梓「誰からだったんですか?」
澪「いや、それが誰だかわからなかったんだ」
梓「イタズラ電話かなにかですか?」
澪「わからない。ただ、学校付近のアイス屋に来いって、電話の相手は言ってきた」
梓「……行きますか?」
澪「え? 行くの?」
梓「行かないんですか?」
澪「いや、だって……怖いし……」
梓「もしかして、澪先輩って怖がりなんですか?」
澪「え゛!?」
梓「ミオ先輩は全然そんなことないみたいですけど、澪先輩はもしかして……」
澪「ち、ちがう! わ、わたしはただ、もしかしたら危ないかもしれないと思って……!
そ、それに梓を巻き込むわけにはいかないしな!」
梓「……ふふふ。澪先輩の怖がり」
澪「……もういい」プイッ
梓「……もしかして拗ねちゃいましたか?」
澪「拗ねてない」
梓「じゃあ、アイス屋に行きましょっか」
澪「……ん?」
澪(……あの声ってひょっとして……)
澪「わ、わかった。梓がそこまで言うなら行ってやろうじゃないの」
梓「……無理しなくていいんですよ?」
澪「無理してないっ!」
梓「……澪先輩、泣いてませんか?」
澪「泣いてないっ!」
♪
澪(もし、わたしの予想が当たってたら……あの電話の主は……)
梓「ふぅ……しかし、今日も暑いですね。
ただ歩いてるだけで汗かいちゃいますね」
澪「そうだな……」
梓「せっかくですし、アイスも食べていきません?」
澪「…………」
澪(こっちの梓はよく食べるな……と、そろそろアイス屋だ)
梓「さすがに時期が時期なだけに繁盛はしてますけど……」
澪「うん。でも、わたしの予想してる人間がいない」
梓「予想? さっき澪先輩に電話をかけた人の予想ですか?」
澪「そんなところ」
「あ、澪ちゃんだあ!」
澪「え?」
唯「やっほー、澪ちゃーん……と、あれ? あずにゃん?」
梓「こんにちは、唯先輩。どうしたんですか、唯先輩。
こんなところで」
唯「わたしはこれから澪ちゃんとアイスデートしようと思って来たんだよ。
あずにゃんはなにしてるの?」
梓「……まあ、簡単に言いますと、澪先輩とデートしてました」
澪「……はい?」
梓「ね? 澪先輩?」
澪「な、なにを言ってるんだ梓!? わたしと梓は……」
澪(ひいっ! こんな顔した唯を初めて見た……)
澪(……って、あれ? おかしい。今、唯はなんて言った?)
澪「唯」
唯「なあに、澪ちゃん?」
澪「唯はわたしとここに来る約束でもしてたのか?」
唯「うん、ついさっきだけどね。
アイス食べに行こ、って電話したもん」
梓「そうなんですか?」
澪「いや、そんなニュアンスじゃなかった気がするんだけど……」
唯「もう! 細かいことはいいからアイス食べよ!」
♪
澪「結局アイス食べて、色んな店回ってたらこんな時間になっちゃったな……」
梓「さすがに疲れましたね……」
澪「唯は異様に元気だったな……」
梓「澪先輩とデートできて嬉しかったんじゃないんですか?」
澪「……デート、か。
そういえば、唯は梓のことをあずにゃんって呼ぶけど、そのあだ名は誰がつけたんだ?」
梓「あずにゃんってあだ名ですか?」
澪「うん」
梓「誰だと思いますか?」
澪「ちなみにわたしの世界では、唯が梓にあずにゃんとつけたんだ」
梓「そうなんですか? 唯先輩がわたしに?」
澪「……そのリアクションを見るかぎり、唯ではないから……律とか?」
梓「ハズレ、ちがいます」
澪「……じゃあ、ムギ?」
梓「やっぱりちがいます」
澪「もしかして、こっちの世界のわたし?」
梓「正解です」
澪「……なんだか信じられないな。わたしがあずにゃんなんてあだ名を考えるなんて……」
梓「そうですか? 澪先輩の作詞のセンス的に普通にありえると思いますけど?」
澪「どういう意味だ?」
梓「……ええと、まあ、察してください」
澪「そういえば、調子が悪いときの歌詞を見せると、みんなの反応もイマイチだな……」
澪(そのときのわたしは調子が悪かったんだな。
きっと普段のわたしなら、『あずー』とかもっとステキなあだ名をつけてたにちがいない』)
梓「あ、そういえば澪先輩の歌詞で思い出したんですけど。
