律 「だって、唯の気持ちは嬉しいけど・・・応えられない以上は断らなきゃならない。だけど・・・」

律 「どんな言葉で言いつくろっても、唯を傷つけちゃいそうで怖かった・・・から・・・」

澪 「律・・・」

律 「そしたら唯、すっごく悲しそうな顔をしちゃって。結局さ、私はいちばん酷いやり方で唯を傷つけちゃったんじゃないかなぁって・・・」

律 「私・・・唯に嫌われちゃった・・・かも・・・」グスッ

澪 「なるほどね。律にしては、えらく後ろ向きになってるな」

律 「な、なんだよー・・・」ヒグヒグッ

澪 「律、たしか唯にこんなこと言ってたよな?思ったことは、考えるより先に口に出せって」

律 (あ・・・それ、さっき唯も言ってた・・・)

澪 「そうすることで開ける道もあるって、そう言ったのおまえだよな?律」

律 「言った・・・・かも・・・・」

澪 「自分が言ったことには責任を持て。有言実行。部長のお前が範を垂れないで、どうするんだよ」

澪 「唯の想いに、律。自分の言葉できちんと返事をしてやるべきじゃないのか」

律 「でも、唯になんて言えば良いの・・・?」

澪 「どうせ伝えたい事は頭の中に浮かんでるんだろ?だったらアレコレ考えずに、思いの丈をぶつければ良いんじゃないかな?」

澪 「本音を晒して、それで人のことを悪し様に思うような唯じゃないだろ」

律 「う・・・うん・・・ そうだよね・・・ そうだな」グシグシ

律 「よっし!明日だ!明日、きちんと唯と話をするよ」

澪 「うん、それが良い。唯もきっと、律の言葉を待っていると思うよ」

律 「・・・しかしそうは言っても、唯になんて言って声をかけるかなぁ。本音とはいえ、言葉は選ばないとだし・・・」

澪 「あまり言葉を飾ろうとするなよ。素直なのが一ばん心に届く」

律 「そうだな」

澪 「・・・私も」

律 「・・・ん?」

澪 「私もさ、一つ良いかな・・・」

律 「よく分からないけど、一つでも二つでもどうぞ。で、なにが?」

澪 「・・・素直な言葉を一つ。ここで言ってしまおうかなと思って、さ」

律 「お??澪にもなにかあったのか・・・?私で良ければ何でも聞くぞー」

澪 「うん。・・・ちょっと酷いことを言ってしまうと思うけどさ、良いかな?」

律 「え・・・今はあまり心が折れそうな事、言って欲しくないなぁ・・・」

澪 「そういうのじゃないよ。ただ・・・・」

律 「・・・・」

澪 「律と唯が両思いじゃなくって、良かったなって・・・・」

律 「・・・・え?」

澪 「唯には悪いけど・・・正直、ホッとしてるんだ、今」

律 「み、澪・・・それって・・・」

澪 「私、勝手で酷いやつだよな。でも・・・それが今の正直な。素直な気持ち・・・」

律 「あ・・・う・・・///」

澪 「///」



平沢家!!

和 (けっきょく学校では唯を捕まえることができなかった)

和 (家に・・・戻ってくれてれば良いんだけれど)


―――――

ピンポーン♪


憂 「はい・・・(がちゃっ)あれ、和ちゃん」

和 「こんばんわ、憂。唯、戻ってる?」

憂 「うん・・・さっき、帰ってきたところ」

和 「良かった・・・お邪魔して良い?」

憂 「うん、良いけど・・・ねぇ、和ちゃん。学校でなにかあったの?」

和 「・・・どうして?」

憂 「どうしてって、お姉ちゃん。すごく沈んだ顔で帰ってきたから・・・・」

憂 「最近のお姉ちゃん、いつもニコニコ笑顔で帰ってきて、軽音部であった事とかを楽しそうに話してくれるのに」

憂 「今日は靴を脱ぐなり、すぐに部屋に直行してそのまんま・・・こんなの最近のお姉ちゃんじゃ無かったことだもん」

和 (唯・・・)

憂 「これってまるで以前の・・・」

和 「と、とにかく、上がらせてもらうわね」

憂 「う、うん・・・」



唯の部屋の前!!


こんこん


憂 「お姉ちゃん、和ちゃん来てくれたけど・・・」

唯 「どーぞー」

憂 「声は・・・いつも通りな感じ」

和 「うん。さ、あとは私と唯の二人にしてくれる?」

憂 「分かったよ、和ちゃん。・・・何があったか知らないけれど、和ちゃん。信用してるから・・・」

和 「ありがとう。・・・唯、入るわよ」ガチャッ


ドアを後ろ手に閉める。憂の不安げな表情が、隙間の中に吸い込まれるようにして消えた。


唯 「いらっしゃい、和ちゃん・・・」

和 「唯・・・」


ベッドの上に膝を抱えて座っている唯。その姿に・・・

私の背筋をアイスピックで貫かれたかのように、冷たく鋭利な何かが走り抜ける。

(そんなの分からないだろ。心なんてデリケートなもの、何がきっかけで崩れちゃうかなんてさ)

いつかの律の言葉が、脳裏に蘇る。まさか・・・冷たい汗が頬を伝うのを感じた。

まさか・・・また・・・

い、いやだ!

