和 「そう、もうすぐ夏休みだし」
律 「もしかして海? それとも山とか!?」
澪 「遊びに行くんじゃありません!!バンドの強化合宿。朝から晩までみっちり練習するの!!」
律 「着ていく服や水着、買いに行かなきゃ!」
澪 「聞けーーーーっ!」
唯 「がっしゅく・・・・」(わくっ)
和 「夏休みが終わったら、すぐに学祭があるでしょ」
律 「学園祭・・・・?」
澪 「そう。桜高祭での軽音部のライブといえば、昔はけっこう有名だったんだぞ!」
澪 「それなのに。いくら慌てずやっていこうっていったって、もう三ヶ月にもなるのに一度も合わせたことが無いなんて」
和 「そろそろ本格的に練習を開始しないといけない時期だと思うわ。このままライブをやっても大恥をかくのがオチよ」
紬 「そうね。行きましょう!私、みんなでお泊りするの夢だったの!」
律 「おーし!決まりだな!唯も行けるだろー、合宿!」
唯 「・・・う、うん」
律 「よーし、よしよし!楽しみだな、唯!」
唯 「うん・・・///」
和 「・・・・・」
律 「あ、でも待てよ・・・ なぁ、澪」
澪 「なんだ?」
律 「かかる費用とかどう捻出するんだ?部費だけじゃ結構きつくね?」
澪 「あ・・・それは・・・ あ、あのムギ?」
紬 「はい?」
澪 「別荘とか・・・」
紬 「ありますよ♪」
律・澪・和 「あるんかい!!」
和 「唯、帰ろう?帰りに合宿に持っていくいろいろな物、買って行きましょ」
唯 「・・・あ、うん」
和 「楽しみね、合宿」
唯 「・・・・・うんっ」
和 「澪はみっちり練習って言ってたけど、練習は練習でがんばって、遊びも目いっぱい楽しみましょうね」
和 「ムギの別荘は海だっていうし、夏にしかできない事をたくさんするの。きっと良い想い出になるわ」
唯の心の中に汚泥のように凝り固まり蓄積されている、忌まわしい悪しき想い出。
それを楽しい、すばらしい想い出で上書きしてやるんだ。
澪は純粋に練習目的で合宿を持ち出したんだろうけれど、私がその提案に乗った理由は別にある。
それは未だ学校との往復以外は家に篭りがちな唯を、夏の太陽の下に引っ張り出すため。
やはり人間、内に篭りっぱなしでは心の中も内に内にと萎縮してしまう。
唯は軽音部の皆とのふれあいで笑顔を取り戻しつつある。そんな皆と家や学校を離れ、外への一歩を踏み出すのだ。
きっと唯は、もっともっと笑顔を見せてくれるようになるだろう。
夏の太陽にも負けない、あのまぶしいくらいの無垢な笑顔を・・・・
和 「澪のことを利用したようでちょっと気がひけるけど・・・ 許してくれるわよね・・・」
唯 「和ちゃん、何か言った?」
和 「あ、ううん。さ、まずは何から買いに行こうか。水着?おやつ?どれからでもバッチコイよ!」
唯 「くすっ。変な和ちゃん・・・」
・
・・・
・・・・
・・・・・
唯 「和ちゃん!和ちゃん助けて・・・・っ!」
和 「・・・・唯!」
唯 「っ! やだ、服引っ張らないで!助けてよ、和ちゃん!和ちゃん!!」
和 「ああ、わ、私・・・・ ゆ、唯・・・!」
唯 「きゃあ!やあ!やだ!和ちゃん!和ちゃん!」
和 「・・・・っ」
唯 「の ど か ちゃ - ん !!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・
和 「唯!!!!」がばっ
和 「はぁはぁ・・・・」
和 「また、あの頃の夢・・・ もうヤダ。もうヤダよ・・・・」
和 「唯・・・ なぜ私を責めないの・・・」
最悪の寝覚めで重い体を鞭打ち、私は強引にベッドから跳ね起きた。
いつまでもこうしていられない。手早くパジャマを脱ぎ、ベッド脇に用意しておいた服に着替える。
顔を洗って髪を整えたら、きっと気分も切り替わるだろう。
今日は合宿の第一日目。言いだしっぺの一人である私が、待ち合わせに遅れるわけにはいかない。
行こう、唯が待ってる。
平沢家!唯の部屋!!