昨日、実はミオ先輩、部活に来てたんです」
澪「それがどうかしたのか?」
梓「いえ。それで、少し奇妙なことをしてたから……」
澪「奇妙なこと?」
澪「ヘンなことって具体的になにをしてたんだ?」
梓「唯先輩とムギ先輩と律先輩のケータイを借りて、なにかいじってました」
澪「ケータイをいじる……」
梓「そんなに時間はかかってませんでしたけど……。
わたしは、さわ子先生の愚痴に付き合わされていたからなにをしていたのか、ハッキリとは知らないんですけど……」
澪「……それだけ聞いてもなあ……」
梓「やっぱりわかりませんよね……」
澪「ケータイをいじる……うん? 待てよ」
澪(あのさっきの電話の主は唯だった。そう唯本人は言った。
だけど、もしかしたら……)
梓「どうしたんですか? 急にケータイをいじりだして」
澪(……そうだ、サイフをもってなかったことに気づいた時点で、考えるべきだったんだ!)カチカチ
澪「……梓」
梓「はい?」
澪「……梓、少し黙ってて。今から電話するから」
梓「誰にですか?」
澪「ムギに」
梓「そ、それって、ムギ先輩がなにか今回のことについて関係あるってことですか?」
澪「……」
梓「澪先輩?」
澪「ちょっと待って、梓。頭の中の考えが整理つかないから」
梓「…………」
澪「……いや、考えるより先にムギに電話をかけたほうがいいな」カチカチ
プルルルル
紬「はい、もしもし」
澪「……わたし。誰だかわかる?」
紬「澪ちゃん!? 澪ちゃんなの!?」
澪「ムギに頼みたいこととがあって、電話したんだ」
紬『いいよ! なんでも言って! わたし、澪ちゃんの望みならなんでも聞くから!』
澪「……ムギに頼みたいのは、わたしの電話の場所を特定してほしいってことなんだ」
紬『うんうん』
澪「実はわたしは……」
澪(それから10分程度の会話をして、わたしはムギとの電話を切った)
梓「ムギ先輩となんの電話をしてたんですか?」
澪「うん、それについてはこれから話しする」
♪
梓「……それって本当なんですか?」
澪「うん、予想だけど。たぶん当たってると思う」
梓「それでムギ先輩にお願いしたんですね。
たしかにムギ先輩の家なら、そういうこともできそうですもんね」
澪「正直、ムギが頼りにならなかったら手詰まりだったけど運がよかった」
梓「しかし、ムギ先輩からの返事遅いですね」
澪「そうだな……まあ、簡単にはできることじゃないのかもしれない」
梓「あ、じゃあせっかくだから待ってる間に小話でもしましょうか?」
澪「どんな話?」
梓「はい、うちの学校で最近流行りだしたある怪談話です」
澪「い、いい! そういうのは遠慮する!」
梓「そうですか」クスクス
澪「……こっちの世界では桜校に怪談まであるのか……」
梓「澪先輩の学校ではないってことですか?」
澪「うん。そういう話はあまりないな。特に最近なんて……あ、電話だ」
梓「ムギ先輩からですね?」
澪「うん……。
……もしもし?」
紬『もしもし、澪ちゃん?』
澪「……うん、そうか。わかった、ありがとう。それで、その場所はどこなんだ?」
紬『学校の音楽室』
澪「え?」
紬『澪ちゃん、わたし精一杯応援してるから、頑張って!』
澪「あ、うん。じゃあ……バイバイ」
梓「さて、これで目的地もわかりましたね。もちろん、わたしもついて行っていいですよね?」
澪「最初はひとりで行くつもりだったんだ。い、いや、でも……」
澪「おねがい! ついて来て、梓」
梓「頭下げられなくてもついていきますよ、澪先輩」
♪
澪「よ、よ、夜の学校ってちょっと怖いけどわたしがいるから、だ、だだだ大丈夫だぞ、梓」
梓「あのー、澪先輩。
腕を絡めて、ついでに体重をかけられると歩きづらいです」
澪「あ、あ、梓が怖いかなあと思って……わ、わたしはべつにそんなにこ、こ、怖くないけどな!」
梓「……はいはい」
澪「……なんだその顔は?」
梓「生まれつきです……。
着きましたよ、音楽室……もとい、音楽準備室。軽音部部室」
澪「よ、よし。じゃああとは待機だ」
梓「いや、待機してどうするんですか?