たまらず側に駆け寄ろうとした私に向け、唯が顔を上げた。目と目が合う。


和 「・・・あ」


その瞳を凝視して、私の不安は杞憂だと悟った。とともに、思わず肺腑から漏れる安堵の息。

唯の瞳は、くすんではいなかった。


唯 「・・・和ちゃん。壮行会、途中で抜けちゃってごめんね。私、言いだしっぺだったのに」

和 「良いのよ」

唯 「わざわざ来てくれたって事は、何があったか知ってるんだよね?」

和 「ごめん。どうしても気になっちゃって。こっそり・・・様子を、ね」

唯 「そっかー・・・へへ、私、ふられちゃったよ。おっかしーね」

和 「おかしくなんかないわ」

唯 「上手く、いくって勝手に思い込んじゃってたから。ちょっとショックが大きかったんだ」

和 「・・・そう」

唯 「和ちゃんに軽音部につれて来られて。みんなと知り合って、楽しい時間を過ごして・・・」

唯 「私、笑えるようになって。なんだか全てのことが上手く運んでたから、告白もぜったい成功するんだって、変な自信を・・・」

和 「唯・・・」

唯 「でもでも、今まで上手くいったのは、あくまで私の心の問題。今回の事は・・・相手の気持ちがあってのことだもんね」

唯 「・・・軽く、考えすぎていたの、かも」ニコー

和 「・・・」

唯 「へへ・・・で、どうして良いかわからなくなっちゃって、気づいたら家に向かって走ってました!」

和 「・・・」

唯 「私もまだまだ弱いよね。でも、もう平気だよ。明日は普通に部活にも出るし、りっちゃんともいつも通りだから!」

和 「・・・」

唯 「ちょっと泣いたら落ち着いたし、もう和ちゃんを心配させるような事にはならないから、ね」

和 「・・・」

唯 「だから和ちゃんも安心して生徒会に・・・」


確かに唯は強くなった。失恋してしまっても、もう昔のように内に篭って心の傷をえぐるような真似はしないだろう。

でも、だからといってそれは辛い出来事を、心についてしまった傷をなかったことにできる訳ではない。

唯・・・今は私の手前笑っているけど、きっと悲しくて悲しくて仕方がないに違いない。


だって・・・


今でもその両目は溢れんばかりに涙をたたえ、肩は小刻みに震え続けているんだもの。

なんだろう・・・そんな唯を見ていたら。

悲しいのを堪え微笑んでいる唯が健気で、いじましくて・・・・

たまらなく、愛しい。


和 「唯っ・・・!」

思わずベッドの上の唯を抱きしめる。唯もそれに応えて力を抜き、私にしな垂れかかってきた。

唯 「和ちゃん・・・」

和 「律はバカよ・・・」

唯 「え・・・?」

和 「大バカも良いところだわ。唯の、こんな良い子の想いを拒絶するだなんて。ありえない大バカよ!」

唯 「やめて・・・りっちゃんのこと悪く言わないで?」

この期に及んで律を庇う優しさに触れ、唯を抱く腕にも知らずに力がこもる。

唯 「いたっ・・・ちょ、苦しいよ、和ちゃん・・・」

和 「私だったら!」

唯 「・・・?」

和 「私だったら、唯にこんな悲しい思いをさせたりなんて、絶対にしないのに・・・」

唯 「和ちゃん、なにを言って・・・」

和 「悔しい・・・悔しいよ、唯ぃ・・・」

唯 「なにが悔しいの?」

和 「分からない。わからないよ・・・でも・・・・」


分からないと言いつつも、私には分かったことが一つあった。

律の前で、唯の失恋を目の当たりにして流れ出た、私の涙の意味。


それは、唯の口から紡がれた告白の言葉が、私には向けられなかったこと。

そしてそれなのに、その告白が成就しなかったという現実。

この二つに対しての、悔しさの涙だったんだ。


不安げに私を見つめる唯の潤んだ瞳。泣き腫らして、少し厚ぼったくなった瞼。

嗚咽を堪えたためだろう、少し熱を帯びて甘く香る唯の吐息。

私の腕の中で震えている、華奢な肩。


和 「唯・・・」

唯 「の、和ちゃん・・・?」


所在無げに半ば開かれた、唯の唇・・・・

気がついたら私は


和 「・・・んっ」


唯の。一番大切に思っている親友の唇に


唯 「・・・・っ!?」


自分のそれを重ね合わせていた。

和 (唯・・・唯っ!)


