和 「桜高軽音部専属ボーカル 真鍋和です~完結編~」



律 「わん・つー!」


律の明朗な掛け声。それに合わせてカツカツとスティックの音が軽快に響く。

待っていたとばかりに音の波がステージいっぱいに広がり、それは瞬く間に客席をも飲み込んでゆく。

ドッと上がる歓声。手拍子。中には指笛なんてお調子者もいて。

私たちと客席の一体感。

それを得られた時、ああ楽しいな。幸せだな。そう、心底思う。

今もそう。この場に立てること、軽音部のみんなと演奏ができたこと。

それが嬉しくてたまらない。


一曲目が終わり、二曲目との間に唯がMCを行う。

唯 「どうもー、軽音部です!」

朗々と、はっきりとした声で。

唯 「えと、新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます!」

人を引き込まずにはいられない、愛くるしい笑顔で。

律 「今の唯のMCは、安心して聞いていられるな」

小声で話しかけてきた律に、私は笑顔でうなづき返した。


今日は新歓ライブ。目の前にはいっぱいの新入生たち。

私たちは二年生になった。



ライブ後。軽音部!!


律 「楽しかったなぁ~、ライブ!」

澪 「律、目的を履き違えちゃダメだ。楽しむことが目的じゃなかっただろ」

澪 「今日のライブを観た新入生に、軽音部に入部したいって思ってもらえないことにはな」

紬 「まぁまぁ澪ちゃん。私たちが楽しそうに見えなかったら、誰にも入部しようなんて思ってもらえないもの」

唯 「だから、これで正解!ってことだね」

澪 「それもそうか」

和 「そういうことね」

あはははは。

和 「でも・・・・」

唯 「どうしたの、和ちゃん」

和 「今更だけど、私が一緒でよかったのかしら。それもメインボーカルで」

律 「なに言ってるんだよ。良いんだよ、つーか。和が一緒じゃなきゃダメなんだ」

紬 「私たちのほうこそ。和ちゃん忙しいのに無理いって参加してもらってごめんなさいね」

澪 「でも、お陰で最高のステージになったよ。ありがとう、和」

和 「みんな・・・」


そう、本来であれば、私は今日のステージに立つ資格はないはずだった。

一年の春休みを最後に、軽音部を退部した私には。


律 「それにいちばん最初に和に参加してもらおうって言い出したの、唯だしな」

和 「唯・・・」

唯 「えへへ」

唯 「あのね和ちゃん。新歓ライブってさ、私たちの一年間の集大成だと思うんだ」

和 「どういうこと?」

唯 「だからね。去年私たちはこんなに楽しい部で過ごしたんだよ!その成果がこれなんだよ!って」

唯 「今年もこんな風に楽しくなるんだよっ、だからここにおいでよって!そう新入生のみんなに知ってもらうのが目的だと思うの」

唯 「だったらそこに和ちゃんがいないなんて、そんなのありえないよ」

唯 「だって去年の軽音部は、この中の誰一人が欠けても、こんなに楽しい部にはならなかったと思うから!」

紬 「うん!」

澪 「唯の言うとおりだ!」

律 「そうだぜ。和は一年間、紛れもなく私たちの専属ボーカルだったんだからな!」

和 「・・・・みんな、ありがとうっ」

和 「私こそ、私の方こそみんなと一年、この部で過ごせて良かった。楽しかった!」

和 「今日の新歓ライブで私の軽音部での活動は終わったけれど、でm
律 「ちょーっと、待ったぁー!」

和 「ええええ、この流れなのに、ここで止める!?」

律 「早まるなよ。まだ最後じゃないんだぜ、これが」

和 「え・・・」

律 「真鍋和くん!キミにはあと一回、軽音部の活動に参加してもらおう。これは部長命令です!」

和 「え・・・ だって、ちょ・・・ 律?」

唯・澪・紬 くすくす・・・

和 「え?なによ、みんなして!一体どういうこと?」

澪 「和が面食らっちゃってるだろ。早く説明してやりなよ」

律 「悪い悪い。じゃ、唯ー」

唯 「うん!」ばっ!!

