澪 「はぁ・・・ なぁおい、律」
澪 「今の、ちょっと強引じゃないか?平沢さん、困ってたじゃないか」
律 「はぁ? 何いってるんだ、澪。唯のやつ、歌いたそうな顔をしてただろ?」
和 「・・・・律」
澪 「そ、そんなわけ・・・」
律 「・・・はぁ。あのなぁ、澪。あとムギもだ。そろそろ言っておこうと思ってたんだけどな」
律 「お前らいつまで唯を腫れ物を触るみたいに、お客様扱いし続けるんだ?」
紬 「え、私たち、そんなつもりじゃ・・・」
律 「だいたいなんだよ、いつまで経っても平沢さん平沢さんって。いいかげん名前で呼んでやれよ」
澪 「そ、それは・・・ 平沢さんが名前で呼ばれたいのかどうか分からなかったし・・・」
律 「私と和は名前で呼んでるだろ。嫌に思うもんか。そんな変な気遣いをしてるから、いつまで経っても他人行儀な態度で接しちまうんだよ」
律 「澪ならわかってやれるだろう?相手から踏み込んできてくれなきゃ、自分から一歩を踏み出せない。そこまで心が弱くなっちゃうこともあるって」
澪 「・・・律」
和 「・・・・・・・」
紬 「お茶にしましょう」
律 「え?」
紬 「唯ちゃんにコーラスをやりたいかどうか聞かなきゃならないし。やるならどういう風に、どんな風に入れるのか話し合わなきゃならないし」
紬 「休憩も兼ねてお茶にしよ。ね?」
律 「あ、ああ・・・そうだな。と、唯のやつ、遅いな。もしかして、でっかいh
澪 「わー!下品なこと言うなよ、律!」
澪 「その、なんだ・・・ 夜風に当たって休んでるのかもしれないだろ。その・・・唯は、さ」
律 「・・・・そうだな! じゃ、呼びにいってみるか!みんなはお茶の準備をしといてくれー」
和 「あ、待って。私も行くわ」
律 「おー、いこいこー!」
とことこ・・・・
律 「和はどう思う?唯のコーラス」
和 「私は正直、まだ時期尚早だと思う。失敗したらと考えると、せっかく明るさを取り戻しかけた唯がまたふさぎ込んじゃうんじゃないかって」
和 「・・・それがとても心配」
律 「そっかぁー」
和 「でもね・・・ それは杞憂なのよね。きっと上手くいくだろうし、それにもし失敗しても・・・」
和 「居場所を見つけた唯なら、落ち込んでも立ち直れる・・・・ ううん」
和 「落ち込む暇すら与えてもらえないのかもね」
律 「おう♪」
和 「だから、唯が望むのなら私は賛成」
律 「やっぱトイレにいなかったな。じゃ、澪が言うように、外で風に当たってるのかもな。行ってみようぜ」
和 「ええ」
和 「・・・・ねぇ、律。あなた唯のことに気づいて・・・」
律 「私さ」
和 「・・・・・」
律 「唯みたいなやつって、なんだか放っておけないんだよな。昔の澪を見てるみたいで」
和 「澪?」
律 「そう、澪。今でもあいつ、かなりの恥ずかしがりだけど、昔はそれに輪をかけた照れ屋さんでさ」
律 「ていうか、もう対人恐怖症に片足突っ込んじゃってるってくらい、人と接するのにオドオドしてたのね」
律 「そうなったのには何かきっかけがあったんだと思う。それが何かは澪も言おうとしないし、敢えて私も聞かなかったけどさ」
律 「まあとにかく。澪は自分で自分の心に蓋をしてしまって。その蓋を開ける鍵は外側にしか付いていなかったんだ」
和 「・・・・・・」
律 「だから誰かがそれを外してやらなきゃならない。蓋を開け外の光を入れてやって、見ろよ、外の景色も悪いもんじゃないだろって」
律 「んでさ。私は昔からこんな感じのやつだったからさー。ガサツで頭が悪くて単純で・・・」
律 「でも、単純だからこそかな。見えるんだよ。あ、こいつはもう一人じゃどうにもできなくなってるんだなってのが・・・わかっちゃうんだ」
和 「考えるんじゃない。感じるんだ・・・って?」
律 「そうそう、それそれ。だからお節介といわれてもうるさがられても、放っておけない。あの頃の澪と一緒なんだ、唯は」
律 「てことくらいかな、私がわかったのは。もちろん唯に何があったか、なんて分かるはずもないし、知る必要もないしなー」
律 「まぁ、本音を言えばウジウジしてるやつを見るとイライラしちゃうから、もう言いたいことははっきり言えよ!って、言ってやりたいだけなんだけどな!」