唯 「んむっ・・・」


何が起きているのか分からないといった風に見開かれた唯の目。

驚きと戸惑いをない交ぜにして、私を見ている。でも・・・

唯は私のキスを拒絶はしなかった。


・・・・

・・・・


和 「・・・・ごめんなさい、唯」

唯 「謝らなくってもいいけど・・・」

和 「嫌じゃなかった?」

唯 「和ちゃんだもん、嫌なんて思わないよ。だけど・・・どうしてキスなんか・・・」

和 「唯、今日ね。唯が律にふられた後、私、律とちょっと言い合っちゃったの」

唯 「・・・え」

和 「そこで、情けないわね。私ね、泣いちゃってた。自分でも気がつかないうちに、ポロポロ涙が溢れてきちゃって」

唯 「和ちゃん・・・」

和 「それを見ていた律がね、私に言ったのよ」

唯 「・・・・」

和 「・・・・」

唯 「・・・りっちゃんは、なんて?」

和 「・・・和は、唯が・・・好きなんじゃないのかって」

唯 「和ちゃんが、私を・・・」

和 「唯が律に言ったのと、同じ意味合いでって、ね」

唯 「そ、それって・・・」

和 「律と別れてから。ここに来るまでの道すがら。ううん、唯の顔を見た後も・・・」

唯 「・・・・」

和 「私、律の言った言葉をずっと反芻してた。頭の中、心の底、私が唯に抱いている想い。律の言った意味・・・」

和 「ううん、今日のことだけじゃない。去年、唯の笑顔を律に取られたと思って落ち込んだ時の焦燥感・・・」

和 「初めて唯の口から、律のことを好きだと聞いた時の喪失感・・・そして」

和 「いつかのカラオケの帰り、思わず口をついで出た・・・唯、大好きっていう、その言葉の意味・・・・」

唯 「のど・・・かちゃん・・・」

和 「自分でも計りかねていた、本当の意味・・・」

和 「・・・さすがは律、部長なだけあって慧眼ね。私自身が気づかずに・・・・違うか」

和 「気づかないフリをして感情の底に押し込んでた、唯への想い・・・それ、向けられてる本人より先に、気付いちゃうんだもの」

唯 「和ちゃん・・・和ちゃん・・・」


友達だ親友だという感情のフィルターに覆われて見えてこなかった本心が、律という第三者の言葉によってハッキリと。

今、私の気持ちの表面に。目に見える形で。浮かび上がった。

目の前の唯を通して。この気持ちは紛れもない。

和 「唯、私はあなたを愛している。ずっと昔から、今の今まで。変わらずに」


この想いは、恋、だ。


和 「・・・・言っちゃった。はは、勢いですらっと言っちゃったけど、これって結構はずかしいものね」

唯 「・・・・・」

和 「その・・・ごめんなさいね、こんな時。こんなタイミングで。唯、それどころじゃないのにね・・・」

唯 「・・・・・」

和 「・・・・唯?」

唯 「和ちゃん、ごめんねーーー・・・」グスッ

和 「えっ!?」

唯 「ほんとにごめんー・・うぅー・・・うあー・・・」ポロポロ

和 「な、どうしたの?ちょ・・・大丈夫、唯?」

唯 「辛かったよね?苦しかったよね?私、和ちゃんの気持ちなんか考えずに、浮かれちゃって・・・・」

和 「・・・・唯」

唯 「りっちゃんのことばかり話して、告白の相談までして・・・それなのに和ちゃん、嫌な顔一つしないで・・・」

唯 「ごめんなさいー・・・」ウアーン

和 「ちがっ・・・違うよ!私が素直になれなかったのが悪かったんだよ!唯が謝ることなんてなにもないの!だから・・・」

唯 「びわーーーん!」

和 「だから・・・泣き、やんで・・・・」グスッ

唯 「びえーーーん!」

和 「う・・・うえええええん・・・」


こんこん


憂 「お姉ちゃん、和ちゃん。お茶、煎れたんだけれど・・・」ガチャッ

唯 「えーーーん!えんえん!」

和 「うあああん、うああああん」

憂 「・・・・え!?」

唯 「あ、憂ー、ありがとう・・・そこ、置いておいて・・・うわーーーんっ」

和 「い、いただき・・・ます・・・うあーーーん」

憂 「な・・・何事・・・」


子供のような大泣き。声をあげて泣いたのなんて、いったい何年ぶりだろう。

でも、不思議と気持ちが良い。涙や嗚咽と共に、感情を押し殺していた要らない物まで洗い流されていくようで。


憂 「あ、あのっ、お茶請け・・・どうしようか・・・」オロオロ

唯 「アイス、アイス食べたいぃーーーーっ」

和 「そ、その組み合わせは・・・正直どうかと思う、わぁぁあぁん・・・」

憂 「どうしたら良いの、私・・・」ウルウル

憂 「う・・・ぐすっ」

唯・和・憂 「びわぁぁあああああぁん!」


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最終更新:2011年04月19日 23:18