね~」

梓「3日くらい雨が続いてたらどうなってたんでしょうか」

唯「町中の子供たちが集まってたかも」

梓「そんなことになったら席が足りなくなってたでしょうね」

唯「人気者はつらいよ」

梓「まぁ現実味のない話ですけど」

唯「月曜日から来るようになったあの子。5歳って言ってたね」

梓「迷って辿り着いたわけでもなければ母親に手を引かれて来たわけでもない、あのちょっと変わった子ですか」

唯「あの歳で一人で遊びに出かけるのは変だよね」

梓「保育園を抜け出して来たって言ってましたよ。ママが迎えに来るのが遅いからって」

唯「へ~、そういう子もいるんだ」

梓「私も経験があります」

唯「へ?」

梓「たまに、ですよ。先生の目を盗んでこっそり保育園を抜け出して遊びに行ってました。15分くらいですけどね」

唯「冒険者だね~」

梓「今思うと危ないことやってたと思います。だからあの子にもこういうことはもう止めようって言いました」

唯「でも毎日来てたよね、あの子。今日も」

梓「おねえちゃんたちがここにこなくなったらやめる、って言ってました」

唯「不思議な子だね~」

梓「もっと不思議なことに、あの6歳の女の子と仲良くなってましたね、5歳の子」

唯「そこはあんまり不思議じゃないかなぁ。あの二人なら仲良くやれそうだって思ってたよ」

梓「そうですか? アンバランスな感じがしましたけどね」

唯「正反対だからこそバランスがとれるものなんだよ、人間関係って」

梓「子供の友達作りにも言えることなんですか、それ」

唯「あの子達が証明してたじゃない」

梓「まぁそうですけど」

唯「でも出会って間もないのにあんなに仲良くなれるのはすごいよね~」

梓「6歳の子が積極的でしたからね」

唯「5歳の子も最初は煙たがってたみたいだけどねー」

梓「でも6歳の子がちょっかい出さなくなったらなったで寂しがって」

唯「5歳の子の方が折れちゃったんだよね」

梓「おせっかいって得ですね。人の目を勝手に奪っちゃうんですから」

唯「子供の愚痴はよそうよあずにゃん」

梓「私はおせっかい一般について言っただけです」

唯「そう?」

梓「そうです」


唯「この2週間で、一番印象に残ったのはあの子達だったね」

梓「ライブの後、いつも最後まで残ってましたからね。今日だって」

唯「『わたしたち、おとなになったらおねえちゃんたちみたいになる!!』だってね~」

梓「私達、子供の手本になるような大人なんでしょうか」

唯「そもそもまだ大人になってないよ、私達」

梓「哀しいですね」

唯「そんな私達でも子供たちに夢を与えられたんだし、オッケーじゃない?」

梓「オッケーじゃないですか?」

唯「私はこっちの方が好きだよ。大人の人を満足させるような演奏より子供たちを笑顔にさせるような演奏の方が」

梓「私もです」

唯「でもさ」

梓「わかってます」

唯「あずにゃん、プロになりたい?」

梓「はい」

唯「私もだよ。プロになりたい」

梓「そうですか」

唯「どうしてプロになりたいの?」

梓「……いつまでも放課後ティータイムを続けたいからです」

唯「そっか」

梓「唯先輩はどうしてですか?」

唯「お金を稼ぎたいから」

梓「……そうですか」

唯「軽蔑した?」

梓「いいえ」

唯「この2週間でわかったのかも。私が本当にやりたいことって仕事とは別の所にあるって」

梓「公私混同はしないってことですか」

唯「もちろん、『目指せ武道館!』は一つの夢だけどね。もう一つの夢ができちゃったんだ」

梓「ぎたーのおねえさん、ですか」

唯「どうかな?」

梓「悪くないんじゃないですか」

唯「いいと思わない?」

梓「いいと思います」

唯「よかった。あずにゃんは賛成なんだ」

梓「私が賛成したって夢を叶える手助けにはなりませんよ」

唯「そんなこと、ないんじゃないかな」

梓「……私に何を期待してるんです」

唯「私を応援してくれたらうれしいな」

―――