和 「律・・・・」
和 「律は澪の心に光を灯すことに成功したってわけね」
律 「そんな大したことじゃないよ。けっきょく澪しだいだったからな。本人が変わりたいと思ってくれなきゃ、どうにもならないし」
和 「それでもすごいわ。そして、今回も。唯のことも・・・」
和 「私にはできなかったこと・・・」
律 「おい、和?」
和 「正直に言うとね、律。私はあなたに嫉妬しているの」
律 「はぁ・・・?」
和 「唯は律と出会って、笑顔を取り戻せたの。強引なところに戸惑いながらも、律の明るさに引き込まれるように、唯も笑っていることが多くなった」
和 「あなたのおかげ」
律 「いや・・・ たしかに唯を笑わそうと色々したけど、別に私だけのおかげってわけじゃ・・・」
和 「ううん、やっぱり律がいたからよ。幼馴染の私には分かるの。きっと唯は律が好きなんだわ」
律 「はぁー・・!?」
和 「私は唯に昔の明るさを取り戻してもらいたくて、色々やってきたつもり。そしてここに入部して、やっと唯は笑顔を見せてくれるようになったわ」
和 「でも、その笑顔の先にあるのは律、いつもあなただった。ずっと一緒にいた私ではなく・・・・」
和 「だけど、それは当然なのよ。だって私はいちど唯を裏切った身なんだもの・・・・」
律 「なぁ、和」
和 「なのに私・・・勝手に報われない気になっちゃって・・・見返りなんて求めてるつもりはなかったのに・・・・」
律 「和」
和 「唯の笑顔が見たい。ただそれだけの筈だったのに・・・・」
律 「和!!」
和 「律ぅ・・・」
律 「唯が・・・・見てる・・・・」
和 「えっ」
唯 「の、和ちゃん・・・・」
和 「唯!ど・・どど・・・どこら辺から聞いてたの!?」
唯 「えっと・・・田井中さんが私を秋山さんみたいで、放っておけないって言ったくらいから・・・・」
和・律 「ほぼ最初からかい!!」
唯 「だってだって・・・ 出で行きにくい雰囲気だったから、その・・・」
唯 「ごめんなさい・・・・」
和 「う、ううん・・・ 私こそ変なこと言って、聞かせちゃって・・・ ごめんね・・・」
唯 「・・・・・ううん」
和 「・・・・・・・・」
律 「・・・・さて、唯も見つかったし、私は戻るかなっと」
律 「あ、和」
和 「え、なに・・・」
律 「なんか顔が赤いぞ?暑くてのぼせちゃったんじゃないか?みんなには言っとくから、すこし外で涼んでから戻って来いよ」
和 「そんなこと、私は別になんとm
律 「あ、それと唯」
律 「ちょっと心配だからさ。和に付いてやっててくれ。お前が一緒にいれば安心だ」
唯 「うん」
律 「じゃ、あとよろしくー」とてちて・・・
唯 「行っちゃったね」
和 「いい人だね」
唯 「うん」
和 「せっかくだから、少し話してからもどろうか」
唯 「うん」
和 「といっても、何から話したら良いのかな・・・ ていうか、すでに色々聞かれちゃってるんだよね」
唯 「・・・・あのね、和ちゃん」
和 「・・・・うん」
唯 「ありがとう」
和 「・・・・・!」
唯 「私ね、和ちゃんが言ってたとおり田井中さん・・・ りっちゃんが好き」
和 「・・・・・う」
唯 「和ちゃんが背中を押してくれなきゃ私、ずっとどこかの隅で小さくなって怯えてるだけで・・・」
唯 「みんなやりっちゃんと出会えなかったと思う。だからね和ちゃん、ありがとう」
和 「なんで・・・なんで”ありがとう”なんて言えるのよ・・・」
唯 「和ちゃん・・・・?」
和 「責めてよ・・・ せめて一言なり、なんでなじってくれないのよ・・・」
唯は小さい頃、よく私をかばってくれたよね。
なのに私は唯が辛い思いをしている時、見当はずれな助言をしてしまった。
それでよけい苦しい立場に追い込まれた唯を・・・ 助けを求めて差し出されていた唯の手を・・・・
あんな最低な奴らに目を付けられるのが怖くて、掴んであげることができなかった。
そのせいで唯は笑わなくなって、私は良心の呵責に苛まれて・・・
だから、唯の笑顔を取り戻したかった! そうすることが唯のためだって・・・!
