梓「あ、でも勘違いしないでくださいよ?
  べつに女として好きってわけじゃないですからね?」

澪「え? そうなの?」

梓「はい」

澪「本当に本当に本当にか?」

梓「だったら澪先輩のことおそってるかもしれませんよ」

澪「…………」

澪(信用していいのか?
  しかし、どっちにしようどうすることもできないしな……)

澪「あの、さ。
  梓、今からわたしはヘンなことを言う。でもそれは冗談でもなんでもない。
  わたしは真剣に話す」

梓「はあ……なんですか?」

澪「簡単に言うと、わたしはべつの世界の人間かもしれないんだ」

梓「……」

澪「いや、まだ完璧に確信があるわけじゃないんだけど、わりとこの考えはあってるんじゃないなって思うんだ」

梓「……」

澪「さっき、わたし『男』って言うのについて話しただろ?」

梓「しましたね」

澪「わたしの世界には『男』っていう異性……ああ、なんていうか、わたしたちとよく似た、けれどちょっとちがう生き物がいるんだ」

梓「はあ……」

澪「ほかにもイロイロある。たとえば……」


澪(わたしは時間をかけて、丁寧に梓にパラレルワールド説を話してみた。
  その結果は……)

梓「うーん、なるほど」

澪「信じて、とは言わない。
  ただ、頭の片隅にでも留めておいてくれるだけでもいいんだ」

梓「いえ、信じますよ」

澪「そうだな。なにを馬鹿なことをしゃべってんだと思うかもしれない……って、信じてくれるの?」

梓「はい。澪先輩はそんな冗談を言う人ではありませんし」

澪「でも、かなり突拍子もない話しだと思うんだけど……」

梓「逆に突拍子なさすぎて信頼できます」

澪「梓……」

梓「まあ、単純に面白そうだなあとも思いますしね」

澪「そ、そうか……」

梓「でも、仮にここが澪先輩にとってパラレルワールドだったとして、どうするんですか?」

澪「どうするって?」

梓「いや、帰ろうとはしないのかなあと思って……」

澪「帰りたい! 絶対に帰りたい!」

梓「そんなに必死にならなくても……」

澪「だって……」

梓「やっぱり澪先輩の知ってる皆さんとは、なにかちがうんですか?」

澪「全然ちがうよ。まず、わたしは同性に襲われた経験なんてないし……」

梓「へー。澪先輩ならどこへ行っても、もてもてかと思ってましたけど……」

澪「みんな、わたしに対してあんな恐ろしい好意を剥き出しになんかしてない」

梓「へえ」

澪「本当に別人みたいだ」

梓「でも……」

澪「え?」

梓「人を好きになるってことには、なんらかの変化がツキモノだと思いますけどね」

澪「……たしかに、それはそうかもしれない」

梓「いえ、そんなに深く考えないでください。
  わりと軽いノリで言ったんで……」

澪「そうか……」

梓「そういえば、わたしはどうなんですか?」

澪「どういう意味?」

梓「だから、みなさんの性格が澪先輩の知っているものとちがうんでしょ?
  わたしはどうなのかなあ、と思って出てきた質問なんですけど……」

澪「梓は……特に。
  いや、若干ちがう気がしないでもないけど……まあそれほどは」

梓「そうですか」

澪(なんだか安心してるように見えるけど、気のせいかな……)

梓「それより、これからどうします?」

澪「……どうしような」

澪(なにか手がかりみたいなものがあればいいけど。
  起きたらもうワケのわからない状況になってたし……)

梓「なにか手がかりはないんですか?」

澪「正直、浮かばない」

梓「澪先輩はいつ頃から、自分の身の回りがおかしいって気づいたんですか?」

澪「いや、目を覚まして初めて気づいたから……」

梓「寝て、起きたらちがう世界にいたって……本当に漫画みたいですね」

澪「はたから見たらそうかもしれないけど、わたしは真剣だ」

梓「うーん、じゃあ……どこで目を覚ましたんですか?」

澪「え? えーと、律の家……かなあ?」

梓「律先輩の家のどこなんですか?」

澪「……えっと、律の部屋だったかなあ……」

澪(なんだか律とのこと思い出して恥ずかしくなってきた……)

梓「わかりました。律先輩の部屋に行きましょう」

澪「どうして!?」

梓「それはだって、一番最初に目が覚めた場所なんですから、手がかりがありそうじゃないですか」

澪「……そう、か?
  いや、たしかにそうかもしれないけど……」

梓「……?
  どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」

澪「べ、べつになんでもないから!」

梓「とにかく、一旦、律先輩の家に行きますよ!」

澪(ううぅ……さっき、あんまりよくない感じでわかれたからなあ……)




ピンポーン


梓「すみませーん。ごめんくださーい」

澪(頼む。今だけ留守にしててくれ!)