ちゅんちゅん・・・
唯 「・・・・・」(むくっ)
憂 「お姉ちゃん、朝だよ。そろそろ起き・・・ あ、もう起きてたんだ」
唯 「うん。おはよ、憂」
憂 「おはよう、お姉ちゃん。いよいよ今日から合宿だね」
唯 「うん。 ・・・・楽しみで早く目が覚めちゃった」
憂 (お姉ちゃんがこんなに外のことに心を開くなんて。もしかしてお姉ちゃん、もう元に戻りかけて・・・?)
憂 「ね、なんでそんなに楽しみなの?」
唯 「え・・・?だって、別荘に泊まるの初めてなんだよ。海に泊りがけで行くのも初めてだし」
唯 「それに和ちゃんも皆も一緒だし、あと、りっ・・・・」
憂 「りっ?」
唯 「あ、ううん。なんでもない/// ・・・でも、何でそんなことを聞くの?」
憂 「・・・・・ううん、何となくだよ。じゃあ、目いっぱい楽しんでこなきゃだね!」
唯 「くすくす・・・・ 変な憂・・・」
憂 「えへへ・・・」
憂 (軽音部に入って徐々に明るさを取り戻してきてるお姉ちゃん。本当に良いところなんだね、お姉ちゃんの高校の軽音部って)
憂 (本当は泊りがけで出かけるなんてまだまだ不安なんだけど、でもこんなに上手くいってるんだもん)
憂 (信じてるからね、和ちゃん。今度こそ本当に)
憂 「さ、朝ごはんできてるよ。早く食べないと、待ち合わせに遅れちゃうよ!」
唯 「・・・・! すぐに着替えて降りるからね・・・!」
――――
律 「青い空!」
紬 「白い雲!」
澪 「照りつける太陽!」
和 「心地よい潮風!」
唯 「着いたぁ・・・!」
到着!ムギの別荘!!
律 「でっけーっ!なんだこの別荘!自宅か!?」
紬 「本当はもっと広い所に泊まりたかったんだけど・・・いちばん小さい所しか借りられなかったの」
律 「いちばん小さい・・・・? コレで?」
和 「世の中って広いわ。まだまだ私の知らない世界が、こんなにも身近にあるものなのね」
澪 「ま、まぁ・・・圧倒されそうだが、まずは荷物を置かせてもらって、一息ついたら練習を始めるぞ!」
律 「えー、まずは遊びでしょー。せっかく海にきたんだから、泳いでぇスイカ割ってぇ砂でお城作ってぇ~」
澪 「何しに来たんだよ!言ったろ、みっちり練習するって!遊ぶなら練習の後だからな!」
和 「それに遊び疲れちゃったら、練習での集中力が続かないでしょ? 先にやることをやって、後からノンビリ遊べばいいのよ」
律 「相変わらず硬いなぁ、お二人さん。んー、唯は? 唯はどうしたい?」
唯 「わ、私は・・・」(ちらっ)
和 「・・・・・・」
唯 「え・・・ぅ・・・ あ、あそ・・・・」
律 「・・・・・・」
唯 「・・・・・あぐ」
紬 「はいはいはーい! 私は遊びたいです!」
澪 「ムギまでっ!!」
律 「おーっっし、多数決!あっそびたい人、手ぇあげてー♪」
紬 「はいっ!」
澪 「む、負けるかぁ!練習に賛成な人、挙手だ!」
和 「はい!」
律 「むむっ!」
澪 「むむむっ!!」
紬 「両者同数!一進一退の膠着状態ね!息詰まる攻防戦!はぁはぁ・・・」
律 「・・・と、いうことは、だ」
和・律・澪・紬 じーーーーーー・・・・
唯 「え!? え・・・あ、あぐっ・・・ 」
和 「唯はどうしたいの?」
唯 「わたし・・・は・・・」
和 「いいのよ、唯。言っていいの。自分の考えで、自分のしたいことを言ってもいいんだよ?」
唯 「わたし・・・・」
唯 「私は、遊びたい・・・」
和 「・・・・」
律 「いよっしゃー! これで決まりー。公平な多数決の結果だからな、澪も文句ないよな?」
澪 「わかったよ。でも、帰ってきたら本当に練習だからな」
律 「分かってるよ。ムギ、行こうぜ! ほら、唯も」
唯 「う・・・うん///」
澪 「みんな行っちゃったな。ま、仕方がないか。あきらめて流れに従うとしますか。ね、和」
澪 「・・・和?」
和 「え、あ・・・ ゴメン、澪。ちょっと感極まっちゃって」
澪 「どうしたんだ?」
和 「唯がね。あの引っ込み思案になっていた唯が、ちゃんと自分の意思を言葉に出してくれた・・・・」
和 「それがね、私にはとても嬉しくって」
澪 「そうなのか・・・ だけど、だったら和」