だけど・・・ いざ唯が笑顔を取り戻して。けれどその笑顔が自分に向けられたものではなかったから・・・
悔しくて悲しくて・・・・ 律が妬ましくなって・・・・
和 「だから違うよ!私は唯にお礼を言って貰えることなんか、何もしていないんだ!」
和 「唯がもとの唯に戻ることで、私が犯した過ちも無かったことにしたかっただけなのよ!」
和 「そんなんだから・・・ 律に嫉妬してしまうなんてみっともないこと・・・ 私は自分が情けない・・・」
唯 「和ちゃん・・・」
唯 「あのね、和ちゃん。正直言うとね、和ちゃんのことちょっと嫌いになってたんだ・・・」
和 「・・・・!」
唯 「私バカだけど、いま和ちゃんが言ったことくらい分かってたよ。だからね・・・・」
唯 「今さらって。調子良いよって。ずっとね、少しだけ思ってたの。だからね、ほんのちょっとだけ・・・」
唯 「和ちゃんのこと、嫌いになってた」
和 「ゆ・・・い・・・」
唯 「あんなにやりたがってた生徒会をあきらめた時も、だから私は何も言わなかったの」
唯 「私、嫌なやつだよね。私のためにやりたかったこともできなくなって、ちょっといい気味だって・・・・」
和 「・・・・・」
唯 「でもね、和ちゃんはそれくらい私のことを考えてくれてたんだよね。だからね、心の別のところでは嬉しいとも思ってたんだ」
唯 「だって昔の友達で、私がこうなっちゃってからも変わらず側にいてくれたの、和ちゃんだけだったんだもん」
和 「ユイィ・・・・」
唯 「今は感謝してるよ。私を見捨てないでくれて。ここに引っ張ってきてくれて。さっきのありがとうは、だからこの事の”ありがとう”」
和 「唯・・・・ 唯・・・・」
唯 「それとね、ごめんね。生徒会のことも、嫌っちゃったことも」
和 「唯~~~~・・・・」
唯 「泣かないで。まるで私みたいだよ?」
和 「なに言ってるのよ、バカ・・・」
唯 「えへへ・・・ 和ちゃん、今は昔と同じ」
唯 「大好きだよ」
和 「泣かせるようなこと言っておいて、泣かないでなんて。勝手なこと言わないでよーー・・・」
外に出て開放的な気分になって、新しい一歩を踏み出す。
唯のためになればと、そう考えて賛成した合宿だった。
でも・・・・内に篭って考えが凝り固まっていたのは、唯だけではなかった。
私もそうだった。それを自覚することができた。
だから、踏みとどまっていた4本の足を互いの手で引き合いながら。
一人じゃなく、二人で。お互いの止まっていた時間を取り戻すために。
今、踏み出すんだ。
和 「唯、お願いがあるんだけど」
唯 「なぁに?」
和 「ぎゅってして?昔、私が泣いていたら、いつもしてくれたみたいに」
唯 「えへへ・・・ 和ちゃんのあまえんぼ」ぎゅっ
和 「うん、そうだよ。ずっと昔から・・・」
唯の暖かな抱擁。それと同じくらい温かな唯の心が肌を通して、私の中に入り込んでくるようで。
ハッキリと分かった。唯には今までの立ち居地の「和」は、もう必要ないんだ。そして私にも、今までの「唯」は、もう要らない。
この共依存の日々が、終わる時が来たんだ。
この日を契機に私たちはかつての。そう、あの忌まわしい出来事が起こる以前の。
本当に意味での親友に戻ることができた。
そして。夏休みが終わり・・・
桜高祭でのライブは、自分達でも驚くほどの盛況ぶりだった。
学祭直前に顧問になってくれた山中先生(あんな人だったなんて・・・)作の華やかな衣装は観客の目を惹き。
練習の甲斐もあって演奏のスキルは急上昇。
私の歌声に寄り添うように重なる唯のコーラス。我ながら抜群のコンビネーションだったと思う。
最後の最後で飛び出した澪の恥ずかしいサプライズもあって、更に会場の熱気はオーバーヒート。
これ以上ないってくらいの満足感を私たちの胸に残し(澪には他の思いも残っちゃっただろうけど)、ステージの幕は閉じられた。
そして・・・・
やがて季節は移り変わり・・・
盛夏を過ぎるととたんに肌寒くなって、季節は秋。
並木が紅葉する様を楽しみながら、軽音部のみんなと登下校した通学路。
やがて紅葉が色あせて舞い落ち、路上に薄茶色の絨毯を敷きつめ始めると、マフラーに顔を埋めて小さくなりながら歩く子たちの姿が目立ち始める。
あっという間に冬の到来だ。
クリスマス。年越し。お正月。冬は楽しいイベントで盛りだくさん。
みんなで集まってはしゃいで、心の底から笑いあって。
そして気がついたら季節は一巡して春。
私たちが高校生になって・・・ 軽音部のみんなと出会って一年が経った。
私は二年生になって。
そして・・・・
私は軽音部を退部した。
最終更新:2011年04月19日 22:59