梓「誰かいませんかー」

澪「梓、誰も家にいないみたいだし帰らな……」


ガチャ


 「はーい、なんですかー?」

澪「……あ」

澪(律の……『妹』)

 「あ、澪ネエ……と、たしか姉ちゃんの後輩の人だっけ?」

梓「はい。突然ですみませんけど、律先輩はいますか?
  少し律先輩の部屋をのぞかせてほしいんですけど」

 「ああ、ごめんなさい。姉ちゃん、さっき出かけちゃったんだよね。
  なんだかすごいウキウキしながらさ」

澪「そうなのか、じゃあ、帰らなくちゃ。
  なあ梓?」

 「あ、でも澪ネエなら姉ちゃんの部屋に入っても大丈夫だと思うよ」

梓「じゃあせっかくなんで上がらせてもらいましょう」

 「どうぞ、どうぞ」




梓「なにか手がかりみたいなのはありそうですか?」

澪「いや……特にこれと言って……」

澪(ていうか、勝手に許可かなく人の部屋に入るのはどうも……。
  律の部屋とは言え、少し良心が痛むな……)

梓「なにか律先輩とあったんですか?」

澪「え?」

梓「妙にこの部屋に来てからソワソワしてるから言ってみただけです」

澪「ああ、ちょっとな。
  目が覚めて……その、いきなり裸で目が覚めて、それで気が動転して……。
  なんだかイロイロ話してたら律を泣かせちゃったみたいで……」

梓「そうだったんですか」

澪「そうなんだ」

梓「でも、いいじゃないですか。
  今は律先輩も気分がいいらしいみたいですし」

澪「うん……」

澪(なにかあったのかな、律のヤツ……)

梓「それで。本当に手がかりはないんですか?」

澪「ない、みたいだ。
  うん、特にこの部屋にはないみたいだ、手がかりは」

梓「長居するのも気が引けますし早めに出ましょっか?」

澪「うん、そうだな」




梓「どこかに手がかりはないんですかね?」

澪「梓、無理してわたしに付き合わなくてもいいんだぞ?」

梓「いいですよ。今日は比較的時間がありますし」

澪「そうか……そうだ」

梓「なんですか?
  なにか手がかりに思い当たりでもあるんですか?」

澪「いや、梓に聞きたいな、と思って。
  こっちのわたしはどういう人間なんだ?」

梓「澪先輩のことについてですか。そうですね……」

梓「まあイロイロとウワサの多い人ですね。
  軽音部の人、全員と関係をもっているとか。
  あとファンクラブの人たち全員と乱交パーティーをした、とか」

澪「…………」

梓「一部のウワサではセックス依存症なのでは、とも囁かれています」

澪「…………」フラーリ

梓「……ととっ、大丈夫ですか?」

澪「ごめん、梓。少し目まいが……」

梓「そうですか。まあ悪評が多い人ですからね
  運動もできるし勉強もできるし、ファンも多いんですけどね」

澪「そうか……」

梓「澪先輩はそういうことをしてるんですか?」

澪「すくなくともわたしはしてないからな!」

梓「そんなに強く否定しなくても……」

澪「いや、べつの世界とは言え、自分がそんなふうになってると思うと……ん?」

澪(あれ? じゃあ……どうなるんだ?)