和 「え、なにそれ。チラシ・・・・?」


『真鍋和 壮行会! ~和ちゃんの新しい門出を呪って~』どどんっ


和 「・・・・・・」

唯 「じゃんっ!と、いうわけなんだよー!」

律 「まぁ、いつものお茶会に毛が生えた程度のものだけどさ。だけど主賓を和にすえて」

律 「みんなで飲み物やお菓子持ち寄ってさ、パーティーしようって事になったんだ」

澪 「和には生徒会でも頑張ってもらいたいから、激励の意味を込めて。ね、参加してくれるよな」

和 「・・・・う、うん」

唯 「あれ・・・どうしたの、和ちゃん。微妙な顔つきで・・・ もしかして、乗り気になれなかった?」

和 「そうじゃなくって、その・・・」

紬 「・・・あ、唯ちゃん!祝うっていう字、間違ってるわよ!」

唯 「え?え?」

律 「呪ってどうする・・・」

唯 「あーーーーっ!!」


『真鍋和 壮行会! ~和ちゃんの新しい門出をXって~』
                      祝 

唯 「というわけで、これです!」ドドン

和 「は、はぁ・・・」

紬 「強引に直しちゃったのね」

律 「はは・・・ まぁ、話を続けるとさ。壮行会の発案者も唯なんだ。なにか和を喜ばせる事がしたいって張り切っちゃってさ」

律 「・・・唯、本当に和のことが大好きなんだな」

唯 「うん。和ちゃん大好きっ」ニコー

和 「・・・・っ」どきっ

紬 「・・・和ちゃん?」

和 「い、いえ・・・ あの、みんなありがとう。喜んで参加させてもらうわね」

唯 「やったぁー♪」

律 「おおー!良かったなぁ、唯。企画して、がんばってチラシを作ってきた甲斐があったなー」なでなで

唯 「えへへへ。もっと撫でてもっと撫でて」

律 「ん?よぉし。よーしよしよしよし!よしよしよしよし!!これでどうだ!」なでなでなで

唯 「えへへへへへへへへへへへ」ワンワン

澪 「律・・・ムツゴロウさんか」

紬 「唯ちゃんのほうは、まるでワンちゃんみたいね」

澪 「そういや唯って、そこはかとなく犬っぽいところあるよな・・・」

律 「まだか?まだいくか!?よしよしよしよーし!よーしよしよし!!」

唯 「えへへ・・・へ・・・」

和 (もやっ)

澪 「仲睦まじすぎだろ。ね、和」

和 「・・・そ、そうね」

和 (なにかしら。胸の奥のほう。なんか重い・・・ もやもやとする)



帰り道!!


和 「日の沈むのがすっかり遅くなったわね。この時間なのに、まだ明るい」

唯 「そうだね。それに暖かくなってきたし、すっかり春って感じだよ」

和 「うん」

唯 「あの頃も、このくらいの時期だったよね・・・・」

和 「ええ、早いものよね。あっという間の一年だったわ」

唯 「うん。私たちが軽音部に入って、みんなと出会って・・・」

唯 「私、笑えるようになって」

和 「唯・・・」

唯 「和ちゃんがいたから。和ちゃんがいなかったら、私・・・ ずっと暗いところで一人、膝を抱えてたと思う」

和 「・・・・」

唯 「ありがとね、和ちゃん。何度でも言うよ。ありがとう、和ちゃん。大好き」

和 「・・・・私も、唯が大好きよ」

唯 「へへ」

唯 「それでね、約束・・・」

和 「ん?」

唯 「約束、一つまだ果たしてなかったよね」

和 「うん、そうだったわね。律に・・・」

唯 「告白、一年生のうちにすること、できなかったよ」

和 「まぁ、こういうのはタイミングだわ。慌てても何も良いこと無いもの」

唯 「そうだけど、でもね。言ってたよね、安心して生徒会に行くためにも、私が気持ちを打ち明けるのを見届けたいって」

和 「それは・・・」

唯 「するよ」

和 「唯・・・」

唯 「告白、する」

和 「・・・・」

唯 「大好きな和ちゃんに安心してもらいたいから。それに・・・」

和 「それに?」

唯 「和ちゃんのお陰で取り戻せた笑顔でね、今なら何でもできそうな気がするんだ」

和 「そう・・・ そうね。今の唯だったら。ステージでも堂々、MCをこなせる度胸もついた唯なら、ね」

唯 「あれでも実は心臓バックバク。今にも卒倒しそうなのをかなり堪えてたんだけどねー」

和 「ふふ、そうだったんだ?」

唯 「うん。でもがんばれた。だから、告白もがんばる。心配しないでね、和ちゃん」

和 「うん。じゃあ、安心しておく」


言って私はにこりと微笑んだ。

内心の動揺を悟られないように、努めて明るく。自然に。

でも、なぜ?なぜ私は動揺しているの?何に?