部室に入らないと」
澪「そ、そうだな……」スーハー
梓「大丈夫ですよ、澪先輩。わたしがついています」ギュッ
澪「……ありがとう、梓」
梓「じゃあ……せーので扉を開けますよ」
澪「……わかった」
梓「せー!」
澪「のっ!」
ガチャリ……
「だ、誰だ!?」
梓「…………」
澪「……梓」
梓「……なんですか、澪先輩?」
澪「わたしの予想、当たってただろ?」
梓「……はい、名推理ですね」
「お前たちは……」
澪「……ひとりは、お前の後輩の
中野梓。わたしは……」
♪
澪『さて、どうしてムギに電話してたのかって言うのを説明しなきゃいけないんだけど……。
どこから説明しような』
梓『澪先輩はいったいなにがわかったんですか?』
澪『今回、わたしがパラレルワールドに来ることになった原因……ううん、これは本当かわからないけど。
ただ、わたしに電話をかけてきた謎の人物についてはわかった』
梓『それは唯先輩じゃなかったんですか?』
澪『ちがう。たしかに唯はわたしに電話をかけたみたいだけど、あれは明らかに唯じゃない』
梓『じゃあ……誰なんですか?』
澪『その前に、梓。今回、わたしがパラレルワールドに来たとすると、だ。
この世界のわたしはどこにいるって話にならない?』
梓『たしかに……』
澪『ズバリ、答えを言うと。おそらく、この世界のわたし、『ミオ』はこの世界にいる』
澪『そもそもな、梓。最初から奇妙なことがあったんだよ』
澪『わたしが唯一持っていたのはケータイだけ。
でも、奇妙だ。ケータイがあるのになぜかサイフをわたしはもっていない』
澪『普通に考えて、普段のわたしだったらケータイをもってるならサイフももってる』
澪『そして、ケータイを見てみた。メールを見てみたらすぐにわかった。
わたしのケータイじゃないってことが』
澪『さらに梓から聞いた、昨日のわたしが三人のケータイをいじっていたっていう証言』
澪『これはたぶん、三人のケータイに登録されてるわたしのケータイ番号をいじってたんだ』
澪『わたし……この場合はミオの番号を』
梓『どうしてそんなことを?』
澪『どういう必要性があるのかは全くわからない』
澪『でも、そうすることによる意味はわかる。
おそらく、ミオは自分のもってるもうひとつのケータイの番号に書き換えたんだろう』
梓『ケータイを二つもっていた?』
澪『たぶんな。いや、わたしがムギに電話したとき、ムギはすぐにはわたしだとわからなかっただろ?』
澪『あれは本来登録されていたわたしのケータイ番号が書き換えられていたからだ。
だから、名前が表示されなかった』
澪『そして、唯がわたしにかけたと言っていた番号。
あれも、ミオのもうひとつのケータイ』
澪『本来のケータイは、わたしがもってるものだけど、唯のも書き換えられていたから……』
梓『澪先輩のもっているケータイにはかからず、ミオ先輩のケータイにかかった……ってこと?』
澪『たぶん』
澪『今、ムギには、
『ムギのケータイに登録されているわたしのケータイをどこかに落としたから、落とした場所を特定して』
と言った』
梓『じゃあ、そこにミオ先輩は……』
澪『うん、たぶんいる』
梓『なんだかすごい話ですね。
同じ人間が二人もいるなんて……』
澪『まあな……』
梓『でも澪先輩、自分の声と同じ声してる人の声の主が、誰がわからなかったんですか?』
澪『いや、なんとなくわかってたよ。
けど、案外自分の声ってわからないもんなんだよ』
梓『……なるほど』
最終更新:2011年04月18日 00:31