梓「とりあえず、澪先輩」グイッ

澪「な、なんで腕を組むんだよ?」

梓「いいじゃないですか。わたしの知ってる澪先輩はかなり冷たい人ですから
  たまにはこういうのも、ね?」

澪「……わたしの知ってる梓はこんなふうに腕を組んだりしてくるヤツじゃないな……」

梓「……じゃあやっぱり別人なんでしょうね」

梓「せっかくですし、喫茶店にでも入りませーか、澪先輩?」

澪「喫茶店? まあ、目的地もないしべつにいいけど……お金がない」

梓「あ、サイフはもってなかったんでしたっけ?」

澪「うん……こっちのわたしの部屋にもなかったし」

梓「いいですよ。せっかくだからおごらせてください」

澪「いいのか?」

梓「いいんですよ。澪先輩と出かけるなんてそんな機会はそう、ないでしょうし」




梓「さ、なんでも頼んでください」

澪「気持ちは嬉しいけど、なんだか申し訳ないから一番安いホットでいいよ」

梓「そんなに遠慮しなくていいのに……」

澪「いいんだよ。後輩におごってもらうってだけでも格好つかないしな」

梓「まあ、それもそうかもしれないですね」

梓「そういえば、澪先輩の軽音部はどんな感じなんですか?
  真面目に練習したりしてるんですか?」

澪「いや、全然。ティータイムと雑談で活動時間がつぶれないほうが珍しいくらいだ」

梓「そうなんですか? わたしたちとあまり変わらなさそうですね」

澪「なんだ、そっちの軽音部もなんだ」

梓「あ、でも、ライブの前とかはきちんと練習しますよ」

澪「それは、わたしたちも同じだ」

梓「ちがう世界でも、すごく似てることってあるんですね」

澪「なんだか不思議だな」

澪「まあ、でも本当に時々だけど、険悪なムードになったりもするけどな」

梓「時々、なんですか?」

澪「うん、それだって片手で数えられるぐらいだ」

梓「少し羨ましいかも……」

澪「まるで、頻繁に険悪な雰囲気になるみたいな言いかただな」

梓「実際なるんですよ」

澪「どうして?」

梓「澪先輩、あなたのせいでしょう?」

澪「え? わたし?」

梓「あ、すみません。
  こっちの澪先輩です……って、ややこしいなあ」

澪「確かに、二人とも同じ名前で同一人物だもんな」

梓「えーと、じゃあ、あなたのことは澪先輩のままで、こちらの澪先輩のことはミオ先輩と呼びましょう」

澪「ちがいがわからないんだけど」

梓「わかってください。
  それで、そのミオ先輩をめぐって、唯先輩とムギ先輩と律先輩が争いをすることがわりとあるんですよ」

澪「三人が争ってる姿なんて、全然想像できないな」

梓「まあ、決して仲が悪いわけではないんですけど……本番直前までやられるとちょっと疲れます」

澪「苦労してるんだな」

梓「でも、ミオ先輩には本当に忠実なんで、まだマシですけどね」

澪「忠実って……どんなふうに?」

梓「最近だと、イライラしてたミオ先輩が唯先輩に
  『ケーキをわたしによこせ』と言ったら泣きながら渡してましたよ。
  それに二人の先輩が対抗してまたケンカになったんですけど……」

澪「……わたしたちとは本当にちがうな」

梓「澪先輩のほうの軽音部は、澪先輩に従順ってわけじゃないんですか?」

澪「うん、わたしが練習しようって言っても結局練習しないなんてザラだ」

梓「ミオ先輩が羨ましいですか?」

澪「いや……やっぱり、わたしはわたしの軽音部が一番好きだ」

梓「澪先輩は、軽音部が好きなんですか?」

澪「まあ……決して真面目な部活じゃないけど……。
  みんなとは……離れたくないって思ってるし。
  ずっと放課後ティータイムとして演奏できたらなあ、って時々思うんだ」

梓「放課後ティータイム? なんですかそれ?」

澪「え? 軽音部のバンド名だろ?」

梓「わたしたちとは全然ちがいます」

澪「……どんなバンド名なんだ?」

梓「『ミオ☆ミオ』です」

澪「……すごく、イヤだな。
  ていうか、決めたのは誰?」

梓「さわ子先生です」

澪「あれ? わたしたちと同じだ」

梓「唯先輩と律先輩とムギ先輩が、ミオ先輩の名前に絡めたバンド名で言い争いしてて。
  二時間の争いの末、さわ子先輩が決めたんです」

澪「二時間って……。
  ていうか、ほとんど名前が決まる過程は同じなのに名前にずいぶん差があるな」

梓「まあ、みなさんミオ先輩信者みたいなものですから」

澪「怖いな」

梓「ええ。いつかミオ先輩に殺されるんじゃないですかね?」

澪「やめて」

梓「まあ、それに澪先輩とちがって、ミオ先輩には全然軽音部に対して思い入れがないみたいですし……」

澪「そうなのか?」

梓「最近は全然、部活に来ないですし。
  来ても楽器は持って来なかったり……」

澪「……そうなのか」

梓「だから最近は作詞は澪先輩以外の四人でやってるんですけど……」

澪「わたしじゃないのか……」

梓「ええ。しかし、これがまたひどくて。
  『Mio&Mio』とか『澪はおかず』とか、もうね……」

澪「…………」

梓「そちらは作詞、作曲、誰がやってるんですか?」

澪「作曲はムギが全部やってくれてる。
  作詞は一応わたしだ。あと、時々だけど唯が作曲をやることもある」

梓「いいなあ……」

澪(……やっぱりイロイロとズレがあるな。
  この時期に『ごはんはおかず』とか『U&I』はできてなかったのに……)

梓「とりあえず、あの三人の先輩をどうにかしないと、やっぱりダメなんでしょうかね?」

澪「そうかもな……」

梓「今年は先輩たちとの最後の学園祭ライブなのに……」

澪「梓……」

梓「……と、今はそんなこと言ってる場合じゃありませんね。
  がんばりましょう、澪先輩」

澪「あ、うん……ありがとう、梓」

梓「なんだかヘンな気分です、澪先輩にお礼を言われるのは」

澪「話を聞くかぎりそうなんだろうな」


ウダダダーウダダダーウラウララー♪


澪「……電話? わたしのだな」

澪(あれ? なんだ、なんかおかしくないか、このケータイ。
  なんだろ、違和感が……)

梓「澪先輩、でないんですか?」

澪「あ、うん……」

澪「……もしもし」

 『…………』

澪「……? も、もしもし?」

 『秋山……澪……』

澪「は、はい。そうですけど……」

 『……今すぐ学校に一番近いアイス屋に来い……』

澪「え? ちょっと……」


……ツーツー


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最終更新:2011年04月18日 00:28