和 「え?」
澪 「・・・・なんだってそんな、辛そうな顔をしてるんだ?」
和 「・・・・・!」
――――
律 「ほらほらー、唯ー! わかめお化けだぞー!」
唯 「きゃーっ」
律 「うははは!お前もわかめ人形にしてやろうか!」
唯 「やだーっ」
紬 「あらあら。平沢さんとりっちゃん、すっかり仲良しね」
律 「はぁはぁ・・・けっこう唯、逃げ足速いのな。疲れたぁ・・・ さて、次は何して遊ぶー?」
澪 「スイカ持ってきたけど・・・・ 割る?」
律 「おー!割る割る!かち割ってやる!」
紬 「割ってやるー!」
唯 「あははっ」
和 「・・・・・・」
そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、時は夕暮れ・・・
律 「いや~。遊んだ遊んだ!余は満足じゃ・・・・」
澪 「まだまだ。せっかく海に来たんだから、思う存分遊ばないと!ここまで来た意味が・・・」
澪 「て、ああーーー!練習!」
律 「・・・忘れてたのかよ」
澪 「ま、まったく・・・ 律が遊ぼうなんていうからだゾー・・・」
律 「いちばん楽しそうに遊んでたのは誰だ」
澪 「ツーン」
和 「み、澪・・・」
紬 「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ。さぁさ、戻って練習にしましょ」
唯 「・・・六回」
澪 「ほらほら、遊びモードはここまで!気分切り替えて練習するからな!さ、早く戻るぞ!」
律 「へいへい。ま、約束だしなー。よっし、唯!戻ろうぜー!」
唯 「う、うん。和ちゃん、行こう?」
和 「ええ」
和 「・・・唯、楽しかった?」
唯 「うんっ・・・!」(にこーー)
和 「そっか。良かったね」
唯 「えへ・・・」
じゃじゃっじゃじゃっじゃーーーん♪
律 「・・・・・・」
澪 「・・・・・・」
紬 「・・・・・・」
和 「・・・・・唯」
唯 「え?」
和 「唯、いつの間にこんなに上達してたの!?」
唯 「そ、そうかな? い、家に帰った後はとくに何もすることなかったし・・・」
唯 「ギターばっかりいじってたから、だからかなぁ・・・」
和 「それにしたって・・・」
思えば唯には、小さい頃からこのようなことが度々あった。
いろんなことに興味を示し意識が散漫になりがちな唯は、一つの事に集中するのが非常に苦手な子だった。
しかしいったんツボにはまって「やる気」の矛先が一ところに向かった時。
今回のような急成長を成し遂げて、周りを驚かせるのだ。
つまりそれは・・・・
澪 「いや、すごいな平沢さん。正直驚いたよ」
唯が自ら前向きに音楽に取り組もうとしていることの現われであり・・・
紬 「本当ね。私たちも平沢さんに負けないように頑張らないといけないわね」
唯という無色の空気に、人の目を惹く色彩が添えられたことでもあり・・・
律 「唯、頑張ったな」
唯 「・・・・うん!///」
私の元から唯が巣立って行く日が近いことの、何よりの証だった。
律 「なぁ、唯ー」
唯 「なぁに?」
律 「唯さ、コーラス。やってみね?」
唯 「え・・・・」
澪 「お、おい律・・・」
律 「前から考えてたんだよ。メインの和に唯のコーラス。幼馴染だし、息もぴったり合うだろ?」
律 「唯はギター初心者だし、そこまでやらせるのは酷かなーって思って黙ってたんだけど。けど、これだけ上達してるなら、歌いながらだって大丈夫そうじゃん?」
紬 「それはそうかもしれないけど、だけど・・・」
律 「別に無理強いさせようってわけじゃないよ。たださ。なぁ、唯。一度でかい声でわーってやっちゃえば、けっこう色々と吹っ切れちゃうもんだぞ」
和 「・・・・・!」
唯 「田井中さん・・・」
律 「ライブでさ。みんなの前で大口あけてデッカイ声だして。クラスの奴等とかビックリするぞ。どんな顔するか、ちょっと見てみたくないか?」
唯 「え・・・あの・・・・でも・・・・」
澪 「おい、律!」
唯 「ご、ごめんね。少し考えておく、ね・・・ あの、ちょっとトイレに・・・」
とことこ・・・ばたん。
最終更新:2011年04月19日 22:56