梓「コロッケ、おいしかったですね」

唯「うん。おばあちゃんの得意料理だからね~」

梓「今度教えてもらいたいですね」

唯「あずにゃんコロッケ、食べたいよ~」

梓「憂にはごちそうになってばかりですから偶にはお返ししないといけませんからね」

唯「私には~?」

梓「そうですね。新作ケーキの試食のお返しをしないとダメですよね」

唯「あぅ……あ、あれはちょっとしたミスで……わざとじゃないんだよ……」

梓「お店で出さなくてよかったですね」

唯「私もおばあちゃんに料理習って腕を磨かなきゃね」

梓「じゃあその時はご一緒させてください」

唯「いいよ~。一緒にお店出せるくらい修行しよっか」

梓「また夢が増えましたね」

唯「よくばりかな?」

梓「しょうがない人ですよ、唯先輩は」



―――――

梓「大学生活二年目が始まって2ヶ月が過ぎた。雨模様の土曜日。

  ギターを弾く手を止める。りんごジュースが入っていた紙パックをゴミ箱に放り込む。
  コップとお箸を洗う。カップ焼きそばを食べたのは2時間前。
  トンちゃんに餌をあげる。あ、なくなった。買いに行かなきゃ。
  窓の外を眺める。雨雲は通り過ぎたみたい。
  でも太陽はまだおやすみ中のようだ。さてこの洗濯物をどうしようか……。

  チャイムだ。のっそりと立ち上がり、一歩一歩に時間をかけて玄関に向かう」


唯「あずにゃん! コインランドリー行こう!」

梓「いいですよ」

唯「あれ……? 意外とあっさり承諾?」

梓「ちょうど行こうと思っていたところなんです。ここ最近、雨のせいで洗濯物溜まってますから」

唯「それじゃあさっそく……」

梓「あれ、唯先輩」

唯「何?」

梓「それ私のパーカーじゃないですか」

唯「ほぇ? 違うよ」

梓「違いません。なんで唯先輩が着てるんですか」

唯「あれ~? このパーカーこの間あずにゃんと一緒に買いに行って……あっ」

梓「唯先輩のは赤、私のは緑です」

唯「ごめん。たぶんあずにゃんの部屋にあったのを間違えて着て帰っちゃったんだね」

梓「もう。しょうがない人ですね」

唯「洗って返すよ」

梓「別に洗わなくてもいいですけど」

唯「そういうわけにはいかないよ。親しき仲にも礼儀あり! だよ」

梓「はぁ、それならいいですけど」

唯「でも今日は着ててもいいかな」

梓「部屋着のまま行くんですか」

唯「いいじゃ~ん。すぐそこなんだから」

梓「しょうがないですね」

唯「あずにゃんも部屋着のまま?」

梓「唯先輩だけそれじゃあ恥ずかしいでしょ。付き合います」

唯「ありがと~」

梓「お待たせしました。行きましょう」

唯「うん。ってあれ?」

梓「なんです?」

唯「赤のパーカー……」

梓「私の部屋のテーブルの下にありましたよ」

唯「なんであずにゃんが着てるの?」

梓「私のパーカーは唯先輩が着ていますから」

唯「それもそうだね」

梓「まぁ今日くらいは交換しててもいいですよね」

唯「そうだよね」

梓「また雨が降り出す前に行きましょうか」

唯「焦ることないよ。ランドリーまでたった5分なんだから」

梓「じゃあ階段でゆっくり下りますか」

唯「え~エレベーター使おうよー」

梓「たまには健康のために階段使うのもいいんじゃないですか」

唯「私は憂の料理のおかげで年中健康ですっ!」

梓「そういえば今日憂は?」

唯「純ちゃんとこ。練習してるんじゃない?」

梓「そうですか」

唯「あずにゃんも呼んでほしかったのかな?」

梓「私が行っても邪魔なだけです」

唯「憂と純ちゃんがあずにゃんのことを邪魔に思う? まさか、ね」

梓「私はもうあの二人とバンドを組むことはないでしょうから。それに憂と純以外のメンバーにも迷惑かけるでしょうし」

唯「でもさ……」

梓「エレベーター来ましたよ。行きましょう」


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最終更新:2011年04月15日 23:58