唯とは昔通りの親友に戻り、共依存のくびきからは開放されたはずと思っていたのに。

なのに、この喪失感は何だって言うのだろう。


分からない。戸惑いを拭うことができない。


和 「そ、それで。告白はいつするの?」

唯 「うん。こういうのってタイミングだって和ちゃんは言ってくれたけど。でも・・・・」

唯 「やっぱりこの日に!って決めておかないと、自分に言い訳してズルズル先延ばしにしちゃいそうで怖いから・・・」

和 「うん・・・」

唯 「和ちゃんの壮行会の日。りっちゃんと二人きりになれるタイミングを狙って、私は行くよ!」

和 「そっか。うん、がんばってね。唯」

唯 「がんばる!」フンス


鼻息も荒く、決意に満ちた目で微笑みかけてくる唯。

そういう顔もできるようになったんだ。なんだか少し、唯が頼もしく思えてくる。

翻って私は?内心のもやもやを唯に感づかれてはいないだろうか。うまく隠せているだろうか?

内心の葛藤の原因を私自身が測りかねている。だから無理やり笑う。唯と、私自身を誤魔化すように。


和 「唯、がんばれ」


もう一度言った私に、唯が自信に満ちた笑顔でうなづき返した。



帰り道 唯と別れたあと!!


? 「あれ、和ち・・・さん?」

和 「え・・・ 憂?」

憂 「やっぱり和さんだ。こんばんわ!」

和 「こんばんわ、憂。どうしたの?家、こっちのほうじゃないでしょう」

憂 「えへへ・・・ ちょっと寄り道。お買い物してきたの」

和 「そうなんだ。そちらは友達?」

憂 「うん。同じクラスの鈴木純ちゃん。中学から一緒なの」

純 「こんばんわ!」

憂 「純ちゃん、こちら真鍋和さん。先輩で、私の幼馴染でもあるんだ」

純 「うん、知ってる!憂や憂のお姉さんと一緒にいるところ、何度か見たことあるから」

和 「こんばんわ、鈴木さん」

純 「純でいいです!」

和 「うん、じゃあ。純、さん」

純 「あの、今日のライブ!すっごいカッコよかったです!」

和 「ありがとう。そう言ってもらえると、がんばった甲斐があったわ」

純 「もう感激しちゃって!真鍋先輩みたいなカッコいい人がいるなら、私!軽音部に入っちゃおうかな~」

憂 「あ・・・ あのね、純ちゃん」

純 「ん??」

和 「ごめんね。せっかくかっこ良いって言ってもらえたんだけど、私。もう軽音部じゃないのよ」

純 「え・・・?」

和 「今日のステージには上がらせてもらったけど、本当は私、一年の終わりで軽音部を退部しているの」

純 「あ・・・ そうなんだ・・・」ガッカリ

憂 「あ、で、でも!他にも格好いい先輩いるし、お姉ちゃんも軽音部はいってからすっごく楽しそうだし!」

憂 「純ちゃんが入ってくれたら、きっと皆さん喜んでくれると思うな~」

純 「うーん、でも。真鍋先輩がいないんじゃなぁ。いやね、ジャズ研究会にもカッコいい先輩がいてさぁ」

純 「どっち入るか迷ってたんだけど、うーむ」

憂 「・・・・そこなんだ」

和 (面白い子)

・・・・・・・・

純 「それじゃ私こっちだから。またね、憂。真鍋先輩も失礼します!」トテチテ・・・

憂 「うん、また明日ねー」

和 「さよなら」

憂 「・・・・」

和 「・・・・憂」

憂 「なぁに、和ちゃん?」

和 「私って、カッコいいの?」

憂 「うん、かなりカッコいいと思う」

和 「・・・・///」

憂 (照れてる和ちゃん、可愛い・・・)

和 「でも、じゃあ・・・・」

憂 「え?」

和 「律と私だったら、どっちのが格好いいのかしら・・・?」

憂 「律先輩と和ちゃん・・・えっと、それ・・・どういうこと?」

和 「・・・・はっ」

和 「な、なんでもない!それじゃ憂、私もう行くから!また学校でね」タッタッタ

憂 「え、あ・・・うん。また・・・」

憂 「・・・・行っちゃった。変な和ちゃん」


私、憂に何を言ってるのかしら。ううん、それ以前に・・・・

なんで人と・・・律と自分を比べるようなことを口に出して・・・・

なんなの、さっきから何だってのよ、私。もう、私!ああ、私!!


私はどうしてしまったのだろう。

もう、自分で自分がわからない・・・・


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最終更新:2011年04月19日 23:11